ぱられるハロウィン
事の発端は10月31日。
ほとんどの人が知っているであろうその日はハロウィンの日であった――。
「ねー誠、 どうしてうちまで巻き込まれなきゃなんないんよ?」
とある洋服店で制服を着用し、 何かを見定める友に呆れたような目を向けた黒神黒深が言った。
対して服を熱心に見る浅葱誠は一旦服を見ることをやめ、 黒深を見る。
「何言ってるの! 折角ハロウィンパーティーするってことになったんだから!!」
ハロウィンが好きだと豪語する誠が視線をまた服へと、 ハロウィンパーティに仮装するために着る服を選び出した。
今誠が見ているものはヴァンパイアの服と、 魔女の服。
魔女は誠が、 ヴァンパイアは黒深が着るもので、 服のサイズなどを懸命に考えている最中であった。
元より仮装を目的とした店の中はハロウィン用のもので埋まっていた。
狼男、 ミイラ男、 魔女、 ヴァンパイア、 悪魔、 カボチャの被り物もある。
狼男はふさふさとした耳に尻尾のオプションが付き、 魔女には黒いとんがり帽子、 ヴァンパイアには牙。
牙のところで黒深がふと立ち止まった。
「気になるかい?」
声をかけたのは店の店主。
おっとりとした印象を受ける店主は細目でオプションとして置いてある牙を見た。
作り物ではないと感じさせる牙は、 プラスチックのような安物と感じさせなかった。 何か曰くでもあるのかと黒深が興味を持ち、 頷く。
「それは“半分は本物”の牙だよ」
「半分?」
「そう、 半分。 外来のものだから確証はないけれど人間と吸血鬼のハーフの牙だという噂がある。」
面白半分で語る店主をよそに、 黒深は牙をじっと見つめた。
黒深自身外来の本をよく読むほうなのでヴァンパイアについての話は知っている。 ただ目の前にある牙と本に聞く牙が、 あまりにもぴたりとあてはまっていたのだ。
プラスチックにするにはリアルすぎ、 本物のものだと言われても疑ってしまう。
店主の言葉が本当かと本気で悩みだした黒深の肩を誠が叩く。
片手には魔女の服、 反対の手にはヴァンパイアのマント。 サイズと服を決め終えた誠はどこか達成感に満ちた顔をしていた。
決めた服を黒深が見せるよう言い、 魔女の衣装から見ることにした。
オプションの黒いとんがり帽子に黒いローブ、 元からなのか少々汚れている。 しかし少々の汚れが余計にそれらしい雰囲気を出している。
おまけとばかりについている杖は先端に、 子供の拳くらいの大きさがある青い水晶が光を受けて煌めいた。
見るものを魅了するかのように煌めく杖が誠は気に入ったようで、 とても楽しそうだった。
ただその顔が妙に魔女と重なったことを黒深は言わないことにした。
「あれ・・・・・・?」
誠が持っているマントを広げてみた黒深がマントに違和感を感じ、 声を上げた。
「これ、 薔薇?」
黒いマントとほぼ同化して気付かないほどの刺繍を黒深が見つけ、 手で辿った答えを口にした。
マントを大きく広げるとほとんど見えない薔薇を、 黒深はしっかりと目に捉えた。
「そうだよ、 綺麗だから翼のためにもって思ってね」
「は? 何でそこで翼が出てくるわけよ?」
不思議そうに、 マントを丁寧にたたみ誠に返しながら黒深が聞いた。
誠自身はがくりと肩を落とし、 店主と共にカウンターに向かった。
これで、 黒深と翼の準備は整った。
オープンカフェの一角で、 新聞を読みながらコーヒーをすする或麻癒羽は寒くなってきたと言うのにTシャツにジーンズとラフな格好をしていた。
癒羽の座る小さなテーブルの向かいには無言でミルクティーを飲む填間虚有、 互いに無言である為、 麻奈と愛は居心地悪そうに顔を見合わせていた。
ふと、 癒羽が新聞から顔を上げる。
「虚有」
「・・・・・・なんだ?」
