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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第1章「ザ・デッドアイ」
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「逆襲のアルテミス」前編

だいぶゆったりめの更新で頑張ります。よろしくお願いします。別作との書き方の違いに関して(特にエネルゲイア×ディビエイト)、どっちが良いかなどの感想を頂けると助かります。

そうか、これは夢だ。夢を見ているとそう自覚する事はたまにある。しかし彼女が認識したものは紛れもない悪夢だった。何の悪夢かさえも分かっていた。自分がただ愕然とする夢。彼女は1人の女性の亡骸の前で、絶望にうちひしがれていた。その女性の弟、つまり彼女の叔父が肩を支え、優しく声を掛けても、警察の人や隣近所の人が声を掛けても、彼女の耳には届かない。深く、暗い絶望感。直後、ふっと弾き出されるように彼女は目を覚ました。小さな高窓から朝日が伸び、足元を照らしていた。もう朝か。

「おーい、嬢ちゃん」

朝だから目を覚ました訳ではない。呼び掛けられていたから目を覚ましたのだ。それは囁きかけるような声色で、陽気そうなものだった。壁に寄り掛かって座り込む形で眠っていた彼女はそのまま横を向いた。

「目覚めの悪そうな顔だなぁおい。可愛い顔が台無しだ、へへ。お前さん、ウマイ話があるんだが、ちょいと乗ってみちゃくれないか?」

「ウマイ話、ですか」

少し不気味な、余裕の伺える笑みを浮かべながら、その男は鉄格子越しに廊下を見渡す。見張りを気にしているようだ。そう、ここは牢獄。その男も、彼女も今は捕らわれの身。今の彼女は、目が覚めても悪夢の中に居た。しかしその向かいの男は見張りが居ない事を確認するなり、こそこそと鍵穴に何かを入れ始めた。

「ここからは人手が要るんでね」

カチッと音が鳴った。その不気味な男はほんの数秒で鍵を開けたのだ。すると男は慣れた足取りで彼女に近付き、また素早く牢の鍵を開けた。



第1話「逆襲のアルテミス」



カチャカチャと鎖が擦れ合う音が鳴る。冷たいコンクリートの地面を裸足で歩かされる、手足に枷を嵌められた1人の少女が無法者達の前に連れて来られると、1本の紐で引かれただけの線に詰め寄る小汚ない男共は悪どい歓声を上げた。14、5歳の白い肌をした華奢な少女だ。薄汚れた肌着しか着ていないその少女は酷く怯えきった表情で立ち尽くしている。少女の目に映っているのは、見せしめにされている自分をイヤらしい眼差しで眺める男達。どうやらその中の片端には、優雅に着席し妙にキレイなスーツを着てワイングラスを傾ける人も居るようだ。すると男共は我先にと数字を叫び始めた。

3万と叫び声が上がれば、4万と声が乗せられ、更に5万と叫び立てられればまた更に6万と声が乗せられていく。そんな穢れた喧騒が突如として静まると、小汚ない男共は一様に売人に手を差された、ワイングラスを片手にして手を挙げている1人の男を見た。

「60万」

スーツの男がそう言うと、小汚ない男共は一斉に落胆のため息を吐き下ろした。少女が静かに泣き出した事など気にも留めず、小汚ない男共は金持ちを羨むような悪態をついたり、負けた負けたと、その場を去っていったりしていく。小汚ない男共もさることながら、売人も売人で客達の悪態や商品の涙など全く気にも留めず、売買が成立した商品をさっさと別の係員に押し付け、牢獄のある地下へと向かっていった。

