「紅は牙を向き」前編
「行くぞ!」
「っしゃあ!」
ようやく男達は立ち上がった。半グレ集団のリーダー、シュンマが携帯電話片手に仲間に目配せする。その士気は悪くない。追い詰められた者らしく、醸し出す闘志も強い。見たところ携えてるのはダガーや外側がチタン製のグローブ。いかにも砂漠の男らしい“平凡な”格好。それでも父には簡単にボコられていたので、本当に大丈夫なのかと、アルティアは去っていった男達を眺めていた。
「アルお姉ちゃん」
隣の家の女の子、ニーメルに振り返るアルティア。アルティアは笑顔を浮かべた。何故ならニーメルの手には「千里の鏡」があったから。
「こっそり見ちゃお?」
「うん」
快晴の下、2人で並んで座り込み、立て掛けた“鏡を眺める”。縦は40センチくらいの、一見したら普通の楕円形の鏡。金目の物だと思わせないようにしてるそれに、それから先程の半グレ集団が映った。そんな時だった、2人の下にニーメルの母親が近付いたのは。
「ニーメル、宿題やったの?」
「あ、そうだった。あーあ、せっかく見てたのに」
「何の宿題?」
「自然の授業の自由研究。それで今私新種の『サンドアイビー』育ててるんだけど、別に今じゃなくてもいいし」
「何かそっちの方が面白そうじゃない?私見たいな」
「そう?」
それから鏡は放置された。“見たい風景を自由に眺められる”「千里望の術」さえ解除されずに。誰にも見られていない鏡が独りで半グレ集団の現状を映している中、アルティアとニーメルはそのオアシスの緑地にやって来た。雑草が延び散らかった“砂漠の成り損ない”だが、植物が生えるだけマシ。そうアルティアは雑草を眺める。
「すごいでしょ?これ全部新種のサンドアイビーなの」
「え!?雑草じゃなかったんだ」
「普通のサンドアイビーならこんなにならないんだけど、新種のは・・・細胞、分裂?の量が多いんだと思う」
「そうなんだ。こんなのがあるなんて知らなかった。何でニュースにならないんだろ」
「えへへ。それはね、世界中にこれ1つしかないからだよ。私が勝手に育ててるだけだから」
「すごいじゃん!みんなに言った方がいいよ」
「自由研究の発表会で言うよ?でも、結局ただのツルだけ生える植物だし、すごくはないよ。ちょっと量が多い種類を見つけたよっていうだけだもん」
「そっか」
育ち具合をただ眺め、気になった事はメモを取る。ただそれだけ。自由研究なんてそんなものだし、“私が”面白かったのは一瞬だけだった。そうアルティアは延び散らかったツルを何となく触る。
第44話「紅は牙を向き」
「でも収穫はあったよ。情報料が高いとか、その人達の事は忘れろって威圧してきたって事は、魔法使いである事は事実って事だしさ」
「でもこのままじゃずっと気になったままだな」
「気になるってだけでここまで来れただけでもすごい事なんじゃない?」
「まぁそうだけど」
「私達の本来の目的はシューガーの調査だし、こういう時はね、新しい動きがあるまで待つしかないものだよ」
「そっか」
調査に関してはミキーナとニュウニュウの方が経験がある。だからそう言われるとそう思うしかない。そうテルビオはふとシャークを見上げた。何となくだが、シャークもモヤモヤしているような感じに見える。──新しい動き・・・また砂漠の魔法使いが砂漠を出た時に捕まえるしかないのかな。一旦解散し、今日のところはパッとシューガーに戻ってきたテルビオ。そして何となくトロフィー公園を歩く。
グトウ砂漠。アルティアとニーメルは放置された鏡の下に戻ってきた。半グレ集団は未だに砂漠を行進していて、2人は“ドラマが始まる前に戻って来れたかのように”揃って座る。しかし直後、鏡というテレビは電源が落ちた。
