「アキレス」前編
「ゴアアアア!」
雄叫びと共に洞窟から出てきたのは、まるで岩そのものかのような外殻で全身を覆った生き物だった。高さ5メートルほどの巨体を前に、人間の軍人達は皆銃口を向ける事さえ忘れていた。四足歩行で這って走るように軍人達に突撃して、巨大な生物は軍用車を突き飛ばした。
「(ルア)」
遠くから眺めながら、ルアはプリマベーラから治癒玉を発射した。飛んでいく治癒玉が怪我人を治していく中、アルタライザーたちは赤黒い衝撃波で巨大な生物を牽制していく。ふとヘルは思った。手加減しているのかなと。
「もっと下がれ!」
1体のアルタライザーが人間の軍人達に指示を飛ばしたり、別のアルタライザーが巨大な生物に突撃したりと、それはとても軍隊らしい戦い方。でもそのせいなのか、巨大な生物は全然怯まず、大きなダメージも負わずに暴れている。
「(アルタライザーって、大したことないのかな・・・)」
そんなヘルの呟き。1体のアルタライザーがギョロっと振り返った。ビクッとするヘル。それからそのアルタライザーは人間の軍人達に指示を飛ばし、尾状器官から赤黒い光を吹かして飛び上がった。そして勢いよく顔を蹴りつけられれば、巨大な生物は大きくよろめいて、なんと立ち上がった。同時にヘルは鼻をヒクヒクさせて、軍人達の恐怖を感じ取る。立ち上がれば、その高さは10メートル以上になったから。
「ゴアアアア!」
全身の岩の隙間から、間欠泉のように水が吹き出し、同時に全身から小さな岩が飛び出した。それはとても危険な生態。ルアはまた治癒玉を撃ち出した。更に巨大な生物は腕から翼膜を広げ、背中から水を吹き出し、高く飛び上がった。
「(うわっ)」
岩の巨体がドカンっと地面に落ちたその衝撃は、爆発のように地面を隆起させ、色んな物を周囲に飛ばした。土埃で辺りが見えなくなったのでルアもヘルも不安になった。その中から巨大な生物の雄叫びが聞こえて、衝撃音が鳴った。何が起きているか分からないが、しばらくして見えてきたのは、巨大な生物と戦うアルタライザーたちだった。しかしヘルが思ったのは、巨大な生物は全然怯んでいないという事。
「(どうする?ここ別に街中じゃないしさ、良いんじゃない?)」
「うん」
ヘルが飛び上がって、ルアがプリマベーラを構える。そんな間にもアルタライザーたちは牽制を続けていく。
「火光矢!」
燃える光矢が上空から放たれると、それは巨大な生物の背中に鈍く突き刺さった。背中から小さく弾け飛ぶ石。
「ガアア!」
アルタライザーたちはルア達を見上げた。その一瞬の間に、ヘルは鼻をヒクヒクさせる。倒れ込んだ巨大な生物が立ち上がると、そのまま一目散に洞窟に逃げていった。
「(あ、逃げた。でもいいのかな)」
第68話「アキレス」
「余計な真似を」
呟いたアルタライザー。それは鳥顔のアルタライザー。しかしそれからルア達には目もくれず、大破した軍用車の損傷具合の確認を指示した。
「(やっぱり、1回シーザーがどんな人か見ないとだよね?)」
「無闇に入ったらだめでしょ。どんなモンスターがいるか分からない」
「(あれくらいなら何も問題無いけどなぁ。何か方法ないのかな)」
「じゃあ霊気検索したら?」
ペルーニが問いかけると、ルアとヘルは閃きを共有した。上空から霊気を検索すれば、その違和感はすぐに見つかった。人が1人、佇んでいるような小さな反応。だけど強くて、濃い。
「(居たけどさ。その、洞窟の地形は?)」
「地面とか岩とか、自然の魂子を感じれば分かるよ?」
「(へー)」
目に見えてる訳じゃない。ふうっと深呼吸し、そこらじゅうの“地形の魂子”を感じていく。木々の形、地面の形、岩の形、洞窟の形。それはまるで魔法のエコーロケーション。
