【第15話】アルテムス
【注意】
この話には、精神的にやや重い展開が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
それ以来、僕は天帝国の外で野営しながら修行して、家に帰る事は殆どなくなっていた。
座学は、たまに知らないことが知れたりすることがあったから、勇者学校に行く。
後は、バスティオがいるから。
彼と一緒に魔神討伐に行くまで、学校という地獄に通っていた。
バルストは相変わらず、僕にロニアとの親密な関りを見せつけ、僕の神経を逆撫でてくる。
バスティオは、「たまにリフィエに顔を見せてあげて欲しい」と言うけれど、そんなこともどうでもよくなっていた。
僕の心は、かつてないほど冷え切っていた。
僕は学校の裏庭で独り、身を隠すように座り込んでいた。
僕の心は怒り、屈辱、そして深い不信感によって完全に塗り固められ、誰とも関わりたくないという感情で満たされていた。
(どうせ、誰も彼もが俺を嘲笑うためだけに存在している)
そう思うと、この腐りきった世界への憎悪が募る。
そこに、とある後輩が近づいてきた。
「あの……私、エメラと申します」
「今、お話しいいですか?」
(誰だよこいつ……)
僕は、憎悪に満ちた目で彼女を睨みつけた。
僕は、深い不信感に囚われていた。
誰彼構わず『敵だ』と認識する僕の直感が、エメラの接近もまた、新たな嘲笑のための『罠』だと決めつけていた。
しかし、エメラのまっすぐな瞳と、その可愛らしい顔立ちを見た瞬間も、僕の不信感は揺るがなかった。可愛い顔に騙されてはいけない。そう思った。
僕は、すぐには感情的に爆発せず、彼女の真意を測るように、荒々しい言葉を吐き出した。
「あぁ!? なんだよ?」
僕は、彼女を全力で睨んだ。
「また、俺を嘲笑いに来たのか?」
僕の声は、怒りに満ちていた。
「どうせ『気持ち悪い』と指をさし、『汚い』と唾を吐きかけるんだろ?」
「あぁ!?」
彼女は僕の目を見て、身体をビクッと震わせた。
でも、彼女は怯まなかった。
「い、いえ! 違います!」
強い意志で僕を見つめた。
「私は先輩を嘲笑うつもりなんてありません! 真剣です! 実は、テリアル先輩のことが好きなんです!」
「付き合ってください!」
僕は、彼女のあまりに真っ直ぐな言葉に内心驚いた。
でも、僕の不信感は根強く、簡単には信じられない。
ロニアの裏切りで受けた傷が、まだ生々しく残っていた。
「はっ! 言うだけなら誰でも出来るんだよ! お前も、どうせ俺を裏切るんだろ?」
「誰も彼もが、俺を陥れようとしているんだ! 俺は、もう誰も信用しない」
「信用できるのは、助けてくれるのは、自分自身だけだ!」
僕の言葉には、これまでのいじめや裏切りの痛みが込められていた。
エメラは僕の言葉の奥にある深い傷を感じ取ったのか、一瞬悲しそうな表情を見せた。
それでも、強い意志で僕を見つめ返した。
「それでも、です! 私は先輩を裏切りません!」
「私は、一度決めたことはやり遂げます!」
「だから、信じてください! 先輩の力になりたいんです!」
エメラの言葉に、心が揺れ動く。
僕は、この告白を受け入れるべきなのか、断るべきなのか……
でも、僕は、もうこれ以上傷つきたくはない。
そう思い、告白を断った。
「……俺は、これ以上傷つきたくないんだ」
僕は、目を伏せた。
「悪いけど、俺のことは諦めてくれ」
「……分かりました」
そして、彼女は僕の目を真っ直ぐに見て言った。
「テリアル先輩……どうか、元気でいてください」
その言葉の響きに、僕は違和感を覚えた。
「元気で」?
まるで、もう二度と会えないかのような、そんな言い方だった。
「……変なこと言うな」
僕は、戸惑いながら答えた。
「また学校で会うだろ」
「………」
エメラは、何も言わなかった。
ただ、まるで何かを決心したような顔で、深く、深く頭を下げた。そして、涙を流しながら、振り返ることなく去っていった。
その後ろ姿は、どこか覚悟を決めた戦士のようだった――
◇ ◇ ◇
数日後――
「なぁ、あの後輩のエメラって子、見なくなったな」
クラスメイトの会話が、耳に入った。
「ああ、退学したらしいぜ」
「マジ? なんで?」
「魔神討伐に自主的に行ったって噂だ」
「はぁ? 自分から? ありえねぇ」
僕の心臓が、一瞬止まった。
(エメラが……魔神討伐に?)
あの時の「元気でいてください」という言葉の意味が、ようやく理解できた。
彼女は、最初から覚悟を決めていたのだ。
僕が断ったら、一人で魔神討伐に行くと――
◇ ◇ ◇
少し時は流れ、僕が14歳の時のこと。
授業前、教室は妙にざわついていた。
「なぁなぁ、聞いた?」
前の席の男子が、興奮気味に大声で話している。
「今日この教室に、新入学者が来るらしいぜ」
僕は、無関心を装った。
どうせ、また僕を嘲笑う敵が増えるだけだ。
「しかもさ、めちゃくちゃ美人だし、スタイルも良いらしいんだよ!」
「へっへっへ、マジかよ」
バルストの声が聞こえた。
「楽しみだな、美人なら、テリアルが気持ち悪く覗き見するのを見るのが楽しみだな」
僕は、その会話を聞き流していた。
美人だろうが何だろうが、どうせ僕には関係ない。
その時。
「おい! 静かにしろ!」
オベロン先生の声が、教室を制した。
「今日は、このクラスに新しい生徒が入る」
教室が、一瞬で静まり返った。
みんなの視線が、扉に集中する。
僕も、無意識に扉を見ていた。
「よし、いいぞ。入れ」
扉が、ゆっくりと開く。
その瞬間――
僕の心臓が、止まった。
深い黒色の、美しいウェーブがかった、青紫色に近い黒髪。
吸い込まれるような深い青紫色の瞳。
堂々とした雰囲気。
僕は一瞬にして、彼女に心を奪われた。
まるで、僕が美しいと思った花……アルテムスのようだった。抗いがたい一目惚れだと悟った。
「ほら、自己紹介しろ」
「こんにちは」
彼女の声が、教室に響いた。
「ミラサと申します。よろしくお願いいたします」
彼女の声は、どこか冷たさを帯びていながらも、耳に心地よく響いた。
「ふん…いいだろう。じゃあ、空いているそこの席に座れ」
その席は、なんと僕の隣だった。
横切った彼女の美しく揺れる髪に、見とれる。
彼女の残り香が、とても良い匂いだった。頭がぼうっとするくらい。
何も考えられない、ただ彼女の姿をとらえていた。
そして、僕は気づいていなかった。
この出会いが、僕の運命を大きく変えることになるということを――。
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【第15話 終わり】
次回:【第16話】蒼星
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




