「ブルータス」後編
街頭ビジョンに、“その戦い”は映っていた。マスコミが掴んだキーワードはかねてよりの「魔獣の少女」、「魔法使い」、そして「特攻部隊」。そんな言葉が織り交ぜられ、テレビを始めとして街頭ビジョンを通し、人々は特攻部隊を見つめていた。まるでヒーローかのように期待を込めて。
「えー現在、魔虫と呼ばれる生命体は10体ほど確認出来ており、軍による殲滅作戦は未だ続いています。一般の方は、絶対に近付かないようにお願いします。・・・速報が入りました、現在1体の魔虫が科学研究機関ニルヴァーナを襲撃している模様。えー軍の部隊が早急に向かっているという事です」
画面はサザーリニからニルヴァーナへ切り替わり、更にその1体の魔虫にズームされたがその直後、魔虫は突如として吹き飛び、真っ二つになって落ちていった。画面にはただ、遠目で魔虫が落ちていく様子が流れているだけだった。
「えー、と、これは・・・撃破、されたという事でしょうか。情報が入り次第お伝えします」
「ユピテルさん!」
「あぁ大丈夫だよ、メルテは」
「私は平気です。でもシュウさん達が」
「とりあえず救急車呼んでくれるかい?」
「はい」
打撲はしているが特に問題の無かったユピテルは内心で胸を撫で下ろしながら、まるで台風でも過ぎ去った跡かのような研究室を見渡す。――やってくれたね、エーバドルフ。“挨拶”にしては、随分と手荒過ぎる。
「いやぁ助かったよ、ベルデルートくん」
ユピテルの傍にはベルデルートが居た。見た目は20代後半くらいの男、よくは知らないが、“知り合い”には違いない。とは言えユピテルは内心で首を傾げていた。何故ここに居るのか、それについては心当たりがまったくない。
「私が居なければどうなっていた事か。運が良い男だ」
「いやぁでもそうでもないさ。この国の軍は優秀だからね、“レベル2”くらい、なんて事ないさ」
「なら、もっと時間を置いて来ればよかったか?」
「あはは、冗談だよ。君が居なければもっと被害が大きかった、ありがとう。それで、俺に何か用なのかい?ていうかそもそも、何で“こっち”に?まさか来るだなんてまったくの予想外だ」
「様子見だ。『プリンセス』の経過は」
「まあ・・・70パー前後といったところかなぁ。せっかく来たなら、実際に見るといい」
「もう会った」
「おおそうかい。それにしても、本当に様子見だなんて軽い理由だけなのかい?」
「私にとっては軽い理由などではない。せっかく私もこの手で守ってやろうと思ってたのだが、不必要なら戻る」
「あはは、ごめんごめん。守って貰えるならこっちも大いに助かるよ」
「だがこの有り様では、研究に戻るのも時間がかかるのではないのか?」
「まぁ少しはね。でも大丈夫。事前に大事なものは隠して置いたから、機械さえ取り替えればすぐに再開出来る」
雷火槍が投げ放たれる。しかしそれは頑丈な外皮を突き破る事は叶わず、迸る槍は虚しく弾かれた。
「光矢・鎖」
アルテミスから放たれた尾を引く光矢はクルクル回り、瞬時に4本の尾状器官を縛り上げる。そこにアテナが殴りかかるが、魔虫は腕でアテナの拳を受け止め、素早く殴り返す。アテナも素早く魔虫の腕を受け止めるが、その体からは車に人がひかれるが如く鈍い音が鳴り、アテナは軽々と地面を転がる。そこで再びアルテミスから尾を引く光矢が放たれ、その光は次に魔虫の両腕を縛った。
よく見ると、その魔虫には羽が無い。それを知り、アルテミスもアテナも皆、小さな希望を抱く。しかし直後、縛られた尾状器官の先が全て開き、その先端はアルテミスへと向けられ、そして衝撃波の乱射が始まった。羽音は無い。しかしその威力はアルテミスを吹き飛ばし、コンクリートの塀も砕き、爆音と共に地面を突き上げた。アルテミスの姿が見えなくとも、その脅威は理解出来た。何故なら魔虫を縛る光は儚く溶けてなくなったからだ。
「アリー!」
