【第46話】責任
【数十年後】
俺が128歳になり、寿命が来たのだろう。ある夜、静かに息を引き取った。
意識は朦朧としていたが、最期に聞こえたのは、ロニアの嗚咽だった。
「お父様は偉大だったわ」
リアの声が聞こえる。
「ああ、だからこそ我は父上の意思を受け継ぐ」
ルアロの声が聞こえる。
「テリアル……」
ロニアが俺の亡骸に抱き着き泣いていた。
泣いているロニアを見ていると辛くなる。
俺はもう死んだんだ。
だから、俺はこの惑星ラティオから離れるよ、ありがとうロニア……愛してる。
◇ ◇ ◇
ラティオを遠くから眺める。こんなに綺麗な惑星だったんだな……
俺がしでかしてしまったことを最後まで見届ける必要がある。
──それは俺なりの責任の取り方だ。
【俺が死んだ100年後】
紫髪の老人が少女に昔話をしている。
「昔はのう、凶悪な魔物や魔神が存在していたのじゃ」
「おじいちゃん、またその大げさなおとぎ話? みんなファンタジーだって笑ってるわよ」
「本当に恥ずかしかったんだから!!」
「昔は、本当にいたんじゃ」
「え~嘘つき! 私はもう赤ちゃんじゃないんだから!」
少女は頬を膨らませた。
◇ ◇ ◇
緑髪の青年が老婆と話してる。
「ばあちゃん、昔は、こんなに裕福な食事とかなかったんだろ?」
「そうじゃのう、昔は魔物や魔神がいたからのう……食べるものも苦労したもんじゃ」
「おいおい、またその話か?」
青年は内心でため息をついた。
(認知症か……しょうがないかもう年だし、老人養護施設に連れて行くか)
「重要な話しじゃよ、しかし、良い世界になって良かったわい」
偽りの平和だ──俺が作った無料で行ける学校で教わる新常識が定着していく……
各国もそれぞれ機能している。
この青年は、自身が新常識という名の別の信仰に囚われていることに気づかない。
人は誰でも、環境と情報源によって認識を歪められている。
◇ ◇ ◇
科学で証明できることだけが真実だと断ずる姿勢も、ある種の信仰に似ている。この宇宙には、まだ解明されていない現象が確かに存在する。
それを妄言として切り捨てるのは、知の進化を自ら止める行為に等しい。
だが、彼らがそれに気づくことは難しい。
この普遍的な真理は、俺が人々に与えた『新常識』を、永遠に相対化するだろう。そして、彼らはそれに気づくことは難しい。
だが──
俺は知っている。
森の奥、山の向こうに、ヴェンの村のような場所がまだ残っていることを。
そこでは、人々が調和を保ち、自立して生きている。
支配の目が届かない、小さな希望の灯が──
今も、静かに照らし続け、少しずつ広がっている。
【さらに100年後】
都市の巨大なホログラムモニターに、報せが流れているようだ。
【速報! 隣国の赤髪の国が金髪の少女を拉致した模様、少女は未だ発見されておらず……】
「ふざけやがって! なんて酷いことをするんだ! 少女を解放しろ!」
「そうだそうだ! こうなったら戦うしかない!」
長い対立により各国の隣国同士で争いが始まっている。
先に手を出した方が負ける仕組みにしていた。
各国は状況を見ている……だからこそ、そこで善悪が決まってしまう。
そして、勝ち負けは既に支配者の計画通りに決められている。
人間は過ちを繰り返すのではない。人間は過ちを『繰り返されている』のだ。
あっちでは、緑髪どうしが顔を真っ赤にして言い争いをしている。
「ウプロンド教こそ元祖であり神聖な宗教だぞ! 異端め!」
「何を言ってんだじいさん! 我らがテリアル教こそ洗練された真の宗教だぞ! 目を覚ませ!」
「お前こそ何を言っている! リア教こそが真の宗教だ!」
同じ人種どうしで争いが始まっている。
分断……
◇ ◇ ◇
その一方で──
レノヴェール村、中央の石畳の広場には、穏やかな時間が流れていた。目を凝らして見れば、赤髪の少年が緑髪の少女と笑い合い、青髪の子供が黒髪の子供に何かを教えている。
天帝国の厳しい階級と差別から逃れてきた茶髪の青年は、思わず声を荒げていた。
