「ブルータス ―インデペンデンス―」前編
「先ず、絶対に口外しないって約束して欲しい」
相変わらずすかした顔。そんなユピテルの言葉に、ラルガは面倒臭そうにため息を漏らす。契約とか、今更そんなキナ臭え言葉に息を飲んだりはしない。しかしそれは、少なからず目の前に居るヤツがマフィアではなく、“ただ怪しいヤツ”だからなのかも知れねえが。しかしそれより、こいつは何で、俺が魔獣だと分かったんだ?。
“見えない壁”に勢いよくぶつかり、跳ね返って転がるヴァンガード。無意識に、ヘルはルアにテレパシーを漏らしていた。つまり、ヘルとルアを守る光壁は常に、ヘルとルアが作る融合光壁だ。しかしそんな事を知る由もなく、ヴァンガードは躍起になって衝撃波を放ち、そして殴りかかる。
「・・・破ったらどうなんだよ。抹殺か?ハッどうせそんなこったろ、どいつもこいつも」
「・・・困る」
「あ?」
「いや、困るんだ、俺が。だから破らないで欲しい」
「マフィアに向かって、破らないで欲しいだ?ハッ」
「20が嫌なら、22でも」
「チッ・・・金じゃねえ、てかセコ過ぎるだろ、たった2かよ」
ふと訪れる沈黙。ユピテルはまるで“普通の人間”と話しているように、微笑んでいた。ラルガは何となくむず痒く、居たたまれなくなり、窓を見る。
「言わねえよ。そんな事で人を脅せるほど俺は賢くねえし」
「じゃ、決まりだね。先ずはそうだな、ザ・マッドアイの事、話そうか」
ルアが撃ち放った“7本の光矢”がヴァンガードを襲う。さっきのブルータスとは段違いの素早さ。しかし1本でも当たるとヴァンガードはひっくり返り、動きは鈍る。そこにヘルが放った“一閃の光”が襲う。しかしその瞬間、ヴァンガードは尾状器官を使ってピョンッと跳ね上がる。
「ザ・マッドアイのリーダーはね、俺の知り合いなんだよ」
第12話「ブルータス ―インデペンデンス―」
「名前はエーバドルフ。元は、ここに居たんだ。けどまぁ、裏切りっていうか、いや、言うなら、独立かな」
「エーバドルフ、聞いた事はあるな。独立って・・・どっから」
「ここだよ。ニルヴァーナ」
「じゃあお前、やっぱりザ・マッドアイの人間なんだな?」
「俺は、ニルヴァーナの研究員さ」
それでも微笑みを崩さないユピテル、そして彼を睨むラルガ。――こいつは、例えどんな状況でもヘラヘラしてんだろう。そういう人間なら、仕方ねえ。
「だが、無関係じゃないんだよな?」
「うん」
「ニルヴァーナとザ・マッドアイの関係は何だ。ただ技術を売ってる関係か?」
「言うなら、研究室、かな」
ルーナはブンブンと動き回るヴァンガードを眺めていた。ルーナを襲うような事があればストライクが黒い“一閃の氷塊”で邪魔をする。しかしすばしっこいと顔をしかめるストライク。それから“もう一方のヴァンガード”には黒い滝の刀で斬りかかるとそんな時、何やらベチンッと鈍い音が背後から響いた。思わず振り返ると、ルーナの近くに居るヴァンガードはひっくり返っていて、ルーナは水色の光で出来た大きな“ハエ叩き”を持っていた。
「まさか、つまりザ・マッドアイの下請けじゃなくて、ザ・マッドアイが、ニルヴァーナの下請けか?ハッ・・・ハハハッ」
「おや、可笑しいかい?」
「いや、面白えよ。天下のマフィアが、まさか民間企業の下っ端だったなんてな。お前ら、ぶっ飛んでるぜ。てか、じゃあ何でマフィアなんか」
「君が研究者だとして、でも法律に叛くような派手な事は出来ない。ならどうするか、分かるよね?」
「マフィアなら、法律なんて関係ない、だろ?」
すばしっこいヴァンガード。しかしやはりアテナは最強の騎士。初めて相見える敵でも即時に順応し、迎撃する。自分を狙うヴァンガードはあと残り2体、そんな一瞬、アテナは鞭のように振りだされた尾状器官を目に留め、それを雷火槍で弾き返す。アテナに歩み寄ってくるギール、同時にギールの尾状器官の2本がアテナを襲う。その束の間、アテナは雷火を放つ。しかしその一筋の雷光はギールの手でいとも容易く叩き払われた。
