セクション02:運命の出会い
スルーズ空軍航空学園。
それは、スルーズ空軍のパイロットなどを養成する専門学校だ。その中でも戦闘機パイロットを養成する『戦闘機科』があるファインズ分校は、特に人気とレベルが高いセクションだ。
この学園の一番の特徴は、中高一貫校である事だ。
パイロットの養成には長い時間を必要とする。一人前になるには少なくとも6年はかかってしまう。
その分早い段階から始めれば現役で長く活躍できるようになるという事で、この学園は中学生の段階から飛行訓練を実習という形で行っている。
入学すればもちろん軍属扱いになるが、『少年兵・少女兵』ではなくあくまで『実習生』として扱われ、卒業して初めて階級が与えられ軍に正式配属されるシステムになっているのだ。
17歳の日本人ガイ・ハヤカワもまた、その生徒の1人である。
スルーズに落ち着くまで、親の都合で海外を転々としていた彼は、親に振り回される生活に嫌気がさして家族の元を飛び出し、スルーズ空軍航空学園の門を叩いた。
まだ日本にいた日に抱いた、『イーグルに乗って、かっこよく飛び回りたい』という自らの夢を叶えるために。
こうして学園で『ツルギ』という名を授かったガイは、自らの夢を活力にして数々の厳しい実習に挑んだ。
その甲斐あって、ツルギは史上初の日本人候補生でありながら最強・最優秀な候補生と言われるほどまで実力をめきめきと伸ばしていった。
だが、夢が叶うあと一歩の所で、それを容赦なく打ち砕く出来事が起きた。
去年起こしてしまった、墜落事故である。
これによって、パートナーだった先輩は死亡。ツルギは生き延びた代償に下半身の自由を奪われ、操縦能力を失った。
加えて、原因は『管制塔に警告されるまで危険に気付かなかったツルギの人的ミス』、つまりツルギの責任として処理されたため、多くの仲間達から悪者扱いされてしまった。
それは、自分の考えが思い上がりだったと気付かせるのに十分だった。
空は、思っていたよりも危険な世界。
ほんの些細なミスやトラブルがあっただけで、すぐに落ちてしまう綱渡りの世界。
それをツルギは、身を持って思い知らされたのだ。
空への憧れは恐怖へと変わり、悪夢となって毎晩ツルギに襲いかかった。
これから一生付き合っていかなくてはならない不随の下半身を見る度、ツルギは後悔する。
なぜ、自分だけ助かったのだろうか。
あの時、自分も一緒に死んでいれば、こんな苦しみも味わわずに済んだのに。
いや、そもそも自分はここに来るべきではなかったのだ。
自分は信じた道を進んだつもりで、間違った道を進んでしまったのだ。
これはきっと、空の危険を知らずに飛んでしまった罰なのだ。
あの日抱いた夢は、あまりにも浅はかすぎたのだ――
リハビリに明け暮れる中、いつしかツルギの心から夢は消え去り、代わりに後悔ばかりするになっていた。
その後、進路に関しては全く決めていない。夢という道しるべを失った今、どうしたらいいのかわからないのが本音だった。障害者となった今、できる事は限られている。
そして、答えを得られないまま、時間切れになってしまった。
結局、一度踏み外してしまった道を戻る事はできなかったのだ。
それでも、空で飛行機が飛んでいるのを見ると、思わずにはいられない。
また飛びたい、自分の力であの空に戻りたい、と――
* * *
「おーい、ツルギーッ!」
突然誰かに名前を呼ばれた事に驚き、ツルギは我に返った。
すぐに声のした方向を探す。声の主はすぐに見つかった。
「あはっ、やっぱりツルギだね! あたし待ってたんだよ!」
嬉しそうに駆け寄ってくる、1人の少女。
ツルギと同じ制服に身を包んでいるが、セミロングにした茶髪には青いメッシュが何本か入っていた。普通の学生なら絶対しない格好だが、ツルギには不思議と似合って見えた。
彼女は、おもむろにツルギに顔を近づけた。その表情は、まるで真昼の太陽のように明るい。