新聞から顔を上げた癒羽に、 ミルクティーをちびちびと飲む虚有は、 その撫で付けた黒髪を揺らし、 癒羽のほうを窺った。
周りはまだ昼間だというのにハロウィンの仮装をした魔女や、 狼男が街を徘徊していた。
虚有自身、 それを気にする様子も見せず、 カップを置き、 堅苦しいスーツのネクタイを緩めた。
「借りてくることができたのは全部で3つ、 狼男、 フランケン、 悪魔、 どれか選べ・・・・・・といいたいところなんだが悪魔は小さなサイズしかないのでな、 麻奈と愛に着てもらう」
「え、 どんなの? 見せて見せて!!」
麻奈と愛は年齢から言えば大人へと進み始めているがやはり子供、 このように盛大に行われるイベントは楽しみで仕方がないのだ。
まるで本物の双子のようにそっくりなはしゃぎ方をしながら、 癒羽の足下にある3つの紙袋のうち、 癒羽が前へと足で動かした紙袋に取り付く。
真剣な眼差しで癒羽は虚有と向き合う、 残されたのはフランケンと狼男、 癒羽としてはどうあっても女であろうと狼男がいい、 という気配が見て取れた。
ほのぼのとした雰囲気の流れるオープンカフェの一端で異様なオーラが立ち上る。
その中心たる癒羽と虚有の手がグーの形になっている。
「最初はグー!」
手を後ろに引きながらの癒羽の掛け声、 周りの客は何事かと振り向き、 その異様な雰囲気に視線をはずせなくなってしまっている。
「じゃんけん・・・・・・!!」
『ぽん!!』
服を見ながらきゃいきゃいと騒いでいた麻奈と愛は、 結果を見るとすぐに興味をなくし、 かわいらしい装飾のされたリトルデビルの服に見とれた。
結果は、 虚有がグーで、 癒羽がチョキ。
虚有の勝ちだった。
「すまない、 狼男をもらう」
「いや、 いいんだ。 負けは負け、 素直に認める・・・・・・さ」
項垂れる癒羽の背がとても弱々しいものに見える。
落ち込みの激しさから、 虚有がすでに自分の下へと運んでいた紙袋を癒羽に渡しかけるが、 本人にとっては同情と取られ、 侮辱することになると悟り紙袋を戻す。
一気にテンションの下がったテーブルで、 麻奈と愛が思い出したように紙袋の中身をしまう。
2人同時に口を開き、 声が見事にハモった。
『誠お姉ちゃんと黒深お姉ちゃんは魔女と吸血鬼だって!』
ぴくりと堅苦しいスーツを着た虚有の肩がほんの数秒、 動いた。
動いた。 といってもかすかな動きなので、 気付ける可能性は低かったがリトルデビルたちは気付き、 悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「虚有お兄ちゃんは気にならない? 誠お姉ちゃんが」
「誠お姉ちゃんきっと可愛いだろうなー魔女の姿って」
麻奈と愛の見事な連携によって撃沈する虚有。
やっと精神状態が復活してきた癒羽もその光景に絶句した。
今年でもう20にもなる男が9、 10歳の小女に圧倒される。 そんな珍しい光景を目の当たりにした癒羽は、 小女たちの将来の有望性を見た。
オープンカフェの正面にある小さな時計塔が5時を告げ、 それと時を同じくして癒羽の携帯が鳴る。
携帯の小さな窓には電子の文字、 着信は苺飴からのものだった。
通話ボタンを押せば聞こえてくる声はとても楽しそうである。
『どう? 狼男とフランケンの役割は決まったかしら?』
「決まったも何も・・・・・・」
呆れ戸共に出た溜め息に苺飴が、 携帯の向こう側で笑うのがわかる。
苺飴は癒羽たちとは別に行動していた。 医師の友達に白衣を借りる為に出かける為だった。
借りることができたら電話すると前々から言っていた苺飴が、 試着も終わり電話をしてきたのだ。
『ま、 いいわ。 フランケンがもし嫌なようだったミイラ男でもありよ、 全身包帯巻きつけて血糊をつけて完成、 素晴らしいわ!!』
「それだけは却下する」
『どうして?!』