「子供がそんなもの見る必要ない」
2人が振り返るとそこに立っていたのはバルサリクだった。男には当たりの強いいつもの仏頂面。しかしそんな事など構わずアルティアは勝手に“テレビの電源”を切った父に反発する。
「何でよ、いいじゃん。砂漠にとって大事な問題なんじゃないの?」
「大した事はない。あの素人共は返り討ちに遭うだけだ」
「じゃあ、ゼリュウって人は倒されないの?」
「そうなる」
「何で?」
「それがバランスだからだ」
そう言うとバルサリクは去っていった。2人は顔を見合わせると、後を追いかけた。またもや置き去りにされる鏡。
「バランスって?」
「そら、ニーメルにはまだ分からんだろう」
「分かるもん!」
「釣竿とボックスと氷持ってこい」
いきなり指は差された。ちょうど横切ったバルサリクの家の倉庫に向けられて。それでも2人はテキパキと道具を揃えてバルサリクを追いかけ、軽トラに乗り込んだ。向かった先は少し遠いが岩肌の地にある湖。隆起した地面はミネラルが豊富で、長い年月を経て湧水が作り上げた湖は魚に取っては楽園である。釣りスポットに着けばバルサリクは先程の話など忘れたかのように釣糸を垂らしていく。
「ねー、バランスって?」
「お前達、ゼリュウに会った事ないだろ」
「うん。だって飛燕が守ってくれてるんでしょ?」
「飛燕の奴らにも会った事ないだろ」
「うん。だって私達のオアシスは国も知らない秘境なんでしょ?守るだけだから飛燕の人達だってあそこに来る事はないんでしょ?」
「あぁ、砂漠ってのは、“守る人”が必要なんだ。実際に誰が守るかは問題じゃない」
アルティアに振り返るニーメル。その顔は何を言ってるか分からないといった分かりやすいもの。すると直後にバルサリクはニーメルを見ずに鼻で笑った。
「おうおう、分かるって言ってたのになぁ」
「じゃあ、会わせてよ」
「あ?」
「飛燕の人に」
「あぁいいぞ?・・・おっ・・・よし来た」
それから釣った魚が夕食卓に並べられた。食料は普通に買えばいいし、わざわざ自分で捕って来なくちゃいけないほどの秘境じゃない。なら何で今日は釣りなんて行ったのか。ただ遊びに連れていってくれただけなのか。でもあの誰も居ない静かな状況は、何となく大事な話をするのにはちょうどいい。そうアルティアは刺し身を一口。翌朝になればいつものように商人から新聞を買い、大人達の話に耳を傾ける。
「何これ!」
「ん、どうかした?」
商人の男フウタスは思わず問いかける。何やら新聞の見出しに驚いたアルティアに。
「これどういう事?世界中にギガスアーマーが配備されるって」
「そりゃ驚くよな。ギガスアーマーにそこまでの力があるなんて。しかも首相がギガスアーマーって。しかも、可決されたら最初にこの砂漠に配備するってさ。あ、バルサリクさん」
新聞に夢中でアルティアは見ていなかった。やって来たバルサリクを見たフウタスの真剣な表情を。それからバルサリクはフウタスのファブレットを見る。流れている動画は商人のコネを使って手に入れたものとかじゃなく、普通にネットから拾ったもの。
「まさか首相が『陽光の一族』だったなんてさすがに知りませんでした」
「ギガスアーマーの肉体だから、血が無尽蔵か。バケモノだな。・・・なるほどな、ギガスアーマーの世界進出の目的はそういう事か」
「どうしますか、もしかしたら、オレ達の事知ってるんじゃないですか?」
「かも知れん。見つかるのは時間の問題だな。しかも相手はこのギガスアーマーだ、かなり厳しいだろう」
「隠れきれますかね」
「・・・少し考える」
「はい」