「おい、お前ら! 髪の色、なんで気にしないんだ?」
青年が尋ねると、一番近くで砂遊びをしていた赤髪の少年が、大きな瞳をきょとんとさせた。
「髪の色? んー、なんで気にするの?」
青年の戸惑いを無視して、少年は隣の緑髪の少女を指さす。
「だって、お前、赤髪だろ。あいつは緑髪だ。天帝国じゃ、それだけで違う人種なんだぞ」
少年は首を傾げたまま、にこりと笑う。
◇ ◇ ◇
「へえ。でも、ここではみんな一緒に遊ぶ仲間だよ。髪の色が違うのって、花の色が違うのと同じじゃない? どっちも綺麗でしょ?」
青年が返事を返す間もなく、少年は「またね!」と手を振り、遊びに戻っていった。
青年は、自分の手が微かに震えているのを知った。
その震えは、怒りではなく、長年信じてきた『常識』が根底から覆されたことによる混乱だった。
「──俺は、なんてくだらないことに熱くなってたんだ」
天帝国では、髪の色一つで一生が決まる絶対的な真実であり、彼自身のアイデンティティそのものだった。それが、この村では、子供にとってただの「花の色」に過ぎないという、あまりにも単純で、あまりにも尊い真実。
青年は深呼吸をした。広場に降り注ぐ陽の光は、逃亡中ずっと感じていた重苦しい監視の目とは違い、どこまでも温かかった。
──これが、ヴェンの教えか。
気づく者は、少しずつ増えている。
【さらに200年後】
ラティオの空は、再建された都市の排気で薄く淀んでいた。かつて陽光の降り注ぐ森や山は切り倒され、整然とした人工林と、どこまでも続くコンクリートの平地へと姿を変えている。環境は、もはや過去とは比較しようもないほどに荒廃していた。
背の高い木を植え、太陽光を他の植物に当てさせないことで、食糧難を加速させ配給制にする計画の一つだ。
しかし、世間にはラティオの環境のため、孫の世代のため、という名の下で納得させている。
数百年前なら、数十歩の移動で食料が手に入り、川や海には網が破れるほどの魚が溢れていた。
だが今は違う。自然界に食物はほぼ皆無。川や海を覗いても、魚影は疎らで、水底の砂が見えている。
山や森にも監視の目が付けられ、大半の土地は支配層(あるいは、資本家)の名義に変わってしまっている。
その不当な所有権と広大な自然は、今や冷たい監視の目に覆われている。
美しかった惑星ラティオは今では見るに堪えない。
それは、この支配構造と人々が未だに『それ』に誘導され従っているせいだった。
◇ ◇ ◇
俺は、その光景を見つめながら、皮肉に笑った。
ふと──あの日の言葉が、蘇る。
『魔神と魔物がいなければ、必ず世界は変わる』
父と母の言葉。
確かに、変わった──もっと酷く。
『森に行って食料を調達するのも楽になる』
だが今、森は支配層に奪われ、庶民の逃げ場は消えつつある。
『もっと住みやすい土地に住むこともできる』
だが今、土地は監視の目に覆われ、自由は消えつつある。
俺は、魔神がいない世界を作った。
そして──支配という、もっと恐ろしい魔神を生み出した。
俺は、魔物がいない世界を作った。
そして──新常識という、もっと恐ろしい魔物を解き放った。
◇ ◇ ◇
父さん、母さん。
これが、あなた方の望んだ世界ですか?
答えは、明白だ。
いや。
魔神や魔物がいた時代の方が、遥かにまだマシだった。
あの時代には──まだ、自然があった。希望があった。人間らしさが、残っていた。
今は、ほぼ何もない。
コンクリートと、監視の目と、絶望だけだ。
全て俺の責任だ。
俺の憎しみという感情に支配されて、この結果を生み出してしまった。
『根本的な原因』を理解しようとしなかった、『俺の責任』だ。
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【第46話 終わり】
次回:【第47話】抜け道
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




