「女神の誕生」後編
チュクナとジュリは横わたる。ギガスの姿で眠るように仰向けに横わたる2人の周囲には、特に何も無い。儀式とは言え何か特別な道具を使う訳じゃないのかと、ルアとヘル、そしてユピテルは2人を眺めていた。人気の無い、ホールのある部屋で、2人の傍に立つベルデルート。何が始まるのかと、ユピテルの探求心はワクワクが止まらない。それから、ベルデルートはおもむろに手を前に出した。
「輪廻の精よ」
ヘルはルアとユピテルに目を向けてから目線を戻し、“それ”に目を奪われる。ベルデルートの言葉の直後に現れた、白と黒の羽を2枚ずつ生やし赤いワンピースだけ着たすごく小さなヒト。
「立ち会いを頼む」
ヒトの手に乗るくらいのその精霊は頷き、2人を見下ろす。動物にしか精霊は見えないんだったと、ヘルはルア達を気にしながらも、静かに儀式を見守る。直後、チュクナとジュリの体はほんのりと赤い光を帯び始めた。それからまるで海底から泡が静かに噴き出すように、小さな光が2人から立ち込める。そしてやがて優しい赤い光で2人が覆われ、ただ神秘的で、神聖そうな空気に満たされて数秒後。
「・・・感謝する」
ベルデルートの呟きに精霊は静かに消え、2人は眠りから目覚めるように、ギガスの姿で起き上がる。
「お前達はもう、精霊だ。その姿が本来の姿。これからは変身する姿が人間だ」
「魔法は、どうやって、使うの?」
「魔法に関しては学校に行くのが1番だ」
2人は静かに驚き、ギガスのまま顔を見合わせる。
「精霊の世界にだってルールがある。人間の世界にあるような学校を考えているならそれは心配ない。精霊の世界にはお金も無いし戦争も無い。授業と言ってもただ教えて貰うだけだ。それにむしろ、精霊の事を知るべきだ」
「・・・分かった」
ホールが重低音を鳴らし、光を散らしていく。ホールの目の前で光が張るのを待っている3人をユピテルは眺めていて、やがてホールが光を張るとベルデルートは振り返り、ユピテルに歩み寄った。
「言葉だけでは感謝しきれない。本当に感謝する」
「うん」
そして3人は青い光へと消えていった。チリチリと光が散らされ、ホールの電源が落とされたそんな時、ルアはふと、寂しそうな父の横顔を見ていた。
「アポロンさん、どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
三角の握り飯をツクヨミから受け取り、アポロンは中庭を前にしながら握り飯にかぶりつく。具材は無く、シンプルに塩だけだとツクヨミが微笑む。ちょうどいい硬さに炊かれ、握られた米に、持ち手の為に添えられた海苔とやら。
「美味しいですか?」
「あぁ、美味しいよ」
「ワシもやるからよ」
握り飯にかぶりつきながら、真剣な伏し目で呟くスサノオ。
「お主だけ戦わせる訳にゃいかねえ。ツクヨミは城が巻き添えにならないようにしろ?」
「うん」
アポロンが大人しく、隣に座って握り飯を食べるアルテミスの横顔を伺うとふと、アルテミスもこちらを見る。
「アリー、お前も離れていてくれ」
「はい。相手は精霊ですから、気を付けて下さいね?」
「問題無い。私にはハイクラスの霊力がある」
パタパタと、木製の床が鳴らす足音が聞こえてきた。そう、誰もが黙ってふと顔を向ける。アポロン達が見たのは男と2人の少女だった。
「あっ」
立ち上がるアルテミス。それからベルデルート達がアマテラスの前に座るその緊張を、アポロン達は廊下から“監視”する。
「長老、転生の儀式を終え、新しいプリンセスとなりましたチュクナとジュリです」
「ちょうろーって、どういう意味?」
ジュリが尋ねる。
〈一族の長だ。お前達は我の用が済むまで『エルカヴォル』で待っていろ〉
「える?・・・」
〈我等の村だ〉
「・・・玉が喋った」
〈これは仮の姿だ〉
ベルデルートは少女達を連れて森へ消えていった。それから城と聖堂を繋ぐ道、ツクヨミはアルテミスと共に城を背にして、この前のようにアマテラスと向かい合うスサノオとアポロンを見つめる。勇壮たる大華を纏うその背中は、まるで燃え盛らんとする深霧を掻く希望の如く。