バルサリクが去り始めてようやく、アルティアは顔を上げた。その眼差しは父の背中を追いかけていた。それから新聞片手に歩き出し、アルティアがやって来たのは自宅。先ずは新聞を自分の部屋に置き、そしてキッチンで水を一口。
「お父さん」
「ん?」
「ギガスアーマーってそんなに怖いの?」
「まぁ・・・」
「でも砂漠のテロ組織をやっつける為に配備されるんだよね?軍人なんだし、悪い事じゃないんでしょ?」
しかしバルサリクは一点を見つめて、唸るような空返事をしただけ。訪れた沈黙。少しだけイラッとするアルティア。でもこういう事は割りとよくある。いつも気難しいような雰囲気で、いつも無愛想で、でも決して厳しいだけの人じゃない。そうアルティアはまあいいかと諦めたように椅子に座る。その時だった、父がいきなり「よし」と言って立ち上がったのは。
「行くぞ」
「どこに?」
「・・・・・知りたい事を教えてやる。それと、子供達を集めろ」
「え?」
そう言うとバルサリクは誰かに電話をかけ始めてしまった。だからアルティアは内心で首を傾げながらも家を出た。いつものような渇いた風と良い天気。変な胸騒ぎを感じるけど、分からない事を考えたってしょうがない。それからこのオアシスに住んでる5人の子供達が集まった。最年長は18歳のアルティアで、最年少は10歳の少年セージ。
「何だよ、何するんだよ」
「分かんない。でもすごく大事な話だと思う」
「何で分かるの?」
「そういう顔してた」
「・・・長老」
子供達の前にやって来たのはこのオアシスの長老。セージの実の曾祖父だが、子供達にとっては最早みんなのじいちゃん。
「揃ったか」
「じいちゃんが話するの?」
「あぁそうだよ」
「何の授業?」
「お前達自身の事だよ。とっても大事な話だ。ちゃんと聞きなさい」
杖は持ってないが、ゆっくりと歩き、長老は子供達の中を通り抜けて適当な物に腰掛ける。
「先ずはそうだな。『月の羽』について話そう。この力はな、“このオアシス”で産まれた者しか持ってない。知らないだけで、皆もいづれ魔法が使えるようになるだろう。普通は大人になったら教わるものだがな。今日はそもそも何故そんな力を持ってるか、教えてやろう」
「月の羽が魔法の名前?どうして秘密にしてたの?」
「それはまぁ、子供が聞いたらすぐ使いたくなるだろう。月の羽の事はこの世界はおろか、砂漠出身でもこのオアシスの出身ではない者は知らない。何故なら秘密にしておかなければならないものだからだ。しかし今、話しておいた方がいいと、バルサリクが判断したんだよ」
「それってギガスアーマーと関係あるの?」
アルティアは尋ねた。
「そうだな。ギガスアーマーだからという事じゃなく、シューガーの首相のカルベスという男の問題だな」
「俺さっきニュース見たぞ。デュープリケーターをいじめた奴だ」
「ユウロウ、デュープリケーターが好きなんだ」
「だってカッコイイじゃん」
「ちょっと話逸らさないでよ。おじいちゃん、それで?」
「カルベスの動画、観てない者はいるか?」
「私観てない」
「なら後で見なさい。あれは血の剣という魔法だ」
「ギガスアーマーの魔法?」
「いや違う。古来より人間が使っている呪術だ。と言っても、この世界の話ではない。こことは違う世界の人間が使うものだ」
「違う世界って、サクリアから行ける違う世界?」
「シューガーでも異世界への道はある。同じ世界かは分からないがな。じゃあ何故我々がその魔法を使えるかと言うと──」
「長老!」
振り返るアルティア達。その声色からは緊迫感が滲み出ていたから。やって来たのはバルサリクとフウタス。
「もうギガスアーマーが動き出した」
「何だと!?どういう事だ。砂漠に来てるのか?」
「あぁ。全く訳が分からない。しかも管理下ではなく、無法オアシスでの目撃報告だ。まるで管理下を避けてるようだと」
