「コーレアンの乙女」中編
「何だよ」
「ううん。ちょっとユピテルさんに相談があるのよ」
「捜してるっていうエルフは見つかってないようだね」
ラルガはリラックスし、他所の話に関心なく適当なデスクに寄っ掛かる。
「うん。それでヒンバって街を散策したんだけど1人じゃどうにも不安でね」
しかし人の話と思った矢先、突っ掛かってきた心当たりにふとラルガは顔を上げる。
「“霊気に関してだけ”変な感じだし、ちょっと手助けしてくれたらいいなって」
「それは全然いいよ。じゃあ簡単な経緯を聞かせてくれるかな?」
「あんたただの観光じゃねぇのかよ」
「ううん。あたし、人捜しでこっちに来たの。えっとね、先ず、あたし魔法研究所ってところで働いてるんだけど、同じくそこで働くドルタスっていうエルフがね、急にいなくなって、でも精霊が霊気を辿って人物の所在を確認する『霊気検索』をすればどんな世界でも“行方不明っていう状態はあり得ない”のよ。でもね、その霊気検索でも、ドルタスの所在が分からなくて」
「じゃあ行方不明じゃねぇか。あり得なくねぇじゃん」
「ほんとはあり得ないのっ。それで検索してくれた精霊が言うにはね、トトーリって都市のヒンバって街の辺りだけ、検索が妨害されてるらしいのよ。だからあたし、何となくこっちに来てみたんだけど、やっぱり1人じゃ手掛かりも掴めなくて」
「霊波は、ジャミングを受けないものなのかい?」
「そうよ?あり得ないわよ普通」
「なのにそれがあり得てしまってると。んーなるほど。他に情報はあるかな?」
「えっと・・・あっ検索してくれたスッチーはね、まるですんごく小さな禁界みたいだって」
明らかに心当たりを感じた眼差し。そんなユピテルの小さな表情の変化に、妙にラルガは目を留める。
「それは、翼の力の発現地の事だよね?」
「そうそう。珍しいわね、こっちの世界の人間なのに禁界知ってるなんて」
「プライトリア出身の知り合いに頼んで少しだけ資料を取り寄せたんだ。しかも・・・なんとルアとヘルがね、翼の力を、禁界の住人から分けて貰ったんだ」
「えぇえっ!?・・・・・・えぇええっ!?」
ラルガは思わず鼻で笑う。2回の驚きと、その間に。
「でもエコーロケーション的に考えれば、妨害されて分からないんじゃなく、妨害されるからそこに隠れてる事が分かる、という事かな」
「やっぱり、ヒンバにドルタスが居るって事かしらね」
「おっさん、まぁ関係無いとは思うけどな」
「何だい?」
「ヒンバなんだとよ。センバドールの本拠地」
児童養護施設「天使の手」。カルハンとその娘パーシーはそして、パソコンの電源を落とした。施設の地下室で、ヒューンと機械音が萎む音が妙に響く。一見すればただの児童養護施設。しかしその地下室では、ユピテル原案のウパーディセーサが粛々と、まるで影に隠れるように作られていた。襲われたといっても児童養護施設としてのダメージは無く、これもまた粛々と、データが盗まれ、ウパーディセーサとして経過観察していた3人の内の1人が誘拐された。しかしもう、この研究所は一時的に閉鎖だ。そう最低限の荷物を持ち、カルハン達は児童養護施設を後にした。シャドーと呼ばれていた子供達は“特効薬”で人間に戻されて何事も無かったようになり、そしてそこは“ただの児童養護施設”となった。
「お父さん、アマバラでも同じ研究続けるの?」
「ウパーディセーサに関してはもう完遂といっていいだろう。改良点を見つけるよりかは、俺は新しい研究対象を見つけたい」
「うん。私も」
――少し前。
伏せてリラックスしていたレイカは顔を上げた。自動ドアの向こうにヘリオスの姿を捉えたからだ。明らかに、ガラスの向こうから安堵した表情が伺えた。そして自動ドアが開き、ユピテルが振り返る。
