シロガネの薔薇
side:南雲
私は、ナイフを何本もスライムの方へ投げます。
―――私が選んだベータ継承スキル。
『スロウアクト』。
MPを消費することで、投擲系のアイテムを、一度のモーションで複数本投げることができるスキル。
一応言っておくと、本数は無限に追加できるわけではありません。一本ごとにMPを加速度的に消費するので、使い勝手はあんまり良くなかったりします。
今後、MPの絶対値を増やせばどうとでもなりますが。
……現状、同時に投げられるナイフは15本まで。でも、最大数投げてしまえば、次の攻撃が隙だらけ。
故に、ペースを調節、して!
「いい加減、当たったらどう、です、かっ!」
MPの自然回復が追いつくギリギリの本数……5本、投擲!!
(今投げたナイフには麻痺のエンチャントを付けてある。1本でもいいから当たればーー。)
「届かない、って、ば!『グレムリン』!!」
『ギェアアアアアアアアアアアッ!!』
雄叫びと共に。五本、全て弾かれてしまいます。
「くっそう!!チート!!ズルですよ絶対それ!!」
「チートなんかじゃないし……人聞き悪いなーもう。で?終わり?」
「っ・・・まだです!!」
そう。まだ!
今度は、今のナイフに混ぜて、時間差で!!
左右、3本!!
同時に、前方!!3本!!
「これでどうですか、刺されッ!!」
1、2、3本目!
相対するスライムは……
「だ、か、ら!!無意味だって!!」
ギン!ギギィンッ!
「るぁっ!!」
短剣を一閃、三本とも弾かれる!
「っ、」
でも!その一振で体勢が崩れた!
そしてそこに!
「残りもう三本!追いつかない、ですよね!?」
そう、時間差で三本のナイフ!!
「……『グレムリン』!!弾き落として!!」
ギギギィィン!!
『ギィアアアアアアアア!!』
猛獣が、一叫びすると同時に、ナイフを打ち落とす!!
「……やりますね。今のは自信あったんですけど。」
「……うん……へえ。」
「…素っ気のない返事ですね。なんです?何か?」
「ん?んー。そりゃーね。切れて無いし。」
「はぃ?切れてって……?」
「そりゃー、猫。」
彼女は首をゴキっと鳴らし。
「見えてんの。」
ーーギィン!!
ひょい、と短剣を背中に回して、私の攻撃――背中へのトラップワイヤーを使ったナイフ――を止めた。
「……背中に目でもついてんですか?結構難しいコースだと思うんですけど。」
「秘密☆」
「(うわ、うっぜえ)」
余裕しゃくしゃくといった感じに返すスライムに殺意を覚えます。
「それにしても、さぁ」
首の後ろを擦りながら、スライムは喋ります。
「?」
「何が真骨頂、なのさ。つまらない。ただのナイフ祭りじゃん。」
まったくつまらない、と言った風にスライムは溜息をつきます。
「う、うるさいですよ!!本番、本番はこれからなんです!」
しかしスライムの言うことも分かります。
さっきから、私の渾身の攻撃は、ことごとく、避けられ、流され、弾かれてしまっています。
「っていうか、バケモノですか貴女。さっきのも含め、普通なら被弾しても可笑しくないですよ。」
「や。猫が弱っちいだけでしょー?私はそう思うなー。」
「……ソウデスネー(むかつく)」
「それにしてもー。馬鹿の一つ覚えみたいに投擲武器ばっかり……つまらないよ、ねぇ。
もう少し、他の手は無いのかな。無いならこのまま……ぶっ潰すよ?」
『スライム』の纏う空気が。ぎらりとした切れ味の鋭い刃物のように変質します。
その空気に若干薄ら寒い物を感じます。
またですか―――私は口先だけで、呟きました。
さっきから、この娘、若干、おかしい感じがします。
なんだか、そう、まるで……。
『無理矢理テンションを上げて、やりたくない事から目を逸らすような』。
「何度も何度も何度も。おんなじ攻撃ばっかしで飽きたんだよ?……ねぇねぇ他の攻撃は?つまんない。つまんないつまんないッ!!早く『娯楽』してよ!私を悦しませてよ!ねぇってば!」
『自ら狂った演技をすることで、自分を無理矢理納得させるような』。
『半ば狂ったように喋る。それで自分を騙す。自分はそう言う人間なんだ、と自分を騙る。』
薄っぺらい演技のような何かを……
―――って。瞳孔完璧に開いちゃってますよ。相当に自己暗示が上手いのか、それとも……
でも、うん、十分ですね。
これなら。
いままで真正面からのナイフの攻撃のみしかしなかった事で。
興奮状態にある事で。
周囲への警戒が薄くなっている今なら……!!