アマテラスを宿にして膨れ上がった巨体を前に、アポロンはバス、そしてシーナと顔を見合わせる。それから顔に手を添え、意識を集中したその時、アポロンは足元からゆらゆらと立ち込める紫と朱に色付く霊力に包まれる。右目は金、左目は銀に染まり、右側頭部では角が生え髪が紫がかり、左側頭部では少し伸びた髪が朱がかる。そんな変化を目の当たりにしながら、スサノオは剣を抜く。
「そんなに霊力被って、すぐ潰れんなよ?」
「ハイクラスの鎧、『導』がある」
そう応え、アポロンは右手に紫、左手に朱の炎を燃え上がらせる。
「二極火柱・覇王双剣」
2色の炎はそれぞれ剣となり、更に“剣型の炎”だった以前とは違い、それはまるで鉄の剣身を思わせるような光沢をその身に見せた。
「ギガスの長よ――」
剣が振り払われ、2色の炎がボウッと踊る。
「――来い!!」
バルセルンクの頭に過る、1人の男。男が1人のギガスをたらし込み、下克上を企てる一派に加えた。それが全ての、始まりだった。怒りを具現するように手を振り上げる。五閃の金炎が地を這いアポロン達を襲う。しかし金炎の隙間に2色の炎が垣間見えるとその勢いは止まり、更には交差する2色の炎によってそれは切り裂かれる。
バルセルンクの頭に過る、死にゆくギガス。下克上の一派に加わった者達は敗北してようやく利用されたと痛感した。しかしそれも束の間、我以外、一派に加わった者達がその場で“殲滅”された。絶望をぶつけるように拳を突き出し、嵐を纏うオロチを金炎と共に砕く。そして光より早く、金炎の閃光を空に打ち上げる。空で破裂した金炎は無数の一閃となりアポロン達を襲うが、2色の炎は壁となり、更にそこからアポロンが飛び出してくる。
バルセルンクの頭に過る、兵隊を従わせる男。我の弁解などに聞く耳を持たず、通告を済ませるとさっさと去った。半信半疑の中、移住の決意を固めた矢先、虹色の光鎖にプリンセスは連れ去られた。五身の金剣と2色の双剣とが炎を交わらせる。それからオロチとスサノオ、そしてアポロンがそれぞれ分離した金剣と殺意を交わらせる。
バルセルンクの頭に過る、アポロンの言葉。平民が全て、精霊を尊重する?。そんなものは、幻影だ。例え尊重しているとしても、永遠に続くはずもない。金剣は2人に詰め寄り、2人に背中を合わさせる。直後に2人を囲むように地に突き立ち、5本の金剣は途端に火柱となる。しかしそれでも2色の炎は足掻くように衝き上がり、それはどこか自分の心に燃えたぎる怒りに重なって見えた。
金炎、そして2色の炎が空に消えていく。塵や細かい埃も一緒に燃え上がったその澄んだ静寂の中で、バルセルンクはアポロンの金銀の眼を真っ直ぐ捉える。――何故、攻めに転じない。
〈・・・もう、宜しいのでは〉
「姉貴!?」
「黙っていろアマテラス」
〈妾が何故、アポロン様をデーモンズ・キャニオンにお誘いして悪霊憑きになって頂いたか、お分かりですか?〉
「そんな事、我に関係ない」
〈妾は、貴方の封印をお解きする事だけを考えていましたわ。しかし同時に、封印がお解きになられた時、貴方はアマバラをお滅ぼしになるともお思いになってました。しかし妾は、やはりアマバラでお育ちになった人間なのです〉
「・・・ならば尚更黙れ。そのアマバラは、滅ぶべき罪を犯したのだ」
「・・・長老!」
聞き慣れた声にバルセルンクは顔を向ける。その森から出てきたのは8人のギガスだった。そして1歩、ベルデルートが前に出る。
「長老、プリンセスは迎えられました。今度こそ移住し、静かに暮らすご決断を。この100年で、私達の怒りは十分燃え尽きました」
バルセルンクは自らの拳を見下ろす。怒りを具現した金炎を灯したその拳を。すると直後、バルセルンクは柔らかい金色の光に包まれた。誰もが見つめる金色の光から、弾き出されるように分離するアマテラス。
「ねぇね!」
金色の光が収まり現れた、金炎に包まれたバルセルンク。バルセルンクは変わらず、アポロンの眼を捉えていた。攻めに来ないその体制に向けて、そしてバルセルンクは雄叫びを上げた。
「長老!――」
ベルデルートのそんな声など届いていないかのように跳び上がるバルセルンク、すかさず構えるアポロン。そして渾身の力が込められた金炎は爆ぜ、地響きと共に空を突いていった。それから、バルセルンクは空を見上げていた。
