理愴
猫飼いたいっすね
男には理想像があった。
それは年頃の男なら誰もが目を輝かせるようなもので、まさに「空想」を体現したようなものであった。
ただし「空想」だからといって異世界的な要素を持ち合わせている訳ではなく、本来両立出来るようなものでない複数のステータスを数々と成り立たせているような存在である。男はその理想像が織り成すシナリオを妄想し、その場面に興奮し、言い表せない欲求を満たしていた。
しかし、その理想像に男は飽きてしまった。
決して叶えられないからという理由ではない。そもそも男は、理想像に自分を到達させようとは微塵も思っていない。ただ、完璧すぎたのである。完全無欠はその人自身にも、その姿を受動する人にも退屈を感じさせる時がくる。自らの理想像が架空の世界で活躍する場面を妄想していた男は、とうとう暴力的なまでのステータスを振りかざすようなネタを無くしてしまった。もうその理想を構成する要素を隅から隅までくらい尽くしてしまったのだ。
そして男は新たな理想像を構築した。
次に作り上げた理想は自分の将来の夢の少し上に照準を合わせた。完璧はダメだ。ならば己の目指す分野で手の届かないところに適度な理想を作ろう。
そう考え完成した存在は、前以上に男の欲求を満たした。自身が情熱を注ぐ分野に凄まじい活躍を続ける理想像は前よりも一段と顕在的な状態に近づいた。「もしかしたらこの先、現れるかもしれない」そんな気配を感じさせるのだ。
いつしか男は日常における不満を理想像にぶつけるようになった。自身が人とぶつかり不満を感じた時、架空の世界で理想像が自分を肯定する。偶像にも似た存在へと、昇華していく。理想像は男の価値観を盲目的にしていった。
その後男は理想像が示すであろう道を辿るようになった。こういう時は、きっと自分の理想ならこの道を選ぶ。ああいう時は、きっとこんな選択をする。抽象的であった理想像は、男の中で1人の人間として意志を持っていた。
そんな時であった、男の選択に明確に不正解が示された。理想であったたはずのなにかは、多数の人間によって異端の烙印を押された。間違いなんてなかった、常に正しい道を歩んできた、という思考はゆっくりではなくロウソクの火のようにサッと消えた。胸を張って歩いていた道が暗い森の中の獣道だと気づいた時、死神が首に鎌を向けているような恐怖に駆り立てられた。
理想像が自分の意思決定を奪った。
それは果たして理想と言えるのか?
いや、まずまず己の価値観の中に理想を作ることが間違いなのかもしれない。
目標や理想の自分を想像で体現することはできない。
というより、それはもう叶えたと言って差し支えないだろう。そんな当たり前なことが男の脳を蝕んでいく。気づかなかったのか、気づけなかったのか、はたまたそれさえも理想像が生み出した甘い果実によって忘れさせられてしまったのか。
結局残ったのは深い後悔と、常識への帰着であった。
ハリネズミも好き




