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ミステリーサークル

作者: 関口 太郎

 ずっと前から、あなたの事が好きでした。

 ……ちょっと平凡すぎるだろうか。

 頭の中のメモ帳から1番上の紙ををちぎり取り、ぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱の中に放りこんだ。

 確かに、僕は前々から彼女の事が好きだったけれど、それを具体的に言葉にしたことはなったからなあ。なかなか丁度いい言葉が見つからない。頭の中のゴミ箱は、もういっぱいいっぱいだ。

 それでも急遽彼女に思いを伝えようと思ったのは、当てもなくうろついていた街中で、偶然彼女の後姿を見つけたからだ。1分のうち45秒は彼女の事を考えている僕にとって、一瞬後姿が視界に入っただけで彼女と判別するのは容易いことだった。

 それ以来、彼女への言葉を頭の中で考えながら、見失わないように彼女の後ろ30メートルくらいの位置をキープして歩いている。断じてストーカー行為ではない。

 今日は、どんな障害があったとしても絶対に彼女に思いを伝えよう。そう心に決めて、先行く彼女の後を追うのだった。


「えっと、あの、ああーっと……ああ、もうじれったい!あたしは、あなたの事が好きです!大好きです!」

 頭の中で考えていたような台詞が、突如として現実世界に引っ張り出された。初めは、知らない内に口に出してしまったのかと思った。どれだけ恥ずかしい男なんだ僕は、と。

 しかし、それにしてはやけに高い声色だったし、僕の口よりもよっぽど後ろから聞こえてきたような気がする。

 振り向く。

 目が合う。

 そこには、1人の女の子が立っていた。僕より頭1つ分くらい小さな体躯で、肩くらいまで伸びた髪を1つにまとめている。季節に似合わず半袖短パンの格好で、活発そうな女の子だ。ソフトボールとか似合いそう。

「え、ウソ……聞こえてなかった?うわどうしようスゴイ恥ずかしいどうしようどうしようどうしよう」

 両手で頭を抱えて、明らかにテンパっているご様子だ。通行人もそれなりにいる街中で、1人であれだけの大声を発したらそりゃ恥ずかしいよな。

 ……というか、今のって僕に言ったのか?

 周りを見渡しても、立ち止まっているのは僕と女の子だけだ。他の人は、邪魔だよと言いたげな目つきで僕たちを一瞥してから、結局動かない僕たちを向こうから避けて通り過ぎていく。

ということは、あれは僕に向けた言葉だったんだろう。なるほど、返事をしなかったから聞こえなかったと思ったのか。それは悪いことをした。

「いや、ちゃんと聞こえてたよ」

「あ、なんだ……はい、それなら良かった、です」

 同い年なんだから、敬語とか使わなくてもいいのに。いや、こういう改まった事って、知らない内に言葉も改まるものなんだろうか。僕の頭の中のゴミ箱にも、そんな風な言葉があったっけ。

 ん?なぜ僕がこの女の子の事が同い年だと知っているかって?

 そりゃ、僕と女の子が知り合いだからだ。知り合いと呼ぶにはいささか付き合いがなさすぎるかもしれないけど。精々、2、3度「おはよう」と挨拶を交わした程度か。この子が近くにいる場合は彼女も近くにいる場合が多いので、必然的に彼女以外への興味は薄れてしまう。顔は知っていてもそれ以上の事は知らない。そんな関係だ。名前でさえ知った間柄ではない。

「えっと、きみは僕のこと好きなの?」

 間違いのないように、一応確認をする。女の子は小さく首を縦に振った。頷くのがNOの表現である文化圏の人でない限り、これは肯定とみていいだろう。

 参った。急に雨が降ってくるとか、用事が入るとかの障害が発生することは予想していたけれど、まさか僕が告白されるなんて考えてもいなかった。これまでの人生で一度も好意を向けられたことのない僕に、今日に限ってこんなことが起きるなんて、誰かのイタズラじゃないかと勘繰ってしまう。

 しかも、この女の子可愛いのだ。今日街で見た女性の中で見た目だけのランクキングを作るなら、間違いなく一位を取るだろう。彼女は文句なしの殿堂入りだとして。

 そもそも、彼女はどちらかと言うと『美人』のタイプに分類されるのに対して、この女の子は『可愛い』のタイプに分類されるのだろうから、正確に優劣をつけることなんてできないけれど。

「で……お返事は……」

 女の子は恐る恐るといった様子で、僕の顔を覗き込むように見上げてくる。

 ここで、世の中を上手く渡っている男なら「1日待って」なんて言って女の子を待たせ、彼女に思いを伝えて成就したら女の子を振り、相手にされなかったら女の子と付き合う、なんてことをするのだろうか。いわゆる『保険』というやつだ。

「申し訳ないけれど、僕にはやらないといけないことがあるんだ。だから、きみの希望通りの答えを持ち合わせてはいない」

 残念ながら、僕はそれほど世渡り上手な人間じゃない。第一、僕だって人生で初めて告白されて気が動転しているのだ。とっさにそんな器用なことができるわけもない。精々「僕は彼女のことで手いっぱいで、あなたには一片の興味もありませんよ」という旨を、なるべく相手を傷つけないように喉元で1度変換して、口から射出するのが精いっぱいだ。

