【第37話】立派
屈辱的な療養期間中、作業用機械のAIに指示し、復讐の準備と施設を迎え入れるための舞台を既に整え終えていた。
AIに、かつて俺を嘲笑い、踏みにじった愚か者どもの現在を調べさせた。
最初に目に飛び込んだのは、ミラサだ。
あの女、図々しくもエリートの聖騎士団に入団していたらしい。
しかも、あの女の父親が聖騎士オルタスだという、まことに都合のいい真実が発覚し、聖騎士の地位に収まっていたのだ。
皮肉なことに、聖騎士オルタスは俺を勇者学校に連れて行った男だ。
俺が旅立って以降、男だけを狙う暗殺事件が天帝国内で毎日発生しているという。
監視の目には、倒れた男の姿しか映っていない。
疑問に思い、ウプロンドに問うてみたところ、奴は笑った。
「すべて、ミラサの仕業だ」と。
◇ ◇ ◇
そう、あの女は昔から短剣を使っていた。
その腕は現在、さらに磨き上げられている。
「ではなぜ捕らえない?」と問うと、その質問に、奴は歓喜を滲ませた。
「最高の興行だ。面白いから放置している」だと。
ウプロンドは、とことん悪趣味な野郎だ。
なぜ、あの女がそんな暗殺行為に手を染めているのか、その根源的な理由を、俺はウプロンドに聞いてみたが、答えなかった。
その代わり、奴は、俺の神経を逆撫でするように全身の喜悦を込めた、甲高い嘲笑を響かせやがった。
そして、家政機リタはミラサの元で働いていた……
ノノイを失い、完全に孤独になった俺にとって、リタは物心がつく前から俺の傍にいた、唯一の「家族」の残滓だ。
リタ……必ず取り戻しに行くから待っててくれ。
◇ ◇ ◇
ロニアは卒業後、バルストと別れ、勇者学校の先生に落ち着いた。
一方、いじめの首謀者バルストは、勇者の特権を盾に、出来る限りの贅沢を貪る腐った生活を送っているという。
あの常にイライラしているオベロン先生。
奴は30歳まであと3ヵ月という瀬戸際で、ウプロンドの布告によりカテーテル式爆弾センサーの機能が無効となり、一時の安堵を得ていた。
だが、この俺が天帝王に就いたと知り、過去の侮辱行為を思い出して、その表情は恐怖で青ざめきっているそうだ。
そして、校長ダラス。
あいつは上流階級だ。
上流階級に罰などは一切与えられないのが、この腐った世界だが、こいつにも引導を渡してやらねば。
特に、こいつらには俺からのスペシャルプレゼントを無理やりにでも渡してやらねばならない。
◇ ◇ ◇
通達で指定場所に来なかった勇者どもは、俺の支配下にある聖騎士団に無理やり連行させた。
その間、待機用施設では、聖騎士団が丁重にもてなしている。
絶望への前座としてな。
だが、ミラサだけは、捕らえることができなかった。
「チッ! あの女は一体、どこに潜みやがった!」
俺は、怒りと焦燥でイライラしながら、静まり返った待機用施設の廊下を歩いていた。
「ん?」
(何かがおかしい……)
突然、天井から冷たい殺意の気配を感じた、その瞬間。
一閃のナイフが、俺の首筋を容赦なくかすめた。
「んんっ!?」
◇ ◇ ◇
ウプロンドとの戦いで磨き上げられた俺の反射速度は、ナイフの軌道を瞬時に捉える。
俺は、その手首を素早く掴み、力を込めて裏へと回し、動きを完全に封じた。
そして、冷酷な目で、その覆面の下に隠された顔を覗き込んだ。
「!?」
憎悪と、過去の疼くような愛憎が混じり合った、見覚えのある顔がそこにあった。
「ミラサ!?」
捕縛された深い青紫色の髪の美貌は、屈辱と怒りに歪んでいた。
「クックソッ!?」
ミラサは、憎悪に染まった瞳で俺を睨みつけた。
「その汚らわしい手を放せっ! 気持ち悪いっ!」
ミラサは、嫌悪感を露わにした。
もし、俺があの過酷な修行で感覚を研ぎ澄ませていなければ、この熟練のナイフ使いの奇襲に、今頃俺の首は胴体から離れていたことだろう。
◇ ◇ ◇
「ここにいたか、ミラサ……」