「嫌な予感がする、 危険は回避するに限る」
『危険とは失礼ね!』
怒る苺飴だが本人自身自覚がないのか、 それを素晴らしいとまで絶賛している。
怪我人に対してどこかマニアックな面すら見せる苺飴を、 癒羽が制した。
『仕方ないわねえ・・・・・・あ! 本題を忘れてたわね、 集合時間はもう・・・』
「知っている」
『約束どおりしっかりと服を着て、 それから来てくれという伝言よ、 それじゃ私は伝えたからね、 また6時に』
頼まれた伝言を言い終わった苺飴が通話を終了させる。
言いたいことのあった癒羽が口を開きかけたところで、 通話終了のツーツーという音が聞こえてきた。
「切られた、 か・・・・・・仕方ない」
終わったことに刹那の後悔。 後悔していても仕方ないと癒羽は電話を掛けなおすこともせずに、 別の番号へとダイヤルした。
癒羽の行動をとりわけ気にすることをしないで虚有は紅茶のカップに手を掛ける。
喧騒で溢れかえっているとうのに携帯から響く呼び出し音が、 やけに大きく聞こえると虚有は感じた。
呼び出し音が数秒流れ、 留守を知らせる音声が聞こえてくるはず、 だった。
出たのは機械的な女性の声ではなくだるそうな男の声。
『えーただいま電話に出ることが・・・・・・』
身に覚えのある虚有は紅茶を噴き出しかけ、 それを阻止しようとし誤って紅茶を気管に入れて派手にむせた。
驚いて目を見開いたが手を離せない癒羽の代わりに、 麻奈と愛が背中をさする。
むせた虚有に気付いた通行人たちは、 揃って家族にしか見えない4人の光景を微笑ましく見るばかりだった。
その間にも留守を知らせる音声は流れ続ける、 落ち着いた虚有が再び携帯電話に耳を寄せる癒羽の額に青筋を見る。
深く息を吸った癒羽に、 咄嗟に危険を察知した虚有と麻奈が耳を塞ぎ、 遅れて愛も耳を塞いだ。
「ふざけているなこの馬鹿もんがぁあぁあっ!!」
怒声の嵐が周囲の視線の集中と共に去っていった。
奇妙な静寂に満ちた中、 癒羽が怒鳴りつけた携帯の向こうから、 何かの落下音と天上翼の短いうめき声が聞こえてくる。
居留守を決め込もうとしていた翼は、 いきなりの怒鳴り声に思わず後ずさり無造作に積み上げたマンガやCDなどの山に埋もれたのだった。
崩れるような音がやんだところで癒羽が呆れながら一言言う。
「翼、 片付けはしっかりとしておけ」
埋もれた状態から這い出してきた翼は、 それでも放さなかった携帯に向かって付かれきった声を出した。
『あぁ、 俺もそう思った・・・・・・』
癒羽と翼は待ち合わせ場所や時間に服装など、 どこかへ出掛ける友達同士のような打ち合わせを済ませると、 どちらとともなく通話終了ボタンを押した。
時計塔は、 5時23分を示していた――。
時刻は午後6時になる直前。
夜のカーテンが夕日を遮り、 完全な夜闇と化す時間だった。
町では仮装をした人々がちらほらと見かけられる。
ムンクの叫びのような仮面をつけた大人に、 それに連れられるかわいらしい吸血鬼。 何故かキョンシーのように額に札をつけた、 中国服の小女もいた。
時計塔の下で待ち合わせをしていた虚有は、 先に行ってしまった癒羽たちのかわりに息を切らせた黒深と誠を案内する為にいた。
「ぎりぎり間に合ったようだな」
先ほど着ていたスーツの変わりに虚有は、 犬のような毛皮の手袋をはめていた。
指先にはご丁寧にも作り物の鋭い爪がつき、 それとセットなのか同じくふさふさとした耳をつけている。
一見温かそうに見えるが着ているのは毛皮の、 ノースリーブの上着に長ズボン、 どう見てもバランスが悪いということを黒深が教えようとしたが誠に止められた。
ある程度息の整ってきた誠と黒深を確認すると案内の為歩き出した。
腰の周りでひょんひょんと動く尻尾がやけに気になる黒深と、 あえて見ないようにする誠だった。