「レイカ」
「ウパーディセーサになりに来たんでしょ?」
「その前に相談はあるけど」
「何かな?」
「ユピテルさん、ウパーディセーサって、デザインくらいは出来るんでしょ?」
レイカは円らな瞳を丸くする。期待に口元を緩ませたり、描く妄想にニヤつくような事は全くせず、ヘリオスの眼差しはただ決意を伺わせていた。
「難しくはないけど」
「やっぱりヒーローだから、オリジナルの特別仕様じゃないと。ウパーディセーサの薬ってすぐ作れるの?」
「ベースはあるから後はヘリオスくんの血液を混ぜて遺伝子情報を組み込むだけだよ。そうだなぁ、外見や能力とか、リクエストをくれれば2、3日で出来るよ」
「じゃああたし発電したいっ」
「レイカ、まさかこの前アニメでやってた『サンコルド』か」
「うん!」
「それは何かな?」
「電気ウナギみたいなコンドルだよ」
「ほう」
「いやていうかレイカ」
「お兄ちゃん、1人じゃチームにならないじゃない。お兄ちゃんが心配してるのは生身だからでしょ?だからウパーディセーサになるんじゃないのよ」
兄妹は見つめ合う。円らで真っ直ぐな眼差しに、ヘリオスはふと昔の事を思い出す。子供の頃から特撮ヒーロードラマを見ているとその隣には必ずレイカの姿があった。父親が創設した慈善団体が運営するイベントに遊びに行く時も、ヘリオスの隣には必ずレイカの姿があった。それからニルヴァーナを後にして、帰り道。――そりゃあずっと一緒だった。レイカを特撮好きにしたのは誰かと言えばそれは俺だ。
「お兄ちゃん、何で急にキャラでもないのにワンマンなのよ」
「もういいよ分かったって、別に俺はただお前の事心配してるだけじゃないか」
「あたしだってそれは分かってるよ。でもウパーディセーサになればそれでいいでしょ?」
「そりゃ、そうなんだけどさ。ていうかキャラでもないのにワンマンって何だよ」
「え、何違うの?」
「・・・いや、そうです」
いつでも思い出せば鮮明に脳裏に浮かぶ。それは父親の慈善団体が運営するイベントでの記憶。ヘリオスが10歳、レイカが7歳の時だった。風船の束を持つ着ぐるみ。ボランティア達が用意したパンやらお菓子やら。大道芸を魅せる犬達に子供達は笑い合ったり、芸を終えた後で犬達と楽しそうに駆け回ったり。大きな国立公園の一角、レイカはいつものように子供達の遊び相手、ヘリオスはスタッフの手伝い。何事も無くイベントは終わればいいのだが、その日、ヘリオスはピリついた緊張感を感じ取った。何やらスタッフ達が知らない大人達と話し合っている。何となく分かるのは、制止するスタッフ達、聞く耳を持たないスーツの大人達。その向こうの、厳かな黒い車。
「やめて下さい!」
犬は吠えた。スタッフの制止を無視して、スーツの男達がテントを解体し始めるというその緊張感に。楽しい雰囲気が完全にぶち壊しだ。着ぐるみが掴みかかるも、ボディーガードのような体格の男に殴り飛ばされ、着ぐるみの頭は転がった。犬は吠え、施設の子供達の1人は泣き出した。ふらっと来ている客は離れ、空に風船たちが溢れていくというその悲しみに。それから怒るスタッフに頻りに押し付けられる言葉。
「強制執行ですから」
「だから!申請も通って許可も貰ってんだよ!やめろって!」
制服警官達がやって来て、ヘリオスの胸中に小さな希望が湧いたのも束の間、警官達が護ったのは、スーツの大人達だった。それからそこで始まったのは、政治家の講演会。娯楽感など何も無い、スーツの男がただ話すだけ。ただの講演なんて、どこでだって出来るのに。後々聞けば、その国会議員は父親と仲が悪く、講演会を口実に法律と権力を誇示したのだそう。警察はヒーローだと思ってたのに。所詮、法律は道具に過ぎないんだ。最後に思い出すのは、遠くから講演会を眺めながら握りしめる拳だった。