「まさか、この俺を暗殺しようと企んでいたとはな」
俺の心は、憎悪、屈辱、そして過去の拒絶の痛みに満ちていた。
「俺は、お前を許さない」
ミラサは必死に抵抗するが、俺の恨みを込めた本気の力には、到底敵わなかった。
「おい! ウプロンド!」
俺は、ウプロンドを呼びつけた。
「ハッハッハッ! 危なかったな! テリアル!」
「てめぇ……このことを知っていたな?」
ウプロンドが現れ、ミラサはびっくりしたのか、そいつを前に微動だにしなかった。
「ふむ、こうして会うのは初めてだな、ミラサ。実は、我は、お前も監視していたのだよ」
◇ ◇ ◇
「お前が抱いている思想は、かなりずれているが、あっている所もある。まあ、全て我がそういう世界にしただけのことだ」
「ハッハッハッ! ……視野を広げるべきだったな、可愛い子ちゃん!」
「死ねっ! この化け物がっ!!」
ミラサが、憎悪を込めて叫んだ。
「ハッハッハッ!」
「おい! こいつを独房に入れるのを手伝え!」
俺には、こいつらが何の話をしているのか分からなかったが、どうでもよかった。
復讐のために特注した堅牢な独房に、俺はミラサを力ずくでぶち込んだ。
防音効果は万全。彼女の悲鳴は、誰にも届かない。
厳重に手錠を掛け、ナイフなどの武器を全て取り外す。
◇ ◇ ◇
無力化されたミラサを見て、ウプロンドが肩をすくめた。
「ふむ、では我は行くぞ。後は、若い二人で楽しめばよい。ではなテリアル、ミラサ」
独房の扉が、重い音を立てて閉まる。
「いいか、ミラサ。貴様の相手は後だ。大人しくそこで待っていろ」
俺は冷たく言い放ち、踵を返した。
最優先は、家族であるリタの回収だ。
すぐさま、ミラサの住居へと向かった。
あの女が不在の今、リタを取り戻す最良の時だ。
扉を蹴破り、中に入る。
部屋の奥──
「天帝王テリアル様とお見受け致しました」
リタが、不思議そうに俺を見る。
その姿を見た瞬間、俺の胸に、久しぶりに温かいものが流れた。
◇ ◇ ◇
「リタ……お前は昔俺の家族だったんだぞ、初期化されて覚えてないのか?」
俺は祈るような気持ちで言った。
「申し訳ございません。初期化前のことは存じておりません」
「そうか……リタ、天帝王として命令する。王宮へ来い、そこで俺とリタがかつて家族だった頃の情報の断片を導入する。良いか?」
「天帝王の命令とあらば」
リタの淡々とした返事に胸が軋む。
俺はリタの手を取り、迷わず王宮へと連行した。
王宮最深部のAI管理室。彼女のプログラムに、かつての家族の記録を導入する。
機械的な音声が『データ統合完了』を告げ、リタの瞳が光を失った。
数秒後、電源が再投入される。
リタがゆっくりと動き、俺を見た。
◇ ◇ ◇
「テリアルぼっちゃま……ずいぶん大きく、立派になられましたね」
リタは優しく、昔と同じように微笑んだ。
その言葉は、復讐の炎で冷え切った俺の胸に突き刺さる。
俺は顔を歪ませた。
この血塗られた道を選んだ俺が、『立派』であるはずがない。
リタの無垢な笑顔が、俺の罪を証明しているようだった。
「ああ、俺は魔物と魔神のいない世界を作り上げたんだ」
(確かに、嘘ではない。だが、その過程は)
「素晴らしいです。もう、テリアルぼっちゃまとは呼べませんね。うふふ」
リタは昔と変わらぬ笑顔で頷いた。
「あ、ああ……リタ、これからこの王宮で俺と共に暮らそう。だが、俺はすぐに出なければならない。まだ、やるべきことが山積みだ」
「また一緒に暮らせることが嬉しいです。王宮はお任せください」
「感謝するよ、リタ。必ず戻る」
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【第37話 終わり】
次回:【第38話】暴力
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次回もお楽しみください。




