【最終話】君へ
都市の片隅、寂れた公園のベンチで、ある老人が若者に語りかけていた。
「おかしいと思わんか? なぜ、こんなに働いているのに、生活が楽にならないんだ?」
若者は、携帯端末から目を離し、困惑した表情を返す。
「でも、そういうものでしょ?」
◇ ◇ ◇
「『そういうもの』と思い込まされているだけじゃ。昔、わしが若い頃──」
その会話を聞いた若者の一人が、何かを感じ取った。
「……もしかして、俺たちは騙されてるのか?」
そして、別の場所でも──
都市から遠く離れた、小さな集落で、赤髪の女性が、近所の子供に教えていた。
「いい? 疑問を持つことは大切よ。『なぜ?』って考えること」
「でも、学校の先生は『偉い人の言うことは絶対』って言ってた」
「それも、疑問を持っていいのよ。なぜ絶対なのか、って」
少しずつ──
気づく者が、増えていく。
静かなる疑問の胎動が始まった頃、歴史の片隅で、小さな歯車が回った。
ある日、都市の地下、古書店の一角で、一人の若者が、埃を被った書物を見つけた。
それは、厳重に禁じられた、ヴェンの教えが記された古い書物だった。
若者は、その分厚い表紙が放つ、古びた知識の重みに息を飲んだ。
若者はページをめくる。そこに記されていたのは、支配社会では誰も口にしない、驚くべき真理だった。
『雰囲気の共振』。『調和の原理』。『他者との距離感』。『助け合い』。
そして、支配の根幹を揺るがす言葉。
『常識を疑うこと』と『自分の頭で考えること』。
若者の全身に、電流が走ったような衝撃が広がる。この静かな文字の羅列こそ、自身が感じていた違和感の全てに答えを与えるものだった。
「これが……真実なのか?」
◇ ◇ ◇
若者は、その教えを密かに広めた。
最初は、信じる者は少なかった。
「そんなの、ただの戯言だろ」
「何を言っている非常識だ」
「そんな馬鹿な話があるか」
しかし、その教えを耳にした者たちは、若者の真剣な目に戸惑いながらも、次第に立ち止まり始めた。
「……でも、言われてみれば、確かにおかしい」
「もしかして、本当に俺たちは騙されているのかも」
その時、路地裏の影から、若い女性が現れた。
「……わ、私も、おかしいと思ってました」
女性は、小さく言った。
「ずっと、一人で悩んでいたんです」
「でも、今日、お二人の話を聞いて──」
女性は、涙を浮かべた。
「私だけじゃなかったんだ、って」
◇ ◇ ◇
「…ああ」
老人は、優しく微笑んだ。
「お前だけじゃない」
「気付いている人は、きっと他にもいる」
「ただ、みんな黙っているだけだ。だが、黙っていたら何も変わらない」
「だからこそ──『君』から行動を始めればいい。そして、儂もこうして話している」
老人は、女性を見つめた。
「身近な人に、疑問に思っていることを直接話してみる。それだけでいい」
「恐れることはない。だめなら、次の人に話せばいい」
「諦めなければ、必ず道は開ける」
そして、そのささやきは静かに、しかし確実にその雰囲気が共振し始め、気づく者が増えていった。
「本来、主権は私たち庶民にあるよね」
「俺たちの意思を変えよう。調和には、思考を自ら変える努力が必要だぞ」
「私たち庶民は数が多い、これを活かしましょう」
「彼らは基本、脅すことしか出来ない。恐れるな、恐れるからもっと支配できると思われる」
「このことを忘れないように、毎日の生活の中で常に動き続けるんだ」
◇ ◇ ◇
価値観の合うもの同士で手を取り合い、一人一人が自分に何が出来るのかを考え始めていた。
みんな、頭ではなく感覚でおかしいと理解したからこそ実際に行動に移せたのだろう。
支配構造に、細かく無数の亀裂が入った瞬間だった。
全体に広がった亀裂は修復が不可能なまでに広がっていった。
その時、微かにウプロンドの声が聞こえた。
「ハッハッハ……面白かったぞ、テリアル」
誰にも聞こえない声で、ウプロンドは呟いた。
「やはり庶民は『調和』を選んだか、この流れはもう止められない所まで来た。あと少しだったのだがな……」
「まあいい。また別の星で、新しい興行を始めよう……去らばだ、テリアル」
そして、ウプロンドは消えた。
俺は、その全てを見ていた。
分断され、争い、苦しむ人々。
そして──気づき、立ち上がり、調和を選ぶ人々。
◇ ◇ ◇
「……俺は、何を残したんだ」
血塗られた支配構造。
永遠に続く鎖。
だが──その鎖を断ち切ろうとする者たちも、確かにいる。
「これで、良かったのかもしれない。俺の作った地獄が、逆に人々を目覚めさせた」
「俺の支配が、逆に調和の大切さを教えた」
皮肉なものだ。
バスティオの笑顔。
ノノイの優しさ。
ヴェンの教え。
そして──ロニアの愛。
「俺は、間違えた。調和の道を選べば良かった」
◇ ◇ ◇
だが、もう遅い。
今の俺にできるのは、ただ見守ることだけだ。
支配の時代は、終わりを告げ始めている。
しかし、それは終わりではなく、始まりだった。
人々が、自分たち、一人一人の力で、新しい世界を作る──
その、始まりだった。
俺が惑星ラティオのみんなに、残した最大の教訓は──
それは、分断、恐怖、依存という支配の罠を冷静に見破ること。
支配者の善意に聞こえる、言葉の裏側を理解すること。
そして、固定概念を捨て、自立し、助け合い、対立せず調和を選択し続けること。
誰かがやってくれるのではなく、『君』が行動することで物語は始まる。
恐れる必要はない、実際に行動し続け、君の幸せを掴め。
それが、俺が残せる、唯一の贖罪だった。
◇ ◇ ◇
これは無限の宇宙からすれば、惑星ラティオでの記録――
ラティオ・レコードの一つに過ぎないのだろう。
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【最終話 終わり】
──おわり──
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最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
本作品には精神的負担の大きい内容が多く含まれていましたが、
それでも最後まで読んでくださった読者の皆様に、心から感謝いたします。
この物語を通じて、読者の皆様に何かを考えるきっかけを提供できたなら幸いです。
【最後に】
この物語の結末を、どう受け取りましたか?
ハッピーエンドだと感じた方も、バッドエンドだと感じた方も、その中間だと感じた方も、すべて正しいと思います。
なぜなら、この物語は、一人一人の心に違う形で残るように書かれているからです。
もし、この物語が読者の皆様の心に何かを残すことができたなら、作者として、これ以上の喜びはありません。
そして──
もし、この物語が、誰かの世界の見方を少しでも変えることができたなら、それは最高の幸せです。
最後まで『ラティオ・レコード~砕かれた薔薇と復讐の玉座~』にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