「(おー。やっぱり魂子なんだ。すごいなぁ。でも不思議。見えないのに分かるけど、やっぱり見えないから、地図みたい)」
「何か、ジェクスが前に言ってなかったっけ?飛ばすって」
「エイシンと話した時でしょ?声を飛ばすって」
「そうそう。目も飛ばせるのかな?」
「出来るよ。転移の感覚でね、声だけとか視界だけとかで飛ばせるの」
「(だから精霊って、色んな事すぐに分かるんだ)」
「うん」
「(転移か。やってみよっと)」
霊気検索でシーザーの居場所は分かる。だからそこに向かってヘルとルアは視界だけを転移させていく。
「おい」
「(んえ!誰!?)」
洞窟を進んでいたところで急に声をかけられたので視界は戻り、見下ろしてみると崖の下ではアルタライザーが見上げてきていた。
「何をしている」
「(シーザーを見に行くんだよ。魔法で目を飛ばすの)」
自分から聞いてきたくせに、鼻で笑うとアルタライザーは去っていった。だからそんなアルタライザーに、ヘルはムッとした。
「(感じ悪い)」
3台の軍用車は運悪く全滅だった。だから新しい軍用車を手配した。
「オレ、あの子の魔法に怪我治して貰ったんだった」
「私も」
「一言くらい必要だよな。オレ、サクリア語話せるから」
チームの人間3人が回り道して崖を登り始めたのを、鳥顔のアルタライザー、アキレスは見つめていた。
「あの」
振り返るアキレス。遠慮がちに声をかけて来たのはトカゲ顔のアルタライザー、ユテス。
「自分も、治して貰った。正直さ、居なかったらマズかったよね?」
その瞬間、オオカミ顔のアルタライザー、エテュオンがユテスの脇腹を肘で打つ。
「・・・っ。でも事実だろ?あんな戦闘力、想定外だ」
そう言うとユテスも崖を登っていったが、アキレスはそれをただ眺めていく。
「どうする?モンスターの戦闘力が想定を上回っているのは事実だけど」
エテュオンの言葉にもアキレスは無言。ただ洞窟を見ていた。
「岩の体ならさ、爆弾じゃない?」
ヒョウ顔のアルタライザー、リュナークが気軽な口調でそう言うとエテュオンは頷いた。だけどアキレスはただ重たい溜め息を吐いただけだった。
「なあ、さっき、魔法で怪我治してくれたよな?」
「・・・あ、はい」
「ありがとう。助かった」
「いえ」
ルアが微笑みを返せば、3人とユテスも微笑んで崖を下っていった。
「いい人」
ペルーニとルアがそう微笑み合っている傍ら、ヘルはシーザーを見ていた。それは人間だが、人間じゃなかった。人の形をしているが、岩で覆われていて、草が生えていて、全く動かなかった。でもその直後だった、シーザーの近くで勝手に岩が蠢き、水が渦巻き、先程のモンスターが誕生したのは。
「(げっ)」
パチンッと視界を戻したヘル。その態度にルアとペルーニはキョトンとする。
「(あのモンスター、シーザーの近くでまた生まれた)」
「え」
それからヘルは崖の上からアキレス達を見下ろした。
「(さっきのモンスター、シーザーの近くでもう1匹生まれたよ!)」
ヘルを見上げるアルタライザーたち。その緊張感が跳ね返ってきたのをヘルはひしひしと感じた。
「(ルア、アーサー達連れてこよう?)」
「うん」
禁界の合同キャンプ場に向かったルア達。するとアーサーとテリッテは休憩中だった。
「(良いところにアーサー達。さっきからね、シーザーっていう蘇った人の事調べてて、シーザーの居る国も、今沢山のモンスターに襲われてて大変なの)」
「おっしゃ!行こうぜ!ちょうど実戦したかったところだ」
「じゃあ──」
口を開いたのは、テリッテ達と一緒に過ごしていたロックエル。
「オレとメアも行く。オレも強くなりたいからさ」
