2. 記憶
あなたはーーーと、口を開きかけた時だった。
バタバタと複数人の足音が聞こえたかと思うと、バタンとドアが勢いよく開く音がした。
「エルディネ!」
そう名前を呼びながら、足早にわたしのいるベッドまで向かってきたのは、栗色の髪に澄んだアメジスト色の瞳の男性だった。
彼は、わたしの頬を撫で、頭を撫で、それから手を握りしめて、良かった、と何度も繰り返した。
「ーーーお父様」
自然と、唇からその言葉が溢れた。
次の瞬間、私の頭の中に、突如エルディネの記憶が流れ込んできた。
自分がリザヴェール侯爵家の1人娘、エルディネ・リザヴェールであること。
歳は7歳で、絵を描くのが好きなこと。
母親であるヴェルデは、エルディネが5歳の頃に亡くなっていること。
先ほどまでは知らない場所だと思っていたこの部屋は、自分が慣れ親しんだ「エルディネの部屋」だったこと…。
エルディネの記憶が補完されると、先ほどわたしを心配そうに見つめていた薄い紫色の髪の少女の名前も自然と頭に浮かんできた。
「リラ、泣かないで」
「!」
名前を呼ばれると、ベッドの角に移動していたリラがぱっと顔をあげてわたしを見た。
わたしは横になったまま、少しだけ微笑んでみせた。
それからは、父と一緒に部屋にやってきた医師たちの診察を受けたり、質問に答えたり、目まぐるしい時間を過ごした。
そして、少しでも食べてほしいと邸の料理長自ら運んできた温かなスープを少し飲むと、やっとたくさんの大人たちから解放されて、部屋に静寂が戻った。
わたしは、ベッドに横たわったまま、ため息をついた。
自分のこと、エルディネのこと、1つの体に2人の記憶が存在する今の現状に、頭が完全に混乱していた。
そして、確かに混乱しているのに、どこかもう既に諦観している自分もいて。
わたしは、先程の父や医師たちとのやりとりや質問を頭の中で反芻していた。
どうやらエルディネは、丸3日間眠り続けていたらしい。
それでも多少の衰弱とすり傷を除けば、概ね問題はないとのことだった。
ーーーただ1つだけ、わたしに、倒れる前後の記憶がなかったことを除いては。




