【第18話】嘲られた告白
【注意】
この話には、いじめ、精神的に重い展開が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
それから数ヵ月後、僕が15歳を迎えた頃、クルルム絶壁へと旅立った。
それはまさに巨大な壁がそそり立つような、圧倒的な光景だった。
僕は、その険しい壁を登り始めた。
約五日間をかけて、ようやく登り切った。
途中のハンギング・ビバークも、とても辛かった。
しかし、魔神を倒すための修行、そしてミラサへの秘めたる想いが、僕を突き動かしていた。
山頂に近づくと、真っ赤な花が見えた。
伝説の薔薇は、本当にあった。
その鮮やかな赤は、まるでこの険しい道のりへのご褒美のように目に飛び込んできた。
僕は、挿し木が出来るように慎重に枝を切り、その薔薇を大切に摘んだ。
移動の衝撃で花びらが一枚たりとも散らないよう、たっぷりと濡らした布に包み、水入りの瓶と一緒に丁寧にしまい込む。
絶壁を降りるのは、登りとは比較にならないほど容易いものだった。
僕は、山頂で携行してきたウィングスーツに着替える。両親からたった2回だけ教わった飛翔術を使うためだ。躊躇なく身を投げ出し、空を滑空する。
学校では卒業前に何度か飛ぶ練習をすると聞いていたが、そんな訓練など必要ない。
僕の身体は、血の中に刻まれたように、宙を覚えていた。
五日間、必死に登り続けてきた約1500メートルの絶壁も、ウィングスーツがあればものの数分で降りてしまえる。
この瞬間、僕は足元の理不尽な大地から解き放たれたような、強烈な解放感を味わった。
五日間かけた辛い登りは、この技術と道具によってものの数分で過去のものとなる。
これは、僕自身の血筋と鍛錬された身体があってこそ初めて可能になる、圧倒的な時間の短縮だ。
改めて、この『力(飛翔術)』と『技術』の組み合わせが、どれほど世界を変え、僕の行動範囲を広げる便利なものか、よく分かった。
帰りの道中、魔物に遭遇しないよう細心の注意を払い、無事に家へ戻った。
僕は、摘んできた薔薇に真っ先に水を入れ替えた後、伝説の薔薇を手にリフィエの元へ向かった。
◇ ◇ ◇
「あれ? テリアルじゃん! どうした?」
バスティオが、驚いた顔をした。
「伝説の薔薇を摘んできたから、リフィエにあげようと思ってな」
「すげぇ! それが伝説の薔薇か……綺麗だな」
「リフィエも喜ぶよ! ほら、あがってけ」
「テリアルお兄ちゃん!」
「え……もしかして、手に持ってるのって、伝説の薔薇!?」
キラキラと目を輝かせ、弾むような声で駆け寄ってくる。
その瞳は、まさに夢が現実になったかのような純粋な喜びで輝いていた。
「うわ~綺麗……」
僕は、伝説の薔薇の花束をリフィエに差し出した。
その手には、これまで辿ってきた険しい道のりの記憶と、リフィエへの想いが詰まっている。
「五つもいいの?」
「ああ、感謝の気持ちだ」
「あ! ありがとう、テリアルお兄ちゃん!」
リフィエは、目を潤ませた。
「私も、テリアルお兄ちゃんに出会えて幸せだよ!」
「どうせなら、意味を込めて渡した方が良いなと思ってな……」
すると、リフィエは満面の笑みで僕に抱きついてきた。
体から伝わる温かさは、僕の心をじんわりと溶かしていくようだった。
「このままだと勿体ないから、挿し木にして増やすんだ!」
「いいね。俺も挿し木用で何本か取って来たんだ」
「もっといるなら、あげるよ」
「ううん、大丈夫! 私、育てるの得意だから!」
リフィエは、薔薇を見つめた。
「これだけあれば、一本くらい立派な木に育て上げることが出来るよ!」
「リフィエが育てた伝説の薔薇の成長を、楽しみにしてるよ」
◇ ◇ ◇
数日後、僕は3本の伝説の薔薇の花束を隠し持ちながら、ミラサに渡す絶好の機会を窺っていた。
真っ赤な花弁が金色の縁取りで輝くその薔薇を見て、僕の胸を高鳴らせた。
なかなかタイミングがつかめなかったが、意を決して下校中のミラサを呼び止めた。
「ミラサ! ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな?」
喉が渇いた。魔物と戦う時よりも、手術を受ける時よりも、この告白の方が怖かった。
「え……」
ミラサは、少し驚いた顔をした。
「ちょっとだけなら……」
人気のない場所まで移動すると、僕は震える手で花束を差し出した。
「俺は、ずっとミラサのことが好きでした。どうか、俺と付き合ってください!」
人生で一番大事な告白だ。喉が、カラカラになった。
「え……」
ミラサの視線は、差し出した花束に注がれていた。
