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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第1章「ザ・デッドアイ」

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「見守るという愛」前編2

ザ・デッドアイの拠点だとタレコミのあったゴーストビル。それを監察するTVM所属の警官の1人が、ようやく目を見張った。全く人気の無いそこに、人の動きが見られたのだ。

「動いた」

1人が呟いた。現在車の中には1人しか居ないが、その声はマイクに入り、離れていたもう1人のイヤホンに通された。

「まじか、すぐ戻る。どこに見える?」

「交差点側の非常階段の下。2人、何だありゃ」

「どうした」

「いや、1人は普通だが、もう1人は・・・コスプレだな」

「え?」

「見たことあるか?先週から公開されてるイーグルマン2」

「いやまだ」

「今回の敵のボスの格好に似てるな。まるで、いかにも王子チックと言うか。お前今どこだ?てかコンビニ長すぎだろ」

「いやチキンカツが売り切れてて、できたてを待ってた。今角曲がったから、見えるぞー、おーい」

コンビニの袋を持ったクローバー、彼が角を曲がった瞬間、マシューを乗せた車が炎に煽られて舞い上がった。何もないその場で吹き上がった炎は風に消え、直後にドシャーンという音が鳴った。そこでクローバーが見たのは、2人の人間だった。とっさに角に隠れ、そして道路反射鏡を見上げる。幸いひっくり返った車は炎上しておらず、2人は車を通り過ぎて去っていった。

「マシュー、応答しろ、マシュー」

「・・・・・・ああ、くそ、気付いた上で、放っとかれたらしい」

エントランスパークを後にし、民間の科学研究機関「ニルヴァーナ」の建物を出た直後、アルテミスは足を止めた。“それ”を感じたのはアルテミスただ1人。腰に挿しているアニ・ソーサが微かに震えていた。それはまるで、電波を受信して震える携帯電話のよう。ヒトが電磁波を放つように、精霊も「霊波」を放ち、それは精霊を宿しているアニ・ソーサを震わせた。しかしここは“こちら側”の世界。レザーコートの男が死に、その男が宿した精霊が、男の持ち物から“解放”されてからこちら側に来た為、今まで霊波など感じなかったのに、いきなり感じた。それはつまり、物に宿った精霊が“こちら側”に新たに持ち込まれたという事だ。それから瞬く間に震えが強まっていく。それはつまり、“それ”は近付いて来ているという事だ。

「皆さん、気を付けて下さい。精霊使いが近付いて来ます」

「え?何だよそりゃ」

すぐにノイルがそう言葉を返す。しかしアルテミスは遠くの一点を見つめていて、その佇まいはただ言い様のない緊張感を漂わせた。

「精霊を宿した物を霊匣(れいこう)と言います。霊匣同士は霊波によって反応します。精霊使いは霊匣を必ず持ちますので、霊匣が反応するという事はつまり、精霊使いが居るという事です」

「味方か?」

「分かりません。ですが、こちら側に来るにはホールを使わないとなりません。私のように逃げて来たか、あるいは――」

アルテミスは目を凝らす。

「――私を追ってきたか」

彼女が目を留めたのは“騎士の鎧”だった。日光に反射する金色の鋼鉄、それには見覚えがあるどころか、それだけでその人物が誰か分かる。鎧に金色の鋼鉄を使えるのは王族だけであり、現在自分が把握している限り、自由に動けるのは――。

「お兄様」

「やはりアルテミス、お前が、私のアニ・ソーサを持ち去ったのか」

アルテミス達の前に現れたのは2人の男性だった。ティネーラ、そしてアポロン。今の時代この世界では最早、誰もそんな格好などしていない。するとすればそれは映画の中でだろう。そんな風貌のアポロンにルア達は戸惑い、目を奪われ、若干の不安を覚えていた。コスプレか?と。ヤバい奴なのか?と。

「これは、お父様のものです」

「直に私のものになる。さあ、渡しなさい」

「大人しく渡すなら、わざわざ持ち出しません」

「仕方ない。怪我しても知らないぞ?」

「皆さん離れて下さい」

火柱(ストグニア)!!」

ボウンッ――そんな轟音が立ち上った。それは一瞬だったが、人々の目に映ったのは直径およそ20メートルくらいの火柱だった。テロでも起きたのかとロータリー周辺が一気にざわめき出す。

