【第19話】恋の呪い
【注意】
この話には、いじめ、精神的に非常に重い展開が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
日が経つにつれて、僕はミラサのことばかり考えるようになった。
僕の視線は、どんなに見ないようにしても、気がつけば彼女を目で追っていた。
「テリアル……言いにくいんだけどよ」
バスティオが、真剣な顔で言った。
「ミラサは、やめておけ」
「はぁ? なんでだよ?」
「あいつ、おかしいんだよ。ドラゴン戦の時、見ただろ? あの動き」
「それに……目だ」
「目?」
「ああ。時々、俺たちを見る目が、まるで……魔物を見るような目なんだ」
「何かがおかしい。普通の女子じゃねぇ」
「何だよそれ。意味が分からねぇんだけど」
「だとしてもだ、とてつもなく好きなんだ。今更、好きになるなは不可能だ」
僕の胸中に沸き起こる感情は、理屈ではどうすることもできない。
「……それもそうかもしれねぇがよ……とにかく、気を付けろ」
「意味が分からねぇ」
◇ ◇ ◇
僕が、クルルム絶壁で伝説の薔薇を手に入れ、ミラサに告白してから数か月も経ったとある日のことだった。
未だ返事のない彼女に、僕は焦っていた。
「おい、見ろよ。テリアルのやつ、ミラサをじっーっと見ているぞ。へへへ」
「イィヤャアァッ!!」
「ほんっと気持ち悪いわねっ!」
女子の甲高い悲鳴に、教室中の視線が僕に突き刺さる。
堪えきれなくなった僕は、思い切ってミラサに話しかけた。
「ミラサ。そろそろ、返事が欲しいんだけど」
「迷惑ですから、話しかけないでください」
ミラサの声は、僕の予想を遥かに超えるほど、ピリッとした冷たさを帯びていた。
「あと、貴方の視線、気に入らないです。こっち見ないでください」
その言葉は、まるで冷たいナイフで心臓を突き刺されるようだった。
これほどまでに真っ直ぐな拒絶は、僕の胸を引き裂いた。
「………」
思考が、完全に停止した。
目の前が、真っ白になる。
世界が崩れ落ちるような絶望感だった。
心臓が痛い。胸が苦しい。何だこれは?
僕は、何か悪いことでもしたのか?
僕が悪いのか? なんで? どうして?
ロニアに裏切られた時とは違う、苦しい痛みだった。
汚物のように扱われてきたこの身は、慣れたはずなのに。
なぜ、こんなにも心が、痛むのだろう。
次の日も、ミラサへの抑えきれない想いが、僕の視線をどうしても彼女から引き離せなかった。
どうすれば、この、どうしようもない感情を抑えられるのか、分からなかった。
そう思ったその時。
「もう、いやっ!」
ミラサは、急に語気を強めた。周囲に聞かせるかのような、甲高い声だ。
「気色悪い! こっち見ないでよ、ストーカー!!」
その言葉は、僕の心を容赦なく引き裂いた。
特に「ストーカー」という言葉が、僕の存在全てを否定するかのように心臓に突き刺さった。
まるで、僕の一番嫌な部分を、みんなの前で晒されたようだった。
その日を境に、ミラサからの露骨な拒絶が、僕の日常となった。
教室では冷たい視線を浴び、廊下を歩けば罵声が飛び交う。
彼女の言葉は、毎日僕の心を蝕んでいった。
そんな地獄のような日々が、一年続いた。
◇ ◇ ◇
ある日、オベロン先生からの呼び出しを受けた。
職員室に先生の姿はなく、恐らく短剣サークル教室にいるだろうと教えられた。
短剣サークル。その響きだけで、僕の心臓は締め付けられた。
ミラサがいる。
彼女の冷たい視線や罵倒を避けるため、僕は細心の注意を払った。
ドアのわずかな隙間から、先生の姿を探した。
「頼む、先生いてくれ……でも、奥まで見えないな……」
僕が、深く覗き込んだその時。
甲高い声が、聞こえた。
「キャァ! 誰かが覗いてる!」
「クソっ! 最悪だ!」
僕は、廊下近くの角の隙間に入り込んで隠れた。
「あれ? 見間違いかな?」
一瞬だけ、安堵が訪れた。
「はぁ、はぁ……危なかった……バレるところだった」
もう一度だけ、確認しなければ。
そう思って、再び扉の隙間から中を覗き込んだ。
もし先生がいなければ、そのまま立ち去るつもりだった。
「やっぱり、いないな……」
その瞬間、扉の向こうから聞こえたのは、先ほどの女子生徒の声だった。
「いや~~~! やっぱり誰かいる!」
女子生徒が、こっちに向かって走って来る。
「あれ? いない?」
と声が聞こえたその時。
その女子生徒の顔が、僕の目の前に現れ、僕は凍り付いた。
「いやっ! い、いたわよ! みんなっ!!」
「クソっ!!」
僕は、その場から全速力で走り去った。
あれから、僕の悪評は瞬く間に学校中に広まった。
僕は『ミラサのストーカー』として、完全に定着してしまった。
もう、どんな言葉を尽くしても、この誤解を解くことなどできないと、絶望した。
嫌われ者の言葉など、誰も耳を傾けはしない。
この世界では『真実よりも、多数の大きな声の方が真実になる』。それが、僕が学んだことだ。
腐っている。
この人間社会は、腐りきっている。
そう確信した。
理不尽極まりないこの穢れた世界を、改めて心底憎かった。
◇ ◇ ◇
あれから約2年間が経ち、僕は18歳になった。
ミラサからの冷たい言葉と、クラスメイトからの陰湿ないじめに耐え続ける日々だった。地獄のようだった。
ミラサにどんな罵声を浴びせられようが、どれほど卑劣な方法で苦しめられようが、それでも彼女を好きだという気持ちは、まるで呪いのように僕の心にまとわりつき、離れることはなかった。
だが、好きな子からの罵声というのは、信じられない程に精神的に来る。
もう、僕の心は限界だった。
張り詰めた糸が今にも切れそうなほどに、僕は疲れきっていた。
この終わりの見えない苦しみから、どうしても解放されたかった。
だから、決意したんだ。
ミラサ宛に手紙を置いて、その返事次第で、この嫌な恋に終止符を打とうと。
もちろん、まともな返事が来ないこと、いや、拒絶されることは百も承知だった。
でも、それでも、きちんと僕のことを、僕の気持ちを、正面から「嫌い」だと、あるいは「迷惑だ」と言って、断って欲しかった。
それだけが、僕に残された、せめてもの救いになるはずだった。
手紙には、ただ簡潔に僕の心を綴った。
「テリアルです。俺のことどう思っていますか? 嫌いであれば、嫌いだと、はっきり言ってください、返事をください。お願いします」
そして、その手紙の端には、僕が挿し木で育てた、伝説の薔薇の花を押し花にして、そっと添えた。
その日、机に向かうと、見慣れない紙が挟まっているのに気づいた。
「……返事か」
心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。
震える手で、ゆっくりと紙を取り出した。
開く。
最初に目に飛び込んできたのは、短い一文だった。
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【第19話 終わり】
次回:【第20話】砕かれた薔薇
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




