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私、婚約破棄を回避するために、キスすることに決めました!

作者: 都宮 アキ
掲載日:2026/07/15

ラブコメディです! 楽しんでもらえたら嬉しいです!

 ナディア・フェザーストーン侯爵令嬢は自室で悩んでいた。

 曰く、



(――最近、ギルバート様に避けられてる気がする……)


 と。


 ギルバートとはウェストクラフト侯爵家の三男で、ナディアの婚約者だ。


 ナディアは頬杖をつきながら窓の外の夜空の星を見上げ溜息をついた。



(お茶のお誘いはないし、学園内で顔を合わせてもすぐに顔を逸らされてしまう……極めつけは、私の誕生日パーティーを欠席されたこと……。……そういう記念日はいつも大切にしてくれる方なのに……)



 ギルバートは騎士候補生だ。

 堅物で寡黙だが、義理堅く情に深い人物だ。


 毎年誕生日にはナディアが恐縮してしまうくらいのプレゼントを贈ってきた。


 それが今年は欠席を告げる一通の手紙のみ。



(もしかして、私、嫌われた!? まさか、婚約破棄を考えてらっしゃるとか??)



 ギルバートは女性に人気がある。

 騎士候補生同士の模擬試合の日にはギルバートに黄色い声援が飛ぶ。


 もしかすると、ナディアの知らないところでギルバートは別の愛する女性を見つけてしまったのかもしれない。


 悶々とするナディア。


 悩んで、悩んで、悩んで――そして、出した結論は、



(このまま悩んでいても仕方が無いわ……よし! 直接ギルバート様に聞いてみましょう!!)



 ナディアは勢いよく椅子から立ち上がり、拳を天井に向かって突き出すのだった。






 ――翌日、貴族学園内。



(あっ、いた!)



 ナディアは騎士クラスまで行き、ギルバートの姿を探すとあっさりと見つけた。

 遠目から見る分にはギルバートの近くに女性の姿は見えない。


 ナディアはギルバートに見つからないように扉の陰に隠れた。

 そして、ギルバートが教室から出てきた瞬間に声を掛けた。



「あの、ギルバート様っ!」

「えっ!? ナディア嬢?」



 ナディアが声を掛けると、ギルバートは肩をビクつかせ、ナディアを振り返った。

 いつものナディアを見る表情とは違い、どこか固い。


 ナディアは少し恐ろしくなったが、勇気を振り絞って口を開いた。



「……少しお話いいですか?」

「その……今は時間が無くて……またあとでにしてもらえないか……?」

「そんなことおっしゃらないでっ! 本当に少しのお時間でいいんですっ!!」

「っ!!」



 ナディアはギルバートに手を伸ばす。

 だが、ギルバートは驚いたような表情で一歩身を引いた。


 その姿にナディアはもう見込みがないのだと感じた。


 ナディアの胸が締め付けられる。

 目頭が熱くなってきた。



「…………やはり、私は嫌われたのですね」



 ぽろり、とナディアの目尻から涙が零れ落ちた。

 いけないと思いながらもナディアはぽろぽろと教室前で泣いてしまう。


 それにギルバートが慌てた。



「違うッ! 俺が貴女を嫌うはずがないッ!!」

「でも! ギルバート様は私の目を見てもくださらない!!」

「それは……っ」

「他に好きな方ができたのでしょうっ!? そうなんでしょう!!」

「誤解だ! これは、――呪いのせいなんだッ!!」



 ギルバートの言葉に、ナディアは虚を突かれ、涙も引っ込んだ。

 そんなナディアにギルバートは視線を逸らしながらも真剣な顔をする。



「……はい? 呪い?」



 ナディアはそう呟きながら首を傾げたのだった。







「――君も『迷惑魔女のシャーロット』は知っているだろう?」



 ナディアとギルバートは空き教室へと移動した。

 ギルバートとナディアの間には机が三つある。


 ナディアはギルバートの問い掛けに頷いた。



「ええ、東の森にいる魔女ですよね? 度々騒ぎを起こしている……」

「そうだ。実はこの間、訓練で校外へ出たときにその魔女に出会ってな……それで、なんだ、その、」



 ギルバートは言葉を詰まらせる。

 何度か口を開いては閉じを繰り返し、そしてようやく覚悟が決まったのかそのときのことを語った。



「何故か、魔女から愛の告白をされて……付き合ってくれ、と言われたんだ……」

「ええっ!?」

「もちろん断ったぞッ!! 俺はナディア嬢一筋だからなッ!!」



 驚くナディアにギルバートは即断りをいれた。


 これにナディアは嬉しくなる。



(ギルバート様に嫌われてしまったと思ったけど、そうじゃなくて良かった……)



