「ブルータス ―リベンジ―」後編
ルーナはリヒカと肩を並べて、バルコニーから壮大な景色を眺める。同時にリヒカが人間じゃない理由を聞けば身の上を話しながら。
「それからセリーアンが、特効薬が出来ても戦うって言って、それならあたしもみんなと一緒に戦いたいって思ったの。でもあたしが戦うのは、人間じゃなくなった事よりも、ママが殺されたからかな」
するとリヒカはルーナの手を取り、決意を固めたような熱い眼差しをルーナに見せた。
「わたし、ルーナに全力で協力するからね」
「うん、ありがとう。でもあたし、戦うのあんまり得意じゃないからちょっと不安で」
「大丈夫だよー、わたし達には魔法があるし。それにね、人間と違って動物は、精霊との・・・合体みたいなのが出来るの」
「合体?」
「正確には『霊獣化』っていうの。精霊の世界の掟でね、人間には霊力しか貸せない事になってるんだけど、動物には霊力を貸すだけじゃなくて憑依も出来るの」
「ひょーい?」
「うん、つまり、要は合体ね」
「へー。合体したらどうなるの?」
「そもそも、人間が魔法を使う時はね、精霊は100パーセントの霊力を貸しちゃいけないっていう掟があるの。でも、動物にはそういう決まりがないの」
「何で?」
「分かんない、そういう掟だから」
「へー。じゃあ、動物は、人間よりも強い魔法が使えるの?」
「うん。しかも霊獣化すればフィルターが無くなって、霊力の純度も上がって、もっと魔法が強くなるよ」
「そうなんだぁ。でもそしたら、気を付けなきゃね」
するとまたルーナの手を取り、リヒカは力強く頷いた。
「うん、そうなの。周りの人とか巻き込まないようにね」
サザーリニにて、ストライクの背中越しにブルータスを見つめながら、ルーナは変身し、力強く頷いた。あれからリヒカは決め台詞を決めようと言った。その方が、スイッチみたいに切り替えがしやすいからと。そしてルーナは、全身に力を込める。ふと、ずっと前に見たアニメを思い出していた。
「・・・霊獣進化ぁー」
氷弾二層を放った後に、ストライクは振り返った。え?、というクエスチョンマークを頭に浮かべながら。それは一瞬だった。水色の光が足元から体を包み、空へ消えていく。しかしすでに、ルーナは“変わっていた”。ヘビのような太い尻尾が生え、下半身だけがより爬虫類化したそんなルーナに、ストライクは目をぱちくりさせた。
「ルーナちゃん、どしたのそれ」
「えへ、霊獣化っていうの。だってあたし、そもそも人間じゃないんだよ?」
「ああ、うん・・・霊獣、化・・・」
「あ、ほらっ」
「ギャガガガッ」
ストライクが振り返った時、すでにブルータスの顔面は青白い光に覆われ、更にその巨体は重たい音と共に吹き飛ばされていった。
「わぁ、やった」
「何だ今の、呪文も言わずに・・・」
必死に鞍の取っ手を掴みながら、ルアは孔雀みたいな毛並みになってしまったヘルの後頭部を見つめる。それからヘルは光壁で衝撃波を防いで再び“一閃の光”でブルータスの顔を叩く。勢いよく倒れ込んだブルータスは素早く立ち上がるものの、その首筋辺りからは血が滴っていて、するとブルータスは怒りからか聞いた事のない呻き声を漏らす。
「(光刃一爪――)」
直後にブルータスとヘルはお互いに飛びかかる。迫ってくるブルータスに、ルアは鞍の取っ手を強く握り締める。しかし同時に、ヘルに対する信頼は冷静さを呼び覚まし、ルアはプリマベーラのシリンダーに“光矢”を溜める。そしてブルータスは腕を振り上げ、ヘルは前足を振り上げる。
「(――三層!)」
ブルータスの腕より早く、一閃の光がブルータスを切り裂いた。殻が割れるような鈍い音と吹き上がる鮮血。そして直後――。
「光矢」
