「ブルータス ―リベンジ―」中編
ベルデルートは振り返った。雑踏の中、その擦れ違った1人の男の背中を見つめていた。
「ユピテル」
ユピテルが振り返ると、ベルデルートは何やら眼差しで訴えかけてきていた。ユピテルもその男を見る。一見すると、ただの柄の悪そうな男が、ただ歩いているだけだ。
「あの男知っているか?」
「ううん。俺は知らないけど」
すると男はスッと曲がって、ニルヴァーナの敷地に入った。
「その魔獣とやらは、普通にお前の職場に出入りするものなのか?」
ユピテルは一瞬、片眉をビクつかせる。今、魔獣がニルヴァーナに入った?・・・。
「いや、そんな事はないけど」
ユピテルは何となく、男を追った。魔獣が、ニルヴァーナの事を知った上で来たのか。――もし、そうなら、目的は。
「ちょっと君」
ラルガは振り返る。分からねえが、何となく研究者っぽい臭い。そんな男を、ラルガは無意識に睨み付ける。
「君、ザ・デッドアイの人だよね?」
「・・・だから何だよ」
「てことは、ザ・マッドアイの人じゃないって事かな?」
顔だけ振り返っていたラルガは体もユピテルに向ける。――何だこいつ。マフィアにビビらねえ。いや、マフィアに協力する企業の人間なら不思議じゃねえか。
「うわ、お姉ちゃん何それ」
「プリマベーラだよ。でも、霊器っていう、こっちの世界の武器だったみたい」
「あれ、ルアのお父さんってプライトリアの人じゃないよね?」
アテナのそんな質問に、ルーナとルアは振り返る。
「はい。でも、この世界には来た事あるみたいなんです」
「仕事は?」
「植物学者です」
――でも、少しずつお父さんの知らない部分を聞く度、何だか本当にそうなのか、分からなくなってくる。
「正確に言うとね。霊鉄っていう、霊力が宿る鉄で作られた部品が1つ入るだけでも霊器に出来るの。だからそれも、どこかの部品が霊鉄なだけなんじゃないかな」
「そうなんですか。じゃあこの色とか飾りは、どうやって作るんですか?」
「そりゃあ霊器職人に任せれば、イメージ通りのものに仕上げてくれるから」
どこか不安げに、そして寂しげに霊器を見つめるルアを見つめながら、アテナも流石に気にはなってきていた。ルアのお父さんは、きっと何かしらの学者ではあるんだろう。そしてホールの異次元開通が偶然にも実現された当初から、“この問題”に関わっている。
「そういうお前は、ザ・マッドアイの人間か?」
「まさか、俺はマフィアなんかとはまったく関わってない、ただのニルヴァーナの研究員さ」
「じゃあ何だよ。まさか不審者だからって話しかけやがったのか?あ?用がねえなら殺される前に失せろよ、俺は魔獣だぞ」
「あぁ、だから話しかけたんだ」
「は?・・・」
「ついさっき、ニルヴァーナが襲われた。それは知ってるかな?」
「・・・いや、ニュース見てたが、聞かなかった」
「犯人は分かってる。ザ・マッドアイさ。でも完全破壊とか大量虐殺とか、そういう目的じゃない。まぁ単なる“挨拶”だね。だからもう、流石にザ・マッドアイの人は来ないと思う。だから君はザ・デッドアイの人。でもそれならそれで、何しに来たのか。気になるでしょ?」
「チッ・・・ペラペラうるせえ。俺の目的だ、お前に関係あるかよバカヤロウ」
そう吐き捨て、ラルガは建物へと向かっていく。そんな男に、ユピテルは困った困ったと、ただ眉を竦めた。
「ヘルの友達、どんな姿?」
「(鳥だよ。ボクくらい大きいし、ものすごい歳上だった)」
「あたしはね、下半身がヘビの女の子だった。お姉ちゃんは?」
「えっ精霊って、見えないものだって聞いたけど」
「(あー人間には見えないんだってさ)」
「ふっふっふ、お姉ちゃんだけ見えな~い」
「い、いいもんっ」
「アリーも重ね宿したの?」
「いえ、私は何も」
「んーまいっか、あたしがスパッと瞬殺しちゃうし。よし、それじゃあ戻ろっか、あっちに」
