「見守るという愛」後編2
――2年前。
「伝令!第18部隊が撃破されました!」
伝令兵の言葉に、空気が凍り付いた。全くの予想外な事ではないが、十中八九そんな事は起こらないだろうと、誰もが思っていた。そしてほとんどの者が、街を守りに戻った方が良いと、頭を巡らせた。
「仕方ない。今すぐ作戦を開始する。これより全力をもって、迅速に――」
「待って下さい!」
「セナタ隊長、元より我々の任務はメテオ作戦。元々守る為に配置されていた部隊が撃破されたとしても、我々の任務は変わらない。だがせめて、作戦開始を早め、迅速を最優先にする事が我々に出来る事だ」
そして、兵士達は飛び立った。霊匣を媒介にして、イメージだけで操縦する空飛ぶ乗り物、エアバイク。白い光を尾に引きながら、180機ほどのエアバイクが空を一気に駆け上がり、分厚い曇天に消えていく。作戦とは言え、助けに行けない。ティネーラは雲の中のモヤモヤを、ぶつけられない怒りと不安に重ねていた。家族の姿が焼け付くように目に浮かぶ。同時に、エアバイクの液晶パネルに表示される現在位置が、自分の街からどんどん遠ざかっていく。やがて前線部隊を通り越し、敵国の街を飛び越え、エアバイク部隊は敵国の中枢都市の頭上に差し掛かった。直後、先頭の指揮官を皮切りに、無数のエアバイクが曇天を抜け降りていった。
そんな記憶を振り返りながら、ティネーラは走っていた。つい先程までは、ホールに背を向け、兵士だった頃との決別という覚悟を持っていた。しかし、今はあの頃を振り返るべくして振り返り、こうしてアテナ姫の下へと戻ろうとしていた。その気になったのはそう、“目を覚ました”からだ。城の王間に舞い戻り、コントロールパネルをタッチしていく。そして青い光の膜を張らせたホールを、ティネーラは決意の眼差しで見つめた。
――メテオ作戦。それは突然の天災の如く、地形や敵軍の規模を無視して敵の懐に打撃を与える作戦。主戦力でもって臨むのが前提ではあるが、だからと言って街を守る為の人員を割く事はしない。何故なら守りの部隊に敵を引き付けておく事も、作戦の一部だからだ。しかし作戦開始直前、その守りの部隊が撃破された。それは指揮官を含め、誰もが耳を疑う事態だった。
降り捨てられたエアバイク。電光石火の如く敵国の中枢、指揮系統を沈めたエアバイク部隊の数人が、一目散にとんぼ返りしていた。その内の1人、ティネーラも真っ先に街に戻り、“自分の家があった場所”に立ち尽くしていた。何が、メテオ作戦だ。国民をこれほど犠牲にしてまで、あんな作戦に何の意味があるんだ。
「ティネーラ」
ヘリーエン第3隊長。ティネーラとは古くからの友人で、ティネーラと同じく、家と家族を失った兵士。彼もまた、メテオ作戦を終え、とんぼ返りし、そして絶望した1人。2人はお互いの表情を見るや、すぐに分かち合った、絶望、そして怒りを。
「聞いたか?防衛隊を撃破したもの」
「いや。まさか新兵器か何かか?」
「あぁ、普通だったらバク相手でも防衛隊が負ける訳ない。だが見たこともない生物がバクに紛れていたんだと、防衛隊はそいつにやられたんだ」
それから司令室ではメテオ作戦に参加した者、防衛隊の生き残りが集められていた。彼らが見ているのはホログラム映像。映っているのは街の防犯カメラに撮られていた重装甲兵隊、通称バク。そしてその兵隊に混じるたった一体の未確認生物。高さは人間の2倍ほどで、昆虫類と爬虫類が混ざったような骨格と外見、そしてガラスのような赤い眼。その生物が大きく映っているところで映像が一時停止されると、指揮官が皆の前に立った。