 安心したナディアはしかし、尚更今のギルバートの行動に疑問を感じる。



「そのあとはどうなったんですか?」

「ああ。俺の返答が気に入らなかったのか、魔女は俺に呪いを掛けたんだ」

「それが先ほどおっしゃっていたことなんですね。でも、呪いとは、いったいどんな呪いなんですか?」

「その…………異性が苦手になる呪いなのだそうだ」



 そのときナディアは気が付いた。

 ギルバートの額から汗が滲んでいるのを。



「女性を見ると頭痛に吐き気、倦怠感、腹の調子まで悪くなる……おまけに触られただけで火傷のような痛みを感じるんだ……」

「そんな酷い……」

「それでこれまで君のことを見ることもできなかったんだ……ちゃんと言っておけば君を不安にさせなかったのに、悪かった……俺の落ち度だ」

「いいえ、大丈夫です。気になさらないでください。――それで、呪いを解く方法はあるのでしょうか?」

「調べた結果、最近分かった」

「いったいどんな?」

「方法は二つ。一つは呪いを掛けた魔女シャーロットを討伐する」

「それはとても難しいでしょうね……」

「ああ。懸賞金が掛けられているというのに未だ捕まっていないからな」

「そして、もう一つの呪いを解く方法とは?」

「もう一つは……」

「はい」

「……愛する者からの、『キス』で治るというものだ……」



 消え入りそうな声でギルバートはそう言った。

 ギルバートの頬は少し赤く染まっていた。



「……そんな破廉恥なこと、君に頼めんので、俺は魔女の行方を追っていたんだ」



 ギルバートの話にナディアは胸を打たれた。



(ギルバート様はこんなにも私のことを想ってくださってるのに、私ったら勝手な思い違いをしてしまって恥ずかしい……でも、このままでは永遠に夫婦になれないどころか、最悪、婚約破棄になってしまうかもしれない……こんなときこそ、私がギルバート様を助けなければっ!)



 ナディアは決心した。



「キス、しましょう! ギルバート様っ!!」

「ナディア嬢、いいのか……?」

「もちろんです! 私は心からギルバート様のことをお慕いしていますから!」



 ナディアは力強く頷いた。

 そのあとに「あっ」と気が付いて一言足した。



「――でも、キスをする前に歯を磨かせてくださいね……?」



 顔を赤く染めるナディアに、ギルバートは声を立てて笑った。







 歯磨きを終えたナディアはギルバートに向き直った。

 身長差があるのでキスしやすいようにギルバートには椅子に座ってもらっている。


 ナディアはごくりと唾を飲み込んだ。



「――それでは、キス、行きます……っ」

「ああ……よろしく頼む……」



 震える二人の声。


 ナディアは久しぶりにギルバートの顔を見て惚れ惚れとした。



(なんて凛々しいのでしょうか、ギルバート様は……)