郊外の外れ、渓谷の手前で、アポロンは振り返った。目の前にはその町の警護を担当している第10部隊の数人。
「王子、お気を付けて」
「あぁ」
アポロンは1人で、国境を越える為に渓谷へ向かう。しかし彼は1人ではない。悪霊もといハイクラスの精霊と契約するのは初めてだ。つまり、その後の体質の変化など知る由もなかった。人間には精霊など見えない、それは誤りだった。これは単に、ハイクラスの霊力のお陰なのか。
「アポロン、わたしも、ハイクラスになるよ」
「ありがとなシーナ」
「お前ら、いつからだ?」
「シーナと契約したのは、6歳の時だ」
「ほー、それよりシーナ、ほんとにハイクラスになんてなれんのかあ?」
「ガンバるもん。わたしだって。アポロンがガンバってるのに、わたしだけじっとしてられないよ。早速勉強してくる」
そう言うとシーナは光となり、霊匣へと姿を消していった。隣を歩くバスは気怠そうに、相変わらず組んだ手を頭に置いている。
「まあ霊力のポテンシャルは良くても、筆記試験がなあ」
「精霊の世界にもそんなものがあるのか?」
「精霊の世界にも色々掟があんだよ」
「そうなのか。だが、シーナなら必ず試験には通る。少なくともお前より真面目だからな」
「クキキッ・・・似た者同士だな、お前とシーナ」
「そうか?」
「けど真面目過ぎても、すべてが上手くいく訳じゃないだろ。お前に似てシーナは真面目過ぎる。試験はそんなに甘くないんだよ」
「バスだって、根は真面目なはずだがな」
「な!・・・んでだよ」
「私と波長が合う、何よりの証拠じゃないか」
「ケッ・・・。でもま、2人もハイクラスの精霊と契約して、どれほどボロボロになるか見物だな」
「問題ない。親切なバスに“霊膜”の作り方を教えて貰ったからな」
「わーやめろっ親切とか言うなよー、肩甲骨が痒くなる」
「フフッ」
ラルガは振り返り、疎ましそうにため息を吐く。しかしそれでも2人の事は無視し、ラルガは2階へと上がった。研究員は普段使わない、言わば会社の玄関へ向かうラルガに、黙ってついていくユピテル達。柄の悪そうな客、そんな風に顔をしかめる受付嬢に見向きもせず、ラルガは受付を通り過ぎる。
「お客様っ」
ラルガは舌打ちした。自動ドアが開かないのだ。
「そこから先は、客に配るパスが無いと開かないよ」
そう告げたユピテルを一瞥したラルガは素早くユピテル達を通り過ぎ、更にカウンターを飛び越えた。
「きゃっ」
そして背後に回り込み素早く受付嬢の首を絞める。
「パス出せ。別に通報してもいいが、そしたらその前に羽音で機械系統メチャクチャにしてやるよ」
「ユウコくん、パス出してあげて。彼は無闇に人を殺すつもりはないみたいだ。現にユウコくんだって、ただ脅されてるだけだしね」
「チッうるせえさっさとパス出せよ」
「そろそろ目的を教えてくれないかな」
「お前がザ・デッドアイと繋がってない保証はないだろ?」
「ん?まるでザ・デッドアイから避けてるような言い方だね」
「チッ」
怯えきった受付嬢のユウコを宥めてる暇はない。ユピテルはそう、ユウコに眼差しで謝り、さっさとパスを奪い取っていくラルガについていった。
ストライクはホールのある一室で、床の上に独り仰向けになっていた。しかし彼は1人ではない。起き上がれないように両腕を押さえ付けられ、乗っかられていた。傍目に見ればただ独り、しかし例によって彼の瞳の中にはベドマが居たのだ。
「ベドマって、何でハイクラスになったの?」
「そりゃあ、色々と出来る事が増えるからよ。人間に姿を見せれるから、誘惑して貢がせたり、とにかく愚かな男を弄びたかったのよ」
「会ったらその魅力に呑み込まれる。まさに滝の精霊だね」
「あら・・・」
ベドマは下唇を小さく噛み、困り眉で黙り込む。妖艶な見た目とは裏腹に、ストレートな褒め言葉に弱い。子供の頃からずっと一緒なんだ、ストライクはそう、内心で呆れながら照れるベドマを見つめていた。