「面白え、ますます気に入ったよ。何も知らないマフィアの一員で居るより、マジの大ボスについた方が楽しそうだ」
「そうか、まぁ良かったよ」
「で?あんたらの、目的は?あんな魔虫を作って、国でも潰すのか?」
「ニルヴァーナの目的、それは、ただ1つさ。と言っても、今サザーリニに居る魔獣は俺の思い描いてるものとは違う。言っただろ?エーバドルフは独立したんだって。とは言え魔獣は、学者なら地球上の誰もが必ず考える事さ。魔獣は――」
しかしアテナは逆にニヤついた。ふとロドニオスの魔獣を思い出す。衝撃波で身を守られてしまうと、“ただの”雷火ならあの程度。それなら“先ずは”崩天と同じ5発分。
「雷火五層」
一筋の雷光がギールを襲う。案の定かわさずに居るギールは直後、突き押されるように3、4歩後ずさった。驚くように顔を上げ、アテナを睨むギール。
「――『人類の夢』だからね」
どーよと、言わんばかりに微笑むアテナ。それからアテナが走り出した直後、ギールは空に向けて衝撃波を放った。同時にアテナを牽制する尾状器官。ドンと小さな音が夜空で鳴った途端、夜が濃くなった。煙を上げて落ちていく軍用ヘリを、アテナやストライク、ルア達が見上げた時、衝撃音と共にまた少し夜が深まった。警察や軍人達のざわめきの中、ソクラは無線に耳を傾ける。
「ノイル、サーチライトがやられてく」
「くそぉ・・・おいストライク応答しろ。・・・撤退だ。暗闇じゃ何も出来ねえ」
「俺が言う事じゃねえが、だからって、生確法があるここで実際にここまで行動を起こすヤツぁ居ねえよ」
「まあ・・・そうだね」
「あれ、けどよ、最初から、ザ・マッドアイでいいんじゃねえのか?」
ラルガのそんな問いに、ユピテルは何やら自慢げな微笑みを見せる。自分の研究の為ならマフィアだって作る、そんな男の微笑みに対して、ラルガは最早胡散臭いものを見るような眼差しを返す。
「せめてもの、ルサンチマン・コントロールかな。ベルデルートくん悪いけど、明日でいいかな、もう日も沈んじゃったしさ」
「構わない」
「それじゃ、ディナーでも食べようか」
地下通路の先のエレベーターで城内に出るが、そこは扉の見当たらない小さなエレベーターホールだった。しかし戸惑うそんなアポロンに、アマテラスは上品に微笑んでただの壁に手を当てて見せる。すると中心を軸に壁は回り、そこには人が通れる隙間が生まれた。
「仕掛け扉か」
「えぇ。お隠れしながらお逃げする為ですから」
鎮座するホールに、まったく似合わない綺麗な内装。しかしザ・デッドアイの事が無くてもホールはそもそも便利な代物。そしてそのホールの設計図は、純粋な技術発展の為に国を越えて広まった。アポロンはその大広間を見渡す。ザ・デッドアイの人間達は居ないようだ。
「ではアポロン様、お願いしますわ」
「あぁ」
アポロンは親衛隊の数人に連れられ、廊下へ出る。1階から吹き抜け、空まで仰ぐ大きな中庭。戦争などしていなければ、ゆっくりと眺められるものを。地下通路でアマテラスは言っていた。
「1階の東側にある1つの蔵は現在、ザ・デッドアイに占領されてます。そこは司令室にもなっていて、急襲すれば混乱はお免れにはなれません。そのお隙の中で、妾が大事なものをお持ちに」
そしてその蔵の前で、アポロンと親衛隊は目を合わせ、頷いた。親衛隊の1人が扉に手をかけ、緊張が漂う。重たそうな扉が音もなく滑っていく。ザ・デッドアイの人間達がアポロンに気が付いたのは、開ききった扉がガタンと鳴った時だった。すぐさまやって来る黒い服の男。
「お前、プライトリア人か?何でだよここアマバラだぞ」
「アマテラス姫に案内して貰った。直ちにアマバラから出ていった方がいい。さもなくばこの蔵共々、消し炭になる」
