「奇遇な日」前編
アルティアは思い出す。それはつい昨日の事。バルサリクが帰ってきたので自分も帰ってみれば、何でかリビングで佇んでいたダークエルフ。言葉にならない驚きの声を上げれば、ダークエルフもつられて口をパクパクさせる。
「俺の娘だ。アルティア。こいつはエルフのディアズー」
「お父さんがお節介焼きなのは知ってるけど、シューガーの手先なんでしょ?」
「手先じゃない。こいつらはただの宿無しだ。たまたまシューガー軍に居るだけだ」
「ホームレスだから軍にって、特殊過ぎない?ていうか、連れてきてどうすんの」
「俺が男を教えてやるに決まってるだろ」
「あ、シューガーの情報を引き出す為とか?」
「それはこいつから言いたくなった時に言えばいい。とにかく、俺はこいつに力の使い方を教える。長老にそう言ってくるから、ちょっと待ってろ」
そうして急に2人きり。アルティアはバレないようにディアズーのちょっと尖った耳を一瞬だけ目に留める。当然、訪れる沈黙。ディアズーはうつむきがちで、小さく口を尖らせてどことなく子供っぽい。でもエルフのイメージは長寿。もしかしたら自分よりすごい年上かも知れない。歳を聞いてみたいけど変に戸惑う、そうアルティアもうつむく。それからだった、ドタドタと子供達がやって来たのは。驚いて口が半開きになるディアズー。長老の家で、エルフを連れてきたとバルサリクから聞いた子供達、その好奇心に輝く眼差しに。
「魔法、どうやって使うんだ?」
最初に口を開いたのはユウロウだった。
「・・・え、どうやってって、テムネル」
「どうやってこの世界に来たの?」
「え、魔法だけど」
「エルフも転移出来るんだ」
「うん」
「そもそも何で砂漠に」
「シューガーの人に、ギガスアーマーに加勢しろって言われて」
「歳はいくつ?」
「18」
自分が聞きたい事はほぼ他の子供達が聞いてくれた。そうアルティアはむしろディアズーの事は気にせず、父の事を気にしていた。あの紅い翼は飛燕なら全員、いやおばさん達大人も全員使える。そしてこれから私も使えるようになる。──でも20歳になる前に知ったんだから、今出来るようになってもいいんじゃないの?・・・。
やがてバルサリクと長老もやって来て、長老は厳しくとも敵意なく、冷静にシューガーの事を聞き始めた。幸いなのか、自宅には物置にしてる部屋があったので、掃除してディアズーがウチに住む事になった。シューガー軍から来たと分かってて面倒を見てくれるお父さんに少なからず気を許してるのか、ディアズーもオアシスの人達に敵意はない。そしてあっという間に翌朝。
第46話「奇遇な日」
ただ居候する訳じゃない。ディアズーにはちゃんと仕事がある。それはお父さんの助手。ディアズーはあくまでお父さんが勝手に連れてきただけ。長老は許したけど、飛燕の総意じゃない。お父さんは毎朝ウチが使う生活用水を汲みに行ってる。と言ってもすぐそこの井戸まで。汲んだ水はキッチンにあるタンクに貯め、そして蛇口を捻れば浄水器を通して生活用水となる。アルティアはふと眺める。井戸から水を汲むディアズーを。お父さんが何を言ったかは知らないけど、ディアズーはお父さんの言うことを聞く。
禁界を囲む山。その外側にルアとヘルは居た。グラシアにアンシュカとスティンフィーを引き合わせる為に。アーサーは暇だからと、またギガスアーマーが来てもいいようにとついてきただけ。普通の人が禁界に近付いても支障がない距離からでも、山が抉れてる事がよく分かる。
「本当に、山を崩すだけで磁場が乱れるのかしら」
そう髪をゆっくり掻き上げるスティンフィー。
「今のところはそんな感じはしないわよね?」
アンシュカが聞けば、スッチーは静かに頷く。
