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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第1章「ザ・デッドアイ」

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「見守るという愛」後編

ノイルとストライクはとある一室で、ユピテルと居た。ノイルとストライクは火柱によって気絶し、軽傷を負い運ばれたが、大したダメージではなく早々に目を覚ました。そこにユピテルがやってきたのだった。同じダメージを受けてまだ目を覚ましていないルアに寄り添っているヘルの目の届かない一室で、ユピテルはルアを守る為に雇った男2人に真剣な表情を見せていた。

「悪いね、手伝いとは言え」

ノイルはボロボロの服を見下ろし、小さく首を横に振って見せる。

「いいっすよ。これくらいなら」

「ノイル、君への依頼はルーナを助けるまでの話だったが、このままルアに付いて欲しい。だから正式に雇わせてくれないか」

「え・・・」

「このままの方がむしろザ・デッドアイに近付けるはずだ。頼む」

「まあそれはそうっすけど」

「報酬は勿論だが、君達にも俺が作った武器を提供する。それで、どうか自分の身と、出来ればそれ以上にルアを守って欲しい」

ノイルは何だか力が抜けたように笑みを吹き出した。頭の中ではふと、初めてちゃんとストライクがルアに自己紹介した時の事を思い出していた。

「すごいっすね。娘の為にここまでする人、初めてっすよ」

「まあ、確かにやり過ぎと言われても仕方ないのかも知れないな。けどむしろ、不倫で出来た娘だからこそ、罪滅ぼしっていう訳じゃないが気になってしまうんだよ。何て言うか、面と向かってないからこそ抑えられない感情、いや、抑えなくていいと思えてしまう感情というか・・・うん」

「てか、正妻の方とは上手くいってるんすか?」

「ああ、至って普通に、恙無くね。くれぐれも、ルアを頼んだよ?」

そんな記憶を、ノイルはバイクの上で思い出していた。それはストライクも同じだが、彼は彼であれほど真剣な表情の博士は珍しかったと、“見守るという愛”の重さを振り返っていた。しかしどれほどの科学の結晶でも、あの火柱に、つまり魔法に勝るとは思えない。だから大事なのは戦略だ。不意討ち、結局はそれくらいしか手立てはないのだろう。タレコミにあったゴーストビルの近くに目立たないようにバイクを停めるノイルとストライク。そこにルアを乗せたヘルが合流したその時、ゴーストビルの中から銃声が聞こえた。しかもそれは1度だけのものではなく、連続的なもの。3人と1匹は当然耳を澄まし、緊迫感を募らせ、そしてアルテミスの姿を思い浮かべる。

「何か起きてるのか?」

「(ルア、分かる?)」

「うん、感じるよね」

「霊匣の霊波ってのか。ならアルテミスの居場所が分かるんだな?」

「はい、でも、その霊波っていうの、2つ感じます」

「あの男だろ?とりあえずさっさと行くぞ。お前らは先行して真正面から行く。そして俺とストライクは霊波なんて無ぇから、不意討ちする為に隠れて後から行く。いいな?」

「はい」

「ワン」

「霊波は別行動か?」

「いえ、一緒に居ます」

「何階くらいかは分かるんじゃないのか?」

「えっと」

「(ここから見たら2階のこっち側のエレベーター前かな)」

ヘルは軽快に塀を飛び越えた。魔法が使えるようになったとは言え、正直まだ半信半疑。自分には簡単に人を殺せる筋力と爪や牙があるし、ルアにはプリマベーラがある。成り行きだったけどその上に魔法まで。もしかしたら、これからこういう事が何度も続くのかな。そう思いに更けながら、ヘルは非常階段を駆け上がる。

「(でも、アルテミスのお兄さん、アルテミスに傷付ける気は無かったみたいだけど)」

「お兄さんにはさ、アルテミスさんと一緒に行動する事を約束したからとか言えば、きっと説得出来るよ。それにヘル、アルテミスさんの守護獣じゃん」

「(あそっか)」

しかし廊下に入った矢先、少女と犬が見たのは“巨大な虫”だった。距離は十数メートル。しかもちょうど虫もこっちを見ていて、正にバッタリ出くわしたというその状況に、ルアとヘルは当然固まった。