「ねぇ、どうしたの?急に黙りこくっちゃったりして」
しゃりん、と音を立てナイフを鞘に収め。
ゆらり、と。スライムが、半歩前に出る。
(そう、それでいい。そこで。範囲内、だ。)
――まだ気づかないでしょう。私が奥の手として。
「……ない、です。手詰まり、困りましたね。」
なるべく、気付かれない様に、自然に。
頭を、カリカリと掻く。
それが――作動項、です。
「本当に無いの?がっかり。あれだけ大口叩いといてこの結果?」
「……あはは…参っちゃいましたね。そうみたいです、ざんねん。」
飛ばす。音も無く飛ばす!!
そして。
(当たれっ―――!!)
「…あの、デスペナ食らっちゃうのは嫌なんですよ。せめて……見逃してくれませんか?」
「……ん。やだよ?だって―――」
瞬間。
銀の閃光が四筋、上方後方左右方向!同時に奔り――
……さらに時間差!!隙を縫い止めるように、さらに両側面、路地の木箱に戦闘前からあらかじめ仕掛けてあった四本の罠ナイフ!!
「んぁえ?……って。げ。不味っ!!!」
攻撃に気づき、逃げようとするも、
「遅いんだって!!喰らえぇえぇぇぇ!!」
4+4……計八本!!
「オマケ、の!!『スロウアクト』!!!」
ついでに正面から投擲、二本追加!8+2……10本!!!
「う、ぁって、ま、待って、ヤバ…!!捌ききれない!!!」
慌て、ナイフを引き抜く素振りを見せるも……遅い!
私の攻撃の方が、一息分、早い!
――刺さる――
瞬間、ニタリ。と。
凶笑が彼女の顔に張り付く……!!
「なぁんてねぇ!こんなのらっくっしょう、だって!!」
そして。
ふわり。という疑音が似合うほど、緩やかな、後方への跳躍。
それにより『スロウアクト』の2本を回避。
「―――は?」
避けたナイフは路地の上部、あらぬ方向に飛んで行った。
残り8本。
背中…肩甲骨の辺りに2本、肉薄する。
それをスライムは。
背中に手を回し―――
「ぃいよいしょーっ!とっとと…。」
ギギン!!
その2本を弾く。
残り6本。
「『グレムリン』ッ!!【アースクロー】!!」
『グギャアアアアアア!』
ズガガガッ!!
