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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第1章「ザ・デッドアイ」

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「異変」後編

地震が起きたように揺れる部屋。ドサッと音を立て、眠っていたチュクナがベッドから転げ落ちる。慌てて駆け寄るキアラ。大切なものが落ちて傷でも付いてないかと見るように、チュクナを抱き上げる。それでもチュクナは目を覚まさないが、傷も無い様子にキアラは胸を撫で下ろす。そこでキアラはふと、治療室の向こうへと目をやる。その眼差しは怯えるようにデスクの下に身を隠し、時折耳を塞ぐ大人達を見ている訳ではない。ただ不安だった。キアラは1人、治療室で2人の心配をしていた。

〈ヴオオオン〉

魔虫の羽が振動している。2人の少女達にはただ震える羽が見えているだけだ。だが辺り一面の窓ガラスは粉々、更にそれはパソコンのディスプレイ、室内の内窓、備品類にも被害が及んでいた。

ルーナとセリーアンは腕を伸ばし、掌を魔虫に向け、衝撃波を放つ。突然やって来た魔虫達。突然の羽音に、研究室はメチャクチャ。突き抜ける“空気の歪み”に、撃ち落とされる魔虫。少女達にとっては魔虫くらい何て事はない。しかし兵器研究施設にとって、“突然の危機”が去った後でも絶望は終わらない。キアラ達は治療室で、状況の確認、怪我人の確認、機器系統の確認に忙しない研究員達を眺めていた。

「ねえ、私達3人で、虫が来た場所に仕返しに行こうよ」

そんな時に、セリーアンがそう口を開く。キアラは驚くように目を見開くものの、反対する事はなく、ただ不安と同意が混ざったような眼差しでルーナと顔を見合わせた。そして治療室を出た3人。エッサを見つけて歩き出す。

「あーもうっガラスというガラスが全部ダメ。やんなっちゃう」

「エッサ」

「今忙しいの!部屋に居なさい!」

「私達、虫が来た場所に仕返しに行く」

「外に出ないで、しばらくじっとしてなさい。マフィアはあなた達だって狙ってるんだから」

「だめ!!」

大人達がピタッと動きを止める。エッサでさえも、ルーナとキアラでさえも、セリーアンが怒鳴るなど、誰もが初めてだったからだ。

「私達が戦わないと、ここだって守れない!私行くからっ」

「ちょまま待ちなさいって!1人で行かないで!」

ようやくセリーアンがエッサに振り返る。初めて会った時から強気な性格だとは思ってた。けど力を手に入れて、メイジーナの事があって、セリーアンも、“力に対する恐怖心”が薄れてる。そうルーナはセリーアンの、怒った顔を見つめる。

キアラは、飛んでいく2人を見つめていた。背後には忙しない大人達。ガラスを掃いていく音を少し遠く感じていた。行きたくなかった訳じゃなかった。けどチュクナ達を放っては置けない。だからエッサの1人残してという指示に、ホッとした。少し気が立っているエッサの呼びかけにようやく我に返り、キアラは掃除の手伝いを始めた。

重低音が鳴り響く。ビル群の悲鳴の如く、降り注ぐ粉々のガラス。不快と恐怖に支配され、人々は皆うずくまる。その2人を除いては。ソクラは防弾ベストを着た2人の男を目に留めていた。それは正に、絶望の中の希望だ。2人の男はスタンピストルを乱射する。しかし魔虫はそれを、顔面を庇う両腕で防いでいた。どうやらあの膨れ上がった筋肉は見せ掛けではないらしい。そして直後、魔虫は重低音を止め、横開きの口を震わせた。それは一瞬だ、誰にも成す術などない。しかしソクラは目を見張る。2人の男の背後に駆け寄った、軽鎧付きドレスを着た女が“起こしたであろう”その状況を。そしてまた、黒い鎧の女が“何か”を叫んだ。黒い鎧の女の指先から放たれた一筋の雷光。

空気の歪みが3人の目前で“突然”消え、その状況を理解する間もないまま魔虫の体が焼き切られた。白昼の街に、魔虫の体液がブシャアと弾け、肉片がドシャドシャと転がる音が響いた。何とも気味が悪く、恐ろしい、これが魔法か。