「何故攻めて来ない」
「言っただろ、怒りを受け止めると」
双剣を消し、こちらを見下ろすアポロンを一瞥し、仰向けのバルセルンクは再び空を仰ぐ。――分かっていた。アポロンと我では、力に差があるということを。それでもアポロンは、力を見せず、敢えて受け身に徹していたのだと。まったく――。
「――青臭い」
スサノオはアマテラス、ツクヨミと共に、両親を前にしていた。あれだけ騒げば、当然気付く。しかしそれでも、両親は“自ら動く”事はしない。
「先ずはアマバラが行った、ギガスにした仕打ちを国民に打ち明け、それからプライトリアの要求をドウガソンに伝える。ということで頼む」
「承知したわ」
いつも水晶玉を視ているイザナミ。スサノオの相談に、母はそう応え優しく微笑んでみせる。
「母様ぁ、これで、停戦になるのかな」
「アマテラスとアポロン、両者の決断が導くこの時がようやく来たのです。アマバラの事を想ってくれているあなた達の想い、無駄にはしませんよ。スサノオ、今度は冷静で居なさいよ?」
「分かっちゃいるけどよぉ、あの頑固ジジイ、ホントに頑固だからなぁ」
「アマテラス」
きっと、ギガスの半身だった事くらいは分かっていたはず。アマテラスは母の見透かすような優しい眼差しを見つめる。
「アマバラを守ってくれて、ありがとう」
しかしそれでも、母は妾を“見守っていた”のだ。ふと、アマテラスはツクヨミの言葉を思い出す。
「はい」
アマバラはプライトリアから北東にあり、エルフが住むエルフヘイムはプライトリアから北にある。そしてその国々の間には森林や川、谷があり、その国々の間を縫うように生い茂る自然は「キャニオン」とも呼ばれる。エルフヘイムとプライトリアの間辺りの森林に、アポロン達は居た。
「我はまだ認めた訳ではない。もしプライトリアの人間が我等に牙を向けようものなら、容赦はしない」
「私が保証する。私が、そんな事はさせないさ」
「フンッ」
「1つ、言わせて下さい」
アポロンはバルセルンクを見上げるアルテミスの横顔に、怒りを感じていた。殺意は無いが、敵意と何か深いものが籠った、そんな強い眼差しをしていた。
「何故、プライトリアの人間にギガスの半身を産ませたのですか。アマバラとの問題に、何故、私を巻き込んだのですか」
「お前だからという事でも、プライトリアだからという事でもない。他の国がアマバラを落とす、その種を蒔いただけだ。・・・王子よ、ここは1つ、試練を与えてやる」
「何だと」
「我は、アルテミスがギガスの半身だと平民共に告げて回る。お前達の伝統とやらを、試させて貰う」
「・・・・・・いいだろう」
「アルテミスよ、我の怒りを、産まれた時から感じていたはずだ。平民共の変化に、人間の愚かさを知るだろう」
「私、ずっとあなたを感じていました。だから、ずっとあなたに言いたかったのです。私は、あなたを嫌悪します」
バルセルンクは黙って、アルテミスの眼差しを見下ろしていた。アポロンでさえ、アルテミスのその眼差しに、言葉を発する事が出来ずにいた。
「私はプライトリアに産まれて、精霊への尊重を骨身に染み込ませて生きてきました。私は人間とは違い、普通に精霊が見え、お話が出来ます。毎日、色んな精霊とお話してきて、私は幸せでした。街に出て平民達の話を聞いても、皆さん精霊を悪く言いませんでした。あなたは、私の心を通じてプライトリアの伝統を感じていたはずです。体は封印されても意識と僅かな霊力はあった。だから産まれた瞬間に、アマテラスさんと私の魂に入り込んだ。あなたはただ、あなたの100年の孤独の憂さを晴らしたいだけです!」
「煩い!小娘が」
「長老・・・」
アルテミスに背中を向けるバルセルンク。しかし敵意はないそんな背中を、アルテミスは迷惑そうな冷たい眼差しで見つめていた。
「さっさと去れ人間共。ここはもう、我等の住み処だ」
アマバラの仕打ちは確かに同情出来る。しかし私を通して、長は私に、プライトリアに嫉妬していた。だからお兄様の優しさに言い返していた。アポロンと共に城に戻りながらアルテミスはふと、これまでの事を振り返る。――だから、一言、怒りたかった。これが、“私の心からの、仕返し”なのだ。