ルア達がジエスにある樹海に戻ってきた時、すでにケルタニア軍は巨大な蜘蛛の群れに襲われていた。
「(えー。戻ってくる一瞬の間に何があったんだよー。もーっ)」
真っ先に飛び出していったのは当然アーサー。でもその直後、アーサーは目に留めた。それはアキレス。外見が自分と同じような生き物。だからドカンッと地面に降り立った。そんなわざとうるさくした着地にアキレスは振り返り、そしてアーサーとアキレスは真っ直ぐ睨み合った。でもアキレスはすぐに目を逸らして、自分の戦いに集中していった。
「(アーサー、ホールズ地方で作られたデュープリケーターなんだよ)」
飛びながら頭上からそう言ってきたヘルに一瞬振り返ったアーサー。小さく頷くと、それからアーサーはアキレスだけを見つめていた。
「メア、頼む」
「あぁ」
ロックエルが装着したドゥシピス・ゼプレから光が伸びて、メアを包んでいく。そしてメアがドゥシピス・ゼプレの中に入っていけば、ロックエルの体は筋肉量が増大し、更に右腕がより大きくなり、左肩よりから2本の尾状器官が生えてきた。大きく深呼吸して、ロックエルは1体の巨大な蜘蛛を捕捉した。
「アーサー」
テリッテがやって来ても、アーサーは腕を組んで立ってアキレスを眺めていた。そんな2人に巨大な蜘蛛が近付けば、すぐさまテリッテは光の矢を放っていく。
「アーサーにそっくりだね」
「別の国のデュープリケーターだと」
「へーそうなんだ。仲間になれるかな」
「・・・無理だな」
「え」
「だって・・・・・・全然弱えから」
テリッテがちょっと困った顔をしたと同時に、アキレスは振り返った。アーサーの一言を聞いていたのか、でもだからといって怒って向かってくる事はなく、指示を出しながら巨大な蜘蛛たちを倒していく。その冷静な判断からしてアーサーとは真逆の性格だと、テリッテにはすぐ分かった。そんな時だった、洞窟の中から獣の雄叫びが響いてきたのは。
「何か来る」
警戒するテリッテ。でもアーサーは何とも思わない。ふと人間の軍人が巨大な蜘蛛に襲われたのが見えたので、テリッテは素早く光の矢を放った。目の前で巨大な蜘蛛が吹き飛んでいったのを目の当たりにした人間の軍人が安心する中、洞窟の中から響く足音が大きくなってきて、遂にあの巨大な岩獣が姿を現した。
「ゴアアアア!」
振り返るアキレスたちを、アーサーは眺める。
「どんどん来るなぁ」
ロックエルとルアは背中合わせに立って、巨大な蜘蛛の大群を見渡す。蜘蛛だから、きっと繁殖力が凄まじい。そんな事を思いながら、ルアはふとアーサーの事を気にかける。でも数が多いだけで、2人には全然余裕だった。ロックエルが尾状器官から青い衝撃波を放てば、巨大な蜘蛛は簡単に吹き飛び、ルアが光矢を放てば巨大な蜘蛛は簡単に絶命する。リッショウをするまでもない。ただ1つ不安なのは、相手がキリのない大群だという事。
巨大な岩獣が体から水圧と共に岩を噴射すれば、アルタライザーたちは回避していき、ボコボコの軍用車が更に転がっていく。それでもただ立っているアーサーの横顔をテリッテは伺う。
「強そうだね」
「だな。まあ俺達なら余裕だが」
「あのデュープリケーターさん達にも、リッショウ教えてあげようよ」
するとアーサーは溜め息を吐き下ろした。それは仕方ないという態度。でもテリッテは分かっていた。何故アーサーがただ立っているのかを。それからもう1体の巨大な岩獣が出てくると、明らかに軍人達の不安と恐怖が増していった。その時だった、アーサーが動き出したのは。
「そんなんじゃ何も守れないだろ!!」
ピタッと、アキレスの動きが止まった。
「オージャソウル!」