「あんたがノイルか?チームイーグル、リーダーのソクラだ」

「おう。全員無事か?」

「あぁ。重低音を軽減したのはそのベストだよな?それ、まさか捜査一課で使われてる軽量型か?」

「あぁ。つっても改造版だけどな。何でも背中の“この2つの円いやつ”が震動を逃がしてくれるらしい」

「誰が作った」

「民間人だ。まあ、誰かはちょっと言えないが、放熱板を付けてるだけだから作ろうと思えば簡単なんじゃねえかな」

「放熱板・・・そうなのか」

「じゃさっさと行くか」

「まさか、スタンピストルまで改造版だとか言わないよな?」

「へへ、電圧を調整しただけだと」

笑い事ではないがと、ソクラは内心で首を傾げる。しかしソクラはそんな事より、“スタンピストルと軽量型防弾ベストだけでTSAより動ける2人”に、何となくもどかしい想いを募らせた。

TSAは首から下を防弾スーツ、頭は“しっかり誰かを判別出来るように”顔面を透明にした防弾フルフェイスヘルメットを装着する。しかもそれらは既存の防弾服と比べて強度を増す為に、関節以外の部分は分厚くなっている。その上にスタンピストル、ライフル、各予備銃弾、手榴弾、各通信機器などなど。決して身軽ではないのだ。なのに対魔虫戦では“違法改造の軽量型防弾ベスト”1つで事足りるとは。

「流石に対壁弾は持ってないよな?」

「そりゃあまあな」

「そうか」

「へへ、あからさまなどや顔だな」

ザ・デッドアイの拠点に到着しても、何も起こらない。その瞬間、14人と1匹はそんな事を思っていた。1番最初に“気が付いた”のはヘルだった。屋上に、誰か出てきたと。

「(屋上!)」

門を破壊する直前、そんな声が人間達の頭に流れ込んだ。一同は素早く屋上を見上げる。しかし視認は出来ない。恐らくこれから姿を見せるのだろう。そうしてふと沈黙が訪れる。プリマベーラのグリップを握るルアの手に力が入り、ヘルが息を飲んだその時、遂にそれは姿を現した。

――あれ。

ルアは内心で戸惑った。出てくるのは、魔虫だと思ってた。なのに、出てきたのは、人間だった。

ラルガはポケットに手を突っ込み、TSA、そして魔法使いとやらを見下ろした。ふと風が吹き、黒髪とネクタイがやんわりとなびく。ラルガは微笑んでいた。虫は全滅だった、だがそんな事は屁でもない。むしろ、虫ごときに殺られるような雑魚には興味ない。魔法使いとはどんなものかと、そうラルガは微笑んでいたのだ。そしてスーツを破いてバキバキと肩甲骨を隆起させ、羽を生やした。同時に彼の額からは2本の角が生え、腕や脚の骨と肋骨は鋭利に突き出て、全身の皮膚は赤っぽく変色した。

「魔獣・・・」

ルアが呟いた、その時、その魔獣は縁に立ったままゆっくりと前に倒れこんだ。それは正に勢いよく飛び降りるような動きではない。静かに、スーッと体が十数メートル先の地面へと落下し始めた。緊張の静寂が訪れ、そして魔獣が地面に落ちようかというその直前、ブンッという羽音が魔獣を直角に滑空させた。来る!と、ルアが体に緊張を走らせる一方、ソクラはスタンピストルの銃口を門ではなく“塀に向けた”。ソクラは魔獣の顔を目に焼き付けていた。――あいつは俺を見ていた。

轟音と共に砕かれる塀、散らばるコンクリート片、思わず逃げる隊員達。しかしソクラだけはその場に立っていて、対壁弾を撃ち放った。その爆発音が隊員達を奮い立たせ、瞬時に隊員達はその爆炎に向けて銃を乱射した。アサルトカービンを持つアタッカー、スナイパーはそれぞれ貫通性能の高い弾、ポインターとメディックはスタンピストルでの対壁弾を用いて。爆炎と銃声が魔獣を覆っていた。その恐怖が生む無慈悲さを前に、ルアは思わず冷や汗を感じていた。しかし“それ”は直後に飛び出した。ルアの目に焼き付いたのは、ライフルを持つ1人の喉からうなじへと貫通した“鋭い指”だった。