それから2日後。サザーリニの自動車工場。ブルータスたちは正に動物のように各々敷地内を飛び回ったり、屋根の上で日向ぼっこしたり。そんな時、1人の男が地下駐車場から敷地へと歩いてくる。だだっ広い敷地、自動車工場といっても一般車両など入って来ないそこで、男は牽引してきたリアカーを停めた。リアカーには“餌”がてんこ盛りだ。
「飯だぞぉーっ」
遠くから、屋根から、物陰から、ヴァンガードたちが集まってくる。そしてキューブ状に固められた餌の山から各々1つずつ取るとヴァンガードたちは散っていく。そんないつもの風景。工場を警護するブルータスたちに餌をやるのは交代制。今日の当番であるロッズはリアカーを牽きながら、“今日もまた”隣を見る。ロッズの時に限って、1体のヴァンガードがなつくように寄ってくるのは最早知れた話だ。キューブの餌をかじりながら、そのヴァンガードはロッズの隣を歩く。ロッズは内心、和んでいた。こんなのでも、子分のようになついて来ると可愛く思えてくる。それからキャリバーにもキューブを与えていたその時だった、突然の雄叫びがそこに響いたのは。
「何だ・・・あれ・・・」
振り向けば、思わず呟いてしまうほどの、“怪物”。ヴァンガードたちが侵入者に向かっていく。しかし直後、ロッズの眼差しから平穏さが消え失せる。同時にマフィアらしく、瞬時に灯る敵意。“全く見たことの無いブルータス”のビンタに、ヴァンガードはぶっ飛んだ。呼吸するように殺気を立たせ、ウパーディセーサとなるロッズだがその直後、動物のように俊敏に、そのブルータスは“青く眩い熱波”を吐き出した。――ふざけやがって!。ヴァンガードたちがガラクタのように転がっていた。一瞬顔を背けただけの間に。そうキャリバーと共に、ロッズはそのブルータスに向かっていく。振り上げられるキャリバーの尾剣。そのブルータスの尾状器官の1本は切断されるが同時にキャリバーはビンタされ、ロッズの放った衝撃波に仰け反らされるも直後にロッズは尾状器官からの青い衝撃熱波を突き返される。
ニルヴァーナのエントランスパークにて。ユピテルはふと、緊急ニュースを放送し始めたテレビに顔を向けた。アナウンサーによれば、ザ・マッドアイの活動拠点に未確認生物が侵入、更に襲撃しているとの事。マスコミ仕様ドローンが現場を撮っていく。ユピテルは思わず持ち上げた直後のコーヒーカップを戻した。見たことの無いブルータスのような生物。しかもそれはザ・マッドアイを襲っている。――いやこれは、まさか・・・・・・。
吹き飛んでいくリアカー。転がるキャリバーとロッズ。しかし未確認ブルータスよりも早く攻撃を仕掛けたのは、ロッズだった。怒りとアドレナリン、それらに突き動かされ、ロッズは動物のように俊敏に未確認ブルータスの顔をぶん殴る。更に首筋に尾状器官を突き刺してやり、怪力でもってその巨体をぶん投げた。コンクリートの壁にドカンと激突し、未確認ブルータスは力無く倒れ込む。
「ふぅ、ふぅ、マフィア嘗めんな」
視界の隅で何かが動き、反射的に振り向いた。するとロッズは無意識に安堵した。うっすらと目を赤く光らせ、“あの”ヴァンガードが重たそうに体を起こしたのだ。確かに見分けは全くつかない。しかし何となく、ロッズは死なずに済んでいたのがなついて来るヴァンガードだと分かっていた。
「グゥ・・・」
――何だと?。
未確認ブルータスは虫の息だが、動いていた。その時、ロッズがふと目に留めたのは、先程キャリバーに切断されたものの、もうすぐ完全再生というところまで復元されていた尾状器官だった。――速すぎる。ブルータスもウパーディセーサも、確かに人間よりかは新陳代謝のスピードは速いが、だからってこんなに速くは治らない。一体、こいつは何なんだ・・・。