プリマベーラのシリンダーが高速で一周する。ルアは今、片手でしかプリマベーラを持てない。しかし自動でハンマーは引っ張られ、自動で矢は放たれた。“7本の光矢”が、絶え間なくブルータスを襲う。ブスブスッと波打つブルータス。長年の癖で、無意識にヘルはルアの考えを悟る。ルアが何も言わなくとも、ヘルはそのまま動きを止め、ルアは両手でプリマベーラのグリップを持つ。
「光矢――」
自動でハンマーが引っ張られる。同時にルアはシリンダーに光矢を溜める。ルアはバルコニーでの話を思い出していた。
――キラキラと舞うペルーニ、ルアの心は「感心」を認識する。まるで表情を見るかのように。
〈秘密で霊器をプレゼントするなんて、ルアはすごい愛されてるんだね〉
「うん。それは嬉しいけど。でもまだ何か隠してるのかなって思っちゃう」
〈もしそうでも、きっと話せない理由があるんじゃないかな〉
「そうかなぁ。それで、これどう使うの?」
〈霊器を使う良い点はね、霊器を使わない時より精神力の消耗が抑えられるって事なの――〉
「――七層」
シリンダーが高速で一周する。同時に7本の光矢が1つに重ねられながら。そしてハンマーが戻り、“1本の光矢”が放たれた。あれからペルーニは、霊器はそれ自体が「霊力増幅」の作用もあるとも言っていた。しかしその強力さが理由で、本来は所持するのに許可が要るとか。
ブルータスの体を突き抜ける光矢。消え入るような唸り声を漏らしながら、そしてブルータスはゆっくりと動かなくなった。しかしルアはブルータスという強敵を倒せた事よりも、ヘルに釘付けになっていた。
「ヘル、毛並みがお祭り騒ぎだよ」
「(そう?ボクの精霊、孔雀みたいなキレイな鳥でね、何か、動物なら精霊と合体出来るんだってさ)」
「合体!?」
「(しかもね、この名札、ただの名札じゃなかった)」
「え・・・また?」
「(えへへ、そうみたいね。この名札はね、何か霊力増幅の魔法がかけられたっていうお守りみたいな感じらしいよ)」
「お守り・・・そっか」
ブルータスが飛びかかってくる。更に4本の尾状器官を背後に向け、衝撃波でもって加速して。しかしアポロンは1ミリも後ずさりせず、ブルータスを睨み付ける。その手には“紫色の覇王剣”が握られていた。腕を振り上げるブルータス、その一瞬、アポロンは地面を蹴った。そして、紫色の爆炎が立ち上った。空に消え行く紫色の炎、舞い上がるブルータスの片腕、尾状器官。その中から垣間見えるアポロンの右目は、金色に染まっていた。
「本来はな、人間の体はハイクラスの霊力に耐えられないんだ。そのまま魔法を使うと、人間の体は霊力に焼かれる。シーナちゃんと聞いとけよ?試験に出るぞ」
「うんっ」
“独り”街を歩くアポロン。しかし例によって彼の瞳の中にはシーナとバスが居た。
「そこで、昔の精霊使いは『霊膜』を作ったんだ。要はまあ文字通り、人間の体に霊力の膜を張って、体が焼かれるのを防ぐんだ。けどやり方はそんなシンプルじゃない。人間の体に、精霊の体の一部を融合させる。人間の体が半分精霊になっちまえば、霊力も体を焼けないって、そういう原理だ」
「でも、人間に憑依しちゃだめなんでしょ?」
「ハイクラスってのは、要は“資格の証明書”だ。制御を解除した強大な霊力の扱い方をちゃんと体に叩き込んだっつうな。だからハイクラスなら、半分だけ憑依してもいいって、この世界の霊王が取り決めた」
「そうなんだぁー」
小さな赤い片翼を生やしたアマテラス。彼女に飛びかかったブルータスは直後、牙のような鋭い炎に噛み砕かれた。
「ルーナちゃん下がって」
そう言ってストライクが振り返った途端、ストライクは一瞬の黒い光に覆われた。直後、ルーナは目をぱちくりさせた。こちらに半分振り返っているストライクの髪には緑色のメッシュが入り、更にそこから角が生えていた。
「角生えてるよ?」
「あぁ。俺も、精霊と半分だけ融合出来るんだよ」
「え、へー」
