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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第1章「ザ・デッドアイ」

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「ブルータス ―インデペンデンス―」中編

「アニ・ソーサを奪われたのはいつ頃ですか?」

「初めて脅されたのは、3ヶ月ほど前だ。アマバラからの使者と偽り、近付いて来たのだ。了承せざるを得なかったが、猶予を作らせた。研究施設や色々と技術を提供して。その間にザ・デッドアイを調べていたが撃退は叶わず、アニ・ソーサは昨日、奪われた」

「ねぇねと会ったのはいつですか?」

「アマテラス姫が亡命したという情報を掴んだのは、昨日。そして今日、アマテラス姫に会い、そのままここへ来た」

――アニ・ソーサが奪われたその後で、アマテラス姫の情報が、これは、まさか・・・。

「ねぇねと会ってずっと一緒だったの?怪しい所なかった?」

「会った後、改めて別の場所で落ち合う事になったが」

――しかし、あれは1時間もない。いや、それだけあれば十分なのか?。

「そうですか」

ツクヨミはふと、壁を見る。敵国の王子とは言え、後の停戦を考えた上での行動と、そして司令室の人を殺さなかったという事。朝霧に包まれた森で、分厚い蜘蛛の巣の向こうに穢れなき新芽を見つけたかのよう。そんな眼差しで見上げるアポロンは、わたしを殺気の無い表情で見ていた。

外見は綺麗な蔵に、スサノオは駆け込んだ。焦げ臭い司令室を見渡し、目の前に倒れ込んでいるマレイオの体に治癒玉を施す。程なくしてマレイオが意識を取り戻すと、治癒玉は別の人の下へと飛んでいった。

「スサノオさん」

――確かに、アポロンはこいつらを殺してはいない。しかしそれより、姉貴の指示でやった事、アポロンはそう言っていた。姉貴は知らないはずはない、この司令室は“ザ・デッドアイに貸してるワシの蔵”だという事を。

ツクヨミは隠し宝庫の前に立ち、何もないその壁に手を当てた。回転や仕掛けの動きを想像していたアポロンは直後、眉間を寄せた。フォーンという何とも不思議な機械音と共に、光の筋が中心から十字に走っていったのだ。そして手が放されると、壁は4分割されてそれぞれ上下左右にスライドして消えていった。

「随分と技術的だ。カマノシタからの通路とは大違いだな」

「あれはもう、200年以上も前からありますから」

「そうか」

現れた通路は短いものだった。その先の小部屋よりも前に、アポロンは短い通路に落ちているアニ・ソーサに目を留めた。――そもそも、アニ・ソーサを奪った理由は何だ。今ここにあるという事は、少なくとも霊器の力を用いての戦闘が目的ではない。それからアニ・ソーサを拾い上げ、アポロンは小部屋の中央に立つ石柱の傍に立ち、石柱を見つめるツクヨミを見る。

「・・・無くなっちゃった」

「そこに、何があった」

「霊命石です」

ツクヨミは走り出した。目の前を駆け抜ける彼女を、アポロンは何事かと呆気に取られる。それからなんと、真っ直ぐ大広間を抜けて廊下に出たツクヨミは袖を靡かせ、2階から中庭へ飛び降りた。スサノオならまだしも、可憐な少女が落ちて消えたそんな光景にアポロンは思わず後を追いかける。

「にぃにーっ!」

司令室から出てきたスサノオ。彼は駆け寄ってくるツクヨミより、ふとその向こうのアポロンに目を留めた。

「何かあったか?」

「霊命石、無くなってる」

「あんだとぉ!?」

「やっぱり、ねぇねかな」

「・・・けど、あんなもん持ってってどうするよ」

「霊命石とは、どんなものなんだ?」

「あれは・・・ギガスの長の魂が封印されたもんだ」

「ギガスの長の魂・・・」

「けど、100年も前から封印されていて、術者は解除方法を誰にも言わずに死んだ。もう誰にも封印は解けねんだ」

――なるほどな。

「アマテラス姫の、思惑が分かった」

「何ぃ?」

「これだ、アニ・ソーサ。これは私の父上、ゼウスが作った霊器。しかしただの霊器ではない、これのもう1つの特性は言わば鍵だ。これで封印出来ないものは無い、そしてこれで解けない封印は無い。アマテラス姫は、その霊命石の封印を解く為に、ザ・デッドアイを使ってアニ・ソーサを奪った」