「カカカカッ」

「え?」

――その少し前。

「妹を頼んだ」

「うん」

アポロンの背中はいつものように真っ直ぐで、力強い。しかしその言葉には“ザ・デッドアイが現れる前”と同じく、妹への愛に溢れていた。ふとした瞬間でも何でもなく、アポロンはいつものように妹を想っている。アテナはそんな背中を、呆れたように見つめる。

「アリーの居る拠点には、戻らないつもり?」

「そうだな。お前達は父上側なんだ。今はこのまま距離を置いた方がいい」

アテナはホールを背にして歩いていた。“こちら側”はこんな世界なのかと、少しのドキドキを胸に秘めて。研究員と思われる人間の服装、ザ・デッドアイの工作員と思われる人間の服装。テーブルや椅子、機械の形、そのすべてが新鮮だ。

「あ?何だあの女」

“こちら側”の人間であるマフィア達はアテナの顔を当然知らない。ザ・デッドアイと繋がりを持っているアポロン、ティネーラ、グラビスは自由にホールを行き来出来るが、それ以外の“あちら側”の人間が自由にホールを通ってくるなど予想もしてない事。なのに突然、黒光りする鎧に身を包んだ女がホールから出てきたのだ。当然その場のすべての目線はアテナに集まり、そして敵意を持って男達はアテナに歩み寄る。

「アポロンこっちに来る時、何も言わなかった?」

「あぁ。お前は何だ。アポロンの手下か」

「ぶふっ、ぶはははは・・・げほっ・・・そんな訳ないじゃーん。何であんなのの手下なのよー」

「クーデター派じゃねぇ、ってのか?まさか、あのバカ王子、寝返りやがったのか?ハッ・・・とんだ甘えん坊だったって訳かよ」

「ふー、あんなでも目の前でそんなに悪く言われるのは我慢出来ないな。一応言っとくけど、アポロンはまだザ・デッドアイ側だよ。あたしは自分でここに来たの」

「ほう、女が?マフィアの中に1人でか?」

「妹の為にね。それとアポロン、もうこの拠点には来ないと思うよ?」

「あ?」

「だって・・・・・・あたしが潰すから」

マフィア達はすでにピストルを手に持っていた。得体の知れない女の、そんな言葉に特段驚く事もなく、直結して“戦闘”のスイッチが入っていた。直後に銃声が鳴った。銃口は当然の如く、女の額に向けられて。しかし銃弾は甲高い衝突音を鳴らした。

「あぁ、多分無駄だよー?この鎧は恐怖(ストラ)。銃弾は“怖がって勝手にあたしを避ける”から」

「チッ。ティネーラとグラビスを呼べ!それから虫を出せ!」

「はいっ」

マフィア達と研究員達が非常階段で一目散に逃げ出していく。そんな情景を、アテナは腰に手を当て、困ったように眺めていた。張り合いのない男達だと。しかしこれから恐らく2人の人間が来る。そうマフィアの男が言っていた。このアテナに、どれほど張り合えるか楽しみだ。そうアテナは立ち尽くしていた。

「ティネーラ!グラビス!」

マフィアの一員、アンレルが2人の下にやってきた。のんびりとテレビを見ていた2人は、何事かとアンレルを見つめる。それから2人は足早にエレベーターへと乗り込んだ。2人の頭にはアンレルの息も荒々しい姿がこびり付いていた。“あちら側”の人間が攻めてきた。そんな予想外な出来事が本当に起きているのかと。しかし国王は、あのゼウス。“すべての可能性はゼロではない”のだ。

エレベーターが開いた瞬間、異様な臭いが鼻をついた。死臭だ。と言っても人間のものではない。そこかしこに、バラバラになった虫の一部や体液が飛び散っていた。

「いらっしゃーい。裏切り者の――」

すぐさまティネーラはエレベーターの閉のボタンを連打していた。黒い鎧、あれは紛れもないゼウス国王の鎧、恐怖(ストラ)。そしてそれを着ているのは、最強の騎士、アテナ。

