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―○月×日(AM11:40)
◇
僕はベッドに腰がけ、確認するのももう何度目か分からない時計の時刻を見て、これまた何度目かわからないため息をついた。
「はぁ、まだかぁ・・・」
そう呟きつつそわそわしていると、自分の携帯電話の着信音が鳴ったのでビクっとしてしまった。
少し早くなった鼓動を落ち着かせて着信相手の名前を確認すると、僕の良く知る女の子―もとい今回の恩人からだった。
「はい、もしもし。―もうすぐで開始時間だぞ、乙葉?」
黒里乙葉-近所といえば近所に住む女の子で、小さい頃から一緒に遊んでいた子―が、僕の言葉を聞いて電話の向こうからくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ・・・。もう、三月兄さん?どれだけWLを楽しみにしているんですか?かく言う私も、楽しみですけどもね」
そう言って、またくすくすと笑う乙葉の言葉に少し恥ずかしくなった三月こと僕、山城三月である。
「い、いや、だってさ!その・・・僕にとって初めてのVRMMOなわけで!こう・・・これからの事を想像すると、どんどん楽しみが膨れ上がって―って・・・い、いやそうじゃな・・・、今こうやって電話しなくてもWLで合流してから話せばいいのに、と思ってね。」
子供じみた言い訳を言ってて、どんどん恥ずかしくなってきたので無理やり本題に軌道修正する。
「はい。WLが始まる前に連絡することと、三月兄さんにお願いしました『お約束』の確認をと―」
そう言いつつまだくすくすと笑う乙葉の言葉を聞いて、なるほどと頷いた。
・・・というか、どれだけ笑ってるのかねチミは。
「ああ。心配しなくとも、ちゃんと言われた条件通りにキャラクター作成したよ。―『キャラクター作成で種族選択の時にランダム設定にすること』だろ?」
種族ランダム設定とは、基本選択できる種族は<ヒューマン><妖精><獣人>の3種族の中から選択、例えば妖精を選択した場合、そこからさらにエルフやドワーフ等々といったものを自分で選択できるのだが、ランダム設定は読んで字のごとく、勝手に種族が選択されるのである。
これだけを聞くとランダム設定に何らメリットが無いように聞こえるが、実はランダム設定でしか出現しない―いわゆる隠し種族が何種類か存在するのだがその種族の詳細は一切明らかにされていない。
これはα・βテストの時には未実装だったのと、今回の正式サービス開始にてようやく解禁された為である。
ちなみにどんな種族になるのかは、キャラクター作成完了の段階では分からず、WLの世界に降り立って初めて明らかになるようになっている。
=閑話休題=
何故乙葉からこのような条件指定をされているのかというのには、もちろん理由がある。
答えから言うと、僕が自力でWLを入手することができなかったからだ。
というのも、今回初回の1万2000本の予約販売は全て公式HPの予約ページで行われたのだけれど、皆が予約しようと予約ページに一斉アクセスしたことで負荷がかかって、当然のようにページエラーの雨あられとなり、奮闘空しく予約受付が終了してしまったのだ。
そのときの僕の様子は、自分でいうのもなんだけど、それはそれは見事なorzの体勢をしていたと自負する。
そんな時に、乙葉から電話がかかって来たので電話に出ると、開口一番『WLのソフトが一本余りましたのでいりませんか?』というものだった。
僕はすぐさま飛び起き正座して、何故乙葉はソフトが余ったのか、どうして予約できなかったことが分かったのか、矢継早に尋ねると『1つはβテスター特典、もう1つは公式HPのイベント景品で当たった。』『今すぐ駆けつけて抱きしめたくなるような震え声で分かった。』という事らしいなるほど。
・・・後半がちょっとよく分からなかったけど。
―というやりとりをしつつ、譲る条件として、種族選択をランダム設定にするというものだったというわけである。
僕は、WLをプレイできるのならば種族に特にこだわりがなかったので即快諾。
もちろんタダで譲ってもらうようなおこがましい真似はせずに、例え景品だからと言われてもソフトの金額はしっかり払った。