「防衛隊の生き残りによれば、これはギガスと呼ばれていたそうだ。ギガスの使う魔法は強力。それは我々の身に染みているだろう。並びに知能も高い。現在はそれ以上の生態は不明だ。密偵が情報を掴み次第、随時報告会議を行う事とする」
突然の大爆音。ホールを抜けた直後、ティネーラは胸騒ぎを感じた。現在ゴーストビル内で感じる霊波は4つ。その中にアテナ姫が居るのだろうが、4つは密集している為、そこに行けばすぐに分かる。エレベーターに乗り込むと、ティネーラは2階ではなく3階を押した。あいつにとってこの建物は狭い。攻撃によってはそこかしこに大きな穴でも空いているだろう。もし穴でも空いていて様子を見るなら、上からの方がいい。やがて見つけたのは、3階の廊下に空いている穴だった。まるで下から爆破されたような穴。その縁に立ち、ティネーラは叫んだ。
「アテナ姫!」
アテナ姫、アルテミス姫、そしてアポロン王子に対峙していた少女と犬がそこに居た。直後、アテナ姫はティネーラに叫んだ。
「飛び込んで!」
あの頃から何も変わらない、最強の騎士たる、また総司令官たるその真剣な表情。ティネーラはとっさに穴に飛び込んでいた。同時に爆音が轟き、衝撃波と熱風が背中を突き押した。落ちる最中に顔を向け視界に収める。あのギガスを。
――メテオ作戦から1週間後、ティネーラ、ヘリーエンはギガス討伐隊として街を進んでいた。敵国の中枢、指揮系統を沈めている隙にどんどん街々を支配していく最中、それを阻むようにギガスが立ちはだかった。とある街の片隅で、討伐隊とその総司令官のアテナ、ギガスが対峙する。しかし精鋭達とは言え、普通の兵士ではギガスに歯が立たず、実質的にはアテナとギガスの一騎討ちのようになっていた。アテナの1番得意な魔法「雷火」。そもそも雷火は火を操る魔法と雷を操る魔法を融合させた上級魔法だが、アテナはその雷火を更に複雑に操る。それでも兵士達は何か役に立てればと、バクの相手をしたり、ギガスの気を逸らしたりしていく。
「風刃爆散」
ティネーラの振り上げられた手から生まれた“一閃の暴風”。砂煙を巻き上げる暴風がバクの1人を襲ったその瞬間、暴風は爆発し、無数の小さな針風となって前方へ散らばった。それは1人のバクならず、その後方の敵兵達をも地に伏せた。そんな時、ギガスの手が青紫色をした炎に包まれた。見たこともない、全く経験のない攻撃。どんな動きをするのか、どんな特性があるのか。その青紫の炎に誰もが目を奪われ、体を緊張させる。しかしそれでもアテナ姫はやはり、最強の騎士だ。球形に爆発する「火柱」のような動きをした青紫の爆炎を、瞬時に光の壁で抑え込んだのだった。それから直ぐに、アテナは一筋の雷火を空に放った。
「雷火!」
しかしそうかと思えば走り出し、アテナはギガスに殴り掛かる。当のギガスでさえも、先程の雷火は何だと疑問を募らせるだろう。しかし考えていてはアテナに殴り殺される。実際そんな思考が巡った一瞬の隙を突かれ、ギガスは頬を殴られてよろめいた。それからアテナは再び何度か空に向けて雷火を放つ。しかしまたそんな事を気に出来ないほど、アテナは容赦なく殴り掛かる。腹を殴られ、脚を傷付けられ、首根っこを掴まれて投げられ、地面に叩き付けられる。魔法など無くても、アテナはそもそも強すぎる。体中に響くダメージのせいか、起き上がる途中のまま、ギガスは唸り声を洩らす。それは痛みか怒りか。その時、ギガスは見た。少し離れた場所に立ち、自分を見つめるアテナを。アテナは天に指を差し、微笑みを浮かべていた。
「重奏雷火・崩天」