「60か。流石金持ちというか、処女だからって女を買うのに60も出す低俗さというか」

「良いじゃないすか、金が回れば。金を稼ぐのにルールなんか無いんすよね?」

「ハハッ・・・そうそう、よく覚えてるじゃないか。ほんと、ここの客はバカばっかだよな。・・・・・・え?」

売人は1つの牢獄の前で立ち尽くした。何故ならそこに居るはずの商品の女が居ないからだ。売人は向かいの牢、そしてその隣の牢も見ていくがすでに人気は無くなっていた。

「・・・おい、どうなってんだよ!脱獄しやがった!くそ、見張りはどうしたんだよ。あのマヌケ」

「アニキ!」

売人の手下がまた別の1つの牢の前で声を上げた。何事かと駆け寄り、その牢の中を見てみると、その鍵のかけられた牢にはすっかり伸びている見張りが居た。

「デイス、裏口見てこい!」

「うぃっす」

その手下が走り出した先には、裏口への扉がある。その扉の先は下水道に続いていて、それは売人達がいざという時の逃げ道に使ったり、裏取引での輸送ルートになっていたりするものだ。そしてその下水道を抜けた先に彼女、ルアは居た。いとも簡単に牢の鍵を開けた男、ノイル、更に同じように捕らわれていた少女達と共に。外の空気、朝日の明るさ、ルアは目一杯深呼吸した。

「さて、ここまで来れば大丈夫だろうよ」

「てめえらっ」

「げっ何でだよ、下水道のどこを出るかなんて分からねぇはずだ」

「は?マヌケ、売られる女共の足を見ろよ。牢の中からずっと土だらけだ」

「くっそ・・・まじか」

「丸腰の女共が脱獄なんて出来ない。てめえは一体何者だ?」

「俺か?へへ、俺の名はノイル。人にはとりあえず賞金稼ぎで通ってる」

「とりあえずだ?てことは何でもねぇただの雑魚ってこった」

売人の手下、デイスは素早くジャケットを払い、脇に挿しているピストルに手を伸ばす。すると全く同じタイミングでノイルもシワだらけのジャケットの内側に手を伸ばした。2人のジャケットが風になびく。西部劇さながらの早撃ち対決かのように。しかしデイスがピストルの銃口をノイルへ向けたと同時に、ノイルはボール状の銀光りするものを、デイスの頭上へと投げた。ルア、そして少女達は一様にどこを狙っているのかと呆気に取られた。

「手を放せ」

銀色のボールはデイスの頭上を通り過ぎていく。少女達がそれを目で追う最中、そのボールは耳の奥を突くような甲高い機械音を鳴らした。直後、デイスは宙返りした。何も無いその場所で、人間の体が浮き上がったのだ。ピストルを持つ右手が先行し、まるで誰かに投げ飛ばされるように背後へ頭から落ちたデイスを、ノイルは嘲笑った。

「だから言っただろ。超磁石に引き寄せられるピストルから手を放さないと、体が持っていかれるってさ、へへ」

「くそ、超磁石かよ、雑魚が」

起き上がり始めたデイスに、すかさずノイルは殴りかかった。どうやら西部劇ではなく、泥臭い殴り合いだったようだ。のしかかったのも束の間、ノイルは蹴り飛ばされ、2人は立ち上がってから再び殴り合った。体格ではデイスが勝っている。だがノイルの動きは明らかに素人のものではなかった。数発のパンチでデイスはよろめき、その後の顎への1発でその体は再び地面に伏した。

「へっへーい。雑魚にやられるお前は何だっつーの。ふう。この先に俺の知り合いが居る集落がある。そこに行きゃ安全だ」

ノイルは雑草の中に落ちた超磁石とピストルを拾い上げ、ルアと少女達に歩み寄る為に伸びているデイスを跨いでいく。ルアはふとノイルの背後にある下水道への入口を見る。捕まって武器も服も奪われたままだ。そんな心配をした時、そのまん丸い入口からピストルを持った売人が出てきた。

「ノイル後ろ!」

ノイルが振り返ったと同時だった。そんな一瞬では何も出来ないと、誰もが理解していた。銃声と共に、ノイルは倒れ込んだ。

「ノイル!」

「つぅ・・・くそ」

「勝手に商品逃がすとか、マジ調子に乗ってんじゃねぇぞヒーロー気取りが」

辛うじて急所を外したノイルだが、肩から血を流しているその姿では戦えない事は明白で、売人が新たに3人の男を連れて近付いてくると、少女達は逃げられない事を悟ってか、泣き出したり、その場に座り込んだりしていく。