ちなみに、遊ぶためのハード(ヘッドギア型のVR機器)は既に前から確保済みであり、今回ソフトを手に入れられなかったら今頃ハードだけ付けて『なんちゃってWL遊び』という誰が見ても非常に痛い行為を実行していただろう。
「さてさて、ランダム設定でどんな種族になってるのやら」
「三月兄さんはここぞという時に、運を発揮しますからね!私も非常に楽しみです!!」
何故か、乙葉がとても力強く言った。
理由を聞いて見たいが、きっといつもの様にはぐらかされるだろう。
そこでふと、聞いておかないといけない重要な事を今更ながら思い出した。
「そういえば、ほんと今更なんだけど・・・乙葉のWLのキャラの名前って何?それと、外見とかも知らないんだけど・・・」
「はい。実は私もそのことをすっかり忘れていまして、お約束の件のことも含めてお電話をと」
そう言って乙葉は苦笑する。
正式サービス開始までの一週間以上、WLで何をしようか、どんな物があるのかいう事ばかりに毎日花を咲かせたのにも関わらず、キャラクターの事には一切触れてなかったのだ。
すぐ出る話題のはずだったのに、何故だったのだろう・・・。
「コホン。それでは・・・WLでの私の名前は『クロハ』です。種族は妖精族のエルフを選択、基本は現実世界の私そのまま同じで、特にどこも弄っていませんね。その代わりにエルフらしく、髪はプラチナブロンド、瞳をブルーといった感じにしてみました。」
なるほどなるほど、本名から取ってクロハといったところか。
乙葉のエルフ容姿を想像してみる。
違和感が全くなかった。
「へぇ。よく似合ってると思うよ。乙葉の美少女っぷりがさらに増すね」
そう、黒里乙葉は誰がみても美少女なのである。
そんな彼女とよく一緒にいる僕は、さしずめ纏わり付く金魚の糞のような――。
「三月兄さん、そういう事を思ってはいけませんよ!」
「えっ、ご、ごめん?」
褒めたら怒られてしまった。
まあ本人にしか分からない苦労を強いられたりしたのだろう・・・反省しよう。
・・・・ん?思っては・・・・?
今何か心を読まれたような気がする・・・が、まあ気のせいだろう!
「それで、三月兄さんはどこか外見を変更したりしたのでしょうか?種族ランダム設定でも多少は変更できたはずですが」
ふふふ乙葉さん、よくぞ聞いてくれました!
「うん。名前は思いつかなかったからカタカナで『ミツキ』。外見は特に変えてないよ。・・・しかし!髪の色をちょいワル風の様にみえる銀髪、瞳の色をそこはかとなく威圧感を醸し出す赤色にしてみた!」
どうよとばかりに電話越しではわからないがドヤ顔をしてみた。
「・・・ッ!!」
電話から乙葉の息を呑む声が聞こえてきた。
想像してみてその凄さに驚いたのだろう。
・・・いや、もしかしたらただの痛々しい奴が幻視されたのかもしれない。
「・・・三月兄さん。これ以上私をどうするつもりなんですか!誘ってるんですか!」
「えっ」
あれあれ?ちょっと乙葉さん、仰ってる意味がわからないのですが?
やだなにこれどういうことなの・・・・・。
「えっ・・・あの?乙葉、さん?それってどういう―」
「・・・・・・ハッ!?・・・あ、いけない三月兄さん!あと5分で正式サービス開始ですよッ。それではWLにログインしたら連絡送りますので!ではまた向こうで!」
「あっ、はい。また後ほどお会いしましょう。」
乙葉の勢いに呆気に取られながら通話を終えた。
・・・うん、きっと乙葉も待ち遠しくてテンションがハイになったんだろう。
そういうことにしておこう!
そして時計に目をやると、確かに11時55分になっていた。・・・あ、11時56分になった。
―ゴクリ。
―いよいよだ。
そそくさとWLの世界を冒険するための装置のVR機器のヘッドギアをかぶり、ベッドに横たわる。
VRギアの電源を入れ、高鳴る鼓動を深呼吸でゆっくりと落ち着かせる。
向こうに行ったら、乙葉ととりあえず合流して―モンスターと戦ったりしたり―ああ、生産もそのうちしてみたいなぁ、できるかなぁ。
ああ、もう!にやにやが止まらない!
おっと、いかんいかん。
もう3回ほど軽く深呼吸をする。
そして、すぅっと一呼吸して目を瞑り、WLの世界に行くための言葉を呟いた。
「接続開始!」
―さあいざ行かんWLの世界へ!!