正に一瞬の如く落雷。何発かの雷火が融合、増幅し、後にとてつもない1発となり、敵を襲う。それが崩天。動かないギガス、そこだけ窪んだ地面。誰もが勝利を確信した。しかし数秒後、ギガスは動き出した。
「どんだけ頑丈なのよ、もー」
それから、ギガスは一目散に逃げ出した。勝利ではあるのに、最強の騎士が殺せなかったもの。あの光景は、兵士人生の中でも1番忘れられない出来事かも知れない。そんな奴がまた今、目の前に居る。
「やっぱり戻ってくる気になった?」
「いえ、伝言があるだけです。伝えたら戻ります。姫様方の前じゃ、俺なんて戦力に――」
図体のでかさとは裏腹に俊敏なギガス。それに空気を読むという考え方もない。ティネーラが喋っている側からギガスは殴りかかり、アテナが立っていた場所に穴が空く。
「アリー、その人達頼んだよ」
「はい」
アルテミスはルアとヘルを連れてギガスから離れていく。同時にアテナは雷火でギガスの動きを牽制し、もう片方の手に雷火を溜める。
「雷火槍」
跳び上がったアテナ。アテナの目はただ一点を見つめていた。正に獣が一心不乱に獲物を狩るように、槍を成した雷の束は一直線にギガスの喉を貫いた。そのまま仰向けに倒れ込んだギガス。しかしまた、あの時のように、そいつは動き出した。
「有り得ない。え、しかも再生してるなんて」
「いえアテナ姫。有り得ない事じゃないんです。崩天でも死ななかった理由が、実はあったんですよ」
「理由?」
「コアを破壊しないと死なないそうです。背中の、中心から少し上辺りにあるそうです」
「へー、そっか、ありがとね」
「でも、崩天でも破壊出来なかった外皮の内側ですよ?」
「あたしを誰だと思ってんのかなあ?」
「ですよね。では俺はこれで」
「ああちょっと待って。雷火槍」
――ティネーラは心の中に芽吹いた“嫌気”が、日に日に膨れ上がっているのを自覚していた。アテナがギガスを逃がしてから数日経った頃には、ティネーラと同じ境遇のヘリーエンはすでに“変わっていた”。いやもしかしたら変わらない自分の方がいけないのかも知れない。そう思いながら、休暇中のティネーラは笑顔のヘリーエンと向かい合っていた。
「やっぱりさ、俺は兵士なんだ。国の為に戦う事でしか、前に進めないと思う。ティネーラだって、しょうがない事だと踏ん切りを着けなきゃならないって分かってんだろ?」
「本当に、それしかないのかよ。そんなの、まるで家族を忘れなきゃいけないみたいじゃないか」
ギガスに破壊された街は復興の真っ只中だ。壊れた建物は除去し、新しく建て直す。まるで、何事も無かったかのように。だからと言って分かってない訳じゃない。ヘリーエンの言葉の通りだからこそ、もどかしくて、嫌気が増すのだ。兵士なら国の為に戦うのは当然、だが、悲しみに暮れる時間でさえ、国に捧げなくてはならないのか。
やがてヘリーエンも編隊に組まれていた討伐隊が帰ってきた。ギガスは出てこなかったが、伏兵による死傷者が出ていた。死んだのは新兵2人と、ヘリーエンだった。ヘリーエンが庇わなければ、もっと多くの新兵が死んでいたそうだ。ヘリーエンの棺の周りに集まる人の中に、ヘリーエンの家族は居ない。ティネーラは友人として、献花の列に並んでいた。自分の番が来て、一輪の花を棺に入れる。心の中で膨れる嫌気が限界を越えて破裂したのを、ティネーラは自覚していた。
アイギスなど無くても、アテナはやはり最強の騎士。腰に手を当て、アテナは満足げにギガスの亡骸を眺めた。ギガスの背中は見事に穴が空いていた。
「良かったらさ、話してくれない?何で、姿を消したのか」