自由になった尾状器官はお互い幅を取り、その先端は次にアテナ達へと向けられた。そして各々が光壁を意識した直後、衝撃波は乱射された。その“歪み”は見えない壁に阻まれながら土埃を突き上げる。それから静寂が訪れると、魔虫は砂煙を見つめていた。ゆっくりと風に流されるのを持っていた。そして“立っているアテナ”を認識すると、魔虫は飛び掛かろうと足を踏ん張った。しかしそこで、アテナは空に指を差した。
「重奏雷火・崩天」
晴天から落ちる、一筋の雷撃。その魔虫を丸ごと覆い尽くすほどの落雷はまた瞬時に消え行ったが、窪んだ地面の中心に居た魔虫はそれでも大きな傷を負っておらず、アテナはそんな魔虫を睨み付けていた。深呼吸する魔虫、ふとした沈黙の中、アルテミスは“覚悟”を決めていた。――お姉様じゃ、きっと敵わない。本当はこの力を知られたくないけど・・・仕方ない。
そして魔虫が飛び掛かり、アテナが迎え撃つ。振り出された魔虫の腕に、雷火槍が突き当てられる。それからそのバチンッと迸る音が何度か響いた後、アテナは尾状器官からの衝撃波に飛ばされる。その瞬間、魔虫はルーナを見た。その挙動に恐怖が走る。
「ギャガガガッ」
そこに横開きの口が震えた。一瞬だった。ソクラとカーキがルーナの前に出ていくと同時に、見たことのないほどの大きな“歪み”が吐き出された。アルテミスは光壁を意識する。しかしすでに、壁は張られていた。その黒い壁は衝撃波を跳ね返し、魔虫を大きく仰け反らせた。アルテミスは、その様を睨み付けていた。――誰なの?・・・あの、禁忌魔法は・・・。
それからルーナを庇うように立つソクラとカーキの前に出たのは、ストライクだった。ルアが呼ぶとストライクは振り返らずに手を挙げた。
「皆さん下がって。魔法に巻き込まれるかも知れないので」
「おい、ストライ――」
ストライクの足元から黒い炎が舞い上がる。その一瞬の熱風圧はノイルを黙らせ、そして“信頼”を引き連れた。そこに魔虫が飛び掛かる。――本当は、出さないでいいなら、それでよかった。
「滝火柱!」
魔虫の足元から突き上がる一瞬の“漆黒の炎”。その遥か天空にまで消え行った炎に呑まれた魔虫は宙を舞う。その直後、ストライクの体の所々から黒い炎が小さく立ち上る。それから魔虫が地面に落ちると同時にジオスピオンのように飛び出すと、ストライクは腰を落とし、指を曲げた掌を魔虫に向けた。
「滝氷弾!」
掌から放たれた、漆黒なる“一閃の氷塊”。まるで滝に呑まれるかのように、魔虫は吹き飛んでいく。その直後、ストライクの体を焼く炎はまた少し勢いを増した。ふっと、ストライクは片膝を落とす。――ただの立ち眩みだ、まだいける。少しだけ体の重そうな魔虫、そして肩で息をしながら、再び両者は睨み合う。
「ダメ!それ以上やったらあんた死ぬよ!」
アテナが叫ぶが、そこに魔虫が飛び掛かる。アテナは走り出し、ストライクは右手を振り上げた。
「滝風刃一爪・・・ぐっ」
天高く吹き上がる、漆黒なる“一閃の暴風”が魔虫を呑み込むと同時に、ストライクは倒れた。ストライクを囲む黒い炎が消えるものの、その体は焼かれてボロボロだった。――よかった、まだ息はある。それからアテナは魔虫を見る。魔虫の胸元からは血が滴っていて、アテナは“襲ってこない魔虫”に内心首を傾げていた。
「お姉様一旦逃げましょう!」
逃げる、それは敗北を意味する。――ここ数年、負けた事なんてなかったのに。それも、魔虫なんかに。すると何やら魔虫は静かに離れていき、自動車工場へと戻っていった。
「お姉様!」
夢を見ていた。火の玉が飛んできて、街が燃えて、家が無くなって、みんなは俺を孤児と呼んだ。戦争なんだから仕方ないって言うけど、俺は許せなかった。だからあの森に行った。
目を覚まし起き上がると、そこはあの時のデーモンズ・キャニオンで、目の前にはあの時のように岩に座るベドマの姿があった。あの時と変わらない、妖艶な女性の姿の悪霊。しかし見下ろすと俺は子供じゃなかった。――これは、夢じゃない。
