【第30話】終着点
――そして、二年の歳月が流れた。俺は23歳を迎えていた。
村での穏やかな日々とは裏腹に、俺の存在理由は、もはや魔神を滅ぼすこと、その一点のみに集約されていた。
復讐こそが、俺の全てだった。
村外れの荒野。乾いた風が吹く中、二つの影が交差する。
「ふんっ!」
轟音と共に、巨大な鉄塊が振るわれる。
バスティオだ。彼の巨躯から繰り出される特大剣の軌道には、驚くほどの『しなやかさ』が加わっていた。
元々の陽気な馬鹿力に、流水のような柔軟性。その剣筋はもはや、剛力だけでは説明のつかない予測不能な領域に達している。
「……甘い!」
その豪剣を紙一重でかわし、懐へ潜り込む影があった。
ノノイだ。
俺が徹底的に仕込んだ『瞬間移動対策』の成果だろう。
彼女の太刀筋は、刹那の隙を縫う『異次元の精度』を見せていた。
もし今の俺が油断すれば、彼女の微かな気配すら捉えられず、瞬きの間に斬り伏せられる――そう感じさせるほどの冴えだ。
奴らの力は、俺の目的を果たすに値するまでに磨き上げられた。
俺は、全てを終わらせる時が来たと確信した。
復讐への確固たる信念が、俺の冷たい心臓を突き動かしていた。
「行くぞ。……魔神城へ、あのクソッタレなウプロンドに、地獄を見せてやる時だ」
全ての人類を苦しめてきた元凶への憎悪が、どす黒い炎となって胸の内で燃え上がる。
「……本当に、それで良いのね?」
ノノイが静かに、しかし確かめるように尋ねてきた。
この平和な場所を捨てることになる。その意味を問うているのだ。
「ああ。もう引き返せねぇぞ」
俺の答えに迷いはなかった。
「ノノイ、お前こそ良いのか?」
俺は、現実を突きつけるように言い放った。
「二度と、この温かい場所には戻れないかもしれねぇぞ?」
「うん、大丈夫よ。私、この二年間で研ぎ澄ましたこの実力を、全力でぶつけられる相手と対峙したいの!」
彼女らしい、純粋な挑戦者としての好戦心が垣間見える。
「バスティオ、お前は?」
「何を今さら水臭いこと言うんだよ、テリアル! 俺は最初っから決まっているぜ!」
バスティオは、胸を力強く叩いた。
「準備は満タンだ! 村の女子たちにも、『英雄になって帰ってくるから待ってろ』って、しっかり別れを告げてきたからな!」
「ふっ……そうか……相変わらず、おめでたい奴だな」
「さて、空機に乗る準備はできたかのう?」
ヴェンが、穏やかに言った。
「ああ……とっとと行こうぜ、じいさん」
俺たちは、禍々しい形状の空機に乗り込み、ウプロンドがいる魔神城まで、僅か約二日間の旅へ出る。
高度なテクノロジーがもたらすこの短時間移動は、俺の復讐の業火をこれ以上待たせる必要がないことを意味していた。
禍々しい空機の中。
二日間の旅路にすべきことは、特になかった。
俺がノノイと付き合い始めて、約一年。
きっかけは、彼女の無邪気なまでの直球な告白だった。
誰も信用できなかった俺の心を、彼女の底知れない優しさが溶かしたのだろう。
俺自身、彼女の存在を拒否しようとは思えなかった。
◇ ◇ ◇
俺は座席を伸ばした空機の簡易ベッドの上で、無意識にノノイに近づいた。
その温かい膝の上に、頭を乗せる。
「ふふっ……おねんねする?」
ノノイは、俺の疲弊した心を全て理解しているかのように、優しく髪を撫でた。
「ちっ!」
照れ隠しで舌打ちをしつつ、俺はそのまま彼女の体温を感じられるようにうつ伏せになった。
「本当に照れ屋さんなんだから」
ノノイは、くすくすと可愛らしく笑う。
「んぐっ!(うっせぇーよ!)」
俺は、その温もりの中で、ようやく気づいた。
修行ばかりで、幼少期に両親から十分に甘えることができなかった欠落の全てを、俺は今、ノノイという光に、貪るように甘えて満たしてもらっているのだと。
二日間の復讐への猶予期間。
俺は、ノノイの温もりという名の逃避場所に身を委ねた。
地獄のような日々で失った、幼少期の全てを、満たすように。
◇ ◇ ◇
「さて、魔神城付近に着いたぞい、目的地はすぐそこじゃ」
「儂は、一週間、この空機と共にお主たちが戻ってくるのを、ここで待っとるからのう」
「何かあったり、魔神を倒したら、すぐに戻ってくるのじゃ」
「一週間たっても、お主らが戻ってこない場合は、魔神にやられたと推測して、儂はさっさと帰るぞ? 儂にも儂の人生があるからのう」
「ああ、分かった……一週間もいらねぇ。遅くとも三日あれば、全て終わるだろう」
俺たちの力が、今や魔神に届く域にあると確信していた。
◇ ◇ ◇
禍々しい魔神城は、空機を降りた場所からでも嫌というほど視認できた。
周囲は暗側に近いせいか、第二恒星クリグロスの影響で濃い紫色に染まり、その不気味な空気が、これから始まる復讐の舞台を彩っていた。
「そうだな! もう待てねぇぜ!」