「・・・国の為に戦う、その言葉に、疑問を持ってしまったからですかね。でも分かってるんです、仕方ない事だと踏ん切りを着けなきゃならないって。でも、だからこそ、もどかしいっていうか」
「でも、あたしの事、助けに来てくれたじゃない」
「・・・グラビスですよ。姫もお人が悪い」
「ウフフッ」
その気になったらいつでも戻ってきていい、アテナのそんな言葉を頭に巡らせながら、ティネーラは後ろを振り返る。赤い光の膜を張るホール。それでも迷いを断ち切るように、光の膜を消し、ティネーラはグラビスと共に王間を後にした。
「何だと!?そんな事、聞いてないぞ」
階段を下りると王間の下は大広間。その時そこに、アポロンの声が響いた。大広間の中にある小部屋からのようだ。普段は食料などの保管庫になっているそこにアポロンと誰かが話している、そうティネーラは何となく小部屋に近付いた。
「仕方ないじゃないですか、アテナさんが居るんじゃ“あちら側”は即壊滅ですからね、それなりの手を打たないと。そもそもアテナさんを逃がしたあなたの責任ですよ」
「だからと言ってギガスを向かわせるなどやり過ぎだ、アテナ以外の被害が計り知れない。目立ちすぎるのはお前達にも損だろ」
「あくまでアテナさんの足止めです、そういう戦い方くらいギガスも理解してます」
「アテナの事は、私が再度説得する」
「まさかギガスを?」
「仕方ない」
「困りますねぇ、あ、ちょっと」
小部屋から出てきたアポロンは足を止めた。大広間に居たのはティネーラとグラビスだけではなかったのだ。まるで階段へ向かうのを阻むように大広間に入ってきたギガスを、アポロンは見つめる。
「何の真似だ」
「アニ・ソーサは確かに頂きました。だからもう、“あなた方”は用済みだって事なんじゃないですかね」
ザ・デッドアイの幹部、ズウェインは一目散に大広間から逃げ出した。しかしそんな男を追い掛ける事などしている余裕はない。すでにギガスは拳を振り下ろし、アポロンが居た場所を窪ませていた。
「く・・・ザ・デッドアイめ・・・。ティネーラ、グラビス、今すぐアテナの下へ――」
アポロンが振り返った時、すでにギガスの手から放たれた“一閃の黒い爆炎”が2人の居た場所を襲っていた。
「火柱五爪」
空を切る手から吹き出す“五閃の火柱”がギガスを襲う束の間、アポロンは2人の姿を確認する。グラビスは胸から血を滲ませ壁にもたれ掛かっていて、ティネーラはそんなグラビスに寄り添っていた。
「無事で良かった、ティネーラ。俺の事は良いから、アテナ姫の、下へ」
「何で、俺を庇ったんだ」
「俺は最初から、アテナ姫の命令で、ティネーラを見守ってたんで、ぐ、ふぅ」
「な、何だ、それ・・・」
「ティネーラ、アテナに伝言だ。あのギガスのコアの場所は背中、そこを叩けば殺せると」
「コア?それは一体」
「グラビスはな、密偵だ」
「アポロン王子も、知ってたんですか・・・」
「早く行け!グラビスとアテナの想いを無駄にするな!」
国の為に戦う事を悩んでいた俺を、アテナ姫はちゃんと見ていたのか?。そして俺が黙って隊を離れた事を、ちゃんと気にしていたのか?。ティネーラは内心で笑いを吹き出す。やっぱりアテナ姫には敵わない。アテナ姫は俺の事さえも見守っていた。ヘリーエンの言葉を思い出していた。やっぱり俺も、兵士なんだ。そしてティネーラは走り出した。兵士としての使命から逃げていた自分に怒りをぶつけるように。
読んで頂きありがとうございました。見守るという形、逆襲にも色々ある、という事をちゃんと描けてれば幸いですかね。




