あたしをそろばんずくにして
「暑くない?」
ご機嫌な春樹は、信号待ちの車内で右腕を窓枠にかけながら、恵美莉に訊いた。
「暑いよ」
今日は大学はお休み。初夏のさわやかな風を頬に受けながら、二人は春樹の新車でドライブを楽しんでいるのだが、直射日光をもろに受けている恵美莉の機嫌はあまりよくない。
「エアコン入れようか?」
「・・・ガソリンもったいないんでしょ」
恵美莉は足を組んで、少し不貞腐れたように言った。
「じゃ、ちょっとだけ冷房かけよう」
「いいって! 我慢するから」
二人はエアコンを我慢すれば、燃費が少し良くなるはずだと思っているのだ。春樹の実家は結構な土地持ちで、お金に不自由はなさそうだったが、春樹自身の財布事情はそんなにいいほうではなかった。
「でも、どのくらいガソリン代が節約できるのかしら」
「まだよく分からない。もともと燃費がいい車だから」
「じゃ、我慢する意味ないじゃん」
「いや、頑張る意味はあるだろ」
「燃費の悪い車で節約できてたら、比較的実感しやすいけど、この車だったら、ほんの何円とかじゃない?」
「・・・そうかもな」
「(せっかくの初ドライブ、もっと楽しみたいのに・・・)やっぱりそんな節約やめようよ」
「だな。面倒だな」
「そうよ。せこいせこい」
「真夏になってもエアコンかけない気でいたよ」
「ば、馬鹿じゃない?(笑)」
春樹は軽自動車を買っていた。一応、残価設定型の60回ローンで買った新車である。残価設定型というのは、60分割での支払い完了後に、つまり5年後になるのだが、その車を下取りしてもらう約束で、その下取り額まで50%値引きして組まれた、一見お得そうなローンのことである。もし、その時にそのまま乗り続けたければ、買い取ればいいし、新車に乗り換えたければ、新たにローンで買えばよさそうにも思える・・・・・・しかし、今はとにかく、恵美莉を乗せたかっただけなのだ。
「通学に自転車買うって、言ってなかったっけ?」
「20万のロードバイクでローンしても、毎月の支払いは同じくらいだし」
「総額の問題よ。何倍の期間払うのよ」
「あっという間だよ!」
春樹は見通しのいい直線道路で、ググっとアクセルを踏んだ。ちょっとカッコつけてみた。
「ねえ、そんなに飛ばさなくってもいいよ(・・・イキりたがりなんだから、ホントかわいいわね)」
「これが気持ちいいんじゃないか」
「ポリさんに掴まったら、罰金高いのよ。それに事故ったらもっと高くつくわよ」
「そりゃそうだな。やめとこう」
春樹がスピードを落とした直後の交差点の歩道脇に、白バイが隠れているのが見えた。
「あぶねぇ、あぶねぇ」
「ちゃんと考えないと。ローンはあと5年もあるんでしょ(長いローンだわ・・・)」
「ああ」
「それまでに利息だけでいくら払う計算になるの?」
「・・・知らないな」
「お得なように見えて、ものすごく高くなってんじゃない? 利息(・・・計算してないの?)」
「そうかな? 利率も低いし、総額の半分のローンだから、安いと思うけどな」
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「・・・考えてみたら、買うほうにお得なローンってあるのかな?」
「どう考えても半分でいいんだから、お得だろう」
「じゃ、誰が儲かるのよ」
「車のローンって、自動車メーカーがローン会社を作ってやってるから、効率がいいんだよ」
「ふーん。買ってもらうために安いローン組ませてるのか(それならちょっと安心かも)」
「5年も乗れたら十分だし、そのあとも新車、また安くローンすればいいし」
「ふむ。“そろばんずく”ってわけ? でもその時、下取りしてもらうのに、車がボロボロだったらどうなるの?」
「そうなってたら、追加で払わないといけないんだ」
「え? やっぱりなんだかんだで、その時にお金かかるんじゃない?」
恵美莉は、シートに背中を押しつけて、少し背伸びしながら言った。
「そうならないように大事に乗るから」
(本当に払えるのかな? あたしが肩代わりしちゃいそうで心配になるわ・・・)
「そのスイッチ何?」
恵美莉は、ハンドルの奥に付いているレバーを見ながら訊いた。
「どれ?」
「その棒に付いてるやつ」
春樹は運転しながら、頭を下げてハンドルの奥を覗いてみたが、よく見えない。
「あ、前見てて・・・これよ、これこれ」
恵美莉は指を伸ばして、ちょんちょんとそのスイッチを触った。
「あぶね。触んなよ」
「押してないからいいでしょ」
「押すのかと思って、びっくりするだろ」
「押すわけないじゃん。あたしがそれ押すほど馬鹿だとでも思ってんの?」
「自爆スイッチだったらどうするんだ?」
「バカ・・・」
「・・・あ、これか? まだ何か知らない」
「知らなくても運転できるんだ」
「そうだよ。そのモニターの機能だって、何が何だか全然わからない」
「カーナビでしょ?」
「ナビだけじゃなくって、音楽とかテレビとか全部タッチパネルで操作するんだ。音声認識のやつはものすごく高くて、これも18万もしたのに、設定が多すぎてまだ完全に終わってないんだ」
「いっ?・・・(こんなのが18万もするの? 大型テレビより高いじゃん)」
「触ってもいいよ」
「自爆スイッチはどれかな?(笑)」
恵美莉は、タッチパネルを触りだしたが、テキパキと意外に早く操作する。
「そんなんで分かるのか?」
春樹はチラチラっと、横目で見ながら運転している。