「だから言っただろう、怪我しても知らないと」

芝生が焦げている。ルアの頭は恐怖に満ちていた。突然の熱風、しかも体が吹き飛ぶほどの。これが魔法なのか。

「(うえーん)」

「ヘル」

「(何今の)」

「お兄様、何故ですか?何故ここまでされるのですか」

「父上はもう王の器ではない、それだけだ」

「そんな事ありません!お父様は王として、これまで国の為に尽力してきました。隣国との友好があるのも、町が平和なのもすべてお父様が居たからではありませんか」

兄と妹が対峙する。一瞬の凄まじい恐怖に戦意を削がれたルア達は、どうしていいか、どういう状況か、何も分からないままただそんな2人を見つめる。そしてティネーラはそんなルア達を監視するように、同時にざわめく周囲に警戒するように目を光らせていく。すると、アポロンはアルテミスの言葉を鼻で笑った。

「あぁ、王として、父上は立派だ。だが、父としてはどうだ」

「どういう、意味ですか」

「家族の長として、父上は立派だったと思うか?」

「そんなの、当然ではありませんか」

「母上が死んだ時、父上は常時葬礼を取り仕切り、不安がらせないよう国民達に顔を見せていた」

「えぇ」

「父上は、1度も見なかった。母上の死に顔を。好きな花に囲まれ、眠るように横たわる母上を。そして泣いているお前達の肩を抱くことすらなかった」

「それは・・・」

「振り返れば、私は国王である父上の姿しか記憶に無い。葬礼の時、私は思ったのだ。そろそろ父上も潮時なのかも知れないと」

「だからって、王位は奪うものではありません」

「少しくらい強引でなければ倒れるまで働き続けるだろう、それこそ母上のように」

「お兄様は、焦ってます」

「・・・何だと?」

「お兄様は、完璧な国王に嫉妬しているのです。素性の分からない部外者を率いて侵略まがいな事をするなど、王位を持つべき人がする事ではありません」

「お前に何が分かる!」

「ではこうしましょう。ザ・デッドアイとは関わりを断って下さい。そしたらアニ・ソーサを渡します」

「お前は分かってない。ザ・デッドアイはお前が思うような組織ではない。どうやら、これ以上は時間の無駄のようだな」

アポロンが1歩踏み出し、瞬時に緊張感が張り詰める。状況はイマイチよく分からなくても、ルアにはその緊張感が肌に刺さるように感じていた。

「私を、傷付けるのですか」

「そんな訳ないだろ。姉妹揃って牢で大人しくして貰うだけだ。だから頼むから、大人しくしろ」

「おいおい、ちょっと待てよ。あんたこそ何も分かってないだろ、ザ・デッドアイの事」

「ノイル下がってください」

「アルテミスの付き人か?」

「そうですね」

「何でだよ。あんた、こっち側でザ・デッドアイが何をしてるか知らないだろ。子供を拐うだけならまだしも、まだたった15の子供にクスリ打って、ヒトならざるものに変える。あんたが誰か知らないが、そんな組織とつるむような奴はどうせロクな奴じゃねぇ」

「貴様」

アポロンが手を上げて指を鳴らした。それは一瞬だった。

「ノイル!!」

何もないその場で突然、それはまるでガスに火が引火し、一気に火が燃え上がったかのよう。ノイルが吹き飛ぶと、素早くアルテミスがアポロンの腕を掴んだ。

「やめてお兄様!」

「王族を侮辱して、無傷で居られる訳がないだろ」

「ここは『プライトリア』ではありません。別世界です、お兄様が誰かなんて分かりません」

「ここがどこだろうと関係ない!私は王になる男なんだ!・・・さあ来い」

アポロンがアルテミスの腕を掴むが、すぐに彼女はそれを振り払う。そしてまるでピストルを突き出すように、アルテミスはアニ・ソーサを抜いた。そんな妹を、アポロンは悲しげに見つめた。