一瞬銃声が止み、隊員達は首を貫かれているランドビー、ルア達は隊員の首を指で容易く貫く魔獣にそれぞれ目を留めた。そしてランドビーは蹴り飛ばされ、疾風の如くその“張り手”にユナは吹き飛ばされる。

雷火(グロージャ)!」

雷光が弾け、魔獣は吹き飛んだ。どうやら体はそれほどまでに頑丈なようだと、アテナはそのまま倒れ込んだ魔獣を見つめる。

「ユナ」

カーキがユナに駆け寄る。大きく裂かれ、あらぬ方へ首が曲がったユナを前に、カーキは静かに背を向けた。

「・・・チッ」

魔獣から舌打ちが鳴った。それから俯せだった魔獣は地面に手を突き立てる。そんな隙は与えないと、すかさずアテナは雷光を放つ。同時に、顔を上げた魔獣は、微笑んだ。そして、雷光は弾けた。魔獣に当たる寸前で、雷光は弾けたのだ。

「何よそれ」

「ククッ・・・グハッハッハ。良いねぇ、良い具合じゃねえか」

そう言って魔獣は立ち上がる。爆発や銃弾で傷付いていて、雷火のダメージでの疲労も伺えるが、その立ち姿はまるで“まだまだ戦えると言わんばかりの格闘家”のようだ。

「羽音を爆音にすりゃ確かにお前ら魔法使いの戦意も削げるだろうよ。だがそれをやってる時はこっちも色々制限されるし、使いづれえ。けど音量を抑えて守りに徹すりゃ、魔法も防げて割りと自由に動ける」

「その程度が、あたしの本気だと思わないでくれるかな?」

「ククッ・・・良いぜ?来いよ」

「みんな下がってよ。・・・本気出すから」

隊員達が下がり、アテナと魔獣が対峙する。

雷火槍(グロジャピオ)

アテナの手に雷光の槍が出現しても、魔獣はやはり、ただ微笑んだ。そして“人間らしく”ファイティングポーズを取り、アテナに飛び掛かった。アテナは内心で首を傾げていた。雷火槍でさえ魔獣に近付くと不安定になる。しかしそんな事は大した問題じゃない。それよりも気になるのは、魔獣が“あたしと戦える事”。恐怖(ストラ)を身に纏う者を前にすれば、無機物でさえ避けるように動く、それほど鎧に込められたお父様の魔力は強いもの。なのに――。

「あたしの事、怖くないの?」

「ハッ強え奴ほど血が騒ぐってな!」

極度の興奮で、恐怖感や痛覚が麻痺しているのか。それともこれが、魔獣というものなのか。しかしそれでも、魔力が干渉出来ないものなど、この世にある訳がない。弱い魔力ならまだしも、お父様の魔力が干渉出来ないものなど、この世にある訳がない。それにこの身のこなし、アポロンには及ばないけど、それに近いものが――。

〈ヴオン!〉

「――っく」

一瞬だけの重低音。しかしそれだけでもアテナの体は硬直した。卑怯な真似をと、怒りを募らせた時にはすでに、目の前には魔獣の“張り手”。

「お姉さま!」

吹き飛びはした。頬に直撃、手応えもあった。しかしそれでも倒れず、地面に着いた手で体を支え、更に自分の方に体を向かせた女に、ラルガは歯を溢した。

「チッただの女のクセに、傷も付かねえ。それも魔法ってやつか?」

「まあね」

「くそ、けど埒が明かないなら仕方ねえ」

〈ヴオオオオオン!〉

「うぅっ!・・・」

それからラルガは両腕を真っ直ぐ前に伸ばし、両掌をアテナへと向けた。羽音を爆音にしてしまうと、自分は“固定砲台”になる。だがそれでもいい、どうせ相手は動けないのだから。しかしその時、ラルガは女の背後に“歩み寄った”2人の男に目を見張った。――何故だ?。歩ける訳ないのに。直後、銃声が鳴った。銃弾など、俺にとっては石ころだ。しかしその油断が、“小さな”ピンチを招いてしまうとは。

「あぁああ!・・・っぐ」

両掌に噛み付く、どうしようもない“痺れ”。――俺も運が悪い。衝撃波を放つ為の穴に、ちょうど電針弾が刺さるなんて。

「くそったれえっ!〈ヴオオン!〉――」

――ぶっ殺してやる!