「スマホと一緒じゃん。見た目で大体わかるよ」
テレビを起動してみた。
「途切れ途切れの音しか聞こえない」
「走行中、画面は点かないんだよ」
「そうね。意味ないわね」
「野球とかだったら音だけでも十分わかるよ」
「バラエティとかドラマは無理ね」
「音楽番組なら大丈夫」
「それなら、テレビじゃなくって音楽かけるわ」
「そうだよな」
「このテレビ要らないな」
(なんか物足りないや。やっぱり軽自動車だからかな? 春樹君にはうれしい装備みたいだけど、もっといい車に載せてくれる人いるし、いいか。・・・内緒だけど)
恵美莉は狭い車内で、足を組み直した。
「総額で230万円くらいなんでしょ」
「ああ」
「結構するよね。軽でも」
「オプションには拘りたいからな。LEDのテールランプに、車内メーターもブルーのLEDにしたし」
「LEDばっかじゃん(まったく、男の子って・・・)」
「ふふ、気づいてるかもしれないけど、白ナンバーも付けたんだ」
「白? どういう意味?」
「軽自動車って黄色ナンバーだろ。普通」
「そういえばそうね」
「最近白ナンバーも付けられるんだよ。お金要るけど」
「それって、何か意味あんの? 金額は訊かないけど」
「大丈夫だよ。このローンにしちゃえば、仮に10万上がっても月々の返済額は、ほとんど変わらなかったんだ。だからこれも“そろばんずく”ってわけ」
「本当に? じゃ他にも何か付けたの?」
「安全性能にもオプション付けたよ。自動ブレーキかかるし」
「春樹君には必要な機能だわ。誰かが止めてあげないとダメそうだから」
「なん!? 恵美莉のためだよ。気が利くだろ」
「優しい。ありがとう。(ああ、無駄なお金のほうが気になる・・・)でも安全運転してよ」
(春樹君、ずっとニコニコしてる。この車買って本当に嬉しそうなんだから)
「中古だとそんな機能付いてるの、まだないからね」
「でもさあ、中古で200万も出したら、結構大きい車に乗れるのに」
春樹の身長は167センチだが、恵美莉は172センチあった。この5センチの背丈の差は、軽自動車のシートでは意外に顕著に違いがわかる。
「新車じゃないと気持ち悪いでしょうが」
「ちゃんと洗って消毒されてたら、別に気にならないけどな」
「お前が嫌がるかと思ったのに」
「そんなこと言ってたら、バスやタクシーに乗れないよ」
「それとは違うよ」
「もっと乗り心地のいい車は考えなかったの?」
「そんな違いなんか分かんないだろ。大きい車は、壊れたら修理代もかかるし」
「大事に乗るんじゃなかった?」
(絶対、もっと大きい車のほうがカッコいいと思うのに、春樹君のセンス違うな)
「バイト代、6万くらいなのに、ほんとに払える? 自転車のほうがよかったんじゃない?」
恵美莉はスマホで何やら調べ始めた。
「残価設定型ローンの罠・・・」
「何それ?」
「・・・さあ。・・・半額のローンに見えて、えっ! 利息計算だけは全額にかかってるんですって!」
「半額分の利息じゃないの?」
「てことは、利率が低くても利息支払い額は倍ってことじゃない?」
「うそ?」
「・・・そもそも、5年も乗って、新車同様じゃないと、最初に設定した下取り額にはならないようよ」
「新車同様って、そんな厳しい条件だったかな?」
「匂いもNGだって・・・だから、ほとんどの人が5年後に買い取れない上に、向こうの言い値で下取られるんだって」
「買取りでローンを継続できるだろ」
「うん。・・・その分の利息はもう払い終わってるはずなのに、追加でローンすると、その場合の利率は大幅にアップさせられるそうよ」
「まじか? 二重払いじゃないか。じゃ他の店で下取ってもらうよ」
「・・・それはできない! 車検証の所有者が販売会社にされてるから、その店以外には勝手に売れないみたい。これじゃマイカーって呼べないわね」
「追加額が払えない場合は、どうすんだよ?」
「・・・だからまた、次の車にその追加額を足して、同じローンを組むしかないみたい」
「永遠にそんなローンが組まされるのか!?」
「うーん。さすがに売る側のほうが、“そろばんずく”だったわけよ」
「・・・・・・」
「結局は軽自動車なのに、普通車並みの値段で他人名義のローンを払ってあげてるってことじゃん」
恵美莉は、横目で春樹を見た。悔しそうな顔をしている。
(ほらー。よく考えないでこんなの買うから・・・)
「よし! 焼肉食べに行こう」
「な、なんで?」
「贅沢しようぜ」
「ムリムリムリムリ。本気で節約しないと」
「恵美莉のためにお金を使うことにする!」
「ダメダメダメダメ。やっぱり、よく考えてからお金使ってよ」
「お前にかけるお金だったら平気だよ」
(♡春樹君・・・)思わず目がハートになる恵美莉だったが。
「イヤイヤイヤイヤ。それは嬉しいけど、ちゃんと計画してから行動しようね」
「まあ何とかなるだろ」
(結構、お坊ちゃん感覚なのね。・・・よ~し)
「もし、返済が苦しくなったらあたしに言ってね。あたしもバイト頑張るから」
「恵美ちゃん。優しい!」
(へへへ、もしもの時は、きっと実家に頼るだろうから、あたしは安全だろうけど)
「そん時はよろしくな」
(へ? 本気であたしに頼る気? 計画どころか、行き当たりばったり!)
「・・・春樹君、ホントに“そろばんずく”って言葉知ってる?」
(あたしのことくらいは、計算して扱ってよね!!!)
おわり