「どうしても渡さない気か」

「アニ・ソーサも、お姉様の“アイギス”まで手に入れて、何をなさるおつもりですか」

「それも、考えてみればおかしい。王位を継ぐのは私のはすだ。なのに父上は何故私ではなくアテナにアイギスを渡した?父上はいつもそうだ。父上は私に何もしない。そのクセお前達には色々と手を回し、最後にはアイギスまで」

「それはお父様が、お兄様に期待しているから、たくましくなって欲しいからだと思います」

「違うな。父上は不器用なんだよ、父としては。父より、国王を選ぶ、そういう人だ。その証拠に父上は逃げた、アテナも、アルテミスも放ってだ。そうだろ?」

「それは・・・」

「アルテミス、お前だって結局守って貰えてないだろ。父上はあっさり行方を眩ませた。お前達は見捨てられたんだよ」

「そんな事ありません!見捨てたなんて」

「私はな、何もすべてを壊そうというのではない。ただ新しい王になるだけだ、お前達だって、例え父上だって殺すつもりなどないんだ」

アポロンが歩み寄り、アルテミスが下がる。しかしアルテミスには明らかに迷いが伺えていて、やがてアポロンは静かにアルテミスの手に触れ、ゆっくりとアニ・ソーサに手を伸ばした。

「ザ・デッドアイが、プライトリアを侵略する心配はないと言えるのですか?」

「無論だ」

「・・・でも、やはり――」

直後、一瞬の閃光が広がる。それはアポロンの手からによるもので、まるで稲光のようだった。ルアは視界を潰され、思わず顔を背ける。ほんの一瞬だ、しかし直後にルアが見たのは男の胸にもたれ込むアルテミスの姿だった。その一瞬で、アルテミスは気を失っていた。そして男はアルテミスを肩に担いだ。

「本当にいつも頑固な妹だ」

「待って下さいっ。あなたは、ザ・デッドアイの人なんですか」

ルアの問いにアポロンが振り向く。アポロンのその眼差しは正に縁もゆかりもない“平民”を見るようなもの。礼儀もなく安易に近付こうものなら容赦なく裁く、そういう冷たいものだ。

「アルテミスを追いかけてくるつもりなら諦めろ。お前達でどうこう出来る事じゃない」

「じゃあ、アルテミスさんじゃなくて、ザ・デッドアイを追いかけます」

「フッ・・・まるでアルテミスのような口振りだ。・・・面白い、ではチャンスをやろう。チャンスというものは全ての人間に平等に与えられるべきもの」

アポロンは微笑みを浮かべた。同時に手を真っ直ぐ前に伸ばしながら。直後、掌の上に赤い光が灯る。

「先程よりもでかいやつだ、これに耐えられたなら、それがチャンスだ。・・・火柱(ストグニア)!」

――ルアが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。状況は分かっていた。あの“炎”にやられ、誰かにでも運ばれた。直後にふっと体温を感じ、無意識にそれに触れる。柔らかいタオルのような、もふもふした感触。ヘルだ。大きな顔をお腹に乗せ、大きな真ん丸い眼で自分を見ていた。