「ギガスアーマー配備はまだ世界連合会議で可決されてないですからね。人間として砂漠を歩くならまだしも、ギガスアーマーとして入って来たらこれは明らかに不法入国ですよ」
「どこに出た」
「ルイベースが担当してるエリアです。すぐに転移して消えたので、ここを見つけるのは時間の問題かと」
「すぐに結界を張れ」
バルサリクとフウタスは頷き合い、去っていく。こんな真剣な2人を見るのは初めて。そうアルティアはふと昔を思い出した。それは5歳の時の事。ただ散歩しに行っただけなのに、私は道に迷った。だって砂漠は広いから。いつものように父と岩肌の地の湖で釣りをしていた。父が釣りをしている中、ちょっと歩くともう自分がどこに居るのか分からなくなった。呼んでも聞こえないだろうから、静かに泣いていた。でもすぐに父の声がして、気が付けばすぐ背後に立っていた。今思えばそれが初めて、“普通とは違う力を見た”瞬間だった。他のオアシスの子供達にその話をするとみんな驚いていたし、そもそも砂漠では迷子になってはいけないと教わってる。でも父に聞いても、詳しい事は大人になったら教えてやるとしか言わない──。
「お母さん!・・・お母さん!・・・お父さん!お母さんがまた倒れた」
私の母は生まれつき体が弱かった。最後に倒れた時の事は忘れない。洗濯物を干してる途中で急に母は倒れ、父が運んでいく最中、私が洗濯物を干す続きをやったから。母の病気は“自分の血が自分の体を蝕んでしまう”というもの。父は白血病って言ってた。癌というものの発生原因は現代医学でもまだ解明しきれていない。そして私が8歳の時、母は息を引き取った。父は泣いている私を目一杯抱きしめてくれて、オアシス中の人が悲しんでくれて、慰めてくれた。でも母が死ぬ前、2人きりの時に父には内緒で教えてくれた。私達の魔法の事。20歳になったら教えてくれる約束だったけど、私だけじゃなくニーメルやセージにも話してるなんて、今はそれほど大変な時だという事か。
「おじいちゃん。私達って、何で狙われてるの?」
問いかけるアルティア。長老のその真剣な表情は、子供達でさえ静かにさせていく。
「それは、月の羽の力を持っているからだ。カルベスのような人間達は陽光の一族といって、血の剣を力を持つ人間達を導くリーダー的一族だ。リーダーは何をするのが仕事か分かるか?」
「え、捜査会議で、1番偉い人」
「刑事ドラマの話じゃないでしょ?もー。悪い事した人を叱る人」
「そうだな。古来より血の剣の力は外国や余所者に伝わらないように扱われてきた。その詳しい理由は知る由もないが、そんな昔の事はどうでもいい。近代では陽光の一族は、血の剣の力を持つ人間の中で悪い事をした者を罰する役割を担ってきた。だから、普通とは違う血の剣を持つ人間を異物と見なした」
「普通とは違う、血の剣。それが月の羽?」
「いや違う。こことは違う世界で、血の剣の力を持つ人間達は細々と栄えていたが、その中で突然変異の力が生まれ、その力を持つ人間達は皆から虐げられた」
「しーたげ?椎茸?」
「いじめられたって事だよ」
「何で?」
「何でだろうな。それが人の性なのかも知れん。その違う血の剣を持つ人間達は吸血鬼と呼ばれ、畏れられた。何故なら、吸血鬼の血の剣は、普通の血の剣を持つ人間達の命を奪ってしまうからだ。同じ人間でも、血の剣を持っているか持っていないかで力関係が生まれ、血の剣を持つ人間達は持たざる人間達を見下してきた。しかし強い立場だった血の剣を持つ人間を殺す吸血鬼は、皆から敵と見なされ、そして争いが始まった。長年の戦争の中、吸血鬼は違う世界に逃げた。それが、この砂漠だ」