「無理無理無理無理無理。勝てる訳ないだろ。何で居るんだよアテナ姫」

「え?アテナ姫だったか?よく分からなかったぜ?恐怖(ストラ)は分かったけど」

「いやいや、アテナ姫だろ、あれどう見ても」

「え?ちょっと、もう1回だけ見てみようぜ」

「マジやめろって、あ!」

エレベーターの扉が開くと、2人は凍り付いた。さっきまで30メートルほど離れていたのに、扉が開いた時には扉に密着するほど、目の前にアテナが立っていたからだ。凍り付く2人の目の前で、アテナはニヤついた。

「やっぱりそうだー。ティネーラ・セナタ第6隊長じゃん」

「・・・元隊長です。お久し振りですアテナ姫」

「そっちはセナタくんの部下だった感じ?」

「えぇまあ」

「急に居なくなったから、どうしたのかと思ったんだよねぇ。あれからどうしてた?」

「いえ、別にな――」

「あれ?ここに居るって事は、クーデター派かぁ。・・・そっかぁ。まさかあたしの統括してる部隊の人間がそっち側に居るなんて」

ティネーラはふと脳裏に過らせた。「ハルベウム攻略作戦」を。眼下にしている自分が育った街を、“離れなければならない”という絶望を。

「それより、アテナ姫、アポロン王子に牢に入れられたはずでは」

「仕方ないでしょ?牢が勝手にあたしを避けるんだもん」

「ですよね」

その瞬間、エレベーターの扉が閉まり始める。が、すぐにアテナは手を広げて扉を押さえた。小さなガシャンというその音は一瞬だけ緊張を走らせた。

「あたし、これからザ・デッドアイを潰すの。あくまでザ・デッドアイが標的だから、逃げるなら追わないよん?」

「逃げます。けど、アポロン王子は・・・あ、いや、何でもないです。プライトリアに戻ります」

自分でも、アポロン王子の真意までは分からない。しかしクーデター派にしか知らない事はある。だからと言って、いくらアテナ姫が相手でも軽率に喋っていい事ではないだろうと、ティネーラはホールへと向かった。そんな時。

「分かってるよ」

ティネーラとグラビスは振り返る。

「あたし、アポロンと双子だよ?アポロンがプライトリアを守る為に動いてる事くらい、最初から分かってる」

「えぇ。俺だって、それは分かります。けど、なら何故わざわざザ・デッドアイ側に行ったんですかね。普通に迎撃すればいいのに」

「んー。そこまではねぇ。まぁあたしのアイギスが欲しかったみたいだし。お父様も恨んでたし。単に利用しようとでも思ったのかもね」

「・・・そうですか」

「ねぇ、ところで、セナタくんは何でアポロン側に?」

「それは・・・」

ティネーラはふと口ごもる。頭を巡らせ、またあの記憶を振り返っていた。アポロン王子とは反対に、豪快で大胆な言動が常であるアテナ姫。しかしその洞察力は最強の騎士と呼ばれるだけのものがある。

「もしかして――」

最強の騎士のその眼差しに、やはりティネーラはその一瞬で諦めを感じた。隠し事なんて、アテナ姫には通じないと。

「――異世界に旅行してみたかった?」

「・・・え?」

「まあそりゃああたしもちょっとは気になってたけどさぁ」

「・・・い、いや」

「いいのいいの隠さなくったってさぁ」

そんな訳ないでしょ。心の中でそう突っ込み、ティネーラは再びアテナに背中を向ける。期待外れにも程がある。それに、他でもないアテナ姫相手に弁明するのは、面倒臭い。

「ああ、それとね、セナタくん、正式に除隊になってないよ?」

「・・・・・・え」

「何しろいきなり居なくなったからねぇ。だから言ったでしょ?第6隊長じゃんって」

「そんな・・・いやでも俺。今更戻れる訳ないですよ」

「このあたしが許可するよ。その気になったらいつでも戻ってきていいからね?」

ホールを抜けてからようやく、ティネーラは後ろを振り返る。赤い光の膜を張るホール。その向こうには、“これまで抑えてきたものを解放してしまうもの”がある。分かってる、“仕方のない事だった”と。分かってはいるが、どうしても、こうせずには居られなかった。