「あら坊や、随分と顔つきが変わったわね。まさか“人を守る為に力を使う”なんて」
「俺、もう子供じゃないからさ。それに俺を“人として扱って”くれた博士の為なら、死んでもいいって思った」
「復讐はもういいの?」
「いや、忘れる訳ないよ。でも、ルアちゃん達も守りたい」
「ふーんそう、たまたま見つけた玩具のくせに、ちょっとはいい男になったものね。なら、もうちょっと力、使わせてあげちゃおうかしら」
「え?ほんと?」
「でもその代わり、分かってるわよね?」
そう言って、ベドマはまたいやらしい目付きで、妖しく微笑んで見せる。
「ハァ・・・“今度は”何?」
ストライクの体に纏う治癒玉が消え、ストライクが目を覚ます。ストライクは“そこ”を見渡した。そこはホールのある一室だった。
「ロドニオスの拠点?」
「うん」
ルアが応える。治癒玉を施してくれたアルテミス、ヘルにルーナ。
「ノイルさん達は?」
「会議だよ。アテナさんがね、“あっち”に行きたいって言って、それでアテナさんのお父さんと話して、さっきホールであっちに行ったの」
「ティネーラさんも?」
「うん」
「そっか。アルテミスさん、ありがとうございました」
「いえ。あなたは、プライトリアの人間だったんですね」
「えぇまぁ。でも8歳の時こっちに来て、それからずっとこっちです」
ルアはふと、アルテミスの“怖い顔”を思い出した。そして今も、その眼差しはとても鋭く、キリッとしている。
「何故、禁忌魔法を使えるのですか」
「俺、孤児だったんですよ。戦争で家を無くして、別に家族を無くした訳じゃないですけど、その、プライトリアに復讐したくて、それでデーモンズ・キャニオンに」
「でも、その時子供だったのでしょう?」
「5歳の時でした。それで、ベドマっていう精霊に、力を貰いました」
「悪霊なのに、力を貸したのですか?」
「正確に言うと、復讐の事しか頭に無かった俺を面白がって、半分乗っ取ったんです。それからまぁ、俺は凶暴な悪ガキで有名になりまして。それで8歳の時、ホールってのが出来て、異世界から人が来て、その時に博士、ルアちゃんのお父さんに会ったんです。でも博士は、俺の事、普通に人として接してくれて、それで俺も、プライトリアには居たくなかったんで、こっちに」
ルアとルーナ、ヘルは揃って首を傾げていた。普通にサラッと昔話していたけど。
「私のお父さん、そっちの世界に、行ったの?・・・」
するとそこで、ストライクは目を見開き、ハッとしたように口を押さえた。
「ごめん聞かなかった事にして」
「無理!!
(無理!!)」
ルアとルーナ、ヘルの揃ったツッコミ。ストライクは落ち込んだように、ですよねと小さく頷く。――つまり、私のお父さんは、最初からホールを知ってる?。あれ、ていうか、お父さんは、“全部”知ってる?。ルアはふと、小さな怒りを募らせた。そして、即行で電話したのだった。
「もしもしお父さん?」
「ごめんなルア、研究所が魔虫に襲われてさ、今片付けてるんだ」
「え!大丈夫なの!?」
「あぁ。でもガラスとか、パソコンとかがメチャクチャでね」
「そっか。でも、話したい事があるの」
「またピンチなのかい?」
「ううん。ストライクさんから聞いた。お父さん、ホールの事も、魔法の事も最初から知ってたんでしょ?」
「ああ・・・・・・ごめん。騙すつもりはまったくなかったんだ。ただ俺の研究の事だからさ、言う事でもないと思って」
「何の研究してるの?」
「ごめんな、研究内容は口外出来ないんだよ」
「だから魔虫の事、知らないフリしてたんだね」
「うん、でもいつか役に立つかも知れないからと思って、プリマベーラとジュシアル・ブーツとヘルを送ったんだ」
「そうだったんだ」