「それにしても厄介ね。転移出来るから、シャンバートからここまでにエルフヘイムとプライトリアがあっても関係ない。異世界間はホールでの移動でも、シャンバートからここまで転移されちゃったら、こんな風に攻めてきても対処が遅れちゃうわ」
「(エルフヘイムかプライトリアも禁界の周りに拠点を作っちゃえばいいのに)」
「そうね。でも禁界の周りをすべて囲むのは無理よ。禁界自体がすごい広いんだから」
「(んー、そうだね)」
「今出来る事は、せめてこの状況をエルフヘイムとプライトリアに伝える事くらいね」
「あ、戻ってきた」
スティンフィーがそう言うとみんなが振り返る。転移で“戻ってきた”のはルフガン、パウロニ、クニーク、そしてノコズ。
「前にシューガーの拠点建設地になっていた場所では、相変わらず何も変化はなかった。また秘密裏に使われてる形跡はなさそうだ」
「そうなのね」
「それじゃ俺達はプライトリアに赴くとしよう。またシューガーが攻めてきた時は、今度こそエルフヘイムとプライトリアの存在を見せつける時だ。とは言えグラシア達もあまりシューガーを刺激しないように」
「うん」
「じゃあ頑張ってね」
「うん」
ルフガン達とスティンフィーが共に転移で消えていくと、それから見張りのアーサーを残し、ルア達、グラシア、アンシュカ達は共に転移した。やって来たのはルア達の世界。パッと現れた瞬間は特に注目される事はないが、ちょっと歩けばもう行き交う人はルア達を見ずにはいられない。しかも見るだけじゃなく、グラシアに対してはすぐに女子高生達が駆け寄ってきた。
「グラシアさんですよね?」
「きゃあ本物じゃん。きれい」
「一緒に写真いいですか?」
「あ、うん」
ルアとヘルとアンシュカはポツンと立っていた。今話題の独立自警団の団長ルア、あのケルベロス・ヘルハウンドのヘル、本物のエルフのアンシュカ、そんな面々より、女子高生達は翼人のグラシアにテンションを上げている。それからヘルはふと目を留めた。女子高生達が去っていった後から、何だか表情が緩んでいるグラシアを。
「(こんなにも違うものかねぇ──)」
行き交う人々を眺めるヘル。人々の眼差しは3人と1匹を見てはいるが、特にグラシアへの目線はまるで芸能人かのよう。
「(いくらテッドランは翼人に好意的だって言ったって。あ、また来た)」
「あんた、もしかしてグラシアかい?」
「はい」
「何年か前に娘が翼人にお世話になって、いい旦那捕まえて今じゃ幸せに暮らしてるんだよ」
「そうなんですね」
「仲間によろしく伝えといてくれよ」
「はい」
「すごいわね、翼人の人気。これならスッチーが出ても気付かれないんじゃないかしら」
「そうかな」
そう言いながらアンシュカの隣で人間に見えるようになったスッチー。確かに翼人に慣れ親しんでるテッドラン人なら、多少の精霊にもスルーするのかも知れない。とアンシュカが思った瞬間だった。人々は各々スマートフォンを取り出し、カシャカシャと鳴らし始めた。仕方なく手を上げ、ポーズを取って微笑むスッチー。
「(とりあえず行っちゃおうよ)」
「そうね」
向かう先はテッドランでの国会が行われる建物、中央議事聖堂。勿論事前にアポは取っていて、ここは中央議事聖堂を目の前にした聖堂前広場。するとそんな時だった、グラシアを呼びながら1人が走って来たのは。
「ヴァナ!?今日はテッドランに来てたんだ」
「そうなんです。グラシアさん達も遊びに来たんですか?」
「ううん。“も”って、ヴァナ、キューピッドで来たんじゃないの?」
「えっと、今日は仲良くなった女の子の恋の相談のついでに遊ぼうと」
「そっか。そりゃあ助けてあげたい人と仲良くなるのもキューピッドの基本だけど。私達、これから政府の人と話し合うの。ロードスター軍が禁界に攻めてきた事について」