ルアとヘルはとっさに角に逃げ隠れた。それと同時に、空気の歪みが駆け抜けた。直後にドカンッと、凄まじい衝撃音が非常口を吹き飛ばした。何で虫が居るのか、そんな緊迫感を全身に走らせながらも、ルアは素早くプリマベーラを引き抜く。装填されているのは爆薬付きの矢。例えあんな巨大な虫でも、有利に戦える。息を飲むその一瞬、ルアは自信を持ってグリップを握り締める。ドタドタと近付いてくる足音、呻き声。そして飛び込むように姿を現した虫に向けて、ルアは反射的に矢を放った。

「グッ――」

ボンッという爆発。それは幅3、4メートルほどの廊下をも覆い尽くす火力。決して玩具ではない。虫の頭がバラバラに弾け、ベチャベチャッと緑色の体液が辺り一面にぐっしょりと飛び散る。その様に、ルアは思わず跳び跳ねるように後ずさる。

「(物騒な時代だね)」

「護身用の域を越えてるよね」

「グゥウウ」

「(後ろから来るよ?)」

「えっまた?」

「(よーし、今度はボクが魔法でやっつけちゃうからね)」

「呪文覚えてる?」

「(モッチモチのロンさ!)」

アルテミスから教わった初心者用の呪文。文章ではなく単語1つで発動するもので、攻撃にも護身にも使えるという。遠くから羽音が聞こえてくる。巨大な虫によるバリバリというその羽音はセミやスズメバチなんかよりも格段に気味が悪い。それからヘルは待ち構えるように肩を落とした。そして直後、向こうの角から虫が姿を現した。

「(光弾(プルスーヴェ)!)」

ヘルの鼻先から放たれた、光の球体。まるで光輝くバスケットボールが真っ直ぐ飛び出したかのよう。空気の抵抗など受け付けず、光の球体は正に野球選手が全力投球したほどの速度で虫の頭に激突した。

「グッ」

まるで何かにぶつかり、何事かといった態度で、虫はその場に滞空する。

「(あれーっ全然効いてない)」

「グゥウッ!」

「(うわ来た!)」

雷火(グロージャ)!」

ルアとヘルの背後から聞こえたそんな声。しかしルアとヘルが振り返る間もなく、電撃音が頭上を這い、火花が走る。それはまるで導火線を駆ける火のようだ。一瞬だった。火花と電光が融合した閃光が虫の全身をバラバラに砕き、緑色の体液を飛び散らせた。ルアが分かっていたのは、精霊使いが背後に居るという事だけ。それならアルテミスか、まさかあの男か。しかしヘルには分かっていた。アルテミスと共に居る、あの男ではない知らない人の臭いが。

「守護獣くん、まだまだ修行が足らないねぇ」

「誰、ですか?」

「どうも。あたしはアテナだよ。アリーの姉で、アポロンの双子の姉」

吹き飛んだ非常口を、ノイルとストライクは非常階段から見上げていた。早速始まったのかと。巨大な虫の事など知る由もなく、2人は音を立てないように、ゆっくりと非常階段を上っていく。2人の手には、ユピテル仕様のスタンピストルが握られていた。ユピテル曰く、どんなに巨大な生物でも体内に強い電気が流れれば動きは鈍る。そして例え魔法使いが相手でも、脳に強い電気が流れれば正確な言動は制限され、つまり呪文を言う事はままならなくなる。そんな説明を振り返っていたそんな時――。

突然の大爆発。吹き飛んだ非常口の周囲のコンクリートまで粉々に吹き飛び、非常階段など木の葉のようにぶっ飛んだ。同時に強烈な震動。思わず倒れ込んだ2人の目には、空に消え行く青紫の爆炎が映っていた。

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