ゲーム5日目
金曜日。ついに草壁くんとのゲームは今日で終わりだ。あんなに嫌だったのに、今日で最後だと思うとなんだか少し寂しい気がする。・・・いや、私は平和な学校生活が送りたいんだ。寂しくなんかない。うん。絶対そんなことない!今日もさっさとゲームをすませるだけだ。
教室に入ると、昨日ほどではないけど、やっぱりまだいろんな人がこっちを見てくる。いつまでそんな噂を引きずってるんだろう。草壁くんが絡んでいるからか、特に女子からの「なんであんなやつが草壁くんと付き合ってるの?」とでも言っているような冷たい視線が痛い。だから、付き合ってないんだって!
本当に、一刻も早く誤解が解けてほしい。草壁くんがはっきり否定しないからこんなことに・・・
私は全く気にしていないふりをして、いつも通り席に着く。
授業が始まると、私は先生の説明など全く聞かず、周りを警戒する。今まで、草壁くんが物を動かしたのは全部授業中だった。休み時間には何もしてこない。それがわかったから、警戒するのは授業中だけでいい。勉強は全くできないやり方だけど、仕方ない。これも全部草壁くんのせいだ。
1時間目の英語はなにも起こらなかった。強いていうなら、ずっと周りを見ていて授業を聞いていなくて、先生に急に当てられて質問に答えられなかった。恥をかいたし、草壁くんの「なにやってんだよ(笑)」みたいな表情にイラッとした。あんたのせいだろ。
休み時間が終わって、2時間目に入った。さっきの失敗もふまえて、少しだけ授業にも耳を傾ける事にした。よく考えると、今日の日付は私の出席番号だ。当てられる確率が高い。まあ、話を聞いてもちゃんと答えられるかはわからないけど。
警戒していたけど、2時間目もそろそろ終わる。当てられることも、草壁くんが何かすることも無さそうだ。窓の外からどこかのクラスの体育の声が聞こえる。今はソフトボールだ。なんの気なしに窓の外を眺める。ちょうどピッチャーがボールを投げた。バッターがそれをカキーンと綺麗な音を立てて打った。そのボールは勢いよくこっちに向かって飛んでくる。
ん?こっちに?あ、危ない!気づくと、遠く離れたグラウンドの端から打たれたボールが私の窓の目の前まで迫っていた。グラウンドからざわめきが聞こえる。周りが静まり返って、時間が止まった。まだ時間を止めようとは思ってなかったけど、反射的に危険を感じて止めてしまったみたいだ。
えっと、これは草壁くんだよね?どんなにバッターが強肩だったとしても、グラウンドの端から3階の窓までボールは飛ばせないだろう。とりあえず、窓を開けて今にも窓を割そうなギリギリの場所にあるソフトボールを力一杯グラウンドに向かって投げた。私が投げたボールはグラウンドの入り口辺りで地面につき、少しコロコロと転がった。
危なかった。今回は本当に、あと少しきづくのが遅れていたら怪我していただろう。全く、草壁くんは何考えてるんだ。
私は時間をまた動かして、3時間目からの授業は真面目に受けた。もうこれでゲームは終わりだ。これからはちゃんと勉強しなきゃ。
放課後。草壁くんと話すのも今日で最後かもしれない、なんて思いながらいつも通り教室で残っていると、草壁くんが早々にカバンを持って出て行ってしまった。え?ちょっとどういうこと?追いかけようか迷っていると、私のカバンの中でスマホが光っているのに気づいた。LIKEの通知が表示されている。私にLIKEがくることなんて珍しい。開いてみると、草壁くんだった。メッセージが来たのはつい2分前だ。
「喫茶ドーリアの一番奥の個室集合で。」
喫茶ドーリアは、学校から歩いて5分くらいのところにある喫茶店だ。学校から近いとはいえ、少し隠れ家のようで、いかにも昔ながらの喫茶店という感じだから、この学校の生徒はあまり利用しないみたいだ。私も行ったことがない。確かにあそこなら二人でいる所を誰かに見られる心配はないかもしれない。
私はすぐにドーリアに向かった。ドーリアの扉を開けるのには少し勇気が必要だったけど、なんとか中に入った。
「・・・いらっしゃい。」
髭面で眼鏡をかけたマスターがボソッと言った。
店内は少し狭いけど、オレンジ色の照明が明るくて昔ながらの感じだ。カウンターでおじいさんが新聞を読んでいる。常連客かな。
一番奥の個室まで進むと、草壁くんが座って待っていた。
「まあ座れよ」と言うので、草壁くんの向かいの席に座った。アルバイトと見える若い女の店員さんが、お冷とお絞りを持って来た。
「草壁くんってよくここに来るの?」
正直そんなに興味はないけど、間が持たなくて聞いてみる。
「うん。知り合いもあんまり来ないし、ここのコーヒー美味しいんだよ。あ、何飲む?」
「じゃあホットコーヒーで」
「俺も」
「かしこまりました」
店員さんが行ってから、草壁くんが「さて、」と話を始めた。
「まずは一週間お疲れ様、と言うべきかな?」
「・・・どうも。」
「ゲームは浅倉の勝ちだ。見事に全部俺の力を止めたからな。オメデトウ」
すごい棒読みの祝福の言葉を受けて、なんて返していいのかわからない。
