【第45話】私がいる
【注意】
この話には、精神崩壊、精神的に非常に重い展開が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
「よろしい、リア。今日からは、この天帝王である俺が、お前を立派に育て上げてやる」
◇ ◇ ◇
「この子の名前はミラよ! ミラサから一文字取った、私の希望なの! 勝手に汚らわしい名前を付けないで!」
「黙れ! お前の汚らわしい名前など、子供に与える価値はない」
「ミラに酷い事をするつもりでしょ!?」
「チッ、最後まで足掻き続ける、面倒極まりない女だな、お前は……」
俺は、彼女の必死の抵抗を無視し、リアを腕から取り上げた。
リアは、母親の温もりから引き離され、甲高い泣き声を上げた。
「ほら! ミラが! 私のミラが泣いているじゃないの! すぐにミラを返しなさい!」
◇ ◇ ◇
「リアをこんなきたねえ所に居させられるか!」
「貴様の汚らわしい憎悪に満ちたこの場所に、リアを置くつもりはない」
「心配するな。リアを完璧な支配者として育て上げてやる」
俺は、リアをミラサから奪い、息子ルアロと共に、約十年という歳月をかけて、支配の鉄則を叩き込んだ。
【十年後】
俺は、成長したリアをミラサの独房へと連れて行った。
「おい、ミラサ。貴様に会わせるために、リアを連れてきてやったぞ」
「ああ……ミラ……貴女、こんなに……立派に育って……」
◇ ◇ ◇
「……あら。……ミラ?」
汚らわしい物を見るかのようにリアが言った。
「その軽蔑すべき名前は、誰のことかしら?」
「私の名前は、リアよ。偉大なる天帝王の娘、リア」
「そして貴様は、この天帝国の法と秩序を乱した、とんでもない犯罪者なのでしょう?」
「え……ミラ……嘘よ……私は、貴方のお母さんよ……ミラ……お願い、抱きしめさせて……お願い、ミラ……」
「はぁ? 貴様が私の母親であるという事実こそ、既に汚らわしい屈辱だというのに、抱きしめさせろだって?」
「これ以上、私に不快感を与えるな! このっ、無様な犯罪者が!」
「お父様、もう帰りましょう? 汚らわしい罪人の臭いは、もう一秒たりとも嗅ぎたくないわ」
「ああ、そうだな」
「心配するなリア。君がこの罪人の姿を見るのは、これが最後だろう」
「もう用済みだ。帰るぞ」
◇ ◇ ◇
「どうぞ、独房で一生、自分の愚かな行いを悔い続けなさい。さようなら、犯罪者さん」
「待って! ミラ! お願い! 行かないで! 貴方はその男に騙されているのよ!」
「どうか、どうか気付いて! お願い! お願い!」
そんな、ミラサの絶望的な断末魔を無慈悲に無視し、リアと共に、独房を後にした。
その後、独房の中でミラサの精神が崩壊したという報告を聞いたが、俺自身は二度と彼女の姿を見ることはなかった。
数十年という時間の鎖が緩やかに流れ去り、俺の息子娘たちは、それぞれが新たな国々の冷酷な統率者となった。
そして俺の役割は、完全に終焉を迎えた。
◇ ◇ ◇
ある日、俺は王宮のバルコニーから、天帝国を見下ろしていた。
民衆は、相変わらず俺を「救世主」として崇めている。
しかし、その光景は、俺の心に何も響かなかった。
「復讐は……完了した」
「バルストは死んだ。オベロンも死んだ。ダラスも死んだ」
「ミラサは魂の抜け殻となった」
「かつて俺を嘲笑った者たちは、全員地獄を見た。なのに……なのに、何も満たされない」
俺の胸には、冷たい虚無だけが広がっていた。
「俺は……一体、何のために……」
◇ ◇ ◇
その時、脳裏に浮かんだのは、ヴェンの村だった。
あの温かい場所。
バスティオの底抜けの笑顔。
ノノイの優しい微笑み。
あの場所には、憎しみがなかった。
あの場所には、温もりがあった。
「……俺は、何を捨ててしまったんだ」
復讐の果てに得たものは、血塗られた玉座と、永遠の孤独だけだった。
……虚無。
結局、この血生臭い道の果てに残されたものは、ただ底知れぬ冷たい虚無感だけだ。
「俺は一体、何のためにこのおぞましい世界で、生きているんだ……もう、何の意味もない……」
◇ ◇ ◇
「テリアル?」
「ああ、ロニアか……もう全て、どうでもいいんだ」
「復讐は果たした。誰も彼も、俺の憎しみのために踊り狂った」
「だが、何の熱も残っていない。虚無だ、ロニア……」
「なあ、ロニア……俺がこの数十年間でやったことは、一体何だったんだ?」
俺は、自嘲した。
「ただの八つ当たりだ。怒りに任せて復讐劇を演じ、愚かな民を騙し続けた、それだけだろう……」
俺は、虚無感からか、無意識にロニアに助けを求めていた。
◇ ◇ ◇
「………」
「うふふ……貴方は、ただ、あの瞬間の道を間違えた。そして、私もよ」
「私もバルストや、世間の冷たい目に怯えて、貴方を冷酷に裏切った」
「私たち二人ともが、『視野を広げて』他にいくらでもあったはずの『調和の道』を見ようとしなかったの」
「その結果が、この血と欺瞞に塗れた、永遠に続く鎖の世界なのよ」
「貴方も、私も、目先の感情に振り回されて、その先にある無数の道……前を向いて歩こうとはしなかった。目を瞑っていたのよ」
「だから、二人とも道を間違えただけ」
◇ ◇ ◇
「そうだな、ロニア。すまない……君に、あの火山であんな残虐な真似を強いるべきではなかった」
「なあ、ロニア。まだ俺のことが怖いか?」
「最初は貴方の底の見えない憎しみが怖かったわ。貴方を裏切ってしまった『私』自身の事が許せなかった」
「でも、この数十年間、貴方の隣にいて……もう、何も怖くないわ。貴方の手は、私と等しく穢れているから」
◇ ◇ ◇
「そうか……ならば、俺に復讐したいなら今だ。好きにするがいい」
「子供たちも、もう立派な支配者となった。俺の人生は、もう、ここで終わりにしてもいい」
「あら、そう……いいえ、良くないわ。貴方は、この復讐の道の果てで、一人虚無に呑まれて、勝手に終わっていい存在ではないのよ」
「貴方の最も冷たい孤独と、貴方が手に入れた血塗られた全てを、私は知っている」
「そして、私もまた、貴方を裏切った罪を背負っている」
◇ ◇ ◇
「だからこそ、貴方が最も忌み嫌い、捨て去ろうとした、その心臓の、最も熱い憎しみの隣に立ち続けているのは……」
「貴方の最も醜い全てを知りながら、それでも、この隣を去ることを選ばない、この『私』がいるのよ」
「そう……貴方には、私がいる」
俺はロニアに何も言えなかった。
バスティオやノノイに会いに行きたかった。
しかし、今更あの村に行く資格はない。
俺は、過ちを犯し過ぎた。今の俺にはロニアしかいない。
ロニアと人生を共にして、ロニアは俺に寄りそう。
周りからは幸せな夫婦に見えていた事だろう。
俺はただ淡々と生きるだけの人生になっていた。
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【第45話 終わり】
次回:【第46話】責任
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




