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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第1章「ザ・デッドアイ」

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「異変」前編

研究員達が忙しそうに行き交っている。“2人目”だと、あちこちで聞こえてくる。ベテランの研究員達でさえも、新しい事に戸惑うのは当然。そう、エッサでさえも。最初に“そうなった”のはチュクナ。1番大人しく、1番怖がりな子。最初はみんな、ただの体調不良だと思ってた。けど次第に悪くなっていって、そして突然倒れたのだった。ルーナは半日以上気を失ってしまっているチュクナの傍に、とりあえず座っていた。治療室のベッドに横たわるその様子はまるで眠っているかのよう。そんな時、“2人目”のジュリが運ばれてきた。そしてストレッチャーから、チュクナの隣にジュリが運ばれた。外見は何も変わった事はない。ただ、眠っているように横たわっているだけ。

「もしかして、私達もこうなっちゃうのかな」

ポツリとそう呟いたキアラ。セリーアンとルーナはハッとキアラに顔を向け、その静まり返った顔色に釘付けになる。

「で、でも、死んじゃってはいないみたいだし、きっと――」

ドサッと、セリーアンがベッドに座り込む。そんな彼女を見てふと、ルーナは思わず言葉を呑み込む。気を失ってからどうなるかなんて、エッサ達でさえも何も分からない。チュクナとジュリのその様子は、言い様のない不安が立ち込めるものだ。



第7話「異変」



不安でいっぱい。3人の少女達はいつ自分の番が来るのかと、ビクビクしていた。それから3人は自分達の部屋に戻された。テレビに映るニュースの音、そしてキャスターの言葉だけが虚しく聞こえてくる。ルーナは、そんなニュースをまるで不安を紛らわせようと目を向ける。

「・・・えっ」

しかし思わず声を出してしまうルーナ。ニュースでは、正に魔獣の事が取り上げられていたからだ。ザ・デッドアイを名乗るマフィアの1人が、警官を殺したというものだ。ザ・デッドアイ、そのマフィアが全ての始まり。ザ・デッドアイなんて居なければ、自分はこんなのにならなかったし、ママだって死ななかった。こんなニュースを見るだけでも、ルーナは怒りと嫌悪を募らせる。

「ちょっとルーナ、羽出ちゃってる」

キアラの指摘に、ふっと我に返ったルーナ。すると赤い光を灯していた彼女の眼は次第に黒さを取り戻していった。

「え・・・あ。マフィアのニュースなんか見たからかな。何かすっごくモヤモヤする」

「じゃあ、お散歩しようよ」

セリーアンの提案に、ルーナは笑顔で頷いた。

自分に羽が生えてからというもの、最近になってとある特殊能力が身に付いた。その能力に関して、ルーナはちょっぴり嬉しかった。だって“ヘルみたい”だから。廊下を歩く少女達。その中でルーナは眼を赤く光らせる。羽から出す超音波。人に影響を及ぼさないその振動は壁を反射し、ルーナの体、そして脳に返っていく。ヘルもこんな感覚なのかなと、ルーナは360度、周囲の物質との距離を“視ていた”。そして少女達は屋上に出た。そもそも散歩出来る場所なんてここくらいしかないが、屋上からの景色くらいは楽しめる。