そんなストライクに唸り声を聞かせるブルータス。その様子には疲労が伺えていて、顔からは血が滴っていた。そして両者が睨み合ったその直後、ブルータスは飛びかかった。
「滝氷刀」
まるで鏡のようにキレイで、刀のような形をした黒い光が、ストライクの手から止めどなく溢れ出ていく。そして気合いの込められたストライクの一声。ルーナは、振り上げられた“黒い滝”をただ呆然と見ていた。流水音がバシャアッと、ブルータスを切り裂いた。
資料室。ラルガがパソコンの前に立ってからしばらくの時間が過ぎた。そんなラルガを、ユピテルとベルデルートはずっと眺めていた。そしてまた、何度目かの「クソッ」という悪態。
「どこもかしこもパスワードばっかりだ」
「もしかしたら俺、君に協力出来るかも知れない」
「あ?」
「君は恐らく、ザ・マッドアイが何なのかを調べたいんじゃないのかな」
今まで思うような収穫が得られてないのが見てとれる。そんなイラついているラルガに、ユピテルは相変わらず落ち着き払った眼差しを向ける。
「でも、それを知ってどうするんだい?」
「・・・さあな。ただムカつくだけだ」
「やっぱりマフィアには忠誠心なんてないだろうし、身を隠しながら相手を調べるんだから、やっぱり復讐なんでしょ?」
「場合によっちゃ、お前らだって皆殺しだ。お前ら科学者が、魔獣なんてもん作ってんだから」
「まあ・・・それは、そうだけど。君は、望まずに魔獣になったのかい?」
「・・・いいクスリがあるっつうから」
「そのクスリが、作られた理由は聞いたのかい?」
「どうせ、“生確法”だろ?」
ブルータスの尾状器官から衝撃波が放たれる。複数の衝撃波は地面を突き上げるがそこから、ティネーラが飛び出す。
「風弾鋭牙三層」
「雷火槍――」
鋭い牙のように敵を貫く風弾。ティネーラの手から放たれたその“暴風”に、ブルータスの外皮は音を立てて砕け散る。倒れ込んだブルータスは、ふと空を見上げた。飛び上がったアテナは、その手に雷光を握り締めていた。そしてその直後。
「――三層」
瞬時に肥大する雷光。それはまるで、アテナという名の雷が落ちたようだった。雷鳴と地響き、後にその中央にあったのは、大穴の空いたブルータスの亡骸だった。そしてアテナは、パンパンと手を叩き払う。
「ま、あたしを強くしてくれた事に対しては、感謝するけどね」
物陰に隠れ、ギールはアテナ達を眺めていた。ブルータスが、予想よりも簡単にやられた。しかし、この“半日の猶予”はこちらにとっても有意義な時間だった。そして妙にニヤつき、ギールは携帯電話を耳元に当てながらアテナ達の居る方へと歩き出した。
「でも君だって、“生確法の穴”を突きたい気持ち分かるよね?それとも君はその、魔獣の力は嫌いかい?」
妙にすかしてるその表情が何となくムカつく。そうラルガはユピテルから目を逸らす。だが――。
「・・・まさか。最高だ。けど、だからってモルモットにされて、役に立たないならゴミクズのように捨てられんのはムカつく」
「まあ、うん。耳が痛いね。でも例え目的は酷似してても、俺はザ・マッドアイとは違う。俺なら、君をクズ扱いにはしないよ?」
「チッ・・・。まるでザ・マッドアイを知ってるように言いやがる。お前、いや・・・ニルヴァーナって・・・何なんだよ」
出てきたブルータスをすべて撃破したのを見計らい、アマテラスの親衛隊がやって来る。
「この建物は何だ」
「避難通路、ですわ。お城の中で何かあった時、お隠しされている通路を通り、あの建物へお抜けに。つまり、こっそりとお戻りになる時にもお役に立ちます」
「なるほど」
ただの逃げ道、という割りには、まるで研究所のような内装。そうアポロンはモニターの数々、積まれた箱、会議室や透明な壁に隔離された部屋などを見渡す。ここはまさか――。
「おや、これはこれは」