「そうだったんですか。頑張って下さい」
「うん」
議事聖堂には勿論、政府担当の記者、つまり番記者が居る。だからマスコミに直接言わなくても、もう議事聖堂の入口ではほぼぶら下がりの記者会見状態。ルアとグラシアが記者に受け答えているそんなざわめきの中、1人の男性がやって来た。それは見るからにキリッとした佇まいの男性で、着ているスーツがパリッとしているのか、その男性が着ているからスーツがパリッとして見えるのか、それくらい“政府関係者らしい”スマートな男性。
「お待ちしてました。ルア・スコーレさん、並びに自警団の方々」
「あたしは自警団じゃなくて、エルフ代表よ」
「そうですか。ご案内致します」
シューガー、カケベルの隣街スインタ。テルビオはキョロキョロしていた。地元だからこそ、自分だとバレたらヤバイのではないと。
「逆に怪しいと思うけどなー」
「だって指名手配されてるだろうし。サングラスした方がいいかな」
「サングラスってー?」
「目元を隠すのに使うやつでさ、かけるだけで怪しく見えるっていうか」
「ん、怪しくなりたいのー?」
「あ、いや、だよな」
閑静な住宅街。そこにテルビオの実家がある。幸い物陰から付近を霊気検索しても今は警察なんて居ないので、静かに歩き、そして何日か振りの帰宅。
「・・・ただいま」
いつものようにリビングに母が居た。テルビオを見た途端、当然驚く母。
「・・・どこ行ってたの!」
「まぁギガスだしさ、食べなくても生きていけるんだけど、とりあえずあのまま、異世界に居た。来たでしょ?警察」
すぐに駆け寄って抱き締め合うような親子じゃない。母はソファーに座ったまま、まるで厄介者が帰ってきてしまったかのような落胆を伺わせる。
「来たよ。異世界って、住んでるの?」
「住んでる?いや、何で」
「お父さん、テルビオが帰って来ないならその方がいいって。近所から色眼鏡で見られるし、テルビオ自身も、その方が楽だろうって。お金が必要になったら、帰って来てもいいけど」
「・・・・・うん」
それからやって来たのは近くの大きな公園。家に迷惑がかかると分かってて、自分から逃げ出した。だから悪いと思ってるし、役所勤めの父にとっては長男がギガスで、しかも反逆者なんて話はマイナスでしかない。ちらほらとしか人が居ない公園で、テルビオはふとベンチに座る。
「分かってたけどさ、こうなる事。自分のせいだし」
「でも、ステカの為に戦う方がテルビオにとっては大事なんでしょー?」
「あぁ、勿論。まぁ別にいいけどさ、10万クローラ貰ったし」
「・・・テルビオ?」
声がしたから何となく顔を向けたテルビオ。するとなんとそこに居たのはステカだった。
「な!?ステカ・・・」
「偶然だね」
「あは、うん。ど、どうして」
「だってあたしキューピッドだし。それでさっきまで女の人の相談に乗ってて。そういえば、テルビオと初めて会ったのもこの公園だよね?」
「うん、そうだね。家が近いし、この公園、好きな場所だからさ。落ち込んだ時でも、ここに来ると安らぐから」
「大丈夫?何かあったの?」
笑って応えようと思っていたのに、気が付けば泣きそうになっていた。だからテルビオは慌ててステカから目を逸らし、出てもいない鼻水を啜る。でもステカは追いかけるように目の前にやって来た。
「話ならいくらでも聞くから、話してみてよ」
久し振りに家に帰ってみた事、でもそこで感じてしまった疎外感、だって父はこういう人間だから。まるでさっきの事を改めて思い返すように喋るテルビオ。するとステカは天使みたいな優しい笑顔を見せた。
「ありがとね。あたしの為に」