「今朝ね、パパが電話に出てくれたの」

「良かったね」

ルーナはキアラとの会話を思い出していた。パパが電話に出てくれない、きっと自分の事が嫌いになったんだ。あれから、キアラもだいぶ明るくなった。

「キアラのパパ、電話に出てくれてなかったの?」

「うん。最初はママが出てて、でも朝やっと出てくれて、元気かって。セリーアンのパパは、優しい?」

「うん・・・優しかった。私が7歳の時に死んじゃったから」

「そっか。じゃあママと2人暮らし?」

「ううん。私が10歳の時、ママが再婚したの。でもまだ、新しいパパとはそんなに仲良く出来てなくて」

ルーナはふと、ルアとパパを頭に過らせる。仲が悪い所は見たことはない。けどお姉ちゃんは、あたしのパパをパパとは呼ばない。

「セリーアン、兄弟は?」

とキアラが尋ねる。

「弟が1人。それと今度ね、また弟が産まれるんだって」

「へぇー。じゃあ寂しくないね」

「んー、どうかなぁ。私も、ルーナの家みたいにペットが居ればいいけど」

「ペットなんて言ったら怒るよ?ヘルはあたしよりも算数も漢字も出来るし」

「いーなー。あ・・・エッサに頼んだら、ここでペット飼えるかな」

「あ、いいね!飼いたい」

キアラに頷くルーナ。その時、彼女は感じていた。羽から出す超音波が、扉の向こうに居る人の動きを感じさせていたのだ。

「誰か来るよ?」

「あ、居た居た。ほらー3人共戻りなさい」

「エッサ、私達の部屋で、ペット飼いたい」

「変な事言ってないで戻りなさい」

一瞬だった。セリーアンの提案に、エッサはそう言い放って扉はガタンと閉められた。3人の少女は、あまりの一瞬の出来事にただ顔を見合わせた。

ワセマール警察署のTVMの一員である、クラント。TVM経由で、ノイルからのザ・デッドアイに関する情報を耳にした彼は、ワセマールにあるザ・デッドアイの拠点を眺めていた。クラントが居るのはとあるマンションの一室。カーテンに隠れながら、双眼鏡を通してタレコミがあった“未入店の廃スーパー”を見ていた。3年前にスーパーは閉店、しかしそれから、一向に営業が再開されておらず、建物の解体さえ行われる気配がない。最近になって、近隣住民から不気味だとか、何か居るのではないかとの苦情が出始めた。そしてようやく、今になってタレコミがあった。

「もう4日ですけど、“中の人”は何してるんですかね」

TVMでは珍しい女性隊員、マーラ。彼女はタブレットをいじくりながら呟く。

「地下通路でもあんだろ。だから、近隣住民の誰も出入りするのを見てない」

そこにコーヒーを飲みながら、リンバーが応える。

「潜入組からはまだ情報は来てないよな?」

「はい」

「やっぱり俺らはハズレ組だったかあ?そもそも表玄関なんて出入りするものとして使われてねえんじゃないかな」

「だが、1人でも出てくれば絶対そいつを追い詰める」

コーヒー片手に、リンバーはクラントの背中を見つめる。いつでも気を引き締めているクラント。警官なら確かにそれは当然だが、集中するべき時だけ全力で集中するのが信条のリンバーにとっては、クラントのその背中は“見ない見本”でもあり、同時に溜め息の元でもある。

「ちょっとリンバーさん。溜め息」

「キャリア組の嬢ちゃんには分からんさ」

「何でもかんでもそれで片付けないで下さい」

2人に振り返る事なく、クラントは拠点を見つめる。1人でいい。1人さえ出てくれば、そいつを追い詰める。確かに、リンバーの言う通り最早出入り口ですらないのかも知れない。だがそれでも、たった1人でいいんだ・・・。

そんな時だった。遂にその時が来たと、クラントは拠点の屋上に注視する。何かが動いている。

「出たぞマーラ!」

クラントは双眼鏡のズームレンズやピントを調節する。しかしそこで、クラントは言葉を失った。屋上から出てきたのは、魔虫だった。更にそれは1体だけではなく、次々と。

「男か?」

「いえリンバーさん、魔虫です。3・・・4、5体です」

「まあ拠点の証拠にはなるんだから、いいんじゃねえか。早速潜入組とTSAに連絡するわ。すぐ突撃だな。マーラ、魔虫の動きは」

「5体共、まるで目的を持ってるかのように、首都方面に向かってます」

リンバーからの連絡を受け、TSAの1チームが出動の準備をしていた。チーム名はイーグル。リーダーのソクラ、ポインターのハリー、アタッカーのブラウン、ラッセル、ティガ、ランドビー、スナイパーのユナ、そしてメディックのカーキ。8人はテキパキと遊撃車に乗り込んだ。

「さってと、行きますか」

「リーダー、コンビニ寄れる?」

「バカヤロー、寄れる訳ないだろ。こんな時に何買うんだよ」

「あー・・・銃弾?」

「売ってるかよ!ていうか何で疑問形」

いつもの調子のカーキ。カーキのジョークに突っ込むソクラも含めて、隊員達はいつものように程よく緊張を解いていく。警察署からは差ほど遠くはない。そうソクラは遊撃車を走らせる。前方の大きな交差点の交通量は多くない、更には信号は青だ。ソクラはアクセルを緩めず、交差点に差し掛かる。その時だった。ソクラの視界に、横から大きな影が飛び込んだ。