「女共!逃げるなら殺すからな?」

「ヘルっ!」

ルアは叫んだ。売人達は何の事かとルアを見つめた。すると直後、下水道への入口を隠すように隆起した丘を飛び越え、ヘルはやってきた。

「ええっ!!」

売人が驚愕したのも束の間、ヘルの猫パンチに売人は吹き飛んだ。売人が動かなくなり、少女の1人が小さな悲鳴を上げる間にも、ヘルは2人を殴り飛ばし、最後の1人に噛みつき、ぶん投げた。

「ひえぇぇーーっ、く、くく来るな、マジモンかっ!」

「ノイルうるさい、大丈夫ですから」

そう言うとルアは駆け出した。愛おしそうにヘルを呼びながら。するとヘルもクゥンと鳴き、抱きついたルアに顔を擦り付けた。

「お、おい・・・。嬢ちゃん・・・ほ、本物、なのか?本物の、ケルベロス・ヘルハウンドか?」

「そうですよ?ヘルです。私と同い年なんです。生まれた時にヘルも家に来たので、もう双子みたいなものです」

「そ・・・そう、ですか」

「そんな事より、治療を急ぎましょう」

ケルベロス・ヘルハウンド。猟犬として用いられるヘルハウンド種の中では最大にして最速、最高感度の嗅覚を持ち、つまり最強で知られる。ゾウ科やキリン科、クマ科などの動物に対しての狩猟を目的として、グレイハウンドをベースに、チーターやジャガーの遺伝子を配合して品種改良された。最大体高は約180センチメートル、首は短いが頭を上げればその位置は2メートルに届いてしまうほどになり、最大重量は約120キロ。流石に頭は3つではないが、そんな巨体が闊歩している状況に、ノイルは気が気ではないのだ。噂では、ケルベロスという品種名が付けられたのにはそれなりの理由があるそうな。人工交配で品種改良されたものなのに、DNAに突然変異が見られ、その特殊能力が「魔力」と呼ばれるようになった為であると。しかしそれ以前にだ、“片手でヒトを殺せるほどのイヌ”が、安全な訳がない。細身ではあるが、巨体を支えられるだけの凄まじい質量の筋肉があるんだ、じゃれられただけでも病院送り、いや墓送りにもなり兼ねないだろう。そんな生物と双子なんですって、この女はイタイ、じゃなくて、ヤバい。話しかけなきゃ良かった。いや、そうじゃなかったら俺は死んでたか。ともかく、集落に着いたらさっさとどっかに行って貰おう。そんな事を考えるノイルであった。

「な、なぁ、同い年って、嬢ちゃんいくつだ?」

「18です」

「イヌで18って、老犬か?」

「いえ、ケルベロス種の寿命は50から60ですから、まだまだピッチピチです」

「ていうか、そんな、そんなイヌが居るのに何で捕まってた」

「実は、情報を集めようと思って忍び込んだんですが、結局捕まってしまいました。でも誰かに売られて外に出た時にでもヘルを呼ぶつもりだったので」

「え。じゃあ、俺が居なくても、助かってたのか?」

「えぇまあ」

「そ、そうか。・・・(なんだそりゃ。じゃあ、俺がただ助かっただけなのか・・・)」

「でも、ノイルが居なかったらこの子達は助かりませんでした」

そう言うとルアは18歳の少女らしい笑みを見せた。ヘルというボディーガードが居るとは言え、自ら裏取引の巣窟へと踏み込む度胸があるなんて、この娘は、想像するよりも力強いのかも知れない。ノイルはふと、妹の顔を脳裏に過らせた。

「へへ・・・どうも」

集落に着くと、ノイルは売られそうになっていたところを助けた少女達を小さな警察署へと届けていった。少女達が警察署へと入った時はそれなりに騒ぎが起きた。安心感からか少女達は泣いていたり、震えたりしていて、ノイルが何かをした犯人ではないかと疑いかけた者も居た。だがノイルを呼び、駆け寄ってきた1人の警察官の男性によって、その場は本当の意味での落着を迎えたのだった。ノイルと同年代のその警察官がノイルと親しげに笑い合うのを、ルアは不思議そうに見つめていた。