その技名と共に、異形の咆哮が放たれ、石畳から、石柱が突き出す。
5本一気に弾かれてしまった。
残りの一本は。首を狙って飛ぶナイフは―――
「ほいさーっと。」
スゥェーバック。簡単に狙いを外されてしまいました。
つまり、私の仕掛けたナイフが、全て……。
「………っ!?…は、ぁ……?!」
無効化されてしまった、ことになります。
「うんうん。あきらめないのは大事、だよねー。でも、結果を出さなくちゃ意味無いよー?」
スライムは、けたけたけた。と笑い声を上げて。
それに対する私は……。
「う、うう嘘だ!!」
驚愕の声を、上げていた。
「なんで!?なんで当たらないのさ!完璧に死角からの一撃だよ!?」
そう。完璧だったのに。
誘い込み、場所の調整、混乱、話術による注意の掻き乱し。
全てが完璧に噛み合った。完全に、注意を逸らせる。
当たる。ハズレは、ない。
――――はずだった。
「そう、避けられるはずが……」
「―――ない、とでも?」
「っ!」
彼女は余裕綽々と言った風に微笑み、言葉をつなげます。
「残念だけど、さ。丸分かりなんだよねぇー。種明かし、したげる。」
その背後からふよふよと浮かぶ――翼の生えた目玉。
その名称、登場すると同時に、見えた名前、は。
「あ、アイ・ゴーレム……?」
―――わたしの知らない、課金ゴーレム?
「そそ。こいつ便利だよー。周囲の攻撃トラップに反応して警報くれるし」
「何、ですか、それ。そんなの、私の集めた、データには。」
このゲームをプレイするに従って、私は、できるだけ全てのデータと情報を、β版、現行版、すべてにおいてしっかりとリサーチしてきたつもり、でした。
そう、全て。抜けはないはずです。
あらゆる情報をネット、雑誌、その他あらゆる所からかき集めてあります。
そんな、私が、知らない、ゴーレム?
「あ、ちなみにねー?」
『スライム』がアイ・ゴーレムを手で引き寄せて。
「この子みたいに、レアリティーの高い子は、情報を伏せてあるんだってー。」
「なっ!?」
撫で繰り回しながら。
そんなわたしにとって驚愕に値する一言を吐きます。
「んんー♪グロかわいー♪でも、ま、とうぜんだよねー。最初から、ぜーんぶ、情報分かってたら……『データ』が分かってたら、どっかのだれかみたいなヒトに対策立てられちゃうもんねー?……だよねー、ネコ?」
「あ、え…ぅ」
ニタニタと笑いを浮かべ続けて。
尚も、スライムは続けます。
「ていうかさー、ふっつーにさ、この位どこのゲームでもやってるしー?序盤は情報は不透明。中盤からは真偽の怪しい情報のオンパレード。終盤から確定的な情報が集まる。そんなもんでしょ?ネトゲって。
……ん?もしかして、猫ってばネトゲ初心者?」
「ぐぅっ!?」
「ありゃ、図星ー?でもさー。」
そこでスライムは首を傾げます。
「なんか、初心者、って感じがしないんだよねー?戦略系のゲームとかやりこんでた感じ?
罠の仕掛け方とか結構エグい感じだしー。」
「そ、れは…」
「ま、そんなのどうでも良いや……いよいしょー。」
指先でゴーレムをバスケボールのように回転させる。
悲鳴を上げる羽目玉を横目にスライムは。
「それにしても。時間差でナイフトラップ、ねー。エフェクトからして、麻痺エンチャントでも付けてたのかなー?」
―――喋る。
それは、私の罠を看破していた。
「………。」
俯く。視線が下を向く。
―――全て、バレていた……?
ギリ、と歯を食いしばる。
完璧だったはず。なのになぜ、決まらない。確定しない。
不可解。理解できない。何か、要素の抜け落ちがあった……?
「うん、そう。決まらない。いいや、『決めさせてあげない』。」
「―――え?」
おもわず顔を上げ、スライムの方を向く。
―――それでは、まるで。
「だっかっらさー?わかってたって言ってるでしょ?『最初から』、ね?」
「え、嘘、そんなの、って、」
「わかってたの。お見通し。作戦丸見え。具体的には……なんだっけ?『大盛が』どーのこうのって辺りから。」
「……そこから、ぜんぶ、ですか?」
「当然☆……ぶっちゃけ、あそこから、あれ以外の選択肢全部読んでたし?楽々ー。」
「せ、選択肢……?」
「ん。あたし、頭いいからさー。推理ゲームとかよくやるのー。人狼とか、TRPGとか得意だよ?んで、選択肢。パターンが確定してたら、予測も楽勝ってワケ。」
ひらひらと手を振りながら彼女は語り続けます。
「例えば、まず最初に攻撃方法。あそこからずーっと頑なに真正面からの攻撃しかしなかったじゃん?それは、私に攻撃方法が『真正面の』『ナイフによる攻撃』しか無いと誤認させるためのフェイク。」
「そして、背後からのナイフを一本。あれはたぶん『とどめの一撃』じゃ無くて、そこから先に、猫の攻撃手段が何も無いと、更に重ねてあたしに錯覚させたかった。」
「最後に錯覚させた上での、本気の最大火力。」
(全部見通して、いや、見透かされていた……?)