あちらの世界の服を着た、妙に威圧と悪意を醸し出す男。それから白い服を着た数人。――ザ・デッドアイの拠点なのか?。
「急に姿を眩ましたという話を耳にしましたが」
「えぇ。大した事ではありません。これからお城へ戻ります」
「そうですか。何故プライトリアの王子が居るんですか?」
「それはもちろん。仲をお深めする為ですわ」
“威圧と悪意”は醸し出している。しかしアマテラスがエレベーターへ向かい始めても、その男は特に何も言わない。――どういう事だ。アマテラスとザ・デッドアイは、敵対していない。私はまさか、騙されて・・・。その時、アマテラスが顔を寄せてきて、耳元で囁いた。
「アポロン様、妾をお信じに。お願いしますわ」
まるで自分達を監視するように立っている男を一瞥してから、アポロンは黙ってアマテラスについていく。そして2人と親衛隊がエレベーターの前に立った時――。
「いくら魔虫を作れるといっても、無駄に殺されるのは無視出来ませんね。くれぐれも、これ以上下手な真似はしないで下さいよ」
「分かってますわ」
地下へ下がったエレベーターを出ると、目の前はとても長い整備された小綺麗なトンネルだった。アポロンはどこか緊張したような、アマテラスの横顔を見ていた。
「どういう事だ」
「妾だって、お下手には出たくありません。しかし、国民のお命がお危うくなる事を考えたら、こうするしかないのです」
「そうか・・・心中は察する。アマバラがザ・デッドアイに支配された経緯は何だ」
「大事なものを、お奪われになってしまったのです。それをお守りする為なら、お下手にでも出る、それほど大事なものなのです」
「それでは、下手にザ・デッドアイと戦えないのでは」
「えぇ。ですが、ハイクラスのお力があれば、きっと」
アテナは見覚えのあるその男に目を留める。しかしその男がこちらの方に歩み寄ってくる最中にも、“それら”は姿を現した。妙にニヤついているギール、彼の周りにドスンと降り立つ“何か”。
「既存魔虫の在庫一掃セールは楽しかったかな?」
「何よそいつら」
「随分と強くなったんだなあ。まあでも、プロトタイプを殺ったくらいで自慢されても困るけどね」
「プロトタイプ?」
「それは、科学の結晶ブルータス。ようやく出来た理想の魔虫さ」
「理想の魔虫?」
「て言っても、それはプロトタイプ。悪いけど、こっちだって本気なんだ」
バキバキと、骨が軋む。ギールが瞬く間にヒトでなくなる。しかし特に巨大化する訳でも、醜くなる訳でもない。体型はほぼヒトだ。それはまるで、今さっき殺した、ブルータスという魔虫がヒトの形をしたようだった。全身を固める外皮、背中から伸びる4本の尾状器官。それからギールの周りに居る、“こじんまりした”ブルータスたち。しかしアテナは、ちょうどよくリラックスしていた。
「こいつらは、ブルータス・ヴァンガード。小さいからって嘗めない方がいい」
「いいからいいから、さっさとやっちゃうんだからぁー」
アテナが雷火を撃ち放つ。しかしその1体のヴァンガードは背中から衝撃波を吹き出し、一筋の雷光をかわした。アテナは一瞬、眉を寄せた。予測不能な飛行で、瞬く間に詰め寄るヴァンガード。
「カラカラッ」
そこに横開きの口が震えた。ボォンッと衝撃波が弾ける音の中に電撃音が迸る。“歪み”を突き抜けた拳にヴァンガードは殴り飛ばされるが、すでに3体のヴァンガードがアテナに詰め寄っていた。
ラルガは腕を組み、ユピテルを見つめる。マフィアらしく、悪態は身に染みている。しかしラルガの眼差しには、疑念と敵意が拮抗していた。
「訳の分からないヤツに従うほど、俺はバカじゃねえぞ」
「じゃあなんで調べてるのかな」
「チッ」
「あはは冗談だよ。契約料は月20でどうかな」
「・・・内容次第だな」
読んで頂きありがとうございました。
それぞれの思惑が、加速していきます。