程なくして着いたのは学校の体育館くらいある大きさのホール。 本来なら演説やスポーツ、 集会に使われる場所だがそこが今パーティーホールになっていることを知っている人は何人いるだろうか。
ホール内を迷わず進む虚有が大きな手押しの扉の前に立ち、 扉を開く。
光が一日限りの悪戯悪魔たちに降り注いだ。
「トゥリックオアトゥリートォー!」
おかしな発音だって? そんなもの気にする自分ではない。
誠は虚有といるからといって離れてしまったが、 標的がいたから気にしないことにする。
笑顔で言って標的たる翼へと手を出す。
「黒深、 お前なぁ・・・・・・ほらよ」
呆れながらもポケットから出されたのは市販のサイダー飴、 翼はミイラ男なのか顔まではいかないがそこら中に包帯を巻きつけていた。
ところどころ血みたいなものが見えるのはおそらく苺飴の仕業だろう。
「ちぇー、 なんだよ飴持ってるなら意味ないなー」
「何だよ黒深、 俺が飴持ってたのがそんなに不満か?」
えぇそりゃあ不満でしたとも、 額に油性ペンで落書きする為にペンを持参していたからね。
他にも蚊取り線香のような、 ぐるぐると渦巻いているシールや悪戯グッズをわざわざ買ってきていた。
「吸血鬼、 かよお前にあわねぇな」
「失礼だなお前! んなこと言ってっと首筋に噛み付くぞ!?」
脅しながらマントを広げ、 噛み付くような動作をすれば翼が一歩下がった。
口が酸欠の人間みたいに動いている、 あ、 意外と面白い。
顔が驚き、 指がうちを示して震えている。
「お、 おま・・・・・・っっ!?」
マントの下には仮装専用のあの店で、 店長に勧められたボディラインがはっきりとしてしまうぴっちりとした服を着ていた。
最初は渋っていたはずなのにいつの間にか店長に言いくるめられていたのだ、 あの巧みな話術は商人として必要以上のものだと思う、 次に服を借りるときは言いくるめられないように気をつけよう。
翼の反応が面白いのでさらにからかってみることにした。
「どう? てんちょさんが勧めてくれたんだけど、 似合う?」
「にあっ、 似合うも何もない・・・・・・だろ・・・」
照れたようで顔を背ける翼、 からかいがいがあるなぁなんて思ってるんだけど、 まぁ許して欲しい。
自分自身結構恥ずかしい格好なので、 マントをまた元のように戻した。
乾杯の為のグラスを苺飴から手渡された。
弾けるような音のするそれはサイダーだと教えられ、 苺飴の持っているグラスの中身が何かと問えばビールだと返答される。
苺飴はどこか研究者を思わせる白衣を着ていた。 堂々と立つその姿はうちに、 憧れにも似た錯覚を起こさせた。
少しずつざわめきが静かになっていく、 不思議に思って舞台上を見れば癒羽がいた。
大きなネジをどうやってか貫通したかのようにつけ、 ツギハギだらけの服がどこかシンデレラを思わせた。
しかし響く声はシンデレラのような弱い立場の人間のものではなかった。
「集まった皆に深く、 感謝する。 今日は折角のハロウィン、 楽しもうではないか!」
乾杯の合図でそれぞれがグラスを掲げ、 近くにいる人とグラスを合わせている。
自分も遅れて苺飴と翼とグラスを合わせた。 炭酸の弾ける音と、 ガラスのいい音が同時に響いた。
「ねぇ翼、 回ってみません?」
「そうだな、 面白そうだ」
返事を肯定と受け取り苺飴に別れを告げ、 後でまた会うことを約束して歩き出す。
知っている顔と知らない顔と色々だった。 それでも一つだけわかるのは皆心からこのパーティーを楽しんでいるということ。
「いやー、 楽しそうだねぇ」
「お前は楽しくねぇのかよ」
ほらすぐ人の揚げ足を取ろうとする。
だからもてないんだよバーカ、 知らない人だろうとお菓子をねだればクッキーにチョコ、 飴玉にラムネ、 たくさんのお菓子が手に入った。