「お兄様、ザ・デッドアイがギガスの母なる存在を用意してくれなければ、こうはなりませんでした。お礼を言わなければなりません」
「そうだな」
ノイルは病院に居た。かつて妹が居た病室を覗くと妹が居たベッドには知らない少女が寝ていて、ノイルはただ、妹を思い出していた。妹が死んだ場所の近くにあるベンチ。そこで、妹とよく過ごしていた。久し振りに来た“あのベンチ”で、ノイルはルアと共に座る。
「いやぁ、手汗が出てきた」
「行きますよ?」
「ふぅ・・・あぁ、頼む」
立ち上がり、ルアは手を前に出す。
「魂使の精さん、ノイルの妹さんの魂を呼び覚まして下さい」
静かな病院の庭の一角、ルアはふと、ペルーニの声を心の中で聞いた。
〈叶うといいね〉
「うん」
〈・・・あ、来た来た〉
ルアとノイルには何も見えない。ルアはただ、嬉しそうなペルーニの声を聞いていた。
〈大丈夫だよ?〉
それから“突如”、そこにパジャマ姿の少女が現れた。ノイルはただ少女に目を留め、立ち上がる。
「リリーザ・・・」
これまでの事が、否が応にも頭に過る。――こんな事があって良いのか分からないが、今までの功績が認められた的な何かだろう。まぁいいか。
「ギガスの件は無事に解決しました」
「それは良かった」
アポロンもアルテミスも、その表情から緊張が抜けている。大方、“望んだ未来”に無事辿り着けたのだろう。そうユピテルは2人に微笑む。
「ギガスの母なる存在、それは私達にとって無くてはならなかった重要なピースでした。偶然とは言え、あなたには感謝します」
「あはは、ホント、偶然だよね。でも学者として、俺の研究が役に立てて嬉しいよ」
アポロン達はふと、研究員が行き交うこの場に何となく相応しくない3人の少女の内の1人、ルーナに目を留める。ふと振り返ったルーナ。するとルーナは2人に歩み寄る。
「アルテミスさん、いらっしゃい」
「えぇ。お兄様、ルアの妹のルーナです」
「私はアポロン、アリーの兄だ」
少し緊張したように頷くと、次にルーナはアポロンの“隣”に笑顔を向けた。
「精霊さんこんにちは」
シーナは満面の笑みで応え、バスは子供を見るような目でもって軽く挨拶を交わす。
「見えるのか?」
「あ、うん。だってあたし人間じゃないから」
「そう、なのか」
「ルア達はどこですか?」
「ノイルのところだよ。死んじゃった妹を精霊さんに頼んで生き返らすんだって」
ふと一瞬、アルテミスはアポロンと目を合わせる。
「そうですか」
「今日は何しに来たの?」
「ザ・デッドアイの事が解決したので、お礼に。それでようやく余裕が出来たので、ヘルと交わした、高級肉を食べさせるという約束を果たしに」
「え、それあたしも行っていい?」
「もちろんですよ」
「じゃあお姉ちゃんに電話するね」
ルーナが電話をかけ始めた一方、アポロンはルーナの背中を前にふとギガスの少女達を思い出していた。人間ではないと言うルーナ。なら、あちらの2人も、もしかしてそうなのか。
「ユピテルさん、ルーナや、あの2人も、ギガスの母なる存在として用意したものではないのか?」
「あぁそうだよ?でもそれは強制じゃない、ギガスの所に行きたいと自ら言った2人を向かわせたんだ」
「では、残りの3人は、何の為の存在なのだ」
するとユピテルは遠くの2人に目を向け、ルーナに目線を移す。その優しい眼差しには自分勝手な狂気さなどは伺えず、ただどこか、期待を寄せるような静かな情熱を感じた。
「この子達は、『新人類の母なる存在』といったところかな」
それからアポロンは父に提案した。母を、生き返らせないかと。審査が通るかは分からない。だが祈るだけやってみないかと。すると父は言った。アポロン、お前からならきっと審査は通るだろうと。意を決し、そしてアポロンは精霊に祈った。直後に声が聞こえた。ギガスの一族を救った功績を認める、今回は特別だ、と。その時、ヘルが高級肉に夢中になっている一方で、アルテミスとアテナは母に抱きつき、父と息子は静かに頷き合ったのだった。
読んで頂きありがとうございました。
それぞれの“元凶”は拭われ、第1章は完結です。次章の前に番外編があります。ほんの少~しだけ、次章との繋がりがありますので、投稿出来たら是非そちらも。




