「例のアイツと噂のカノジョ」後編
生態系確立法。
「人類の文明発達による環境破壊が及ぼす“種の絶滅”は、最早パンデミックだ」
とある学者がそんな声を上げ、その声への賛同が遂には一国の政治不信をも引き起こし、更にはその政治不信が“伝染”していき始めた頃、その法案は可決された。
『ヒト科を除く、全ての生物の遺伝子の開発、及び生産を許可する』
これによって“絶滅種の復元”が可能となった。しかし人々は“そんなもの”よりもずっと“大きな夢”を抱いた。例えばペガサスの“完全実現”。復元より“新種開発”には既存の生態系を脅かさない、自然繁殖の成功などの制約をクリアし、国からの認可を受ける事が必要不可欠だが、それでも人々は“伝説上の生物”の再現に躍起になった。その内の1つ、「グリフォン計画」。グリフォンと言えば猛禽類とライオンの融合体であるが、人々はその他にも既存の生物に翼を付けるという“夢”の実現を試みた。そして“既存の生物の有翼化”が実現され、その種は「グリフォン風の」という意味を付けられ、「グリフィアン」と呼ばれた。
グリフィアン・ヘルハウンド。大型の猛獣を狩れるように作られた“大型の猟犬”であるヘルハウンド種の、有翼種。先ず第一に、“翼のある犬”は子供たちから、超大爆発的大人気を博した。しかしグリフィアン・ヘルハウンドの特長はそれだけではない。ヘルハウンドはそもそも知能が高い。“心の領域”も人間のそれと比べて同等。それを考慮され、同時に実験的な意味も含め、ヘルハウンドで最初に「声帯」が付けられた。つまり、“翼があり、お話が出来る犬”。最早アルマゲドン級大人気である。そこまで子供たちが狂喜乱舞する理由はただ1つ、グリフィアン・ヘルハウンドは成体になるとその大きさはポニーよりも少し大きいくらいになる、つまり、子供であれば犬の方も無理なく、背中に乗せて飛べるのだ。しかし国からの認可の条件として、その新種は特例がない限りその種同士での人工交配、及び人工生産は禁止となる。そのせいもあり値段は高騰、グリフィアン・ヘルハウンドは今現在でも「お金持ちの犬」という代名詞で知られている。
ヘリオスが3歳の時、家に生まれたばかりのグリフィアン・ヘルハウンドがやってきた。“カノジョ”はレイカと名付けられ、そしてヘリオスの妹となった。ヘリオスは特撮ヒーロードラマが大好きだった。それは今でも変わらないが、だからこそ、今ヘリオスとレイカは、ノイル、ティネーラ、アテナと魔虫たちを見下ろしていた。
「お兄ちゃん、ちゃちゃっと助けちゃお」
「あぁ・・・行くぞ」
そう言って、ヘリオスは“そこ”から飛び降りた。そこは20階建てのマンションの屋上だった。彼らが“わざわざ”そんな所に行った理由はただ1つ、それは“かっこよく”飛び降りる為だ。ヘリオスの体は風に乗って魔虫の下へと落ちていく。そして上体を起こした瞬間、彼は“空中でフワッと減速した”。間髪入れずに、彼はプリマベーラ・ナンバー10を構え、矢針を連射した。銃声は無く、ブスン、ブスンと矢針が新型魔虫の頭を貫通する。ノイルはただ呆然としていた。グリフィアン・ヘルハウンドにも驚きだが、その男は“空中を支配していた”。重力に落とされたと思いきやその男は再びフワッと減速し、無傷で地面に降り立ち、受け身を取り、そして屈んだままプリマベーラを構え、発砲した。まるで刑事ドラマのような身のこなし。最後にグリフィアン・ヘルハウンドの鋭い一撃に、新型魔虫は舞い上がる鮮血と共に突き倒された。
「レイカ、行くぞ」
「おいちょっと待てっ。お前誰だよ、助っ人だろ?」
すると半身だけ振り返り、その男はノイルにどや顔を見せつけた。
「フッ・・・名乗るほどのもあぁっ!」
「お兄ちゃん急に止まらないでよ!」
「いてて、おい待てレイカっ」
