【第41話】戻れない
【重要な注意】
この話には、遺体の腐敗、拷問、死の描写が含まれます。
特に精神的負担が大きい内容ですので、苦手な方は読み飛ばすことをお勧めします。
俺は、その光景を見ていた。
何も、感じなかった。
怒りも、悲しみも、満足も。
何も。
俺は、檻を火口へ投下した。
炎が、全てを飲み込む。
これで、終わりだ。
俺は、椅子に座り、虚空を見つめた。
満たされなかった。
何も、変わらなかった。
過去は、消えない。
何も、もたらさなかった。
ただ、冷たい虚無だけが、胸に広がった。
◇ ◇ ◇
「俺は……何をしているんだ」
その問いに、答えはなかった。
答えは、既に炎の中に消えていた。
だが、その冷たい虚無が、俺を復讐という鎖から解放することはなかった。
「いや、違う。これで終わりではない」
俺は、自分に言い聞かせた。
まだ『主犯格』がいる。
あいつらさえ苦しませれば── その時こそ、今度こそ、満たされるはずだ。
「さあ、次は、バルスト、テメェらの番だ。最高の舞台が、貴様らを待っているぞ」
「ひ、ひぃっ! や、やめてくれ! 天帝王! 頼む! 俺が、悪かった! 本当に、本当に全てを謝罪する!」
◇ ◇ ◇
「だから、許してくれ! 生かしてくれ! 頼む、頼む! お願いだ!」
見ろ、この醜態を。
己の罪の報いが、皮膚を焦がす熱気として、そして断罪の声として、物理的かつ精神的に迫り来ることを、いじめの首謀者バルストは真の意味で悟ったのだろう。
かつて、俺を見下した傲慢な嘲笑は、今や鼻水を垂らした、醜悪な命乞いへと変わっている。
「おねがい! テリアル! これは残酷すぎるわ! 私、貴方にあんなに心から謝ったじゃない!」
「ここから出してくれたら、貴方の望む通り、文字通り何でもするから!」
「ね! ねっ!」
ロニアの声は上擦り、この迫り来る拷問に恐怖し、同じ言動を繰り返している。
◇ ◇ ◇
何でもすると言ったな。
その言葉の意味を、骨の髄まで理解させてやる。
お前は数日間耐えられたら出してやる。
だが、俺はあえてお前に何も言ってやらねぇ。
八つ当たりしか能のなかった教師オベロンは、既に魂が抜けたように、完全に恐怖に意識を奪われ、檻の隅でただ小さく震え、瞳の光を失った人形のようになっていた。
上流階級の傲慢に縋るダラスは、「これは間違っている」「こんなことがあってはならない」と、自分の世界観の崩壊を最後まで認められず、ただ虚ろに呟きを繰り返すのみ。
俺は、奴らの悲鳴と嘆願をBGMとし、クレーンを操作し、檻を火口から100メートルまで降ろした。
天帝王たる俺は、愚か者どもの絶望に満ちた叫びを無視し、クレーンを冷徹に操作した。
ウインチが軋む、地獄の鐘の音が鳴り響き、檻は、地獄の火口から逃れられぬ死と生の中間地点、復讐の舞台たる100メートル地点へと、ゆっくりと、狂気的なまでに正確に降下した。
◇ ◇ ◇
モニター越しに焦熱に喘ぐ愚か者どもを見る。
それから1日後、ダラスは息絶えていた。
精神的な限界に耐えきれず、一滴の水も口にせぬまま。
チッ……上流階級の脆弱さか。
三日後、遺体は腐敗し、檻の中に悪臭が満ちているらしい。
「何だこの臭いは……」
バルストの声が、スピーカーから聞こえる。
「もう……嫌ぁ……」
ロニアは、ずっと泣いている。
俺は、モニター越しにその光景を見つめていた。
これで、満たされるはずだ。
奴らの絶望。奴らの苦しみ。
これこそが、俺が求めていたものだ。
だが──
胸の奥は、相変わらず冷たいままだった。
◇ ◇ ◇
何も、変わらない。
もっと苦しませれば、この虚無は消えるのか?
俺は、自分に問いかけた。
答えは、出なかった。
それでも、俺は止まれなかった。
7日目。
「バルスト、ロニア」
「貴様らに、天帝王たる俺からの恩赦を与えよう。そこから、出してやる」
「テ、テリアル……助けてくれるのか……!」
バルストが、希望に満ちた声で言った。
「ほ、本当に……本当に私を……許して……くださるのですか?」
震える声で、ロニアが尋ねた。
愚か者どもめ。
許すわけがない。
俺は、奴らを地獄から地獄へと移すだけだ。
そして──それは、俺自身も同じだった。
「ああ……そうだ。ウプロンド! 聞いてるだろ?」
空中からウプロンドが、物質化して現れた。
「フム、新たな支配者よ。興行の次のステップか。よろしい」
「ああ、予定通りに実行するぞ。バルストとロニアに、天帝王級の治療技術で治療を施せ」
「ハッハッハ! 最高のサービス精神だ。一ヵ月で完治させてやろう」
ウプロンドがそう言うと、檻の中に現れた。
「あ、あああ……絶対神様……!」
ロニアは、安堵に意識を失い、崩れ落ちた。
バルストは、プライドを失い、泣き崩れた。
◇ ◇ ◇
ウプロンドは、二人を抱きかかえて連れ去った。
「お、おい! テリアル! 俺は!? 俺を忘れるな! 俺も連れて行け! 連れて行ってくれぇ~~~!!」
オベロンの絶望的な叫びが、響く。
俺は──
何も、答えなかった。
答える言葉が、見つからなかった。
オベロンは、この地獄に残る。
バルストとロニアは、次の地獄へ。
どちらが幸せなのか。
俺にも、分からなかった。
「このっ! 悪魔がぁあああ!!!」
オベロンが、叫んだ。
悪魔。
その言葉が、胸に刺さった。
◇ ◇ ◇
俺は、悪魔になったのか。
だが、もう引き返せない。
俺は、モニターから目を背けた。
数日後、オベロンは息絶えた。
俺は、用済みとなった檻を火口へ投下し、空機を呼び寄せた。
空機で王宮へ戻る間、俺は窓の外を見つめていた。
日食――星空が、美しかった。
あの日、父と母と見た星空。
あの時の自分は──
俺は、目を閉じた。
もう、戻れない。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第41話 終わり】
次回:【第42話】感謝
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