「とりあえずはよくやったなノイル。裏取引アジトを含む一帯を管轄してる隣村の警察署が、突撃前の内偵を邪魔するなと苦情をよこして来るかも知れないが、まぁ良しとしよう」

「それは売人目当ての内偵か?それともアジト全体への内偵か?」

「そらぁ全体だ。カジノに人身売買、麻薬取引に武器売買。あそこはデパートだ。つっても、そこを仕切ってる大元のマフィアまでとっちめられるかは微妙だが」

「あぁ。でもあの子達を売ろうとしてた売人はもう捕まえられないぞ?死んじまったからな」

「まぁ、しょうがねぇか。あっちの内偵班にみっちり絞められてこい、はは」

「いやいやいや、勘弁だぜ。てか、殺したのは俺じゃねぇから。この嬢ちゃんの、連れだ」

「あの、そのマフィアって、『ザ・デッドアイ』ですか?」

切迫したような声色のルアの問いに、警察官とノイルは顔を見合わせた。ザ・デッドアイ。現段階では1、2を争うほどの勢力を持つマフィア。そんなマフィアの名前が出てきた事に、2人の眼差しが少し引き締まった。

「どうだろうな。違うとしても繋がってない事はないだろう、って嬢ちゃん、何でその名前知ってんだ」

「私、一先ずあそこに戻ります」

「ええっあ、待ちなさい!」

警察官が駆け出したルアの腕を取る。ルアの格好は売られそうになっていた少女達と同じ、裸足に肌着だった。

「服と持ち物、取り返しに行くだけです」

「駄目だ、裏取引のアジトだぞ?荷物類は警察に任せなさい」

「ランバットさーん」

そんな時、少女達の傍に居た女性警察官が、ノイルと親しい警察官、ランバットに声をかけた。ランバットが振り返った時、その手からするりとルアの腕が抜ける。

「家までの護送、お願いしまーす」

ランバットがルアを見た時にはすでにルアは駆け出していて、そんなルアをノイルはちょっとした胸騒ぎを感じながらただ眺めていた。

「あっ、悪いノイル、あの子頼むわ」

「やっぱり?でも連れが居るって」

「あっちの内偵班にお前の事話さないでやる事も出来るんだけどなぁー」

「くっ・・・お前」

「ほら、感謝状貰うか、絞められるかだ」

「だぁもうっ・・・」

ルアは警察署の裏手にあるちょっとした雑木林に入っていった。小石と小枝は裸足にはこたえる。早く靴が欲しい。

「ヘルー」

「ワウン」

ヘルが尻尾を振れば風が起き、落ち葉は吹き飛ぶ。ブンブンと実際に鳴るその音はいつ聞いても微笑ましくなる。ヘルには首輪を着けていない、しかし代わりにハーネスを着けている。何故なら馬でいう馬具を着ける為である。と言ってもヘルの重りにならないように、必要最低限の大きさの(くら)があるだけであり、胸元にはちゃんと名札がある。ルアは足の土を払い、(あぶみ)に足を掛け、ヘルの背中に跨がった。

「じゃあ行こっか」

ヘルが立ち上がれば、ルアの目線は2メートル半を越える高さとなる。視界がとても広く、時折吹く風はいつもよりも増して気持ちよく感じる。ヘルが軽やかに歩き出した直後、ルアの頭の中に「意思」が流れ込んできた。その意思とは「答え」であり、言語を越えて直接頭に理解させるもの。いわゆるテレパシーだ。ヘルが、「ノイルが近付いてくる」とルアに教えていた。後に雑木林から出たと同時に、ルアはノイルと顔を合わせた。

「俺も、ついて行ってやる」

「結構です、ヘルが居ますから」

「言い方を変える。付き添わせて下さい」

「え」

「ああ、いや、俺だってアジトに用があるんだよ。それに嬢ちゃんを放っておいたら、俺的にまずくてな。まぁ、いいから行こうぜ?」

「右肩、大丈夫ですか?」

「左手は使えるからな」

「そう言えば、ノイルはどうして捕まってたんですか?」

「言っただろ?俺は賞金稼ぎさ。ああいう所は、俺にとっても仕事場なんだよ。でも昨日は珍しく下手を打っちまってね、へへ」

「そうですか」

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