セクション13:風呂場で……
かくして入学式は終わり、新たな学園生活の幕が上がった。
しかし、ツルギにとっては忙しい1日だった。
何せ、突然現れた少女にいろいろと振り回されてばかりだったのだ。地上でも、空の上でも。
息つく暇もなく振り回され続けた1日。こんな学校生活は、生まれて初めてだった。
1年ぶりに戻った生徒寮で、まずゆっくり休みたいと考えたのは、自然な流れであった。
(今日はいろいろと大変だったからな。ちゃんと疲れを取っておかないと――)
そう思いながらあらかじめ用意されていた入浴用の車いすに乗り換え、汗にまみれた服を脱ぎ、浴室に入った。
「その車いす、お風呂用のものだったんだ」
「ああ、やっぱりこれがないと風呂なんて入れないから――」
出迎えの言葉に何気なく答えかけてから、ツルギは異変に気付いた。
「って、え!?」
すぐ隣にあるバスタブを見てみる。
誰もいないはずの浴槽に、人が入っている。
空のはずの浴槽は、白い泡で満たされている。
泡に浸かっているのは、青いメッシュが入った栗色の髪を持つ少女。ヨーロッパ人らしくよく発育した胸元が、泡の中から僅かに見える。
そんなあられもない状態であるにも関わらず、泡まみれの手を軽く振りながら微笑んでいる。
「お風呂の時も車いす使うんだね。あたし安心した」
それは紛れもなく、ここに来ていないはずのストームだった――
「ス、ス、ス、ストーム!? な、な、な、なんでここにいるんだ!?」
一瞬で顔が熱されたツルギは、思わず両手で目を隠し叫んでしまった。
「だって、ツルギが入っている時にもしもの事があったら大変だなって考えたら、一緒にいた方がいいって――」
「そ、そ、そ、そんなの、余計なお世話だっ! 大体、い、一緒に入るなんて、恥ずかしく、ないのか……?」
そんな事を言いつつも、指の間からストームの入浴姿を覗き見ようとしている自分がいる事に気付き、目を強く閉じた。
「泡で隠れるから平気だよ。もしかして、あたしと一緒に入りたいの?」
「ち、ち、ち、違う! そんなつもりは、断じてない! と、と、と、とにかく、ストームが上がるまで待つから!」
ツルギは慌てて車いすを後進させ、浴室を出てから扉を閉めた。
ツルギを呼ぶストームの声が聞こえたが、構わず無視。
そこでようやく目を開け、熱暴走寸前の心臓を落ち着かせつつ、一度脱いだ服を取る。
「そ、そうか、相部屋になるって事、すっかり忘れてた……」
Aクラスの寮では、コンビを組んだA組の生徒は同室になる、というルールがある。2人で1機の戦闘機を操縦するためのチームワークを養う事が目的らしい。
そのため、この部屋も含むこの寮の部屋は全て2人部屋で、居間の奥には2つの寝室が用意されているのだ。
つまり、ストームと相部屋になってしまうという事実を、ツルギはすっかり失念していた。
「これからずっと、ストームと一緒なのか……」
今日会ったばかりの異性と、これから毎日同じ屋根の下で過ごす事になるのだ。
果たして、気を休める暇があるのだろうか。
そもそも、いくらルールとはいえ、こんな倫理的によくない状況を許した学園にも何か問題があるのではなかろうか、とツルギは思わずにはいられなかった。
「にしても、泡風呂なんて変わった趣味持ってるんだなストーム――」
ふとそんな事を口走った事に気付いたツルギは、途端に恥ずかしくなって「な、何考えてるんだ僕!」と自分を叱る。
それでもしばらくの間、ストームの入浴姿を脳裏から消し去る事ができなかった。
フライト1:終