「鬼 ―衝動―」
キアラは座り込み、まるで魂でも抜けたかのようにボーッとしていた。正式に戦う事になって、ザ・デッドアイの拠点に向かったセリーアンが戻ってきた。しかも“眠った状態”で。あれから意識を取り戻し、“ルーナと同じ姿になれるようになった”チュクナがベッドに寝かされていくセリーアンを心配そうに見つめている。1度眠って目が覚めても、人間の姿を保てる事には安心したが、ただ1人、まだ“眠っていない”キアラはどうしようもなく、不安だった。常に、お家やママやパパの姿が脳裏に焼き付く。1回で良いから帰りたい。そうキアラは、ホームシックにかかっていた。そこでふとキアラは思い出した、「治らなくていいなら勝手に帰りなさい」というエッサの言葉を。――ちゃんと戻ってくるつもりだし、1回帰るくらい、いいよね?。
――数日前。
エイジは座り込み、まるで魂が抜けたかのようにボーッとしていた。自分の部屋でただ1人、彼は“人間じゃない部分の自分”を見つめていた。エリックハイドン大学付属高校、1年生、エイジ・ハルフマン。彼はその日の放課後、“初めて力を試した”。
つい最近になって、ザ・デッドアイと魔獣のニュースがよく流れるようになって、そして遂には同じ学年の有名な不良グループにまで「魔獣薬」が回ってきた。大麻、覚醒剤、そんなものと同じように。しかしそこで、エイジは不良グループから魔獣薬を盗んだのだった。と言っても、“置いてあった”ものをこっそり取っただけ。始めは少し騒いだものの、何を無くしたと先生に聞かれでもしたらヤバイ事になる。だから不良グループは大きな騒ぎを起こさなかった。そしてエイジは魔獣薬を家に持ち帰った。今まで、“何もなかった”人生。どうせこれからも大した事もない人生。軽い気持ちとか、遊び半分とかそんな感じではなく、何となく、彼は魔獣薬を自分に打った。
第9話「鬼 ―衝動―」
初めて力を使った場所、その廃工場は“いい練習場”だった。異常な怪力、そして物が簡単に壊れるその高揚感はなるほど新しい覚醒剤と言ってもそうかも知れない。しかも人間の姿に戻っても、怪力の恩恵は消えない。まるで、自分の中に“鬼”が蠢いているようだ。
普通に授業を受けている今でも、鬼は消えない。何か“嫌なこと”があれば、簡単に壊せる。不良たちがうるさければ、簡単に――。けど、その鬼は所詮“人間じゃない部分”。そう思う事自体、僕は常に、人間だと再確認することになる。――鬼であるから、人間である事を考えるなんて、不思議だなぁ。
放課後、またあの不良グループがたむろしているのを見つけた。また何か企んでいるのかな。まさか、また魔獣薬を仕入れようとしてたりして。それから不良グループはそのまま蟻みたいにゾロゾロと、校庭を出ていった。何となく後をつけてみると、そいつらはいかにも怪しいバーに裏口から入っていった。まったく、最近の若い奴らは――。
「ちょっと君」
話しかけてきたのは、いかにも私服警官ですみたいな雰囲気の人だった。
「高校生だろ?まさか入る気じゃないだろうな」
「裏口に、高校でも有名な不良グループの奴らが入ってった。おじさん警察でしょ?何とかしてよ」
するとそのおじさんは苦々しい顔色を浮かべた。
「その不良グループの名前は」
「1人だけ知ってる、ニアって奴」
「その校章、エリックハイドン大学付属だね?」
「うん、ていうか早く行ってよ、高校生がバーに入って―」
肩を掴み、おじさんは強引に僕をその場から離していく。もしかして張り込み中だったのかな。それともドラマでもよくやってる、“泳がす”とかいうやつか。ああやっぱり、現実でも現行犯逮捕狙いってやつなんだな。
「ちゃんと何とかするから、君は帰りなさい」
「でも、あの不良グループ、高校に・・・魔獣薬持ち込んでた」
おじさんの表情が分かりやすいほど一変した。ていうかそもそも、あのバーに張り込む理由は?。