袋が欲しいなと思ったところで誠と合流した。
「いっぱいもらったね、 黒深」
両手いっぱいにお菓子を持っていれば驚いたように誠が言った。
誠が魔法を掛けるように振った杖の先端から、 今人気のキャラクターが描かれた袋が落ちてきた。
あ、 しかもこれうちが好きなやつだ。 どこから出したのかは無理に聞かないことにして誠に期待の目を向ける。
「あげる。 これ黒深が好きでしょ? それにそろそろ必要だと思ってたから」
どんなときでも気配りの利く誠に過大な感謝を述べた。
感謝の言葉に別に普通のことだと返す誠とは別に、 隣にいた虚有が苦い顔をしてグラスを睨んでいるのを発見した。
中身は色から予想するに苺飴と同じビールだろうと推測できる。
しかしグラスの中身は減ったような気配はない、 そこで一つ聞いてみた。。
「もしかしてお酒飲めないの、 填間さん?」
聞いても反応はなし、 いやもしかしたら虚有なりにポーカーフェイスを保とうとしているのかもしれない。
しかし虚有のポーカーフェイスは誠の前に崩れ去った。
「そうみたいだよ、 さっきから勧められても断るばっかりだからね」
虚有の努力もむなしく誠に真実を告げられ、 焦る虚有がいた。
そのさまを見て楽しそうに笑う誠に胸がつきりと痛んだ。
知らない顔で虚有が誠に笑いかける、 誠もそれにつられて笑う。
仲間はずれみたいでどこか気に入らなかった。 そんなうちの心情を呼んでか翼が手に持っていたお菓子を落とした。
たくさんの色が床へと散らばった。
反射的に突き出したては空を掴み、 仕方ないので普通に床へ膝をついて地道に拾うのを手伝うことにした。
誠が遅れながらも膝をついて拾うのを手伝う。 虚有はうちや翼、 誠が床へ置いたグラスをテーブルの上へと移動させてから手伝ってくれた。
結構な数が散らばったみたいで、 まだたくさんのお菓子が落ちている。
見つけた飴が、 テーブルの下に落ちているからテーブルの下へと潜り込み、 飴へと手を伸ばす。
ふにっと柔らかい手に触れた。
・・・・・手――?!
「ばぁっ!」
「うわぁあぁっ!!」
前をよく見ていなかった自分が、 頭を上げると同時に火花が散った。
テーブルの脚になっている木材に頭をぶつけたと気付いた。
光が明滅する中、 リトルデビルその1が悪戯成功とばかりに笑っていた。
明るく笑みを浮かべるのは麻奈、 その後ろから小走りにかけてくるのは愛だった。
2人とも、 お揃いのバッグを手に提げ、 中からたくさんのお菓子がのぞいている。
「びっくりしたぁー・・・・・・こんばんは、 麻奈に神崎」
「こんばんは黒深お姉ちゃん! トリックオアトリートっ!!」
満面の笑みで言われ、 ポケットに突っ込んでいた手製のクッキーを袋に入れたものをあげた。 しっかりと2人分。
クッキーがやたらとでかかったり小さかったりとこれが、 市販のものではないと知り、 麻奈と神埼が揃って見上げてくる。
瞳には尊敬が見て取れた。
「すっごーい! お姉ちゃんクッキー作れるんだね」
「あ、 ありがとう・・・・・・」
素直に褒め言葉を受け取って笑っていれば、 誠が驚いていた。
そのときまで秘密にしておこうと誠にも黙っていたからだ。
先ほど2人にあげた袋よりも中身がたくさん入っているものを誠に渡す。
「はいよ、 誠の分だけ量多くしてあるから」
クッキー同士が乾いた軽い音を立てる。
目を丸くしながらも誠がクッキーを受け取ってくれたので翼にも手渡す。
残りの袋は虚有と癒羽と苺飴の分だ、 さっき渡しそびれた苺飴の分は元から持ってきていたバッグの中にしまい、 虚有の分を代わりに出した。
あげる、 といえば素直に受け取る虚有に、 癒羽が声を掛けた。
後ろからは数人の男性、 その中に入る男性の一人に目をつけ、 助走をする。
癒羽とすれ違うように加速して、 跳ぶっ!!