アーサーから燃え上がる青い炎、膨れ上がった気迫と存在感。それだけで周囲の巨大な蜘蛛たちは戦いた。飛び出したアーサーが尾状器官の炎の爪を振り下ろし、巨大な岩獣を叩き飛ばす。
「フレイムジャベリン!」
体から岩が飛び散って、その隙間に皮膚が見えてくれば、アーサーはそこに青炎の光槍を放った。まるで本当の岩を砕くように巨大な岩獣に穴を空けたそんな魔法を前に、アキレスは冷静な表情に怒りをたぎらせた。
「お前ら、本気出してないだろ」
アキレスはキリッと、アーサーの言葉に振り向いた。それからアーサーはエクスカリバーを作り、飛びかかって剣を振り下ろし、岩獣の首を切り落とした。一瞬だった。岩の巨体が虚しく、重たく倒れると、アーサーは地面に剣を刺した。
「こんな事で手間取ってるようじゃ、シーザーって奴には勝てないぞ」
アルタライザーたちは反論しなかった。というより出来なかった。そうテリッテには見えた。
「何で手加減してんだ」
ユテスがキョロキョロと黙ったままのアキレスの顔を伺う。
「軍隊戦略だよ。生存第一だから」
「最初の頃のアーサーたちだと思えば、仕方ないんじゃない?戦い方は間違ってないよ」
「まぁ、もっとやれると思ったけど、そうじゃないんだな。ただ弱いだけか」
「黙れ!!」
今まで怒鳴った事なんてなかったアキレスに、ユテスはビクッとする。
「そんな事は分かってる!・・・・・巨大な蜘蛛でさえ野放しに。それが我々軍の力不足だということくらい、我々が1番分かってる!」
「こういう時は助け合いだよ?私達が手伝うし、魔法だって教えるから」
「・・・我々は、我々の国を守る為に作られた。お前達のような者を簡単に受け入れたら、我々の存在意義が無くなる」
「そんな事ないよ──」
「だったら来い」
「えっ」となるテリッテなど目もくれず、アーサーは剣を消し、オージャソウルを消した。リッショウだけ残したアーサーを、アキレスは真っ直ぐ見つめる。
「強くなければ、生きてる意味はねえぞ!」
拳を握ったアキレス。その冷静な表情に燃える怒りが、一気に弾けた。殴りかかっていくアキレス。当然と言えるほど、アーサーはその拳を全て捌いていき、それからアキレスを尾状器官の拳で殴り飛ばした。
「うわーっ」
直後に走り出したのはユテスだった。次は自分の番だとでも言うように殴りかかったユテス。でも案の定、最後には殴り飛ばされて終わり。するとそんな空気に押されてか、次はリュナークがアーサーに向かっていった。中距離からの衝撃波で追い込んでいくリュナーク。でも直で食らって吹き飛びもしないどころか、普通に走り出したアーサーに、そしてリュナークもやられた。それからライオン顔のホーンがふとエテュオンを見ると、エテュオンはその状況を鼻で笑った。
「時間の無駄」
「あ?」
そう言うとエテュオンはスッとアーサーに背中を向けてテリッテに歩み寄った。
「私達は国を守る為に生まれた。だから強くなければならない。どうか、魔法とやらを、教えて欲しい」
「うん!」
アキレスはエテュオンの背中を眺めながら、訓練を思い出していた。自分という存在を自覚した時、何の為の存在かを知らされた。自分も心からそれを望んだ。訓練では先ず、知識を詰め込んだ。陣形や地形によっての優劣。とにかく隊での動き方を学び、実践していった。そして実戦でもテロ組織の壊滅などの結果を残した。自分でも自分の実力に満足していた。独立自警団アルテミスというものに所属しているデュープリケーターという存在を知るまでは。シューガーの街の穴や、ゼーレ帝国の事をニュースで知れば、否応なしに情報が入ってくる。だから知っていた。デュープリケーターのアーサー。きっとそれが、自分のモデルなのだと。