「まだ、姉貴が霊命石を持ってったと決まった訳じゃない。第一、霊命石の封印を解いたら長が暴れ出す。姉貴が、アマバラを災いに晒すなんてあり得ない」

「災い?」

「長が封印されたのは、アマバラの敵だったからだ。それより今は姉貴より霊命石よ、日が沈む前に探さないと」

――ギガスの長とやらは、封印が解かれたとすればアマバラを襲うのか?。それは見境無しにか?。それなら直ちに探し出さなければならないが。

「封印が解かれたなら、もう騒ぎが起きてもおかしくないのではないか?どこか、ギガスの長が狙いそうな場所はないのか?」

「狙いそうな場所だ?・・・」

「それか例えば、アマバラの王など」

「にぃに、母様達が危ないかも!」

「おう。ワシは兵を集める、先行け」

「うん!」

「お主、ツクヨミの事頼んでいいか」

「分かった」

スサノオは走り出すも、ツクヨミは動かなかった。すると直後、少女は自身の左手に向けて声を上げた。

「ランショウ!センカショウ!」

左手の中指に嵌められた指輪、それは霊器だ。そしてその指輪から風を切って出てきた“2つの光”に、アポロンは唖然としていた。――まさか霊器から、守護獣が出てくるとは。ツクヨミの周りを舞って出てきた光が「ケツァルコアトル」と「テスカトリポカ」になると、直ぐ様ツクヨミはテスカトリポカの背中に跨がった。

「アポロンさん、センカショウに」

「やだやだっ知らない人乗せたくない!」

「センカショウ、一大事なの!」

「乗せたくないけど、掴んで飛んでくのならいーよ」

肩を掴まれ、“運ばれていく”アポロン。向かう先を尋ねると、ツクヨミは「聖堂」と応えた。そこはアマバラの女王であるイザナミとその夫のイザナギが住んでいる家である。すでに隠居の身である2人は、子供達が助けを求めに来た時にだけ政治に参加するのだそう。しかしその聖堂への道中に、アマテラスは居たのだった。

「ねぇね!」

半ば落とされたかのように着地したアポロン。しかしそれでも礼儀は忘れてはならないと、彼はセンカショウに手を挙げてみせた。

「ありがとう」

「はいはーい」

「あらツクヨミ、アポロン様も」

「ねぇね、霊命石が無くなっちゃったの。知らない?」

「ふふふ・・・あらあら、無知な貴女はまた一段と可愛いわ」

悪意の籠められた微笑み。風が凪ぐ不気味さを孕むが如く、刹那が凍えた。――疑ってない訳じゃないし。疲れるなぁ、“いい子”で居るのも。そうツクヨミは途端に憑き物が落ちたように、いや“落とした”ようにため息を吐き払った。

「やっぱりあんたなんだ霊命石盗ったの。言っとくけど、最初から知ってたから――」

明らかに“どっしり”としたその声色にアポロンは何となくツクヨミを見上げる。その少女は、テスカトリポカの背中の上で仁王立ちしていた。

「――ねぇねがギガスと人間のハーフだって」

一瞬、アマテラスは眉間を寄せた。それから、ツクヨミを見るアマテラスの眼差しは変わった。それは明らかに“愛しい妹を見る目”ではない。

「そう。でも今更そんなお話されても、これから起こる事に何もお変わりはなくてよ?」

「本当に、霊命石の封印解いちゃったの?」

言葉で応えるより前に、アマテラスの体は炎に包まれた。ボオッと炎が燃え上がるような音を立てて広がる赤い翼。それから人間と同じくらいの大きさだった炎は勢いよく膨れ上がった。

「クェ~」

と声を漏らすセンカショウ。そしてアマテラスを包む炎が吹き消え、ザクッと地面を鳴らす大きな爪。岩壁のような巨腕。猛々しい頭髪に荒々しい角。その姿にはハーフどころか人間の面影はない。巨体を支える大木の如く太い尻尾がサラッと揺れ、最後に肩が落ちるほど深く鼻息が下ろされる。――ギガスと人間のハーフ。そんなものは初めて見ると、アポロンはただ“アマテラス”を見上げていた。