「何やってんだお前」
ノイルの声に、2人は振り向く。露骨に嫌な顔を見せたが、その瞬間にベドマは姿を消し、体に乗っかる重さはすでに消えていた。そんな事はつゆ知らず、ノイルは“独り”寝ているストライクに半笑いを浮かべていた。
「休憩ですよ。会議は終わったんですか?」
「あぁ、嬢ちゃん達は?まさか、あっちか?」
「えぇ」
そんな時にホールに張られた青い光の膜は赤くなり、そこからルア達が出てきた。ルア達はふと、緊迫感の中にある安堵感や妙な落ち着きをノイルの表情に見ていた。
「あ、ノイルさん」
「おお、へへ、どうだった?異世界とやらは」
「(すごい景色だったー)」
「そうか。で、何しに行ったんだよ」
「本格的に精霊と契約したんです。今まではアルテミスさんと契約してる精霊の力を借りてるだけだったので」
「そうか」
「ねえノイル、さっさと戻って、早く魔虫やっちゃいたい」
アテナの急かす言葉にも、ノイルは何やら落ち着いている。ルアはそう、内心で小さく首を傾げる。
「あーいや。サザーリニに着く頃にはちょうど日没だ。幸い魔虫はまったく動いてないから、行くのは明日だ」
「えっやだすぐ行く!」
「暗い中じゃ戦えないだろ?それに行くっつったってまた倒せないんじゃないのか?」
「あたしがプライトリアに戻ったのは強くなる為なの、もうさっきのあたしとは違う、絶対勝てる」
ふぅと息を吐き、ノイルは頭を掻く。
「信じてよ、絶対勝てるもん」
「今、サザーリニに居る魔虫は13体だ。その内の3体が、あのでかい新型だ。俺らがここに居る間、増えたんだよ。例えルア達が魔法使いだろうと、むしろ初心者の魔法使いが増えただけじゃ勝てる訳がない。ストライクだって長くは持たないしアルテミスはアテナほどじゃない。1人で3体やれんのか?」
「・・・いやノイルさん。俺だって、もうさっきの俺じゃないですよ。さっきのは制御出来てなかっただけなんで」
「そうなのか・・・。今な、避難勧告を出してんだ。そんで明日日が昇ったらすぐ、ミサイルが撃ち込まれる手筈になってる」
「まじですか。いやでも、その前に俺らに賭けてくれませんか。今、軍隊が包囲してるんですよね?」
「あぁ」
「じゃあ例えば、軍用機に照明当てて貰うとかどうですかね」
再び、ノイルは頭を掻く。しかし振り返った先に居るソクラの同意するような沈黙の頷きに、ノイルも納得するように黙って頷き返した。
「照明か・・・要請してみっか」
アポロンはアマテラスと肩を並べて、高台の丘からアマバラの街を見下ろしていた。一見するとまったく異常な点は見当たらない。しかしそれはプライトリアだってそうだった。ザ・デッドアイは何も、ただ破壊を目的としてた訳じゃない。まるで細菌のように、水面下で中枢に入り込み力を吸い上げる。
「情報収集を終えたのなら、何故まだアマバラに巣くっているんだ?」
「恐らく、お装いになってなかった方々にも、目的があるのですわ。ですがどんな方々だろうと知りません。アマバラは取り返します」
「あぁ」
消音仕様の軍用ヘリがサザーリニの上空を飛ぶ。そのヘリからは1本のサーチライトが広範囲モードで照らされていた。地上では数台の軍用車からもサーチライトが照らされ、日の落ちた街で、物々しく自動車工場が浮き彫りにされる。そして、工場の屋上に止まる魔虫たちでさえキョロキョロするそんな“戦場”に、ようやく彼女達が到着した。遊撃車を飛び降り、アテナは大きく息を吐く。それから皆も降りた頃、アテナは背中に“羽音の無効化魔法”を施した。
「ティネーラぁー」
そう言って走っていくアテナを追いかけるティネーラ。アルテミスにルアとヘル、ストライクとルーナ。3チームがそれぞれ自動車工場に入っていくのを、ノイルは遊撃車の傍から眺めていた。俺は、もう戦力外だ。でもそれなら、今後は指揮官に徹すればいい。そんなノイルの近くでは、ソクラが無線でスナイパー担当の隊員と連絡を取っていた。