 切れ長の目にすっと通った鼻筋。

 口元に一つあるほくろは色っぽい。


 ますます好きになってしまう。

 そう思いながらナディアは目を閉じて唇を寄せる。


 だが、いつまで経ってもキスができない。


 ナディアが不思議に思って目を開けると、いつの間にか目の前からギルバートがいなくなっていた。

 ギルバートの姿を探すと、ギルバートは教室の黒板に張り付いていた。



「す、すまないッ、吐き気が我慢できず……」

「い、いいえ! 仕方がありませんわ!!」

「も、もう一度やろうッ!」

「はい!」



 もう一度ギルバートに椅子に座ってもらう。

 そしてもう一度キスをしようとする。

 だが、同じことだった。


 ナディアが目を開けると、ギルバートは椅子の陰に隠れていた。



「すまない、めまいが酷くて座っていられなくなった……」

「大丈夫です、気になさらないで」



 ナディアはギルバートににっこりと笑いながらも、心の中では(これは結構難しいわ)と唸った。


 どうしたものかとナディアは思考を巡らせて、方法を一つ思いついた。



「それなら目を隠せばいいのではないでしょうか!!」

「それがあったか!!」



 ナディアの提案を名案だと二人は喜び、早速ギルバートは自分のハンカチで目を隠して椅子に座った。


 ナディアはギルバートの姿を見てドキドキしてしまう。



(……なんだかこれは、いけないことをしている気分になりますわね……)



 ナディアはそう思いつつ、再度キスに挑戦した。

 だが、結果は同じだった。


 ギルバートは顔を近付けた瞬間、気配を察知してか、椅子から転がるように逃げ出し、また黒板に張り付いた。



「……すまない」



 ギルバートはそう謝罪を言ったのだった。







「はぁ……」



 ナディアは頬杖をつきながら窓の外の雲を見上げ溜息をついた。


 あのあとも何度かギルバートとキスに挑戦したが結局キスはできなかった。

  


(どうしたらキスができるかしら……)



 そんな風にナディアが部屋で悶々と考えていると何やら外から音が聞こえてきた。

 窓から下を覗くと使用人が三人集まっている。


 ナディアはそれが気になって下へと降りた。



「何かあったの?」



 外に出たナディアは部屋の窓から見ていた使用人たちに声を掛けた。

 すると使用人は慌ててナディアに頭を下げた。



「あ、お嬢さま。……はい、この鳥が庭の網に引っかかってしまいまして、それを取ってやってるんです」

「まぁ」



 猫に荒らされないように張ってある網。

 そこに掛かった鳥を使用人たちが取ってやっているという。


 だが驚いた鳥がばたばたと動くので上手くいかず網は絡まるばかり。

 逃げようとすればするほど、網が絡まり、やがて鳥は身動きが一切取れなくなってしまった。


 ナディアはそんな鳥の姿を見て閃いた。



(そうだわっ!! これならきっとギルバート様とキスができるはずよっ!!)