「この薔薇は、もしかして……伝説の?」
僕は、少し驚いたが、すぐに答えた。
「ああ、そうだ。クルルム絶壁の山頂まで、登って見つけたんだ」
「ミラサに、どうしても受け取ってほしくて……俺の気持ちなんだ。どうか、受け取ってくれ」
ミラサは動揺しながら、静かに花束を受け取った。
「受け取るだけ受け取るね……」
ミラサは、目を伏せた。
「でも、返事は少し待ってほしい。いいかな?」
彼女の言葉に、わずかな不安を感じたが、それでも希望が勝る。
「ああ、もちろんだ! いくらでも待つよ」
「………じゃあ、わ、私帰るね」
そう言うと、ミラサは静かに背を向け、去って行った。
その背中を見送りながら、僕はただ、返事を待つしかなかった。
胸の奥には、彼女が薔薇を受け取ってくれたことへの安堵と、期待が入り混じった複雑な感情が渦巻いていた。
◇ ◇ ◇
そして、翌日。
教室に入ると、いつものオベロン先生の怒鳴り声が響き渡る。
「おい! いつもいつも遅刻しやがって。何処ほっつき歩いてんだ」
「すみません」
「早く席に就け。いいか、今日は筆記テストだ」
先生は、プリントを配り始めた。
「この問題を今日中に解決して、この箱の中に入れろ。以上だ」
「俺は、他のことがあるからいないが、騒ぐなよ!」
オベロン先生は、いつも通り面倒くさそうに吐き捨てると、すぐに教室を出て行った。
張り詰めた静寂の中、問題を解き進めていると、突然、誰かの声が響いた。
「なぁなぁ、実は昨日さ」
男子生徒の声が、聞こえた。
「俺、見ちゃったんだよな……」
その声が耳に入った瞬間、僕の心臓は嫌な予感に締め付けられた。
「え~なになに~」
「テリアルが、ミラサに花束を渡して告白している所をだ」
心臓が、止まったかのような衝撃が全身を襲った。
喉が張り付いたように乾き、呼吸すら困難になる。
僕の最も秘めたる想いが、今、白日の下に晒されている。
顔から血の気が引き、頭の中が真っ白になった。
僕は、出来る限り課題に集中しているように装った。
震える手でペンを握り締め、必死に視線をノートに固定する。
しかし、文字が霞んで何も見えない。
「きゃあ! きんもち悪いぃ~!」
「私だったら、あまりの気持ち悪さにその場で倒れているわ!」
耳元で、嘲りの言葉が響く。
「気持ち悪い」何度も向けられた言葉だ。
「おいおい、そんな言い方ねーだろ!」
バスティオが、声を上げた。
「おいおい、テリアル……お前、本当に気持ちわりぃ奴だな! へへへ」
バルストの言葉が、僕の心臓に直接ナイフを突き立てるかのようだった。
ユラを殺された時の、あの底知れない憎悪が再び燃え上がる。
同時に、彼の視線が僕を汚れたものを見るかのように突き刺さった。
「バルスト、やめろ!」
バスティオは叫び、教室はざわめき始めた。
特に女子の視線は、容赦ない。
「うおぇ! 花束渡すとか、それはねイケメンにしか許されないんだよ!」
「だよね~。キモイ奴がやっても、気持ち悪いだけなんですけど~」
「え~……ミラサかわいそう~~~」
「ううぅ……流石に引くわ~」
クラスの女子達がここぞとばかりに僕を責め立てる。
「みんな、落ち着こうぜ!」
バスティオが、声を張り上げた。
「告白するのって、別に悪いことじゃねぇだろ!」
「え~でも、本当のことだもん!」
「他の女子もそう言うということは、そう言う事でしょ?」
「でも、バスティオがやめろって言うなら、やめようかな~」
言葉が、まるで無数の針のように僕の心を刺し貫いた。
僕の存在が、彼らにとってどれほど不快なものなのか、痛いほど理解させられた。
「ふっ、ひっひっひ……お前、やっちまったなぁ!」
その声は、心の奥底まで響き、僕の全てを奪い去ろうとするかのようだった。
バスティオは相変わらず庇ってくれるけど、僕にとっては焼け石に水だった。
恐る恐る、ミラサの方を見る。
彼女は、何事もなかったかのように課題に集中している。
その無表情な横顔は、僕の期待も絶望も一切反映していないかのようだった。
彼女がどう思っているのか、それとも、僕の告白など最初からどうでもよかったのか。
僕は、どうすればいいのか分からず、ただ、この場から逃げ出したい一心だった。
早く課題を終わらせ、この地獄のような教室から立ち去った。
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【第18話 終わり】
次回:【第19話】恋の呪い
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