「不良が魔獣になんかなったら、それで高校で暴れでもしたら、どうなるか分かるでしょ?」
すると僕は、車に連れられた。事情聴取ってやつ。大きなワゴン車にはやっぱり、パソコンと睨み合ういかにも張り込み刑事みたいな人が居た。
「君の名前は」
「エイジ・ハルフマン」
「不良グループは、どんな話をしてたんだ」
「魔獣薬っていう新しいクスリを貰ったって。それ使って、強盗でもするかって」
「誰から貰ったとか、そういう名前は出てこなかった?」
「うん」
「そうか・・・ありがとう。もういいよ、寄り道しないで帰りなさい」
何だろう、この高揚感は。警察に事情聴取されるのは人生で初めてだ。しかも張り込み刑事にとっての有力証言になって。――何か・・・いいことした気分だ。
しかしその帰り道、僕は“真の高揚”に支配された。
寄り道しないでと言われたけど、僕は公園に居た。するとなんとそこに、ニアと不良の1人がやってきたのだ。すぐ帰ろうと思ったけど、魔獣薬を盗んだことはバレてないし、僕は少し、聞き耳を立ててみた。
「クソッ・・・盗ったやつ誰だよ・・・」
「本物のマフィアって、やっぱり怖いんだな。一瞬さ・・・いやちょっとだけだけどさ・・・チビっちゃった。マジで殺されるかと思ったよな。でも良かったよな、また万引きすれば、魔獣薬くれるんだし」
「ハァ・・・なあ、誰だと思う、盗ったやつ」
「んー・・・あん時近くに居たのって・・・確か、生徒会長とか?」
「ああ、あの女?・・・あり得るな、犯して脅してやるか、ハハ。前みたいに」
「後は・・・・・・ハルフマン」
ギクッとした。そんな表現、ドラマだけだと思ってたのに。それにしても冷や汗って、こんなにも早く出るものなのか・・・。
「いやあ・・・どうだろな。あの空気みたいなやつだろ?・・・それよりその近くの女共だろ」
「そうかなあ」
「1人ずつ脅してやるか?ハハ・・・・・・おい」
急に、2人の声が聞こえなくなったから、思わず振り向いた。そこで、ニア達と目を合わせてしまった事が思えば、“始まり”だったのかも知れない。
「おい待て!」
――痛っ!。
何なんだよ、去っていく人にいきなり石投げるって。こいつら、本当に人間社会の糞だ。そこそこ重たい痛みがふくらはぎに直撃し、思わず立ち止まり、振り返ると、すでに僕は1発殴られていた。尻餅を着いて2人を見上げると、ニアは狂気にニヤつき、その手にはナイフを持っていた。
「お前さ・・・・・・確か妹いたよな?」
「え・・・何で」
「話してたの見たことある。それとも彼女か?」
「いや・・・」
「まあネットで調べりゃ住所も家族構成も分かる。お前の妹、ぶっ壊してやるよ。生徒会長みたいに脅してクスリやらせて、一生の心の傷だ。それから妹には警察に突き出すってちょっと脅してやれば、いつでも俺の玩具だ、ハハハ」
「・・・何で」
「ハッ何でだ?お前の顔見てムカついたからに決まってんだろ!ただでさえ胸くそ悪いのに。お前の妹の事は、俺をムカつかせたお前の責任だからな?俺のバックはザ・デッドアイだ、嘗めんな」
――ふざけるな。意味が分からない。馬鹿にするような笑い声を残し、2人は僕を通り過ぎた。それからの事は、“たぶん記憶にない”。“何事もなく”家に帰れたのが幸運なくらいだ。
次の日の朝のニュースで、ワイドショーは沸いた。住宅街にある小さな公園で、2人の高校生の遺体が見つかった。1人は首が切断された状態、もう1人は胴が切断された状態で。あの時の事で覚えているのは、高揚感だけ。ワイドショーじゃ魔獣がどうのこうの言ってる。またマフィアの仕業だろうって。ニア達がザ・デッドアイの手下だったからと、世間ではそう結論付けられた。
それから次のニュースで取り上げられたのは、駐車場に停まってた車が何者かに破壊されたという事件だった。車に乗っていた男性は潰されて死亡。人間の力じゃ不可能な事件だから、これも魔獣だろうと結論付けられたが、ニア達が殺された公園からは遠く、ワイドショーは二重の不安を視聴者に煽った。