「ねぇね、ずっと霊命石狙ってたのは何で?」

「愚問だわ。ギガスの長の封印をお解きする、ギガスが皆、お望みでいる事よ」

「ねぇね、例えギガスでも、今まで一緒に過ごした時間は嘘じゃないでしょ?それでもお城や聖堂を壊すの?」

アマテラスは黙り込む。その一翳りを感じさせた表情に、ツクヨミは“姉”を見ていた。

〈黙れ小娘〉

アマテラスから聞こえた“男の声”。そしてアマテラスの胸元から透けて出現した光の蠢く球体。それは人間の手で掴めるほどの大きさだが、その威圧的な声はただただ球体だとは思えない神秘さがある。

〈もとはと言えばお前達人間共がギガスを圧してきたのだ。挙げ句に我は封印された。このアマバラは最早、滅びるに値する〉

「アポロンさんアニ・ソーサを!」

「あぁ」

しかしその一瞬で、ギガスの長はアマテラスの中へ入り込む。体をビクつかせ、「あっ」と声を漏らすアマテラス。まるでそれがギガスの長の片鱗なのかと、直後アマテラスは“変身”した。今まで見たギガスより、一回り巨大なその身体。そしてその胸元にはギガスの長である事を体現するように浮き出た、光の蠢く球体。

「ねぇね!」

「アマテラスも悦ぶだろう。我と、我等ギガスの念願の礎になる事を」

「そんな・・・」

ツクヨミは膝を落とした。――例え種子が違えども、同じ土を分かち合い、そして咲かせた思い出は消して虚ろなものではない。ギガスはそもそも精霊。ならあれはただの霊獣化のようなもの。ねぇねはまだ死んでない。

「アポロンさん、あの球体さえ何とか出来れば、ギガスの長はねぇねから離れるはず」

「だが、アマテラス姫も、望んでギガスの長を蘇らせたのだろう?」

「ねぇねは、それでもアマバラの人間だもん!」

「プライトリアの王子よ。アマバラはただの蛮族だ。ギガスを支配し、プライトリアをも手中に治めんとする。ギガスがアマバラと戦ったのは、理不尽な支配からただ逃れる為だったのだ」

「何だと」

「我等ギガスが望むのは、独立だ。ギガスとの半身である人間を産ませ、人間達の中に紛れ込ませる事は、この時の為の種だった」

「ギガスの長よ。アマバラをどうする気だ」

「無論、滅ぼす」

「罪の無い国民もか」

「アマバラの理念を滅ぼす為なら、仕方ない。だとすれば何だ、我と、戦うか?」

アポロンはツクヨミを見上げる。その少女は無論、戦う事を望む懇願の眼差しを見せる。

「人間を滅ぼす、そんな穢れを気高き精霊が背負う必要は無い。大人しくして貰えないなら、力ずくでそうさせるまでだ」

「フンッ・・・人間ごときが、力で精霊に勝てるものか」

とあるホテルで、アテナは膨れていた。そんな不機嫌な姫に、ティネーラは宥めるような眼差しを向ける。それからコップの中の水が無くなれば注ぎ、皿の上がキレイになれば料理を取ってくる。依然として、サザーリニの自動車工場ではブルータス、そして魔獣が籠城している。しかしいつ、魔虫が暴れ出すかは分からない。そんな緊張を、ノイルはタブレットで視聴していた。それからケーキを食べ、ようやく笑顔になったアテナを見てティネーラがほっとした頃、ノイルの携帯電話は鳴り出した。相手はベクトラだった。

「はいキャプテン」

「撤退はしょうがないよな。で?いけそうか?」

「ブルータスに関しては問題無いです。ヴァンガードとかいうのはすばしっこいですが、形はスタンダードと同じなんで大丈夫です。“それ以外”は接触してないんで何とも。魔獣の方も、本人は手応えを感じてるようです」