―――ペタン。
無言でへたり込んでしまう。
力が、足から抜ける。
「まぁ、残念だったねー。最後のハッタリも不発、それの影に仕掛けたトラップも失敗。
いやー、最後のが当たってたら、あっぶなかったかもー。」
私は、無言で俯く。
「最後のトラップ。あれ、勝てると思ったよねー。
でっもー!ざーんーねーん。
けっきょく勝てませんでしたー。」
――けらけらと声高らかに笑いやがりました。
「どっちにしても無理だよー、『正義のヒーロー』さん。あなたじゃ私は倒せない。」
勝利宣言に指まで指してくれちゃってまぁ。悔しいけど今回は大人しく―――
「じゃぁ、終わりだよ。――グレムリン。とどめを―――」
『・・・・・・避けた・・・・・・。』
「――――は?」
「避けた。」
再度呟く。
「避けましたね。」
「?なにが……」
怪訝そうな顔をする彼女。
「避けてくれた。私の計算通りに。」
その表情にくつくつと笑いがこぼれる。
――――投げたナイフは――――。
「計三十五本。」
―――必要時間―――。
「五分二十七秒。やっと当たった。」
「な……なに訳の分からない事を言ってるのさ。あんたの、負けだって!確定してんの!あたしの『選択肢』は……!」
彼女の驚きの、困惑の声を受け、ゆらりと、立ち上がる。
「選択肢……?ふふ、笑わせて貰いますよ、そんなもん!」
―――戦場を、空気を、流れを!!
「これで、これでいい。これが、わたしの『解答』。」
―――最後、今!!
「ぜんぶ、ぜんぶぜんぶ全部ぜーんぶっ!!計算通りだ、ってことです!!」
全力で、叫ぶ!!
「見せてやりますよ、『最適解』ってやつを!!」
その叫びと同時に―――!!
「な、わぷっ!」
―――ばしゃっ!
スライムが、すっとんきょうな悲鳴を上げる。
「な、何なのさ、いきなり…って何コレ!?黄色!?」
頭から液体を被ったのだ。
独特の臭気のある液体、いや、染色剤。もっと的確に述べるのなら――。
「ぺ、ペンキ……?…うぇ、きっつ。」
空から落ちたペンキ。それが、『スライム』の頭髪、衣服、皮膚を悪趣味に黄色に染め上げる。
「そう。この路地はね、上部の隠しギミックを破壊すると。小麦粉、生ゴミ、洗濯物、etc、etc。色んな物体が振ってくる、って仕掛けがあるんですよ。」
クスリ、と忍び笑いを漏らす。
(コレに偶然引っかかった時のリオンの顔といったら……。って、それは置いといて。)
他所事に飛んだ頭を戻し、再度集中する。
「まぁ、元々運営がお遊びで付けたようなギミックでしょうけど。
そして、もう一つついでに、コレ!!」
叫び、『ソレ』の着火線を咥え、三個同時に引っこ抜き、投げる!!
舗装された地面にぶつかった3つの『発煙筒』が、ガラン!と音を鳴らす。
「―――?なに、それ―――。」
不思議そうに声を上げるスライム。
そして、そこから私は。
「コレが何かって?―――そりゃ勿論……」
意趣返しといわんばかりに。先ほどのスライムのように、ニタリと笑い。
「私の勝ち確演出ってヤツですよっ!!」
声を荒げ、そう叫ぶ!!!