それから学校へ行くと、案の定全校集会だ。校長先生は“通り魔事件に遭ったニア達の事”を悲しそうに話していた。しかし生徒の大半はそんな校長先生を前に、薄ら笑いを浮かべていた。
そんな時からだ、僕の前に、“僕”が現れたのは。
最初に“それ”を見たのは“あの公園”。何となく行ってみたら公園にはまだ規制線が敷かれていた。規制線の中央にはまだ、血の池の跡があった。そしてその血の池の跡の傍に、“僕”が立っていた。僕は立ち尽くし、あの高揚感を感じていた。
「・・・ねぇ」
声をかけてきたのは、生徒会長だった。ふっと我に返ると高揚感も、“僕”も消えていた。ニアに“壊された”生徒会長。という割りにはそんなに変なところは見られないけど。
「ハルフマンくんも、怖いもの見たさ?」
「え、あ、うん。そんなとこ」
「知ってる?・・・殺した人」
「・・・知らないけど」
すると生徒会長、カリナは笑みを浮かべた。
「あたしが、やったの」
――は?。僕は恐怖を感じた。まったく目の焦点が合っていない笑み。そして突然の告白。スーっと悪寒が這い上がった。
「そ・・・そうなんだ」
「ずっと前から、そうしたかったの」
ジャリ、ジャリと2人の足が地面を擦れる。カリナは僕に歩み寄り、僕は後ずさる。しかし途端に、僕の足は震えだした。ジャリ――そこで僕は足をとられ、尻餅を着いた。まったく目の焦点が合っていない笑み。カリナはまた1歩、僕に近付く。
「あ・・・あの」
「は、はい」
「・・・ありがとう」
「はい?」
「本当は、ハルフマンくん・・・でしょ?・・・殺したの」
「え・・・」
「でもいいの。あたしもやりたかったし、あたしが・・・やった事でいい」
「・・・何で」
そして遂にカリナは膝を落とし、僕の顔を両手で掴んだ。カリナの目は、ちゃんと僕の目を見ていた。直後、カリナは僕にキスをした。それからカリナは無言で立ち去った。僕はただ、覚えていない記憶を振り返っていた。
――何も覚えていない。あの時、何があった。僕が、ニア達を殺したのか?。いや、おかしい。覚えてない訳ないんだ。突然プッツリ記憶が消えるなんて、絶対、何か理由があるはずだ。
翌日の学校で、僕はカリナを呼び止めた。振り向くとカリナは色の無い表情で、首を小さく傾げた。
「事件の時、あの公園に居たの?」
「公園には、居なかったよ。公園の近くで、待ってた」
「何を?」
「・・・ニア」
それからカリナは僕をさりげなく非常階段へと連れてきた。
「公園の近くで待ってろって言われて、でも待ってても全然来なくて、それで公園に行ったら、2人は死んでて」
「そこに、僕は居た?」
「どういう意味?」
「僕、何も覚えてないんだ。たまたま公園に居て、それでニア達に見つかって、そこで脅されて、けどそれから記憶がごっそり抜けてるっていうか、気付いたら家の前に居て、それで翌朝、ニュースでニア達が死んだ事聞いて」
「何よ、それ」
「でも、記憶が抜けるなんてことあり得ない、何かあったはずなんだ。僕はそれを知りたい。その時、僕はそこに居た?」
するとカリナは首を横に振った。カリナの目は、まるで可哀想なものを見るようなものだった。
「あたしが通報して、警察とやじ馬が沢山集まってきた時に、そこにハルフマンくんは居たけど」
――え。その言葉は記憶が抜けている事の証明であり、それは初めて“異変”を自覚した瞬間だった。
「放課後、学校の前のカフェで待ち合わせね?」
「あ、うん」
去っていくカリナの背中から目を放した時、目の前には“僕”が居た。“僕”は色の無い表情で、僕を見ていた。
「お前は、何だよ」
〈・・・分かってるくせに〉
「何だよそれ」