「は?・・・バカな、そんな訳ねぇよ。そもそもスサノオさんが許す訳ねぇ」
「アマテラス姫の弟か。だがお前らはアマバラを支配し、プライトリアを侵略しようとした悪だろ。それにそもそもこの世界にお前らの居場所は無い。出ていかないのなら、それでもいい」
アポロンが手を前に出し、掌を上に向ける。ザ・デッドアイの人間達がそんなアポロンに注視し、黒い服の男は摺り足で後ずさる。その表情は驚きと恐怖、つまり混乱に染まっていた。
「火柱!」
その頃、鍵を壊された小さな物置にある「霊命石」の前に、アマテラスは立っていた。蝋燭立てのような細い石柱の上に置かれた、“光が蠢く球体を包んだ透明な球体”。そしてそんな霊命石に、アマテラスはアニ・ソーサを向けた。アニ・ソーサから伸びるレーザーポインターのような一筋の光が霊命石に当たった途端、霊命石は光を放ち、まるで身を守っているかのような透明な球体を溶かしていった。ゴツンと、アニ・ソーサはアマテラスの背後に投げられた。目を見開いたアマテラス。欲望と抑えられた狂喜を宿した眼差しの彼女はそして、光が蠢く球体を鷲掴みした。
「お前がアポロンだな?」
内部が破壊された蔵を出てきたアポロンを“待ち構えていた”1人の男。アポロンはふと、親衛隊の姿がない事を認識する。
「そうだが」
身軽そうに鎧と服のバランスが整った男は背中に携えていた剣を抜いた。その表情は怒りと敵意に満ちていた。
「やるじゃないよ。ここまで忍んで中枢に入り込み、司令室の破壊工作か、敵ながらあっぱれだ」
「何だ、お前――」
剣は降り下ろされた。剣身に纏っていた光が爆発するように天を突き、敷石を舞い上がらせる。その一瞬、消え行く光からはまるで獣の雄叫びのような轟音が鳴り上がった。それから間髪入れずに振り抜かれる男の剣。光の雄叫びが空を切ったそこを、男は睨みつける。言葉なく再び光が雄叫びを上げる。しかしその時、その剣をアポロンは紫色の覇王剣で受け止めていた。
「誰だお前は」
「お主の敵よ」
光の雄叫びが上がり、紫色の炎が揺れ盛る。言葉なく、何度も何度も、敵意と自衛心の衝突が2つの剣を響かせる。とても剣捌きの長けた男だと、アポロンは目を見張っていく。何度目かの光の雄叫びの後、男は少し距離を取った。そして剣身に人差し指と中指を乗せ、勢いよくなぞり払った。途端に剣身は光輝く。アポロンはそれが霊器だと分かっていた。だからこそ、その眼差しに鋭さを増していた。
「にぃにっ!!」
少女の声が突如響く。一瞬目を逸らすものの、それでも男はその体勢を崩さず、敵意の一欠片も納めない。だがアポロンには分かっていた、男はその体勢のまま、敵意を“停止”させたのだと。
「ツクヨミ、邪魔すんな」
男の背後から1人の少女がやって来る。気品に満ちたドレスを動きやすいように縛り上げた格好の、見た目はアルテミスよりも若そうな少女。
「お城壊れるから!手加減して」
「プライトリアの王子だぞ!本気出さないなんて無礼だろが」
「そーゆー問題じゃないからー!」
「お前はまさか、スサノオか?」
「おうよ。本丸のど真ん中に1人で来るなんて気に入った。全力で礼してやらぁ」
「1人ではない」
「え?」
「アマテラス姫に、避難通路である地下通路を案内して貰った。でなければ、誰にも見つからずに城に入るなどあり得ない」
「・・・え?」
スサノオは敵意を納める、というより、戸惑っていた。それはツクヨミも同じだ。――つまりアマテラスの行動は、この2人の知らない所にある。それは亡命からか、それとも私を城に招き入れた事からか。
「姉貴に会ったんかぁ!?どこでよ!」
「亡命した事は知れているか。アマテラス姫は、デーモンズ・キャニオンに居た。それより、カマノシタという町のザ・デッドアイの拠点からこの城へ共に来たのだ。それすら知らないのか?」
「ねぇね、今居るの?どこに?」
「ホールのある大広間で別れた」