「げっ?!」
蹴り飛ばされた黒髪の男は青い瞳を見開いて転倒する。
頭から落ちかけた芙楼は咄嗟に受身を取ったが、 それがあだとなるなんて知らないだろう、 背後を取り押さえつければ「ギブギブ」と叫ぶ芙楼がいた。
「あーんたさ、 何やってるわけよ?」
「芙楼・・・・・・貴様もいたのか」
飛び蹴り後に完全にフリーズした男たちをかきわけて、 引き返してきた癒羽が笑いながら怒っていた。
周りには芙楼をよく知る面々なため逃げることもできない芙楼は、 腕力で無理やり拘束を解いた。
よろけはしたが転ぶことはなかった。
恨みを込めた目に芙楼が怖いとばかりに震えるまねをした。
「おじちゃん最低」
麻奈が柔らかそうな指で芙楼を示す。
「芙楼さん、 最低です」
続けて誠が、 さらに続き癒羽がきっぱりと言った。
「ふざけている暇があったら顔を洗って出直して来い、 芙楼」
ふざけた態度に対して怒ったまま告げた癒羽、 立ち上がっていた芙楼は酔っ払った人間のようにふらつき、 テーブルに手をついた。
その後ろ手でビールの入っているグラスを取ったのを見逃さない。
次の瞬間、 視認できないほどの速さで翼を引き寄せ、 ぽかりとあいた口にグラスの中身を流し込むと同時に人ごみを利用しいなくなる。
お酒は20歳になってから、 という注意書きが記憶の中から引き出された。 元から酒や煙草なんてやる気はないけどね。
何でそんな行動をしたか、 それを理解する前に誠がマントを引っ張った。
急に息苦しくなったのを感じ、 同時に鼻の先で何かがかすっていく。
翼の手だった。 いきなり殴りかかられるようなことしたっけ――?
以前に翼の目が据わっている。 もしかして・・・・・・
「こいつ下戸? う、 わわっ!」
狙われてるのは自分だけ、 この理不尽を誰かに訴えたい気分だ。
てか誰か止めろ。
“酔拳”とかいうものなのか、 予測のつかない攻撃に戸惑う、 すでに騒ぎが広まっている。
しかし逃げ惑ったりせず、 近くの人との殴り合いに代わる。
他に酔っていた人が面白半分に殴りかかったのが始まりのようで、 ものの数分で乱闘状態になっていた。
誠に被害が及ばないように虚有と共に下がらせ、 癒羽は酔っ払いどもの掃討のためいなくなってしまう。
右へ、 左へと迫る拳を避けるだけでは能がない。
相手が本気できているなら遠慮は無用というものだ。
「ひふもひふも人の気持ちもひらないで!!」
翼のストレートを軽くかわす。
「く、 くくく! わけのわかんねぇ態度ばっか取ってんじゃねぇよこのバカ!」
「誰の、 せひだと|おもっれ(思って)・・・・・・」
本気で殴りかかって避けられず真面目に殴られ、 吹き飛ぶ翼が滑稽で、 何故か笑えた。
壁際で、 誠が息を呑んで成り行きを見守っている。
「誰のせい? それはおまえ自身が知っているんじゃねぇのかよ!?」
翼の動きが鈍る。 元から酒でふらついている足だ、 今なら確実に攻撃を決められると床へと強く踏み込む。
「自分でわかっていることを人にせいにするんじゃないっ!!」
見事に吹き飛んだ翼につい、 笑いがこぼれる。
その半面で自分にストレスが溜まっていると実感させられた。
口の端が切れて血をぬぐう翼に、 叫んだ。
「言いたいことがあるならはっきり言え! 言わなきゃわかんないこともあるんだよ!!」
目が据わったまま、 上目遣いに睨む翼が吠える。
「わかんねぇんだよ! お前のことが、 自分の中にある何かが!!」
は? 何、 それ・・・・・・? ここは恋愛相談教室ではありませんよ翼君?