 ナディアは確信した。

 そしてその日からキスをするための準備をはじめるのだった。







「――突然の訪問、申し訳ございません」



 ナディアはバッグを使用人に持たせウェストクラフト侯爵家へとやって来た。


 ナディアを出迎えたギルバートは相変わらず視線を逸らしていたが、その声は以前と変わらず明るいものだった。



「いや、構わない。それより、先日は色々とすまなかった」

「いいえ。それでギルバート様、その件で、私、秘策を思いついたんです」

「何ッ? それはいったいどんな方法なんだッ!?」

「お待ちください、ギルバート様。順を追って説明いたします。まずはギルバート様の寝室に入らせていただいてもよろしいですか?」

「そ、そんなこと、できるわけないだろうッ!? 男女二人きりで寝室などと、そんな、破廉恥なッ!!」

「何をおっしゃいますか。私たち、来年には夫婦になるんですよ? 大した問題ではありませんわ」

「そういうことじゃなくてだなァッ!!」

「確か、お部屋はこちらでしたよね?」



 ナディアとギルバートは婚約者でありながら幼馴染でもある。

 幼い頃から遊びに来ていたウェストクラフト家はナディアにとって第二の実家だ。


 ナディアは迷わずギルバートの寝室へと向かい、何の躊躇いもなく中へと入る。

 中は必要最低限な物だけが揃えられた質素な部屋だった。



「扉は開けておくからな」



 せめてもの誠意ということなのだろう。

 ギルバートはそんなことを言って、部屋の扉を全開にしていた。


 ナディアはそんなこと気にしなくてもいいのにと思いながら、使用人からバッグを受け取った。

 使用人を下がらせると、部屋にはナディアとギルバートの二人だけとなる。


 ギルバートは壁に寄りかかり、なるべくナディアから距離を取ろうとしているのが見えた。

 気分が悪いのだろう。

 少し顔色が悪い。


 ナディアはさっさと済ませてしまおうとバッグを開いた。



「それでは、ギルバート様」

「……なんだ」

「私に縛られて、ベッドに横になってください」

「はっ!?」



 ナディアの言葉にギルバートは目を剥き、ナディアを見つめた。

 ナディアはバッグから取り出した縄を手に取り、ギルバートに笑顔で言った。



「私、思いついたんです! 逃げられないように手足を縛って、体も縛って、寝てもらえれば、ギルバート様にキスができるんじゃないか、って!」

「自分が何を言ってるか分かってるのかッ!?」

「え? もちろん、分かってますよ。そのために家のメイドたちと特訓しましたから!」

「メイドと、特訓……?」

「はい! 私付きのメイドたちに付き合ってもらって縛り方を練習したんです! みんなが言ってくれたんですけど、私の縄技術は凄いんですって!」

「いや、そこを誇られても……」



 ナディアは努力家で才能もあるから大抵のことは何でもこなせるが、そこはこなさなくてもいいだろうと、こっそりとギルバートは思った。



「とにかく、ギルバート様、さっさとお縄についてください!」



 ナディアは両手に持った縄をピンを張る。


 その勢いに押されて、ギルバートは「あ、ああ」と言いながら縛られることになった。


 ナディアの縄は程よい強さでギルバートを拘束する。それでいて絶対に逃げられないという圧があった。力を入れれば入れるほど縄が肌に食い込んでいく。



(……俺のせいでナディア嬢には余計なことを覚えさせてしまったな……)



 ギルバートはナディアの緊縛技術に感心しつつも申し訳なく思った。


 そしてギルバートはナディアの手によって仰向けにベッドに転がされた。



「ギルバート様……これでようやくキスできますね……」



 ナディアのセリフは危うい気がするのだが、ギルバートはもうツッコまないことに決めた。

 まな板の上の魚よろしくベッドの上で流れに身を委ねる。



「それでは、キスしますね」



 ナディアはそっとギルバートに唇を寄せる。

 ギルバートはナディアの高度な緊縛技術のせいで顔を背けることも逃げることもできず、酷い頭痛に苛まれながらナディアの唇を今度こそ受けた。


 その瞬間感じる唇の柔らかな感触。


 二人の吐息が交じり合う。


 ナディアは離れて、照れくさそうにギルバートに聞いた。



「……呪いは解けましたか?」



 ギルバートはしみじみと今、自分が拘束されていて良かったと思った。

 もし体が自由だったなら今頃ナディアに飛びついていたことだろう。



「――ああ……どうやら無事に解けたようだ」



 ギルバートはナディアの目をまっすぐ見て笑った。


 これにナディアは嬉しそうに微笑む。



「それは良かったです!」

「ナディア嬢、君のおかげだ。ありがとう。――だが、もう少し色々と抑えてくれ。……こちらの心臓がもたない」

「あら、ごめんなさい」



 ナディアは笑って謝罪を述べる。

 それから小首を傾げて質問する。



「こんな変なことをする私のこと、嫌いになりました?」

「驚いたが、こんなことで嫌いになるわけがない」

「良かった……。それでは、ギルバート様、一つ、お願いがあります」

「なんだ? 君の願いだ。どんなことでも叶えよう」



 ギルバートは頷く。


 それを見てナディアはギルバートの体を縛っている縄を一ヵ所引っ張った。

 その途端、ギルバートの拘束は一気に緩み、ギルバートは体の自由を取り戻した。


 ナディアは手に持っていた縄から手を放す。

 そして、



「もう一度……今度はギルバート様から私にキスをしてもらえませんか?」



 ナディアは顔を赤らめながらお願いするのだった。




END

- 後日談 -



「メイドから聞いたのですが、今時は男性を縛ることができるのが淑女の嗜みだとか」


「ナディア様に縄の技術を教えてもらおうと長蛇の列ができてるのですって」


「紳士が大人しくパートナーの縄で縛られるのは信頼の証だという話だ」



 そんな噂話が貴族の社交場に流れ、一時、ナディアの教えを請う生徒たちが多くやって来たのだった。

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