――――――ブワァッッ―――――――
白煙が路地を埋め尽くす。
視界を完璧に奪う、辺り一帯に立ち込める白煙。
その煙により、私が、彼女の視界から、消える……!!!
「え、煙幕!?や、やば、視界が……!!」
慌てる『スライム』の声が聞こえる。
そして、私はその煙に身を隠し―――。
(さぁ)
声に出さずに、
(かくれんぼのはじまりですよ?お人形さん。)
つぶやく。
side:???
………周囲は白煙で覆われている。
目が利かない。
完全に、虚を突かれた形だった。
さっきまで、近距離にいた筈の猫は、白煙に混ぎれて逃げてしまった。
(………落ち着け!!落ち着け!!落ち着け!!
だ、大丈夫、ただ単に視界が奪われただけ。この煙が切れたら、一気に攻撃して、あのペタ猫を……)
見えない。
(―――――大丈夫。こっちには、罠探知機と、強行兵がいる。猫の攻撃方法は、トラップとナイフ。)
思考を張り巡らす。
決して焦らずに、自分が、この勝負において圧倒的優位に立っているという自信を燃料にして。
この局面を切り抜け、あの細首に怪物の鋭利な爪を突き立てるために。
(―――――もし、猫がトラップを仕掛けたら、すぐにアイ・ゴーレムが反応する。その反応方向に合わせて……グレムリンを飛ばす。)
そう、状況は大きく覆ったように見せ掛け、何も動いてはいない。
私の勝ちは揺るがない。
一手。一撃。
簡単に、この勝負、ケリを付ける事が出来る。
「――わたしの勝ちだよ・・・猫!!」
思わず小さく呟きが漏れる。
(やばっ!)
慌て、口を押さえる。
この白煙の中、先手を切って行動するのなら。
相手の場所を、潜伏先を、見つけなければならない。
それも、相手よりも早くに。
(あーもー!ミスった!?)
その点に置いて、声を漏らすのは、非常に。
(マズイんだよって!)
心中で叫びを上げ、道端の木箱に身を隠す。
そして、どんな情報も逃すまいと、耳に意識を集中させる。
(視覚が遮断されている以上、ほかの感覚に集中しなくちゃ……。)
目を閉じ、細かな音も聞き逃さないように―――。
その矢先。突然に。
「さて、人体というものは些か複雑に出来ていてね」
(? 猫の声が、聞こえる・・・)
違和感を、感じた。
自分から身を隠すというなら。それはとても、理解出来ない行動。
(こうやって身を隠すからには、沈黙を守り、不意打ちをしてくる物だと思っていたけれど・・・?なんだろう?普通に喋っている?)
続けて声は聞こえる。
何の変哲も無く、まるで日常会話のように。
「人間が日常生活で、外部の情報を得る際に使う五大感覚は触覚、嗅覚、味覚、聴覚、視覚、の五つ。
まあ当然だね。人間には脳があり、物事を捉え、多角的に考え、入手した情報を元に動くのだから。」
白煙の中、猫の声が聞こえる。
その声は、まるで……いいや、違う。確実に、こちらに聞こえるように。聞かせるかのように。
しっかりと声を張り、喋っていた。
「五種も情報ソースがあればその情報量はさぞかし膨大だろう。そうなれば、確実性の高い感覚を主に添えて行動するのは当然の事。」
やけに落ち着きのある声が、視界の利かない白闇の空間に響く。
「さて、それらを踏まえて、五種の中でもっとも取得時に人間が重点を置く情報。それは・・・」
(……あの猫。何を考えているのかしらないけど。自分から居場所を明かしてきた。でも、まあこれはこれで。居場所の特定も楽チンだし。さて、特定して倒しに)
「視覚。」
――一言。たったの一言。――
その瞬間、背筋が粟立った――。
「――――ッ!!??」
音も気配も無く、いつの間にか近付いたのか。
身も寄せるような近く、近距離!
