第三章:モテる弟の返事はいかに
その日、俺は学園の二階の窓から王国竜騎士団を率いる将軍の息子、レックス・ビルグとリヒルが親しげに話しているのを目撃した。
そこは学園の訓練場。
訓練用の剣を打ち合わせる音が響く中、レックスは汗を光らせながら屈託のない爽やかな笑顔を弟に向けている。
彼は鍛え上げられた肉体に、燃えるような赤毛。「熱血系攻略対象」だ。
レックスは剣を鞘に納め、少し照れたように頭をかいた。
俺は耳をすませて二人の会話に聞き入った。
「じゃあレックス先輩、ドラゴンの中には飛べない種類もいるんですね?」
「そうだな。我が国にいるのは羽竜が多いけれど、国境にいる土竜や、水に住む竜は飛べないものもいるな」
リヒルは小さく頷いた。
「クッパだし……。ドラゴンは亀とは違うか…」
と聞こえたような聞こえなかったような……
レックスはニコニコ笑いながら、
「なあ、リヒル。今日、時間があったら、町の祭りに一緒に行かないか」
俺の心臓が嫌な音を立てた。
(来た!攻略対象者と親密になる第一歩。騎士で、赤毛で、優しくて、強くて、頼りになる誠実な男から祭りデートの誘い!!)
リヒルはレースの扇のような睫毛と共にぱちりと瞬きをした。
「お祭り……?」
「ああ。夜は花火も上がるし、綺麗だぞ。望むならドラゴンで……」
完璧なデートの誘いだった。
夕景、祭り、そしてドラゴンに乗って空から花火の鑑賞。
ロマンチック最大の好感度イベント。
ドラゴンの話がでると、リヒルは必ず誘いに乗る。前世でプレイしていた姉はこの誘いを何度か断ろうとしていたが、リヒルはドラゴンが好きなようで断る選択は一度も出なかった。
俺は固唾を呑んで見守った。
だが、リヒルの口から飛び出したのは、恋愛情緒を覆す、鋼の意志の拒絶だった。
「いえ、今日は、家に帰って土管に入るので行くことはできません」
「……ど、土管?」
爽やかなレックスが、生まれて初めてその単語を口にするかのように、呆然と繰り返した。
「はい、先日、兄様に頼んで庭に土管を植えてもらったんです。縦に。風邪引きだったので、ちょっと、ワガママいっちゃいました」
勝った!
俺は窓影で、レックスがデートを断られたことに対して圧倒的な優越を感じニヤリと勝利の笑みを浮かべた。
――が、すぐに真顔に戻る。待て、リヒル。お前、病み上がりなのに土管に入って何をするつもりだ?
レックスも困惑しているが、リヒルは琥珀色の瞳をキラキラと輝かせて提案した。
「レックス先輩、もしよかったら先輩も僕と一緒に土管に入りませんか? 先輩なら、屈み込めばちょうどいいサイズだと思うんです」
「……俺が? 君と二人で……土管に?」
レックスの顔が、夕焼けよりも赤く染まった。
おそらく彼の脳内では、『狭い空間の中で、密着し合う二人……。外は暗闇、聞こえるのは互いの鼓動だけ……』という、BLシチュエーションが爆速で組み上がっているに違いない。土管の中という訳のわからん場所だが……
「いいのか……!? そんな、二人きりの密着するような場所に……」
レックスが震える声でリヒルの手を取ろうとした、その時。
「はい! 先輩が中に入って、僕がその背中に乗って……こう、ポーン! ってジャンプしたら、木に吊ったコインが取れる気がするんです!」
おそらく、レックスは土管の中で横・横を想像(誰だってそう)していただろうが、弟は上・下で入ろうとしていたようだ。
「……木に吊ったコイン?」
「先輩、筋肉質だから、踏まれても平気ですよね?」
レックスは完全にフリーズした。
俺は、優越感は拭う気はないものの、少しだけ同情した。
(レックス。悪いことは言わない。此奴の隣にいても、甘いラブシーンは絶対に始まらない。リヒルの希望に応えて好感度が上がったとしても、次に待っているのは「1-2」のステージ攻略だ。)
……結局、レックスは
「土管の中にいるリヒルを、空飛ぶドラゴンから見つけられるか」
という、もはやデートでも何でもない修行のような挑戦を突きつけられ、魂が抜けた顔でトボトボと帰っていった。
俺は偵察衛星扱いされた彼の、その哀れな背中を見送りながら、深くため息をついた。
――レックスとの「ドラゴンに乗って見る花火イベント」は、俺が庭に植えた土管によって見事に阻止された。
明日、きっとレックスはドラゴンに乗って上空から、庭に生えた緑色の筒から上半身だけ突き出したリヒルを必死に探す羽目になるのだろう。
本当にこれで良かったのか……? という疑問が、静かに脳裏をよぎった。
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偵察衛星、好きな方、いましたら星をお願いします!