工場内の研究室の休憩スペースで、ラルガとギールは缶コーヒーを啜っていた。ラルガが自動車工場に着いた時にはすでに未確認ブルータスは工場内の研究室で解剖されていたのだった。ラルガは理解出来もしないのに、パソコンをいじくって未確認ブルータスのデータを眺めていく。
「探偵やってるって、お前の依頼主誰だよ。未確認ブルータスのデータのコピー、お前が来たら幹部が逆に指示してくるなんて」
「ま、エーバドルフの繋がりとしか言えねぇな」
「え?トップじゃねぇか」
「いいじゃねぇか、敵じゃないっつったろ?」
「んまぁ・・・」
それからラルガはニルヴァーナのエントランスパークのテレビに何となく見入っていた。ラルガがニルヴァーナに着いた時、テレビではウパーディセーサ特集とやらがやっていた。
「そもそも生確法が作られたからこういう事態になってしまったという意見と、時代が進めばいづれこうなる事は明白で、それなら前々から法律が確立されていた方が良いという意見、この2つの意見で世論が分かれている訳ですが」
「これは俺の個人的な意見だけどね、法律って、人間が作るものじゃない?その法律の中で作られたものなのにこれだけ人間が翻弄されてしまうって、なんか人間って本当はそんなに強くないんじゃないかなぁって俺なんかは思っちゃうよね」
「時代ってねぇ、人間が作っていくものですけど、けどいつの間にか時代の波が気付かない内に津波みたいになって返ってきて、逆に人間が呑まれちゃうってこれ、んー、どうしたらいいんでしょうかね」
優雅に、とは言えいつものようにコーヒー片手のユピテル。ラルガから受け取ったデータをパソコンで閲覧してそれから、ユピテルはコーヒーを置いた。陶器が鳴らすカチンという音が妙に耳を突く。それほど雑音が遠ざかっていた。しかし大方、謎は解けた。
「おっさん、何か分かったか?」
「あぁ。俺の研究所を襲ったのがセンバドールの人間なら、ザ・マッドアイを襲ったのも、センバドールだと思うよ」
「センバドールが、ブルータス・・・っつうか何だ?マフィアは皆学者雇ってんのか?マフィアが全部インテリな訳ねぇだろ」
「うんまぁ、という事はだね。目的があっての事って事だ」
「何でセンバドールもブルータス作れるって分かったんだよ」
「この遺伝子データには“ギガスの遺伝子データが組み込まれている”。つまり、これには他でもないニルヴァーナのウパーディセーサの遺伝子データが組み込まれているって事さ。といってもベースはザ・マッドアイのブルータスだから、見た目はブルータス寄りなんだろうけど。だから未確認ブルータスを作れるのはセンバドールだけって事になる」
「ああ、おっさんの研究所から盗んだデータでセンバドールがブルータスを作ったのか。あ?じゃあ何でここじゃなくてザ・マッドアイなんだ」
「それは分からないけど。少なくとも、じゃあ何故センバドールはブルータスを作れるのか。恐らく、失踪したザ・デッドアイのオリジナルメンバーは、センバドールに入ったんだ。だからこそセンバドールは、ブルータスの製造ラインそのものも確保出来たんだ」
「そういやその失踪、おっさんの研究所が襲われた後なんだよな?じゃあセンバドールが研究所を襲ってザ・デッドアイを手引きしたのか?でも流石に打ち合わせしないと無理だろ」
「そうだね。でもそういう関係が知らないところで作られてたのは事実だろうね」
「ユピテルさーん」
エントランスパークにやって来たレイカとヘリオス。兄妹はウキウキしていた。見た目やら能力やらのリクエストをメールで送ってから2日、待ちに待った連絡が来たのだ。