「ありゃーそうですかーフラれちゃいましたねー」

 そう言うと女の子は、僕と目を合わせたままドナルド(ハンバーガーの方)みたいな笑みを顔面に貼り付け、腰を屈めながら後ろ歩きで少しずつ距離を取り始めた。以前テレビで見た、山中でクマと遭遇した時の正しい逃走方法みたいだ。

「お騒がせしましたっ!」

 そして十分距離を取ってくるりと後ろを向くと、脱兎のごとく走り去ってしまった。追い付けないくらいのスピードだったので、やはり見た目からのイメージ通り何かスポーツをやっているのかもしれない。追いかけるつもりもないけど。

「……ああ、疲れたな」

 人に好意を伝えるにはかなりのエネルギーが必要だろうとは思っていたが、人の好意を受け取らないというのにも相当のエネルギーを使うとは思っていなかった。

 彼女相手にはこうならないといいなあなんて考えながら振り返り、僕は彼女の方に向き直った。

「居ない……」

 そりゃ動くよな……ヴィーナス像じゃないんだから。


 街中を走り回って1時間ほど経った頃、商店街の端っこの方にある喫茶店でようやく彼女を見つけることができた。窓ガラス越しに見える彼女は、窓際の席でコーヒーを飲みながら本を読んでいた。残念ながら、本には群青色のカバーが掛けられているので中身までは分からない。

 喫茶店で読書とか、どんだけオシャレ趣味なんだ。僕とは対極に位置しすぎて、これからが少し不安になる。

 とりあえず、僕も彼女の様子を窺うために喫茶店に入った。カランコロンという心地よいベルの音が僕を招き入れる。ウエイトレスに言われるまま席に着くと、彼女と同じものだと思われるコーヒーを注文した。まさか、たかがコーヒー1杯を注文するのに緊張して声が上擦るとは思わなかった。喫茶店に入るなんて初めてなんだ。笑わなくたっていいだろ、ウエイトレスさん。

 しかし、彼女は残りの今日1日をずっとここで過ごすのだろうか。こんなアウェーな雰囲気の喫茶店でいきなり話しかけるのも気が引けるし、かといって暗くなってから外で話しかけて不審者と間違われても困る。できれば早めにここを出て欲しいものだけど……。

 そんなことを考えながら彼女を見守っていると、1人の不審者が彼女に忍び寄ってきた。たった今喫茶店に入ってきた男で、入ってくるなり一目散に彼女の所へ向かっていった。いや、これって――

 待ち合わせか!?

 彼女が誰かと恋仲にあるなんて話は全く聞いたことが無いぞいや焦るんじゃない兄弟という可能性もあるじゃないかそれにしてもあんな男見たことがないずっと彼女のことを見ている俺が言うんだから間違いないでも彼女の目の前の席にすわってああウエイトレスさんコーヒー置いたらすぐに戻ってよそこに立たれると見えないんだってば追加で注文なんてしないから早くどいてって男が何か彼女に話しかけているクソ店内に流れるサックスのメロディがうるさい集中しろ集中しろ集中しろ集中すれば会話も聞こえるはずだ

「や――初め―て」

「私に何か用ですか?」

「さ――この―――前を通った――キミ―――見かけ――だけど」

「それで?」

「単刀直――て、キミに一目――れし―だ。付――って―――ない―?」

「お断りします」

「そ――言わずに、少し俺―聞いて―――いかな?」

「いえ、急いでますので」

 彼女はそう言うと、男と目も合わせずに読んでいた本をぱたんと閉じ、会計を済ませて足早に喫茶店を後にした。男はその場に1人取り残され、不機嫌と残念でできたミックスジュースみたいな表情をしていた。どうやら、あの男は彼女とは関係ないらしい。少しホッとした。

 そして、僕も彼女を見失わないように、コーヒー1杯の値段に驚きつつ店を出た。


 僕は、あなたに心の全てを奪われてしまいました

 違う。

 僕はあなたの事が好きなので、あなたも僕の事が好きになってください!

 違う。

 僕のことを好きになってください好きになってくれるなら何でもしますから(土下座)

 違う。

 というか、次第に正解から遠ざかっている気がする……。

「私、あなたの事が好きなの。ずっと前からこの思いを閉ざし続けていたけど、もう限界よ。お返事、聞かせてもらえるかしら?」

 うん、まあさっきのよりは悪くないんじゃないだろうか。…………あれ?

 またもや、僕の脳内から現実世界へと彼女への思いが漏れ出してしまったのかと思ったけれど、どうやら今回も違うらしい。さっきと違うのは、その声の発信源が僕の口よりも遥か前方にあることと、僕をどんな疲れからも癒してくれそうな麗しい声だったということだ。

 その声に導かれるように、前方に視線を向ける。

 滅多に表情を崩さない彼女にとっては珍しく、少し顔を赤らめ上気させているようだった。

 そして、彼女の真向かいには、今の季節には似合わない半袖短パンの格好をした女の子が、目を丸くしてフリーズしていた。

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