耳元で猫の声が聞こえる・・・・!!
「―――グレムリンッッ!!!」
驚き。焦り。それらが勝り、硬直しそうになった。
急いで飛び退き、グレムリンに攻撃命令を出す!
何時の間に近づかれたのか―――混乱する思考の中で、攻撃の発生を。
そして、同時に命中を!
先程の声の発信源から、予感する!!
(わたしの使役するモンスターの中で攻守の一番高い、グレムリンの一撃!猫のファイトスタイル、装備からしてDEFガン振りは有り得ない、おそらくDEX重視、一撃でも……当たれば、一撃で…。)
『ブゥオォオン…!!』
しかし、聞こえたのは空振りの音。
一度外した事により場所の確認ができた。
(ちっ、はずれか。でも次は……)
声は続けて聞こえる。
「それが封ぜられたのなら、ほかの感覚に頼るだろう。その点において、人間は実に便利にできている。環境に即刻適応し、行動できる。まぁ、視界を封じられた、その次に頼るのなら―――。」
(ふん。マグレで避けたに決まってるし。次の攻撃で―――)
再び、聞こえる声から、場所を察知しようとする。
ぱた、ぱた、と、先ほど掛けられたペンキが髪から垂れ、石畳に模様を作る。
一滴、二滴……三滴。
じわり、じわりと色を広げる。
「―――――――ッ」
四、滴――…。
「聴覚、になるかな。」
「―――ッ、そこだよ!!」
再度声のした方向へグレムリンを向かわせ、鉤爪を振るわせる、が―――。
『―――ブゥウウオオン!!』
―――聞こえるのは再度聞く空振りの音。
「ハズ……レ?なん、で?」
違和感。僅かな、けど、確かな違和感を私は覚えた。
声を頼りに攻撃した。
そこに、声の発生源に、猫がいる。
攻撃した。発生源を、確実に。
なら、なぜ―――
「なんで、当たらないのさ……?」
足が自然と一歩、退く。
―――グチャリ。
地面に垂れた、ペンキ。
ソレを自らの足で踏み。
それが音を立てる。
酷く不快な音に感じられた。
「それら、五感を頼りに、人間は生きる。当然だね。その方が、楽、簡単、便利だからだ。」
「くッ!!!グ、グレムリン!!」
叫びを上げ、グレムリンが再度突貫する。
―――声は聞こえるのに。当たらない。
「まぁ、それは人間に限っての事ではないね。どんな動物でも、いや、殆どの動物が」
「ッ!!グレムリンッ!!」
攻撃命令を出す。再度攻撃。
「なんで、なの……。」
―――当たらない。
「それを感覚の柱にし、生きている。」
「!!」
ーーーなんで、当たらない?
「だから。あなたは気付けない。いや、気づいたのかな。」
「う、っあぁああぁっ!!グレムリン!!グレムリン!!グレムリン!!」
『…………………』
「―――え?」
(グレムリンの声がしない!?攻撃の命令を出しているのに……声が、攻撃の音が、聞こえ、な)
明らかな、異変。不可解。
状況の理解が、及ばない、分からない。
「ぅ、あ、あぁ。」
訳のわからない声が喉から漏れる。
ぷつん、と。切れる、音がする。
それは、その音は。
『不可解』を押さえ、縛る、糸の、切れる、音―――。
「貴女は、周囲に頼りすぎた。」
「なんで、当たらないのさ!なんで居なくなるのさ!なんでなんでなんでっ!!!」
訳が、分からないーーー。
「そして、自分を過信しすぎた。」
「あ、あああああっ!!」
理解できない、わからない。
思考が、追い付かない。
怖い。
(怖い。分からない。こわい。いやだ。たすけて、いやだ。)
『―――――…――――――…―――――………………………』
ふっ、と脳裏に蘇る、あの、視線、言葉の意味、は――――。
(負け、られ、ないっ―――――――――!!!)