――何!?。

ソクラが声を上げる間もなく、遊撃車はガシャンと大きな音を立てスピンした。代わりに隊員達が声を上げる中、ソクラは“ぶつかって転げ落ちた”魔虫を見ていた。

「魔虫だ!総員降りろ!」

散らばるガラスなど気にも留めず、ソクラはスタンピストルを手に真っ先に遊撃車を駆け降りる。同じくスタンピストルを手にしたハリーとカーキも先行し、もう2体の魔虫を見る。

「どうなってんだよ!魔虫は首都方面じゃねぇのか」

「カカカカッ」

瞬時に吹き飛び、横転した遊撃車。まだアタッカー達とスナイパーが乗っていたその遊撃車を前に、ソクラは怒りを剥き出しにする。

「カカカ・・・」

開いた口にすかさず雷針弾を撃ち込む。しかし痺れた魔虫の背後から魔虫が飛び出し、ソクラを襲う。赤い眼光がソクラを捉え、鎌のような鋭い脚が振り出される。遊撃車のフロントガラスが割れる音が、ソクラの頭上で掻き鳴らされた。ソクラは屈んだままスタンピストルを乱射する。

「グォアアッ」

「・・・っく」

もがき苦しむように暴れる鋭い脚。それだけでも人間にとっては一溜まりもない。思わず倒れ込んだソクラに、魔虫が迫る。その時、頭上から銃声が轟いた。バチャッと飛び散る魔虫の体液。ソクラは遊撃車の上を見上げた。

「さっさと死にやがれ!」

そこに居たのはブラウンだった。そして同時にラッセルとティガ、ランドビーとユナも各々魔虫にライフルを乱射していた。やじ馬が集まる中、白昼の街でライフルの銃声が響き渡っていく。その時、ソクラのイヤホンに無線のノイズが走った。

「こちらTVM、リンバー。チームイーグル応答出来るか?状況は」

「こちらチームイーグル、ソクラ。今3体の魔虫と交戦してる。魔虫は首都方面なんじゃないのか?」

「多分、見張りだろうな。5体は首都方面、6体が見張りだ」

「まだ居んのかよ」

「その内1体がサソリ型、1体が例のフライング型の新型だ。それともうすぐ例の魔法使い達がそっちに行く。それまで凌げよ?」

「ハッこんな奴らに、殺られるもんかよ」

ブラウンに蜂の巣にされた1体の魔虫が緑色まみれで動かなくなる。そしてブラウン達は遊撃車から飛び降りて、容赦なく2体の魔虫にライフルを乱射する。そうだ、例え魔虫とやらが相手でもTSAが負ける訳ない。そうソクラはポインターのハリーに指示を出し、共に周囲を警戒していく。

「リーダー!」

ハリーの叫びと同時に、市民達の悲鳴が響いた。逃げ惑う市民。しかしそこに、緑色まみれの魔虫の、横開きの口が震えた。ソクラはすぐさまスタンピストルを乱射する。しかし内心では舌打ちしていた。それは一瞬の差で、手遅れだったからだ。空気の歪みに呑まれ、パッと見でも10人以上の市民達が宙を舞った。女も子供も関係なく。8発入りのマガジンが空になり、カチンカチンとスタンピストルが空虚を鳴らす。魔虫は死んだが、マガジンを新たに装填しながら、ソクラは頭から血を流し動かない子供を一瞥する。

「カーキ、救急車と避難誘導だ。ティガ、カーキをサポート」

「はい」

「おう」

そしてソクラが顔を向けた先には、サソリ型が居た。市民に気を取られている暇はない。そうソクラは隊員達に指示を出し、その尻尾でワゴン車を投げ飛ばすサソリ型に向かった。“一瞬ごと”に、市民が死んでいく。衝撃波によって、怪力によって。だからと言って、怒りに身を任せてはならない。むしろその怒りを集中力に変え、ソクラはピストルのサイト、つまり照準器を見つめる。狙いを定めたのは脚の付け根だ。報告によればサソリ型は跳躍力が武器との事。なら、そんな脚など“無くしてしまえばいい”。銃声が響くと、直後にサソリ型の脚は爆発した。

