セクション03:パーソナルマーク
実習終了後、ストームは、当然の事ながらファングに怒られた。
「海軍のセネット基地から苦情の電話が来たぞ。実習の合間に禁止されているアクロバットを行って失敗し、危うく空中衝突しかけたとはどういう事だ! そんな事で事故になっても、責任は取れないぞ! ツルギもツルギだ! なぜ危険なアクロバットをしようとするストームを止めなかった! 空で止められるのは後ろにいるお前しかいないんだぞ!」
罰として2人で腕立て伏せをさせられ、ただでさえフライトで疲れた体をさらに酷使する羽目になったツルギは、部屋に戻るや否やすぐに居間のテーブルに身を預けた。
そんなツルギに対し、ストームはというと。
「よーし、できた!」
「見せて見せて! うわー、すごいママ! あたしこれ気に入った!」
一緒にやってきたゼノビアが見せたスケッチブックの絵を見て、目を輝かせていた。
その表情には、相変わらず疲れが全く見えない。反省しているようにも見えない。
「ねえ、ツルギも見てよ! ママがデザインしたマーク!」
そして、手にしたおもちゃを自慢する子供のように、ツルギにも絵を見せる。
ちらり、とそれを見た途端、ツルギは息を呑んだ。
描かれていたものが、自分とストームにとって縁のあるものだったからだ。
「どうツルギ? 我が娘・息子達のために描いた力作は」
ゼノビアが感想を催促する。
鉛筆で描かれていたマークのラフ画には、中心にドリームキャッチャーが描かれており、形はストームが持つものと同じだ。下の部分には、筆記体で『WE HAVE CONTROL!』と書かれている。
その出来は、まるでプロがデザインしたと見間違えるほどのものだった。これだけの絵が描けるなら『イラストレーター』を自称するのも納得だと、ツルギはいつも思う。
「このドリームキャッチャー、もしかしてストームの――?」
「そう! あたしがドリームキャッチャーの絵にしてって頼んだの! どうせなら縁起のいい名前にした方がいいでしょ?」
「で、この名前は?」
「あたし達が一心同体になって操縦するって意味を込めて付けたの! 2人乗りだと操縦を渡す時に『ユー・ハブ・コントロール』『アイ・ハブ・コントロール』って言うでしょ? だからそれにちなんで、『ウィ・ハブ・コントロール号』!」
ストームは不意に立ち上がり、スケッチブックを掲げながら言った。
「それ、恥ずかしいからやめてくれないかな……?」
ツルギはそれだけ言って、再び顔を伏せた。
自分がストームと知り合うきっかけになったアイテムをパーソナルマークとして描き、しかもあの一心同体という発言を体現した名前を付けた機体に乗る事を想像すると、恥ずかしくて乗りたくなくなってしまう。
そもそも自分は、そんな機体に乗るにふさわしいのだろうか、とも――
「え、もしかしてこの絵が気に入らなかったの?」
「そんな事はないです、ゼノビアさんの絵はいつもうまいです」
「じゃあ、ツルギはどんなのがいいの?」
「……特に何も」
かと言って、別の案がある訳でもなく、ツルギはゼノビアの問いにそれだけ答える。
そもそもツルギは、見た目にこだわるという考え方があまりない。委員長専用機故のパーソナルマークのデザインは、正直に言えばどうでもいい事だった。あまりに恥ずかしいマークを描かれるのはさすがに問題だが。
「ツルギ、どうしたの? 何だか元気がないけど……?」
「疲れてるんだから、元気ないのも当然だよ。大体ストーム、あんなに張り切りすぎて事故起こしかけたって言うのに、どうしてへらへらしてられるんだよ……?」
ストームの問いにやはり顔を上げずに答えると。
「……肉体的なものだけではなさそうね、我が息子よ。さてはファング教官にこっぴどく叱られたとか?」
ゼノビアの問いが図星だったので、思わず顔を上げてしまった。
「い、いえ、そんな事は――」
「人間誰しも叱られて育つものだからクヨクヨしちゃダメ、我が息子よ。叱るっていうのはね、愛のムチなの。叱る人の愛がなかったら、叱られる事なんてできないんだから」
隣にやってきたゼノビアの手が、優しくツルギの頭をなでる。
「それにママはね、ただ2人が無事に帰ってきてくれただけで嬉しいんだよ」
その言葉で、ツルギの脳裏にあの過去がよみがえる。
自分の操縦ミスにより、先輩であるビーグルを失ったあの事故。
彼の死に、当時も機付長を務めていたゼノビアは悲しんでいた。棺が墓に埋められた時、ツルギに男の子なんだから泣いちゃダメよ、と言いつつも自身は涙を隠しきれず号泣していたほどに。
自分がその悲しみを繰り返そうとしていたと思うと、罪悪感で胸が満ち溢れてくる。
「……叱られてばかりで成長しないっていうのは問題だと思いますけどね」
ツルギが顔を上げると、ゼノビアの手が自然と離れた。
車いすをテーブルから離し、方向を玄関へと向ける。
「あれ? ちょっと、どこ行くの?」
「少し、1人にさせてくれないか」
ストームの呼びかけにそれだけ答え、ツルギはドアを開けて玄関を出た。
そして、ドアを閉める。
まさかストームが追いかけてくるんじゃないかと少し思っていたが、意外にもドアが再び開かれる気配はなかった。
やっと1人になれた。
はあ、とツルギは大きなため息を吐く。
1人になったのは久しぶりだ。思えば、自分が行動する場所には必ずストームがいたのだ。異性と共に過ごす緊張感から、やっと解放された。
車いすを進める。
とりあえずどこに行こうか、なるべくならストームが行かなさそうな場所がいいな、とツルギは考える。
すると。
「そ、側に来るな!」
突然、男子生徒の集団が声を上げて階段から飛び出してきた。
「お前のチーム、今日もリーダー機が事故を起こしかけたんだろ!」
「俺達にまで不幸を移すな! 消えろ『悪魔の子』!」
男子生徒達は階段の向こう側に向けて罵倒すると、一目散に駆け出し、ツルギの横を通り過ぎていった。
一旦何なんだ、とその背中を見つつ思っていると。
「あ、ツルギ君」
聞き慣れた声がして、ツルギは顔を戻した。
階段の先には、いつの間にかラームの姿があった。どこか緊張した様子で、ツルギを見つめている。
「ラーム」
「あの――今、時間ある?」
「え? まあ、あるけど……?」
突然の問いが何を意味するのか、ツルギにはまだわからなかった。