僕が“僕”に手を伸ばしたその瞬間、“僕”は消え、高揚感も凪いでいった。それから放課後、学校の向かいにあるカフェで待っていると、カリナはやってきた。学校では見たことのない、初めて見る自然な笑み。先輩だけど、ちょっと可愛いと思った。学校では常に緊張していたのか。店内の席に座り、一緒にコーヒーを飲んでいた時ふと、“今”に小さな違和感を感じた。この感じ、前にもあったような。
「その後、あたしクラっときて座り込んじゃって、そしたらハルフマンくんが介抱してくれて、それからカフェで、今みたいにコーヒー飲んで」
僕は確信した。――僕の中に、僕の知らない“僕”が居るという事を。でも、カリナは、ニア達を殺した人を見てはいない。
「あの、カリナさんが、僕がニア達をやったと思った理由は?」
――あれ?。僕は今、何故ファーストネームを。
「それは、あの車の事件」
「・・・どの車?」
「ほら、ポニーストリート」
「んー・・・そこが?」
「本当に覚えてないのね」
「・・・すいません」
「ニア達のニュースの後にやった、車の破壊の事件。あれはエイジ、あなたがやった」
「・・・え?」
「実際に見てはないけど、少なくともあたしはそう思ってる」
僕は頭を抱えた。覚えてはいない。けどそう言われると、心当たりはある。そして何より、僕なら可能だ。でももしそうなら、それをした理由は?。
「な・・・何で」
「それは・・・エイジが自分で思い出して」
それなら仕方ない、そう僕はポニーストリートへと足を運んだ。ニア達を殺したとして、どうやら僕は“犯行現場に舞い戻った”という訳らしい。そこでたまたま具合が悪くなったカリナを介抱し、そして一緒にコーヒーを飲んだ。それからポニーストリートへと向かった。その理由は?。
その先を曲がればポニーストリートというところで、その角に立つ“僕”に僕はふと足を止めた。するとまるで誘うように、“僕”はポニーストリートへと去っていった。ポニーストリートの中腹、“その駐車場”はあった。もう流石に規制線は無いが、“あの車”があった場所に、“僕”は居た。しかし駐車場に足を踏み入れようとした直前、“僕”はポニーストリートの先に指を差した。僕は何となく、その先に足を運ばせた。
そこにあったのは、“あのバー”だった。その瞬間、僕は“僕”になった。自然と足が動く。自然と手はドアノブに伸び、そして裏口の扉は開けられた。強烈な“血の臭い”。思わず吐きそうになる。その時だった、僕の頭に衝撃が駆け抜けた。間欠泉のように、高揚感が襲ってくる。
「お前が・・・盗ったのか」
僕は殺したニア達を見下ろして、思わず逃げてしまった。けど家には帰れず、さ迷っていたところに、サイレンが聞こえてきた。公園に戻ると警察とやじ馬が居て、生徒会長が居た。まるで力が抜けたように膝を落とした生徒会長を何となく介抱すると、生徒会長はコーヒーを奢ってくれた。そしてカフェを出た時、ニア達以外の不良グループの奴らが、声をかけてきた。何故、生徒会長がここに居るんだと言って。生徒会長がニア達は死んだと応えさせられると、不良たちと共に居た大人の男が生徒会長を捕まえ、疑われた僕もそのままバーに連れていかれた。誰に殺られたと、僕の目の前で生徒会長が殴られて、服を破かれる。僕は思い出していた、僕の妹をぶっ壊すと脅された事を。気が付くと――。
〈ヴオオォオオン!!〉
「ぐあぁああぁあ!」
――僕は高揚感に支配された。
僕は“この手”でバーに居た56人を全てバラバラにした。しかしふと我に返ると、目の前には警察の“あのおじさん”の死体があった。
“あのまま”の状態で、血の臭いだけ充満した“このバー”で、僕は膝を落とした。
「僕は・・・・・・人間じゃ、ない。・・・これじゃ・・・殺人鬼じゃないか!!・・・うああぁああぁあああああぁあ!!」
――痛っ。
僕の頬を叩いたカリナは、僕の顔を両手で掴み、僕の名前を大声で叫んだ。
「エイジはあたしのヒーローなの!!あたしだけを見て!!あたしの愛だけ感じて!!」