(か、かわいい……)
まじまじとツルギの顔を観察する少女の表情に、自然と胸が高鳴る。
「うん、写真で見た通りだね。ファイターパイロットらしいイカした顔。でも目が死んじゃってる……」
どこか残念そうにつぶやく少女。
イカした顔、とストレートに言われた事で、さらに心拍数が早まる。
「き、君は、誰……? どうして、僕の事を――?」
恐る恐る尋ねるツルギ。
すると少女は、あっそうだ、と気付いて顔を離した。
そして、制服の上からでもわかるほど大きく膨らんだ胸を親指で指し、にこりと微笑み自信満々に名乗った。
「あたしはストーム! ツルギと同じパイロット学部戦闘機科の4-Aクラス! 人呼んで『学園の青い嵐』!」
「学園の青い嵐……?」
ツルギは、ストームというらしい少女が名乗った意味のわからない異名に首を傾げつつも、親指で指した胸にあるバッジに目が行った。
翼を広げた鳥を模した金色のバッジは、かつてツルギも持っていたパイロット資格の証、ウィングマークだ。
パイロット学部の生徒だという事は本当なんだな、と理解しつつ、聞いてみる。
「……で、用件は何?」
「用件も何も、あたしはツルギを迎えに来たんだよ!」
「迎えに……?」
「さ、早く教室に行かないと!」
すると、ストームはいきなりツルギの背後に回り、車いすのハンドルを握った。
「あっ、ちょっと――」
「レディ、セット、ゴーッ!」
途端、車いすが徒競走のスタートダッシュのごとく加速し始めた。
「わわわわわ! 待て待て待て待て待て!」
思わず声を上げてしまうツルギ。もちろん、生身で走るほどの速度を車いすで出した事などない。
それを他人に押されて出されているのだから、怖くないはずがない。
「やめろやめろやめろ! 壊れる壊れる壊れる!」
車いすが壊れるんじゃないかと思うほどの風圧を顔に受ける。
それでもストームは速度を緩めない。あっという間に正門を通り過ぎる。慌てているというよりは早く行きたいという気持ちで走っているようだ。
そんな時。
「――あっ!」
一瞬揺れたと思うと、背後から押される感覚がなくなった。
振り向くと、アスファルトにうつぶせに倒れているストームの姿が見えた。勢いあまって転んでしまったようだ。
「ストーム!?」
すぐに止まろうと顔を戻した矢先。
車いすが進む先に、旗を掲げているポールが立ちはだかっているのが見えた。
「うわ――っ!」
すぐにブレーキレバーをいっぱいにかける。
車いすのものとは思えぬ甲高いブレーキ音が響き渡った。
減速しつつも、なお迫りくる電柱。
反動で体が前に倒れそうになる。こらえられない――!
ゆっくりながらぶつかりそうになったポールを腕で支えにした事で倒れるのを防ぎ、同時に車いすを止める事ができた。
「ふう、止まったあ……」
安心して一息つくと、ツルギは背もたれに背中を預けてから、転んだストームの所へ戻る。
彼女はゆっくりと立ち上がり、足元を何度も払っていた。
「だ、大丈夫か?」
「平気平気、慣れてるから……」
「はあ、あんな風に押すからそんな風になるんだ――」
言いかけた所で、ツルギはストームの足元に、銀色に光る何かが落ちているのに気付いた。
「ストーム、ちょっと」
ツルギはすぐにマジックハンドを取り出し、それを拾う。
観察してみると、首から下げるチェーンが付いているが、名前が書かれた認識票ではない。丸い網に鳥の羽が2つ付いた、アクセサリーだった。
「これ、君の?」
「あっ! それあたしのドリームキャッチャー!」
ストームはそれを見るや否や、声を上げ、手に取った。
「よかったあ、これ大事なものなんだ。ありがとツルギ!」
ストームは大事そうにドリームキャッチャーを眺めてから首にかけ、ツルギに笑みを見せた。
「そ、それは、どうも……」
たったそれだけの事なのに、なぜか照れくさくて顔を逸らしてしまったツルギであった。