ただ、面倒臭い奴だという事は分かった。ノイルはそうジオスピオンに敵意を戻す。
「(うわっ)」
真っ先に気が付いたのは当然ヘルだった。知らない臭いがやってきたと。それからヘルからのテレパシーでルアは“空を見上げた”。ピストルっぽいものを構えながら、誰かが空から落ちてきた。その男は素早く“それ”を発砲する。風を切る音が、ナザレイの肩を突き抜ける。
「ぐあっく!」
しかし皆が目を見張ったのはそこではなく、フワッと減速し、無傷で地面に降り、受け身を取った事だ。それからまるで刑事ドラマのように屈んだまま、男は“それ”を発砲した。
「うっ・・・」
何かが、ナザレイの左胸を突き抜けた。しかし右肩がダランと垂れながらも、ナザレイはその男を睨みつけていた。
「てめえ・・・まさか、あの『マフィア殺し』・・・か」
「フッ違うな・・・俺達は、『忍者』だ!しかしっ、お前はそれを仲間に伝えられない」
そう言ってヘリオスはナザレイに真っ直ぐ指を差す。
「あ?」
「何故ならっ、お前はここで、果てるからだ!」
「上等だクソッタレ、影でこそこそマフィアを・・・っ・・・殺し回りやがって、ぐっ」
〈ヴオン――〉
羽が震えるより前に、ナザレイの額を矢針が突き抜けた。一瞬の重低音が消え行き、ナザレイは静かに倒れ込んだ。
「フッ、先手を打てば羽音など恐れるに足ら――」
「お兄ちゃん!上!」
「おいおい決めゼリフの最中だろ、ん?」
6階建てのその拠点の屋上に立ち、皆を見下ろしていたのは、ギガスだった。その姿に、アルテミスは表情を一変させた。
「皆さん下がって!!」
飛び降りるギガス。その両手に蒼白い光を宿し、ギガスはその巨体でもって一直線に落ちてきた。誰もが本能的に危機を感じ、とっさに離れる。しかし蒼白い両手が地面に叩きつけられたその瞬間、蒼白い爆風がその場を呑み込んだ。
激烈な冷気。近くの窓ガラスが尽く喚き散らされ、地面は瞬時に霜を吹いた。アルテミスによって絶命させられていたジオスピオンが軽く吹き飛ぶ。ましてや人間など成す術なく、ソクラ、ストライク、更にはルーナも地面を転がった。
「(ルーナ!)」
無意識に作った融合光壁で何とか冷気を押さえていたルアとヘルはとっさにルーナに駆け寄るが、そこをギガスの殺気が狙う。しかし同じく光壁で身を守っていたアルテミスの放った光矢がギガスの頬を直撃すると、殺気はアルテミスへとその矛先を変えた。
「ルーナっ」
ルアを乗せたままヘルが駆け寄った頃にはルーナは起き上がっていて、まるで服に着いた土を払うように体をパタパタしていた。
「ふうびっくりした、あれ、お姉ちゃん達何で無事なの?」
「(そりゃ魔法使いだからね)」
「いーなー」
ルーナが振り返った先を、ルアとヘルも目を向ける。そこには気絶しているソクラが居て、ルアはふと別の場所で気絶しているストライクを見た。
「あたしを庇ってくれたの、警察のお兄さん」
「(そっか)」
「あれ?さっきの変な忍者は?」
ルーナの言葉に2人と1匹は辺りを見渡すが、忍者とグリフィアン・ヘルハウンドの姿は見当たらない。
「(拠点の屋上に居るみたい。無事に逃げたって事だね)」
「そっか」
「ルーナ離れてて」
「う、うん」
ルーナは腰が抜けている事すら忘れるほど、ルアとヘルの背中を見ていた。その向こうには見たこともない凶暴な生物。ふとしたその瞬間、ルーナは体が震えている事に気が付いた。ストライクさんもお姉ちゃん達も、アルテミスさんも、すごい。みんなこんなに――。それに比べて、あたしは全然だめだ。やっぱり怖いよ。
「光矢・鎖!」
アルテミスから放たれた光矢はギガスの目と鼻の先で湾曲した。目前の光を煩わしく思うようにギガスは手を払うが、光矢はその手を避けるようにまたもや湾曲し、“尾を引いて”ギガスの周りを飛び交う。そしてその直後、尾を引いていた光矢は瞬時に引き締まり、ギガスの両脇をきつく締め付けた。ギガスがもがきながら思わず転んでしまった時、アルテミスの鎧は強い光を帯びた。