「実はさ、ニュース見たよ。今もサザーリニのザ・マッドアイの拠点に魔虫が鎮座してるの。勝ち目はあるのかい?」
「分かんない。でもアテナさんとティネーラさんが、修業するってプライトリアに行ったから、きっと大丈夫だと思う」
「でも、せっかくのプリマベーラも、もう役には立たないね」
「うん。でも、私とヘルと、ルーナも魔法使いになったから」
「えぇ!?そ、そうなのかい?ルーナも?」
「エヘヘ、やっぱり驚いた?」
「じゃあその魔法があれば、魔虫は倒せるんだね?」
「ううん。まだ初心者だし、私達は身を守るので精一杯なの」
「精霊と、対話はしたのかい?」
「え?それは、どういう事?」
「精霊にだって魂があって、心があって、ちゃんと生きてる。俺は流石に魔法の事まで詳しくないけど、魔法の強さは精霊との信頼の厚さに比例するって教えて貰った事がある」
「へー、どうやって話すの?」
「それは、アルテミスさんに聞いた方がいいね」
「そっか、ありがとうお父さん」
「あぁ。それと、精霊と話が出来たら、その精霊にプリマベーラを見せてやってくれ」
「え?う、うん、分かった」
電話を切ったルアに、すかさずルーナは問い掛ける。
「やっぱり知ってたって?」
「うん。でも研究の事は話せないって」
「ふーん。あれだね、キギョウヒミツってやつだ」
「うんまあね。あの、アルテミスさん。私も、もっと魔法使えるようになりたいです。精霊さんとお話して仲良くなれば、魔法も強くなるって本当ですか?」
「えぇ、その通りですよ」
「どうすればいいんですか?」
「簡単です。目を閉じて精神を鎮めて、心の中に精霊を呼び込むのです。ですが、あなた方は精霊との対話は出来ません」
「え?何で?」
ルーナがすかさず尋ねると、アルテミスは無邪気さを取り戻した柔らかい笑みを浮かべて見せ、ルアは少し安心する。
「あなた方の霊匣の霊力は、私が契約している精霊の力を分けたものなので、精霊は居ないのです」
「えぇー。そんなぁー、あたし精霊に会いたい」
「でしたら――」
そう言って、アルテミスは青白い光の膜を張ったホールに手を差し出した。
「――行きますか?あちらへ」
「・・・・・・え」
ルアとヘル、そしてルーナは揃ってホールに顔を向ける。
――何も、ホールがある場所だけが拠点じゃねえ。そもそもホールの無い場所の方が“溜まり場”やら“倉庫”にしやすい。ラルガは居酒屋やら風俗店が入っている雑居ビルに居た。そしてエレベーターに乗り、空きを偽装している最上階に向かっていた。ここだって、ちゃんと魔獣データやらが保管されてる“小さな研究施設”だ。ホールのある拠点が警察に落とされ、データが全部押収されるなんてバカをやらかすバカは居ないんだ。
「な、何だよお前っ」
仕方ないので眼を赤くして見せると白衣の男は黙ったが、その態度はまるで“仲間”を見るようなものじゃない。
「アポが無いなら入れるなって言われてる」
「うるせえ!だったら死ぬか?死ねばアポも何も無えもんな?いいからあのデータよこせ」
まるで“泥棒”でも見るような目付き。だがそんなのはどうでもよく、ラルガは白衣の男を押し退けてディスプレイの前に立つ。
「やめろよ、ていうか何のデータだよ」
「今居んだろっサザーリニに、あのでかい新型。そのデータを使って魔獣薬作れ」
「は?」
「それとも、ここ通報してやろうか?あ?」
分かってんだ、弱点くらい。死ぬよりも、データとかが警察に渡る方が“痛手”だ。
研究員達は黙って動き出した。その間、ラルガは何となくそこを見渡す。狭苦しい、ケチ臭え研究所だ。――ん、何だこれ。ディスプレイをタッチしていくラルガ。あの魔獣の名前?・・・ハッ「ブルータス」、大層な名前だ。ん?魔獣データの、転送先?・・・は?・・・ニルヴァーナって・・・。あれここ、ザ・デッドアイの拠点だよな?。
読んで頂きありがとうございました。
~ブルータスが裏切るもの、それは人の進む道~