「あの、あれから何度かデートしてるけどさ、その、オレもっとステカと一緒に居たいんだ。だから、付き合って欲しいんだけど」
「あ、ごめん言ってなかったっていうか、言うタイミングがちょっとなかったって言うか」
「え」
「あたし、もう、テルビオの事、好きだよ?」
「・・・・・あはは、そっか」
お互い照れながらも見つめ合う2人。そんな2人をすぐ目の前で眺めるシークフィン。そんな時だった。目の前にミキーナとニュウニュウがパッと現れたのは。
「いい公園だね」
「え!?ミキーナ達」
「わー、翼人さんだ。テルビオと知り合いなの?」
「知り合いっていうか」
今日はやけに“奇遇な日”だ。そうテルビオは知らない人にも笑顔を見せるステカを横目にする。
「オレとステカ、付き合ってるんだよ」
「えっそうなんだ」
「ステカ、この人はミキーナ、こっちは精霊のニュウニュウ。2人はプライトリアで密偵をやってて、この霊器の店紹介してくれたり、一緒にロードスターの事を調べてくれてるんだ」
「プライトリアも三国の味方だからね。テルビオには成り行きで仲間になって貰ったの」
「そうなんだ」
「プライトリアにね、すごい情報が飛び込んできたの。禁界の周りの山をね、ロードスター軍が壊そうとしてるんだって。ロードスター軍の言い分だと、禁界の山を壊せば磁場が乱れて、普通の人間でも禁界に入れるようになるって」
「えっいつの間に。まさかあれからまたあの基地からロードスター軍が?」
「ううん。今さっきあたし達も行ってきたけど、作りかけの基地は変わってないし、シャンバートの工場でも使われた形跡はなかったよ。また別の場所から攻めてきたの」
「そんな・・・。それで今は」
「今は撤退してるよ。デュープリケーターと翼人が追い返したって。それでその情報がプライトリアとエルフヘイムに伝わって、プライトリアも少しだけロードスター対策に力を入れ始めてさ。私にも密偵として気を引き締めるようにって。とりあえずこれから密偵として一仕事するの。勿論テルビオにも手伝って貰うからね」
「あの、普通の人間が、禁界に入れるようになったの?」
不安そうにステカは尋ねる。
「ううん、私が試してみたけどだめだった」
小さく頷くステカ。その顔を見てテルビオも静かに安堵する。しかし同時に拭い切れない不安を受け止めながら。そんなテルビオの不穏な表情を前にミキーナでさえ神妙な態度で、広い公園でふとそこだけ空気が少し重くなる。
「一仕事って?」
「密偵としての基本だよ。情報収集。テルビオはプライトリアにとって貴重なロードスター側の仲間だからね。先ずはロードスターで何か変わった事があったりしないかな?」
「んー、やっぱり1番ホットなニュースはグトウ砂漠の事だよ。ギガスアーマーがクージに不法侵入したんじゃないかって。でもロードスターは軍とは関係ないギガスアーマーが勝手に入ったって反論してて。でもクージは、レーヴァテインを砂漠に向かわせたらギガスアーマーも姿を消したし、それがロードスター軍である根拠だってまた反論してる」
「へー、砂漠にロードスター軍が、何でだろ。ギガスアーマーの世界配備だっけ。まだ正式には決まってないんでしょ?」
「あぁ。やっぱり異世界の事は、そもそも情報をリークする人が居ないんだしニュースにはならないんじゃないかな」
「そうだねー。異世界の事だし・・・・・でも、フッフッフ」
「何か思い付いた?」
「リークする人が居ないなら、私達でやっちゃおうか。ただ情報収集するんじゃなくて、情報を使って相手の動きを炙り出すのも1つのテクニックだし」
優しく見守るように、同意の微笑みを浮かべるニュウニュウ。早速進路が定まったその軽やかな空気にテルビオはまた安堵する。