「雷火・氷風・乱舞浄光!」
ギガスの下に光の円が現れ、ギガスを地面から照らした直後、光はその巨体をも覆い、そして雷と火と氷と風を引き連れて天高く突き抜けていった。眩い光の柱にルアは思わず目を背け、ヘルは後ずさる。
その時ルーナはふと、感じ取った。
光が消えると、ギガスは骸と化していた。誰がどう見ても焼死体。しかし右手の甲がほんのりと光ると、数秒後、その骸は色付き始めた。アルテミスは首を傾げていた。しかしその光がコアなのかと、頭を巡らせた。そしてその手に光矢を作り出し、アルテミスは弓を引くように矢を構えた。
「だめ!!」
「(ルーナ!)」
アルテミスは矢を下ろす。ルーナが、ギガスの右手を覆うようにうずくまった。ルアとヘルの呼びかけも聞かず、ルーナはギガスの右手のその光に優しく触れていた。その時、ギガスのその瞳に、光が蘇った。
「ルーナ離れて!」
しかしアルテミスの声にも耳を傾けず、ルーナはまるで何かに取り憑かれたようにギガスの頬に優しく触れた。ギョロりと、ギガスがルーナに目を留める。完全に色付いたギガス。しかしその数秒間、“静寂だった”。何も起こらないその状況に、アルテミスは思考を凍らせた。そうかと思えば直後、ペチンとルーナは長い尻尾にひっくり返された。
「ルーナ!」
アルテミスが光矢を放つも、ギガスはそれをかわしアルテミスを“通り過ぎた”。ルーナがヘルを降りたルアに立たされた頃、ギガスはすでにその場から姿を消していた。
「何してんのルーナ!」
「だって・・・可哀想だったから。ねぇヘルは、何も感じなかったの?」
「(うえ!?んー、何を?)」
「ギガスの声」
「(え!?・・・あれって喋れるの?)」
「喋るっていうか、テレパシーかな。あたしもヘルと同じ事出来るようになったし、ヘルにも聞こえてたと思ってた」
「(えー、いやボクにも分からなかったけど)」
「そっか」
「ギガスと話したのですか?」
今までにないほどの、アルテミスの真剣な表情。普段の“温和で無邪気なお姫様”の欠片もない。見開いた鋭い眼差し。それはふっと強気なアテナを彷彿とさせた。その威圧的な高貴さに、田舎育ちのルア、ヘル、ルーナは瞬時に緊張した。
「う・・・うん」
「どんな話をしたんですか」
「えっとその、最初、怖いって声が聞こえてきて、それで気が付いたら右手に触ってたの」
「それから?」
「あたしが、大丈夫だよって言うと、最初はギガスもびっくりしたけど、声が聞こえるのかって聞かれて、そうだよって応えて、そしたらまた会おうって言われて、尻尾で叩かれて」
「そう・・・分かりました」
ペチペチ、ペチペチと頬を叩かれるそんな衝撃で、ソクラは目を覚ました。自分を呼ぶ声がようやく耳から脳に伝わり、ハッとして体を飛び起こす。――そうだ、ルーナを庇って・・・。
「ソクラさん」
「あぁ。良かった、怪我は無いか?」
「ソクラさんが気絶してたくせに」
「俺はいいんだよ。大人なんだから」
〈――こちらノイル、応答してくれ〉
「あぁ悪い無線だ。こちらソクラ」
〈ソクラっ!!無事か!全然応答しないで何してた!〉
「悪い、気絶してた。言っただろ、俺はルーナの盾だって」
〈怪我は〉
「無い。平気だ」
〈状況は〉
「これから拠点に入る。そっちは」
〈研究施設の方はもう制圧完了した。今から合流する〉
「あぁ分かった」
ヘリオスとレイカは拠点の屋上に立ち、ルーナを見下ろしていた。ギガスとやらが居なくなった後、状況を眺めてから安堵するようにプリマベーラの構えを解いた。
「一先ず、クリアだな」
「大丈夫かなぁ、あのおっきいの、どっか行っちゃったけど」