するとスサノオもツクヨミもお互いを一瞥すると慌ただしく走り出した。――つまり、アマテラス姫は、どこに姿を消したという事も、城に戻るという事も知らせていない。何か、アマテラス姫だけの思惑でもあるのか。
「突っ立ってんな!お主も来い!」
大広間へ駆け戻ったアポロン。そこに、アマテラスの姿は無かった。不気味な静寂が降りかかるそこを、アポロンは見渡し、そしてある気配を感じていた。この世界は精霊使いで溢れている。故に霊器も少なくない。本来霊波だけでそれが誰かやどの霊器かなどの判別は出来ない。だが、“あれ”は特別だ。この霊波は、アニ・ソーサだ。そしてアポロンは鮮やかな模様の仕切りを引いた。大広間と隣接するのはまた大広間。木の匂いがほのかに立ち込める床に一瞬気を引かれながらも、アポロンはその大広間のとある壁に歩み寄る。ふとアマテラスが開けた、仕掛け扉を思い出していた。壁に手を当てるアポロン。――ん、何だこれは。開かないじゃないか。
「アポロンさん・・・」
振り返ると、ツクヨミが居た。彼女はどこか、哀れむような眼差しをしていた。
「どうして・・・ねぇねに会ったの?」
「アマバラはザ・デッドアイに支配されているのだろう?それならザ・デッドアイを壊滅させる為に味方に付ければ、後の停戦にも繋がると思ったんだ。そんな中で私の密偵がアマテラス姫の亡命という情報を掴み、それで会いに行った」
「ザ・デッドアイ・・・に支配されてるなんて話、ないけど」
「何だと!?クーデターの話は」
「ああ、あれは・・・帰還というか、お別れ?あ、独立、かな」
「だが、現にザ・デッドアイは私を脅し、アニ・ソーサを奪った」
「それは・・・多分悪い人達の事でしょ?確かに悪い人達も居たけど、ここに居るザ・デッドアイの人達は、悪い人達じゃないよ」
「なら何故、アマテラス姫はアマバラから姿を消した。アマテラス姫が言ったんだ、大事なものを奪われ、そのせいで下手に出ざるを得ないと」
「・・・大事なもの・・・」
――どういう事だ。まるで話が噛み合わない。そもそも支配されてないだと?。そんなバカな。
「この壁を開けてくれないか。向こうに通路があるんだろ?」
「だめだよ。その先には国宝があるの。確かに大事なものだけど、別に奪われてないし。そもそもザ・デッドアイの人達は開け方も知らないもん」
「なら何故、この壁の向こうにプライトリアの霊器、アニ・ソーサがあるんだ」
「・・・え」
「本当は全部、お主の采配なんじゃないのかよ」
障子をサッと開け、そう言ってスサノオは真っ直ぐアポロンを見据える。今にも飛びかかりそうな、先程の殺気の再燃。
「姉貴をたぶらかしたんだろ。それでここに忍び込む手段を聞き込んだんだろうよ」
「違う」
「アマバラの国宝狙いか?開けて貰った途端に口封じでもする気だったかあ?」
「・・・もしそうなら、わざわざ私がここに来る必要などないだろ。たぶらかしたのなら、その国宝とやらを持って来させればいい」
「だったら、目的は何だ。無意味にザ・デッドアイの奴らを殺して、何しに来やがったよ」
「あの司令室を急襲したのは、アマテラス姫の指示だ」
「ケッ信じられるかよ!」
「なら見に行けばいい。司令室は確かに破壊した、しかし人の命までは奪ってない」
「あんだと?」
「アマテラス姫は、私が司令室を急襲している間に大事なものを持ち出すと言っていた」
――いや、それを持ち出した所で、それからどうするとは何も言ってなかった。その後で、大広間で待っているならまだしも、何故私の前からも姿を消した?。
「ツクヨミ、ちょっと見て来る」
「うん」
静かに走り出したスサノオは袖を靡かせ、2階から中庭へ飛び降りた。――振り返ると、ザ・デッドアイはアニ・ソーサを奪うとすんなりと逃げ去った。侵略というには実に“静か”だった。あれはまさか、目的は侵略ではなかった?。