てかそんな恥ずかしい言葉を大声で言わないでください。 恥ずかしいから、 うちも、 周りの人も。
案の定半径1m近くにいた人々が全員して注目している。
困った。 注目されることに慣れていないとわかっている自分の顔に血液が集中するのがわかる。
誰かが茶々を入れようとする前に翼の襟首を引っつかんで廊下へと出た。
冷めた風が火照った顔に丁度よくあたる。
ホール出た廊下にある小さな椅子に翼を座らせ、 放心状態の翼に買ってきた冷たいミネラルウォーターの飲み口を下にして、 頭の上にぶちまけた。
誠も心配顔でついてきてくれていたのが抑止力となっている。
「冷たっ?!」
「黒深やりすぎだよ」
「いいんだよ、 こいつには、 で、 目ぇ覚めた?」
聞けば憤慨する翼の声が返ってくる。
「覚めたも何も俺は寝ていない」
寝ている、 寝ていない以前の問題だということに気付かないのかこのバカは。
今すぐにでも帰りたいよ。
それでも聞きたいことがあったから自分の中での泣き言を言う自分を叱咤する。
「わかんない、 って何のこと?」
「は? それこそなんだ」
「お前のことがわからないーって叫んでたよね、 さっき?」
しっかり聞いたよ、 この耳で、 と付け足せば翼が驚愕に固まり、 そわそわと視線を彷徨わせる。
「誠、 聞いたよな?」
「うん、 確かに聞いた」
「ついでに自分の中にある何かもわかんないって言ってたしね?」
「言ってた言ってた。 て、 私邪魔じゃないかな?」
「邪魔じゃないからここにいなよ、 面倒だし」
それは説明が、 というつもりだったのだが誠は眉をしかめた。
証言の確認が済んだところで翼が頭を抱えていた。
酔いは簡単に抜けないだろうからまだ半分はまどろみの中にいるのだろう。
「あー頭痛ぇ・・・・・・」
「当たり前、 あぁ芙楼の野郎お前が酒飲めないって知ってたのかも」
わかっててやったというなら重罪だ。
後で癒羽に密告しておこう、 そう心に決めながら翼の言葉を待つ。
「覚えてない、 よって俺は何もいえない」
「おいおいそこまで来てそれはないだろ」
問い詰めるように言えば翼は誠に視線を送っている。
それを受け取り、 タイミングよく来た癒羽と虚有と共にいなくなってしまった。
「あ、 おい・・・・・・!!」
言いかけた言葉は廊下にこだまし、 余計に虚しさを演出してくれた。 勘弁して欲しい。
「あー、 誠の裏切り者ぉー」
お前のせいだぞ、 暗に目で言えば翼が鼻で笑う。
そして言った。
「トリックオアトリート」
「はぁっ?!」
「だから、 トリックオアトリート」
ご丁寧に手まで広げてよこせ、 てやらなくていいから。
乱闘騒ぎのおかげでバッグは会場、 クッキーはハロウィンとは関係なしに作ったからきっと無理だなーなんて思っていれば翼がにやりと笑う。
「持ってないのか?」
「う゛・・・・・・持って、 ない・・・」
「なら悪戯、 だな」
何を、 と思う暇はない。
直後に自分が、 翼の気持ちを理解したことと、 触れた唇の感触に赤面した。
悪戯にこれってあり――?