「雷火!」
アテナの人差し指から閃光が伸び、彼方へと消え行く。貫かれた魔虫が迸りながらバラバラに砕けると魔虫たちはざわめき出し、一斉に6人と1匹を襲っていった。更に夜空へ、閃光が登り行く。そして魔虫の肉片がバラバラと落ちる中、アテナは“それ”を睨み付ける。
「浄光・・・光矢」
地面から天高く突き抜ける光の円柱。1体の魔虫が瞬時に丸焦げになり、更に光矢が残りの魔虫を貫くと、まるで見計らったようにブルータスがアルテミス達の前に飛び降りた。
「ルーナちゃんは身を守る事だけ考えてね」
「う、うん」
「氷弾二層!」
同じ魔法を重ねる「層術」で強化された氷弾が魔虫を襲う。それから霜を吹き、まるで鈍器で強烈に殴打されたような風貌で魔虫たちが落ちた後で、ブルータスは悠々とストライクの前に降り立った。
アマバラの街の一角、広大な草原の真ん中に建つ、一軒の厳格そうな建物。草原に足を踏み入れる直前、2人は声をかけられた。2人が振り返ると、その男はすでに片膝をついてアマテラスを見上げていた。
「アマテラス様、ご無事でしたか」
「ハゼノ。アポロン様、こちらは妾の親衛隊のお1人ですわ」
「そうか」
「亡命の事は隊長から聞きました。それで、何故プライトリアの王子がここに」
「ザ・デッドアイを共に討ったとなれば、アマバラとプライトリアの仲もお改めになる良い好機になるはず」
「それは、そうですが――」
「アマテラス様」
また1人やって来るとその男も膝をつき、その男についていた男達も同じく膝をつく。そんな姿からでも親衛隊からの信頼を計り知れる、そうアポロンは内心で頷く。
「シャライ。妾はこれよりアポロン様と手を取り合い、お礎を築きますわ。お母様にも、後に確りとお伝えします」
そう言ってアマテラスが草原に足を踏み入れた時、その建物の屋上に“見知らぬ魔虫”が現れる。見張りが居る事くらいは予測していた。しかしアマテラスはその魔虫に釘付けになる。
「アマテラス様、あれはブルータスと呼ばれる、例の理想の魔虫です。今現在誰も敵わず、膠着しております」
「妾とアポロン様は、悪霊とのご契約を交わしました」
「なんですと!・・・よもやアマテラス様が『悪霊憑き』に。・・・それほどのお覚悟とは」
――少し前。
ヘルはシュナカラクと肩を並べて、バルコニーから壮大な景色を眺める。同時にシュナカラクが力を求める理由を聞けば身の上を話しながら。
「(それにルアのママはボクのママでもあるから、戦いたいって思ったんだ)」
「そうか。人間はいつの時代も愚かだな。愚かなら仕方ない、それならただ、しっぺ返しという因果を必ず受けるだけだ。その復讐は、どこがゴールなんだ?」
「(やっぱり、組織の壊滅かなぁ)」
「出来そうなのか?」
「(大きな拠点はあと2つだし。多分もうすぐだと思う。でも、魔虫が強くて。やっぱり魔法使いになってもすぐ強くなれる訳じゃないでしょ?)」
「鍛練なくして強さはないのが常だ。しかしヘルのその名札、それがあれば、例え初心者でも人並み以上の力を発現出来そうだ」
「(え?この名札?)」
「この世界の者でないなら知らなくて当然だろう。その名札の素材は霊鉄だ。そしてその名札は――」
サザーリニにて、ようやく対面したブルータスを前に、ヘルは名札に霊力を込める。
「(霊獣モードっ)」
名札から光が弾けてヘルの全身を覆った。それは一瞬だった。まるで煙が吹いて瞬時に消え行くように、ヘルの全身から光が解けていく。ヘルに乗ってるルアはその一瞬の光に思わず目を瞑るが、アルテミスは“瞬時に変身した”ヘルに目を見張っていた。それからヘルは素早く飛び出し、右前足を振り上げる。
「(光刃一爪!)」
降り下ろされたヘルの爪から放たれた“一閃の光”。腕で庇ったものの、ブルータスは勢いよくひっくり返った。