非殺傷兵器である制圧用スタンピストル専用、殺傷銃弾。通称「対壁弾」。対人体ではなく、制圧対象の壁、逃走手段となり得る自動車や、立て籠りの際のバリケードなど、つまり壁を排除する為の銃弾。構造的には既存のエクスプローダー・マグナム、つまり爆薬付き強化弾と変わりはない。

サソリ型はよろめいた。そう、ピストル用のエクスプローダー・マグナムとは言え、爆発でもよろめいただけだったのだ。直後にサソリ型は真上にピョンと跳ねた。その巨体でそんなに跳ねるなんて・・・。ソクラの頭にふと、とある情報が過った。そしてとっさに、横に飛び込んだ。サソリ型には脅威的な跳躍力がある。真上に跳ねるなんて行為、それを頭に過らせる以外の何物でもない。

「うわああ!!」

市民達の叫び声、そして“暴走したトラックが激突したような轟音”。脚が負傷していたのか軌道はズレ、巨体はその辺のビルの角を抉った。飛び散るコンクリート、そしてまた倒れていく市民達。

「カーキ!」

巻き込まれたカーキはサソリ型の近くに転がった。そこに、サソリ型が振り返る。ソクラがピストルを構えたその時、ソクラは迫ってくる尻尾を目に留めた。

「(あ、魔虫の匂い)」

「近付いてくるの?」

「(ううん。動いてない。戦ってるのかな)」

「じゃあノイルの言ってた。TSAの人かな」

「(うん多分)」

ヘルはルアを乗せ、街を走る。直径1キロ以内の匂いを全て嗅ぎ分けられるヘル。3体の魔虫の死臭、何人もの死臭、それらを感じ取り、ヘルは息を飲んだ。先頭のノイルが赤信号を前にバイクを止めたその時、ノイルの携帯電話が小さく鳴り出した。

「・・・ああ、おう、あぁ、何だって!?」

するとノイルはすぐにヘルとルアを見上げる。

「分かった。5体だけなんだな?・・・あぁ」

「(・・・どうしたの?)」

携帯電話をしまうと、ノイルは再び真剣な表情でヘルとルアを見上げた。しかもそれはこちらにも少しだけ緊迫感が伝染してしまうほどの顔色だと、ヘルは内心で首を傾げる。

「ワセマールのTVMの人間からなんだが、5体の魔虫が、嬢ちゃん達の妹が居るっつう兵器研究施設を襲ってるそうだ」

「え・・・・・・」

「(どうしようルア、行く?)」

「いや待てって、あっちだって5人居るんだろ?それにあの羽音だって効かないんだし、行ったのだって普通の魔虫らしいから、問題無いだろ」

「(んー、ルアぁ)」

「きっと、ルーナなら大丈夫だよ。魔虫が来たって分かったら軍人さん達もいっぱい行くだろうし」

「(うん、そうだね)」

慌てて行ったところで、数キロくらいなんて距離じゃないし、ルアの言う通り、きっとルーナなら大丈夫。そうヘルは青信号を見上げ、走り出した。匂いはもう、すぐそこだ。そしてやがて目の前にしたのは、ノイル達の間ではサソリ型と呼ばれ、アルテミスの世界では「ジオスピオン」と呼ばれる魔虫だった。

「ソクラ!動けるか?」

一瞬遠退いた意識の中で、遠いランドビーの声。銃声に目覚めたような感覚の中、ソクラがふと見たのは、フライング型の新型魔虫だった。

「ハハッ・・・ちょっと休んでた・・・だけ、だ」

「くそっ、どんだけ硬いんだよ!」

ライフルの乱射音。しかしサソリ型の体中からは弾が弾かれる音だけが無情に鳴るだけだ。その時だった。突然、黒い鎧を着た女が、サソリ型の上に落ちてきたのは。ソクラの目にはただ、サソリ型の体の貫く、一筋の雷光が焼き付いていた。

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