「ぅ、っあぁあぁぁぁああああ!!!」
無我夢中。いや、自暴自棄というべきか。
結局私がとった行動は、何も考えない、自分自身での特攻。
思考を捨てた、ただの暴挙。
不安に煽られ、突き出した腕は―――。
「ざんねん、大・ハ・ズ・レ。」
シュバッ―――!!
「な、っ、な、なに、こ―――」
『何か』に絡め取られて―――。
「―――れぇえぇえぇえええ――!??」
ぐん、と引っ張られる感触。
視線が急激にぶれる。縦に伸びる。
いや、―――空中にに吊り上げられたのだと気付く。
足が宙に浮き、何か―――いや、これは、木のツタ?
ツタが私の体を空中に固定させる。
両手を後ろに回され、足を固定され……
「う。動けない―――!!」
「うん。もういいかな。」
「ね、猫!?」
「いいざま、だよ。私の勝ち、だね。」
「こ、こんなツタなんか……ぬ、むうぅぅぅううう!!!」
力を入れ、ツタを千切ろうとするも。
「無駄ですよ。ソレ、引きちぎるなら筋力(STR)が恐ろしい値必要になりますし。」
スライムはしばらく力んでいたが、
「む、むりぃー。ちくしょお……」
その言葉と共に、へにゃっ、と力を抜いた。
(くそ……こうなったら……)
縛られ、後ろに回された手で、わたしは腰の道具袋を漁る。
(気は進まないけど。アイツに連絡をー)
「はいそこまで。怪しい真似は無しです。」
手首を、更にきつく縛られる。
「いたいたったたた、分かった、分かったから!」
「どうだか。それにしても苦しい戦いだった。うん。君も強かったけど、そ、れ、以上に!僕が強かったから勝てたんダ、ヨ、ネー!!」
「うわでたウッザイやつー」
「何とでも言いたまえ!いやー……まったく以って勝利の風景。壮観d」
―――ぷるん―――
「 」
「そりゃ、ワタシの負けだけどさ、」
会話で揺れる。
「もうちょっと敗者に対する気づかいってものを…」
呼吸で揺れる。
――ぷるん、ぼよん―――
「?どうしたのさ猫。」
「 う あ ああ 」
絶句。ただ、ひたすらに、絶句……ッ!!
縛られたことにより更に強調される。
持つ物と持たざる者の違いっ…!!
「 」
「………あれ、猫?」
「――― 揺れる双球、豊かな山脈……このやろう。」
「え?」
「……まったく、以って、ムカつく眺めだ……ッ!!!!(血涙」
「?何泣いて―――って涙真っ赤!?え、血涙!?なんで!?」
「うるさいッッ!!!!おまえなんか、おまえなんか、お前、なんか」
「え、ちょ、猫!?どうした―――」
私の言葉を聞かずに、始まった、それに。
鮮烈な、『銀』に。
「死んで、しまえ。」
その言葉と共に。見えたのは、
「あなたは、そこから、逃げられない、いや、ちがう……」
彼女の自分の身体を掻き抱く様な動き。
その指から繋がる幾本もの鋼糸。
それが迫りくる、銀色の世界。
それと。
『逃がさない。』
空中に浮かぶ―――数え切れない程の、射出装置に設置された。
幾本もの、ナイフ、ナイフ、ナイフ……!!
ガシュン!!
「ご…っ!!」
ワイヤーが身体に巻きつき、肺の中の空気を追い出すほどに締め上げられる。
『《【磔刑】串刺し薔薇人形》!!』
そして、ナイフが、暴力的な、銀の煌きを。
見せ、ながら、私のほうに。
『貴女の鮮血が、薔薇を染めるんだ。』
せまる、ところまで、み えて い た―――。