バスティオは、特大剣を肩に担いだ。
「じゃあ、行くか!」
バスティオは、高揚感を隠せずにいる。
俺たちは、魔神城という名の復讐の終着点を目指し、一歩一歩、憎悪を噛みしめながら歩き出した。
吐く息は白く、肌寒い。それでも、初めて目にする小さな白い粒に、バスティオははしゃいでいた。
「おい! テリアル! 雪だぜ! 雪!」
うるさい奴だが……変わらないな、こいつは。
◇ ◇ ◇
半日ほど進んだ時、大地が揺れるような轟音と共に、二匹の巨大なドラゴン型の魔物が、俺たちを待ち構えるかのように立ちはだかった。
その巨体は、以前遭遇した一匹よりもさらに禍々しく、全身を覆う漆黒の鱗が、不気味な紫色の空を反射している。
「へっ! 昔、ドラゴンを相手にしたのを思い出すな。まさか、今回は門番のドラゴンが二匹か! ちょうどいい相手じゃねぇか!」
「チッ、油断するな……以前の比じゃねぇ」
「二匹同時だ。一瞬たりとも気を抜けば、俺たちの復讐はここで終わるぞ」
「大丈夫よ、テリアル! 三人で力を合わせれば、絶対に負けない! 私の俊敏な動きで、二匹の気を散らすわ!」
ノノイは、既に戦闘態勢に入っている。
「よし、ノノイ! お前が隙を作るんだ!」
バスティオが、号令をかけた。
「テリアル、一匹は俺が引きつける。お前はその間に、もう一匹を仕留めろ!」
「ああ! 二対一の状況を、すぐに一対一に変えてやる!」
◇ ◇ ◇
バスティオの豪快な号令と共に、戦いが始まった。
一匹のドラゴンが、灼熱の炎を噴き出す。
バスティオは特大剣を盾にし、炎の直撃に耐える。
その隙に、ノノイが風のように駆け抜けた。
「ここよ!」
ノノイの剣が、ドラゴンの分厚い鱗の隙間を正確に突き、鋭い痛みを与えた。
怒り狂ったドラゴンは、ノノイを叩き潰そうと尾を振り上げるが、ノノイは瞬間移動の残像のように、その場から消え去る。
(訓練した成果か……)
俺は、目を閉じ、視覚を完全に遮断した。
ノノイの微かな気配、バスティオの剣が風を切る音、そして二匹のドラゴンの巨大な足が地面を揺らす振動……
その全ての感覚を研ぎ澄ませる。
一匹目のドラゴンがバスティオに釘付けになっているのを感じ、俺は二匹目のドラゴンへとまっすぐ突進した。
二匹目は、不意打ちを警戒するように尻尾を振り回していたが、俺には関係ない。
俺は、その巨体のわずかな筋肉の動きから、次の一撃を予測した。
「遅い!」
俺は、ドラゴンの腹の下深くに潜り込み、剣で漆黒の血が噴き出すほどの深い傷を刻みつけた。
ドラゴンは苦痛に吼え、炎をランダムに噴射して周囲を焼き払おうとする。
◇ ◇ ◇
その時、バスティオの雄叫びが響いた。
「ウオオオラァアア!」
一匹目のドラゴンが、バスティオの命を賭した一撃により、首元に深く突き立てられた。
その剛剣の重さと、バスティオの鍛え上げたしなやかで強靭な馬鹿力が合わさり、ドラゴンは体勢を崩し、巨体を地面に叩きつけられた。
「チャンス!」
ノノイは、地面に倒れたドラゴンの眼球目掛けて、渾身の剣を突き立てた。
二匹目のドラゴンが怯んだ隙を逃さず、俺は体勢を立て直した。
全身の感覚が研ぎ澄まされ、もはやドラゴンの動きはスローモーションのように見えていた。
俺は飛び上がり、背中を大きく切り裂きながらドラゴンの頭部へと上り詰める。
そして、全ての憎悪と復讐の念を込め、剣をドラゴンの脳へと深々と突き刺した。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
二匹のドラゴンは、ほぼ同時に断末魔の咆哮を上げると、紫色の空の下で、漆黒の血を撒き散らしながら、静かに息絶えた。
「……終わった。チッ!」
俺は、剣を引き抜きながら、息を切らして呟いた。
心臓の鼓動は激しく鳴っているが、高揚感や達成感よりも、復讐への確信だけが残っていた。
「ハッハッハ! マジかよ、やったぜ、俺たち!」
バスティオは、特大剣を地面に突き立てて笑った。
その顔には、純粋な戦いの喜びが溢れている。
「やったね、テリアル! バスティオも!」
ノノイは、嬉しそうに駆け寄った。
「私たち、強くなった!」
ノノイは、すぐに俺とバスティオの怪我を心配するように、母性的な優しさを滲ませて言った。
俺は、冷たい目で目の前の二匹の魔物の死骸を見下ろした。
(この力なら、ウプロンドにも届く)
俺の復讐の終着点は、もうすぐそこにあった。
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【第30話 終わり】
次回:【第31話】玉座
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次回もお楽しみください。