「ん。お前ら何か聞いてないか?魔虫工場の話」

「魔虫工場ですか。いやないです」

「色々探してはいるんだが、まだ何も挙がって来てないんだ。ま、何か聞いたらお前も情報挙げてくれよ」

「はい。ロドニオスでも何も出なかったんすか?」

「あぁ。まあ今まさに証拠品洗ってるから、いづれ何か出るだろ」

「じゃあもうキャプテンの耳に入ってますか?変な未送信メール」

「未送信メール?何じゃそれ」

「え。ああ文面は一行で『狂者が死者を喰った』という意味深なもので。もしかしたら、ガサ入れの直前に、俺達警察に向けて書き残されたものじゃないかと」

「未送信メールだな?すぐ探させるわ」

獣の雄叫びが夕暮れに轟く。アポロンが振り返ると同時に、“光の獣”がアポロンの頭上を駆け抜ける。光輝く獣ではなく、言わば獣の形をした光といったようなものが、ギガスの長を襲った。目にはハッキリと分からない速度で、日が暮れていく。

「にぃに!」

スサノオは数人の兵士を従わせ、ギガスの長を見据えていた。初めて見るほど巨大なギガス。あれがまさか、本当にギガスの長なのかと。光の獣「オロチ」は霧散した。その巨腕で薙ぎ払われたのだった。それでも途端に光は集まり、オロチは獣の形を甦らせた。そんな時、アポロンの横を、スサノオは駆け抜けた。

「オロチ!」

スサノオは飛び上がり、オロチは瞬時に剣に入り込む。剣を振りかぶるスサノオを前にギガスの長は身を構え、そして剣身は光輝く。

蛇王(だおう)嵐砲(らんほう)ぉっ!」

剣が降り下ろされ、雄叫びが轟き、閃光が走った。光の獣が嵐を纏い、彗星の如くギガスの長を襲うその光景は、まるで生きた嵐が噛み付いたかのよう。それはギガスの長を押し出していくが同時に霧散する光が四方八方に飛び散り、風音が砂煙を弾き上げていく。

「クェ~」

と声を漏らすセンカショウ。引き摺られた跡だけが地面に残った結果を前に、スサノオは再び剣を構え、剣身を指で勢いよくなぞり払う。

「無駄だ」

剣身が光輝き、剣と腕が同時に振り出される。獣の雄叫びは光と共に霧散し、そして(オロチ)より早く、スサノオは叩き飛ばされた。

「にぃ――」

舞い上がる砂利に、思わずアポロンは顔を背けた。――これは腕力だけの風圧ではない。やはり呪文など無くとも霊力が溢れているんだ。ザクッと、剣が地面に落ち刺さる。アポロンが振り返るとスサノオは立ち上がり、治癒玉に纏われていた。だらんと腕を垂らし、頬に血が滴りながらも、スサノオの眼差しだけは獣の如く気迫に満ちていた。

「行くぞバス」

アポロンは顔の右側に手を添えた。指の隙間からギガスの長を見通すアポロンの右目が、金色に染まる。それから右側頭部にだけ角が生え、右側だけ少し逆立った髪が紫がかる。

「ほう。この時代にも、悪霊憑きが居るとはな」

闇が満ちかけたアマバラで、金色の片眼が妖しく光る。そしてその手に紫色の炎が纏った時、ギガスの長が飛びかかる。

紫火柱(フィレヴ・ストグニア)――」

「遅い!

 ――覇王剣(シュジリミーシ)

ヴオンッと風圧で砂利が舞う。それはアポロンの背後へ飛んでいった。ギガスの長は、見つめていた。自分の拳を受け止めた紫色の炎に垣間見える、アポロンの眼差しを。そして瞬時に腕が弾かれる。

紫火柱(フィレヴ・ストグニア)!」

()き上がる紫炎。生半可な熱波ではない霊力に、ギガスの長は夜空を仰ぐ。そこに、激烈な炎をアポロンが飛び抜け、覇王剣が降り下ろされる。

「クェ~」

と声を漏らすセンカショウ。爆発する勢いの紫炎に呑まれて、倒れ込むギガスの長。しかし素早く巨体を立ち上がらせ、夜空に雄叫びが轟いた。

「ハアアッ」

振り上げられたギガスの長の腕。しかしそれはただの風圧ではなかった。激しく靡く覇王剣、舞い上がる土と砂利、テスカトリポカにしがみつくツクヨミ、煽られるケツァルコアトル、耐えきれず転がるスサノオ。

「その程度では、我の憎しみは止まらないぞ!」

地面に突き立てた覇王剣で身を守っていたアポロンは、みるみる再生されていくギガスの長の胸元の傷を見ていた。

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