「で、これが一番大事なとこなんだけど、このゲーム、楽しかった?」
「・・・まあ、しばらくはいいかな。」
「『もう二度といい』とは言わないんだ?」
「・・・」
そうなのだ。最初は本当に楽しくなくて、力を使わなきゃいけないのが嫌だったけど、一週間、すごく久しぶりに自分の力を自分の意思で使って、最後の方は少し楽しくなっている自分がいた。
「・・・すっごい悔しいけど、後半はちょっとだけ、楽しかったかも」
「そっか。よかった」
そう言って草壁くんはホッとしたように笑った。
「お待たせ致しました。ホットコーヒーでございます。」
店員さんが草壁くんと私の前にコーヒーカップを置いて立ち去った。
草壁くんがコーヒーを一口すする。
私はいつもは砂糖とミルクを入れるけど、なんとなく恥ずかしくて私もブラックのままコーヒーを飲んだ。
・・・苦っ!思わず顔が歪んだ。
「ははっ別に無理してそのまま飲まなくていいだろ。ほら、砂糖とミルク」
草壁くんが笑いながらテーブルの上の砂糖とミルクを差し出してくる。結局恥をかいてしまった。
「いや、でも楽しいって言ってもらえて本当によかったよ。実は、俺が浅倉のこと超能力者だって思ったのは花瓶の実験のせいだけじゃないんだ。」
「え?」思わずミルクを入れていた手が止まる。
「確かに、超能力者だって確信を持ったのは花瓶の実験のおかげだけど、実はずっとそうなんじゃないかって思ってた。同じクラスになって、浅倉とすれ違ったりする度に、なんか胸がざわざわしたから。」
「あ、それは私も」
「え、そうなんだ?じゃあやっぱり超能力者同士感じるものがあるんだろうな。」
そういうことなんだ。なんとなくずっと気になっていた胸のざわめきの原因がわかって、ちょっとすっきりした。
「浅倉が超能力者だってわかったとき、俺結構嬉しかった。今まで俺と同じ境遇の人に会ったことなかったから。でも、同時にちょっと悲しかったんだよな。初めて会った自分と同じ超能力者が自分の超能力を嫌って、ひた隠しにしてたから。」
・・・私は草壁くんも超能力者だって知ったときは、驚きしかなかったな。自分とお父さん以外にも、超能力者がいるなんて考えてなかった。
「俺も超能力を公表してるわけじゃないし、力の全部が好きなわけじゃないけど、浅倉ももうちょっとでいいから力を好きになったらいいのになって思った。それであのゲームを考えたわけだ。まあ、ゲームといってもやる事は結構しょうもなかったけどな。」
ゲームが終わって、やっと草壁くんの目的が全部わかった。そんな風に思ってたなんて、全然わからなかった。それでずっと楽しんでって言ってたのか。
「こんなんで浅倉の気持ちが変わるかどうかはわからなかったけど、やってよかった。俺も楽しかったし。なんで俺らがこんな力を持って生まれたのかはわからないけどさ、きっとそんなに悪いものじゃないよ。俺の力も、浅倉の力も。」
そんなに悪いものじゃない。草壁くんのこんなたった一言で、なんだか救われた気がした。
「私ずっと、なんで超能力なんか持ってるんだろうって、普通に暮らしたいのに嫌だなって思ってたんだけど・・・」
「まあ、普通に暮らしたい普通に暮らしたいって言ってるけど、浅倉の学校生活は普通じゃなくてボッチだけどな。」
全く、人が真面目に話そうとしてるのに。
「しょうがないじゃん。超能力がバレるかもって思ったら、あんまり人と仲良くできないんだもん。それに、ボッチなのは草壁くんもでしょ。」
「まあな。俺もそうだよ。超能力がバレそうで、人とはあんまり深く関われない。」
「でも、今回のゲームで、こんなことできるの私だけだなって思って、ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、悪くないのかなって思えた」
「そうだよ。他の人が持ってない力を持ってるってすごいことだよ。」
「こんな風に思えたのは草壁くんのおかげだから、お礼を言わなきゃいけないかもしれないね。・・・ありがとう。」
草壁くんは驚いた顔をして、
「や、そんなお礼とかいいし・・・」
と少し照れてるみたいに言った。それから、
「約束通り、浅倉が超能力者だってことは誰にも言わないし、そっちも俺が超能力者だってことは言わないでくれるとありがたい。」
と言った。
「うん。わかってる。」
「あと・・・」
「あと?」
「たまにでいいから、またゲームしたり今みたいに超能力者同士話したい」
草壁くんは何か誤魔化すようにコーヒーを一気に飲み干した。
「・・・いいよ。」
予想外の頼みにびっくりしたけど、私ももっと草壁くんと話したかったからOKした。
私もコーヒーを全部飲んで、別れることになった。
俺が払うよと草壁くんは言ってくれたけど、申し訳ないから結局割り勘にした。お金を払う時、マスターが
ニヤニヤしながらこっちを見てて、何か誤解されている気がした。
「じゃあ。」
「うん。じゃあね。」
ドーリアを出てすぐに草壁くんと別れた。
結構長く話していたみたいで、夕日ももう沈みかけていた。
こうして、長かった私の超能力週間が終わった。




