栄養ドリンク男・緊張男
「佐々木和です!よろしくお願いします!」
先輩の友達が待っているというラーメン屋に来た俺は、今まさに自己紹介をしていた。
「よ、よろしく」
ドン引きされてるし・・・
そりゃあんな大声で挨拶したら誰でも引くよなぁ。
でもこれは先輩が悪いんだ。
そうだ。こんな形で俺とあの人・高倉さんを合わせるから悪いんだ!
この会社に勤め始めて少し経った頃。
俺は先輩に「お前はもっと本を読め!読解力がなさすぎる!」と言われ、近くの書店に来ていた。
本を読めと言われたものの、どれを読めばいいのかわからない。
それ以前に書店に来るのが初めてだった。
どうせ選ぶなら面白い本がいいんだろうけど、どの本が面白いのかよくわからない。
あれ?面白いってなんだ?本を全然読んだことがない俺でも面白い本ってなんだ?
抜け出せない迷路にいるような感覚だった。
その時。
「何かお困りですか?」
ふいに横から声をかけられた。
店員が困っていた俺を見かねて声をかけてくれたみたいだ。
「あ。ちょっと読みたい本がなくて」
店員の顔もろくに見ずに話した。
「そうですか。普段どんな本をお読みになるんですか?」
「実はあんまり本は読んだことがなくて・・・」
「そうですか・・・」
こんな人が来たら店員も困るよなーと思っていた。
「じゃあ私のおすすめとかあるんですけどどうですか?」
は?と思って顔を上げて店員を見た。
女神だった。満面の笑みで微笑む彼女を見た瞬間、胸が締め付けられたのがわかった。
しかしここは公共の場。
心の中で悶える自分を必死に押さえつけながら表情を保った。
「おすすめですか?」
「はい。読む本に困ったときは人のおすすめを読んでみるのもいいですよ」
「じゃあそれ読んでみます」
「ありがとうございます。ではこちらへどうぞ」
彼女に付いていく俺。
そのおすすめの本がある棚まで来ると彼女は言った。
「なんかぼんやりとこんなのがいいなぁとかってありました?」
「いえ。面白いのをって探してたらよくわからなくなっちゃって」
「そーゆーときありますよねー。あ、これです」
「『正直者の目』って推理小説ですか?」
「はい。シリーズものの第一作目なんですけど、主人公の探偵がすごい万能で面白いですよ」
面白いって十人十色だよなぁ。
「あ、でもその特技の使い方が色々と間違っていて『そこでそれ!?』って感じが笑えます」
笑えるのか。なんか面白そうだから買ってみるか。
この店員さんがおすすめするんだから間違いはないだろう。
かわいいし。
「じゃあこれ買ってみます」
「ありがとうございます」
これから俺はこの書店に行くようになった。
雨の日も風の日も買うものがある日もない日、ただ影からあの人を見ているのが楽しかった。
我ながら不純な動機ではあるが、仕方がなかったのだ。
あの人を見ているだけで幸せだったのだから。
ある日先輩と居酒屋で飲んでいたときに、うっかりこの話をしてしまったのだ。
自分のバカヤロー!
そして今に至る。
緊張しすぎて自己紹介が悲惨になってしまってももう取り返しがつかない。
第一印象悪すぎだろうなぁ・・・
ってゆーか先輩の知り合いだったなんて。
「これ。言われてたやつな。買いに行くの恥ずかしかったんだからな」
「おぉ!ついに私の手元に零様がキターー!」
先輩がプレゼントを渡すと袋から出して友達は叫んだ。
「落ち着け。悪いな、和。こいつがさっき言ってた友達の山田佳子」
「山田?妹さんですか?」
「大学の同期。山田なんてよくある苗字だろ」
「私と五郎は苗字が同じだから仲良くなったんだよね?」
「まぁそんなところだな。よく家族に間違えられたよな」
「あったあった。一時期、『双子ですけどなにか?』って流行ったよね!」
「懐かしいなー」
「ねぇ佳子。ラーメン食べようよ」
思い出話に花を咲かせている二人の間に高倉さんが割って入った。
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では次回もお楽しみください。