「安全ではないだろうな」
「あ、お兄ちゃん、ルーナが手振ってるよ?」
ヘリオスは縁に足をかけ、こちらに向かって大きく手を振るルーナを見下ろす。そんなルーナに、レイカは“同年代の少女らしく”翼を振り返した。
「早く行こっ」
「忍者は忍んでこそだぞ」
しかしレイカはすでに飛び降りていて、そんな状況にヘリオスはため息をついてから仕方なくそこを飛び降りる。少し体を傾けるとヘリオスは空中でカーブし、そして旋回しながら、最後には例によって上体を起こしフワッと減速して無傷で地面に降り立つ。人が空を飛ぶそんな姿を、ルア達は改めて釘付けになっていた。
「あの、私のお父さんが頼んでくれた、助っ人ですよね?」
「覚えてないか、まぁ短い間だったからな」
「え?」
「小学校で、半年間同じクラスだった」
「(あぁ!!思い出した、ヘリ・・・ヘリ、ナス?)」
「えっ」
「ヘリオスだ。それにしても、帰り道に1回しか会ってないのに、さすがの嗅覚だ」
「(まあね。でも今の今まで忘れてたけど。それで、そっちは)」
「あたしはレイカ。見ての通り、お金持ちのお嬢様よっ」
「(ボクはヘルだよ。ヘリオスの家はお金持ちだって噂されてたよね?それで家にはあのグリフィアンが居るって)」
「何故そこまで知ってる」
「(だってルアとルーナとそんな話してたし)」
「そうか」
ルアは記憶を巡らせていた。息を飲み、若干フリーズするくらいに。ヘリオス、あのヘリオス。ルアが居た小学校は6年制だが常に低学年と高学年として括られ、低学年での1クラスには1、2、3年生が10人ずつ、高学年での1クラスには4、5、6年生が10人ずつ平等に入れられる。ルアが低学年の時、転校生がやってきた。お金持ちだと囃し立てられ、何やら噂の高級犬を飼っていると。だけどお金持ちらしく傲慢な感じは全然なくて――。
「ねぇ、そのスーツでしょ?飛べる理由」
目を輝かせるルーナに、ヘリオスはどや顔を見せつける。
「これは俺が作ったグライドスーツだ。この前特許が取れたから近々ウチから販売する事になる」
「いくら?」
「2800万だ」
「高っ!!」
ムササビの生態を再現しようと作られたムササビスーツ、あるいはウイングスーツ。その昔とあるスカイダイバーによって考案され、今でもスカイフライングなどと呼ばれる常に人気のあるスポーツに用いられる。そのスーツを基にしてジェットエンジンを付けて飛行時間を伸ばしたり、軍用したりと、人々は常に空を飛びたいという夢を追いかけてきた。ヘリオスもその1人だ。そこでヘリオスが開発したものは「グライドスーツ」。
そもそもウイングスーツは高い所から飛び降りても空気抵抗と揚力でもって滑空し、直ちに転落死しない為のもの。しかし常に、ウイングスーツでの事故死は絶えない。ウイングスーツで出来る事は「滑空」であり、「減速」ではないからだ。減速するにはパラシュートを開く必要があり、それをしなければそのまま即死である。そこでヘリオスは、ウイングスーツに「風の通り道」を作った。
物が飛ぶには、“空気の流れ”に“押し上げて貰う”必要がある。旅客機なんて鉄の塊が飛べる理由は、エンジンとは別に“風に乗っている”からだ。だから肩から空気を吸い込み、それを背中の送風機で強い風にして二の腕、脇、膝へと抜けさせる。そうすればパラシュートが無くても体を起こせば減速出来る。しかも胸のスイッチを押せば短時間だけ送風機の出力は上がり、ジェット噴射によって滞空も出来るし空も飛べる。
「まぁ、こんなところだな」
するとルーナは張り付いたような笑みのまま、目をぱちくりさせた。
「・・・・・・へー」
読んで頂きありがとうございました。
ここら辺から、何故「魔獣」が作られるようになったか、もしかしたら推理出来るかも知れないですね。