「ヘル」

「(お父さんがすぐ来て、運んでくれたんだよ)」

「そっか。みんなは?」

「(大丈夫、みんな火傷してるけどね。ボクも体中チリチリ)」

「あ、ほんとだ、衣替えしたの?」

「(えっへへへ)」

「あはは」

「(だとしたら失敗じゃん)」

ルアはその部屋を見渡す。病室ではない、どこか寝室っぽい雰囲気。そんな時にシューッと、自動ドアが開く音がした。ルアとヘルが振り向く。

「おー、起きたかルア」

「お父さん」

「いやぁ不思議な事もあるもんだな、ルアのジュシアル・ブーツとヘルの鞍、まったく焦げてないんだよ。すごい火柱だったのにな」

「見てたの?」

「研究室の窓からな、見えるんだ、ロータリー。それで、すぐ行くのか?アルテミスって子を助けに」

「うん行く!よく分からないけど、放っておけないもん」

「だがその傷じゃ、火傷の塗り薬塗って丸1日は安静だな」

「そっか」

「それから、新しいプリマベーラのアタッチメントをやるからな」

「えっ!?また?」

「旧型の利点はな、アレンジの余白だ。新しすぎると改造の余地が狭まる」

「まだあるよ?爆薬付き」

「まあ今度は爆薬付きの時よりも驚くかもな、はっはっは」

「でも、そんなに武器なんてあっても」

いくら物騒な世の中でも、そう思って目線を落とした矢先、ルアの頭に優しく手が乗せられた。その暖かい手に、ルアは再び父を見上げる。父は相変わらず、何を考えているか分からないような微笑みを浮かべていた。

「近くに居てやれないから、探偵とかヘルとか、出来る事は何でもしてやりたいんだよ。俺は見守る事しか出来ないからな、せめていつでも俺が見守ってる事を感じて欲しいんだ」

「・・・うん」

出来れば夜ご飯も一緒に食べれたら良かった、けどそんな事は言葉に出来ないと分かってる。プリマベーラもジュシアル・ブーツも、お父さんからのお守り。だからこれがある限り、お父さんはいつもそばに居る。

「ただいま」

「(ただいまー)」

「あぁ、おかえり」

ランディは野菜を洗っていた。いつものように、おかえりと言って。しかしルアとヘルを見ると、やはり焦げた服や毛皮に表情は一変した。

「どうしたんだ」

「ちょっと、んー」

「(爆発に巻き込まれた)」

「ええっ!?爆発!?どこで」

「(ルアのお父さんの研究所、多分すぐにニュースに出るかも)」

「そうなのか。何でそんなとこ行ってたんだ?」

「そもそもね、ルーナを診てもらう為に連れていくつもりだったの」

「でも政府が特効薬作ってくれるんだろ?」

「うん、でもお父さんも調べたいから連れてきてくれって」

「何か分かったのか?」

「ううん、これから分かるんじゃない?」

「そうか」

ルーナの居ない夕食卓。友達の家へのお泊まりで居ない事はあったが、今回はまるで食卓の空気が違う。表情には出さないが、いやきっと我慢してるだけかも知れないが、ランディだって不安なはず。だけどルアには言わなければならない事がある。気まずそうに話を切り出そうとしているルアを、チキンを食べながらヘルは眺める。

「明日ね、またちょっと出かけるから。知り合いがザ・デッドアイに連れ去られて、助けに行くの」

ランディは案の定食事の手を止め、眉間を寄せる。微妙な空気だ。それを察してヘルもチキンを飲み込み、ルアと共にランディを見つめる。

「・・・仕方ないな。きっとこういう運命なんだろう」

「(悪いのはマフィアだよ)」

「あぁそうだな。俺は見守る事しか出来ない。だからちゃんと帰って来いよ?絶対に無理するなよ?」

「うん」

「お前達だけじゃないんだろ?あの2人も居るんだろ?」

「うん」

「なら、いざという時は大人に頼れ、いいな?」

「うん」

ルアはふとユピテルの姿を思い出していた。そしてその姿に、ランディを重ねていた。私には、見守ってくれる“父親”が2人も居るんだ。嬉しくなって、何だか心が暖まる。ノイルとストライクも、ヘルも居るその心強さに、これからの不安も少し蒸発していく気がした。

「(それにね、ボク達、魔法が使えるようになったんだよ?)」

「え?・・・達って何だ」

「(その助けに行く知り合いにね、連れ去られる前に魔法使いになる為の方法を教えて貰ったから)」

そんな嘘をつくようには育てた覚えはない、そうランディは自分をしっかりと持ちこたえる。しかしルアでさえもニヤニヤと微笑み、ヘルに突っ込みを入れない。ランディは目をぱちくりさせた。

「(まあ信じられないだろうけど、異次元の別世界ってものが存在するみたいだし。その世界じゃ魔法使いを精霊使いって言うんだって)」

「話盛ってないよな?」

「(そんな事しないよー)」

「実はね、その助けに行く知り合い、その別世界から来たの。ザ・デッドアイは別世界まで関わってるみたいなの」

「・・・魔法、ねぇ」

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