「グロージ――」

女を殴り飛ばし、ただ恐怖に身を縮み込ませる男達に向けて、拳をかざした。しかしその時、“何かの衝撃”が俺の頭を殴った。その斜め上からの衝撃にこの俺がバランスを崩し、それどころか無様にコケてしまった。――あり得ない。魔法は封じてる。ましてやゴキブリ共なんてまともに動けないはずだ。

誰だ・・・やりやがったのは!

ラルガは目を凝らす。するとその空に見えたのは戦闘機でも狙撃兵でもなく、“実験体”だった。その一瞬、ラルガは目を見張った。幾度も問題点を改善し、ようやく完成したっつう魔獣薬。それを使って“正式な”第一期実験体にしたガキ共の内、5人がクソ政府に奪われたのは知ってる。まさか、そいつらに今、出くわすとは。

「ルーナ!?」

ラルガだけではなく、全ての目線が向けられていた。空を飛んでいる2人の少女に。当然、ルアは声を上げてしまうが、ラルガやアテナはそれが誰かなど気にするよりも前に飛んできた“空気の歪み”に注視した。爆発音や銃声は無い。重たい風音のようなものがラルガを連続的に襲っていく。

雷火(グロージャ)散弾(プルパーダ)――」

第一期実験体、要はプロトタイプにも等しい。そんな奴らのでも衝撃波は無視出来ないほどウザい。そうラルガは衝撃波から何とか避けようと逃げ回る。しかしそこでふと気が付いたのは、自分の周囲に漂う無数の“雷光の球”だった。

「――連鎖(セーピア)!」

1つの球が弾け消えて雷光を掻き乱す。それと同時に消え際の雷光達はお互いを引き寄せ合い、それはまるで迸る花火のようだ。そして“そこ”に居る者に、逃げ場は無い。

「ハァ・・・ハァ、クソ・・・クソッ」

アテナは顔をしかめる。こんなにも、頑丈な生物は初めてだ。あのギガスだって、再生しなければ死んでるのに。そうアテナは、逃げ去っていく魔獣をただ見つめていた。

「ルーナ、何でここに?」

「虫が来て、研究所がメチャクチャでね。だから仕返ししようって・・・あれ――」

急に眠たくなった。そんな感覚を覚えた時にはすでに体はすごく重たく、どうしようもなかった。こんな道路のど真ん中で寝るなんてお行儀が悪いけど――。

「ルーナ!」

お姉ちゃんと、セリーアンと、ヘルの声が頭に響く。――と、そんな記憶がふっと湧き上がったのを自覚したルーナ。同時に、“今、目が覚めた”という事もまた、自覚していた。――ここは、ベッド?。やっぱりあたし、寝てたんだ。・・・何で?。いつから?。

「ルーナ!」

「お姉ちゃん・・・」

お姉ちゃんとヘルが居る。あれ、でもここ、研究所なのに。ヘルが顔を寄せてきて、鼻をヒクヒクさせている。何で今更そんな事。そうルーナはヘルの顔に手を伸ばした。しかしその“手”がモフモフの毛皮に触れる前に、動きは止まった。――え?。何、この・・・手。

「(大丈夫、ルーナはルーナだよ)」

ルーナはふと目に留まった、ヘルの大きな瞳に映る“者”を凝視する。しかし不思議と、落ち着けていた。あのマフィアとも、メイジーナとも違う“姿”だけど、“もうすでに”自分は人間じゃないと分かってはいたから。

読んで頂きありがとうございました。

この時点ではまだ誰にも、5人の魔獣の少女たちに課せられた運命を知る由はなかったのだった――。

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