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君逝く朝に  作者: 杉山薫
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プロローグ

 病室の医療機器を薄れゆく意識の中でチラリと見る。どうやらボクの人生もここで終わるようだ。六十年、長いようで短かったボクの人生。もしこの世に未練があったとしたら、たった一つだけ。どうやら本当に終わりらしい。意識が⋯⋯。


ここは?

暑くて臭くて、そんな街。ボクの記憶の片隅に残る昭和の街並み。ボクは砂利道を穴があいているズックで歩いていく。人通りはない。別に不思議でもないが⋯⋯。


通りに不思議な色の見覚えのないテントがある。ふと見ると入口のお婆さんがうとうとと寝ている。汚い字で書かれている店の名は『未練堂』。ボクは特に興味もなかったが足がテントの入口へと吸い込まれていくかのようにテントの入口へと来た。お婆さんはまだ寝ている。ボクはそのままテントの中へと入っていった。


 テントの中は薄暗い。当然、エアコン設備もなく、壁には扇風機が立てかけてある。外もそうだがテントの中はさらに暑くて臭い。


『なんだ。ずいぶん汚えガキが入ってきたな』


男とも女ともとれない年老いた声がした。


『ここは未練堂。お前の未練を一つだけ選べ』


「元々、未練など一つしかない」


ボクの声。

子供の頃の声。


『じゃあ、奥の部屋へ行け』


その声に導かれてボクは奥の部屋へと入った。


ここは森。

泉の端にボクは立っている。

どうやら子供ではないらしい。

でも、大人でもないらしい。


森を出るために光が指す方向へと歩いていく。森を抜けると一台の荷馬車があった。荷馬車といっても農産物を載せるような簡単な荷台が付いている馬車だ。


 荷馬車にはお爺さんが乗っている。日焼けして皺くちゃな顔を向けてボクに向かって乗りなと言った。ボクが荷台に乗るとお爺さんは荷馬車を動かす。荷台も簡単なものだし、砂利道なので座っていられないぐらいの乗り心地を我慢していると大きな屋敷が見えてきた。荷馬車は大きな屋敷の玄関で停まる。お爺さんに降りなと言われボクは荷台を降りた。程なくお爺さんは荷馬車で何処かに行ってしまった。


そして、屋敷の玄関が開く。身なりの整った紳士が出てきた。ボクを見ると彼は眉間にしわを寄せてこう言った。


「名前は?」


「湊」


ボクが名乗ると彼はこう言った。


「ミナト、今夜は遅い。あそこで寝なさい」


彼が指差す方を見ると小さな小屋がある。ボクは何も言わずに小屋へと歩いていった。


どうやら馬小屋のようだ。ボクは干し草が積んであるスペースへと歩いていくとそこでバタリと倒れ込んだ。


疲れた⋯⋯。


「なんだ。ずいぶんと汚えヤツが来たな」


誰かがそう言った。


ここにはボクと馬しかいない。

異世界だと馬でも喋る。

喋るかもしれない⋯⋯。


ボクはそのまま眠りに落ちた。


「オラ、いつまで寝てるんだい! 一文無しはさっさと起きろ」


ボクは朝早く、ダミ声のオバサンに叩きこされた。ボクは眠い目を擦りながら小屋の外に出る。


「何、ボーッと立ってんだよ。さっさと仕事しろ。一文無し」


さっきのオバサンだ。


「仕事?」


「アンタが寝ていた干し草は馬の朝飯だから。それから川から水を汲んで馬におやり。ホントにどんくさいね。一文無し」


ボクは自分が寝ていた干し草を馬の餌にするために両手いっぱいに抱え込む。


「アンタさぁ、誰が手でやれって言った? そこにホークがあんだろ。それ使え。ノロマ!」


さっきのオバサンが怒鳴る。


ボクは壁に立てかけてあるホークを手に取る。ホークで干し草を馬に与えた。次は水だね。ボクはバケツを持って馬小屋を出た。


 馬小屋を出て屋敷の裏側に流れる小川へと歩いていく。川面に映る自分の顔をじっと見る。泥なのか垢なのかわからないが汚え。汚え汚えって言われていたのをボクは納得した。ボクは小川の水をバケツいっぱいに汲んだ後、小川の水で自分の顔を洗った。


気持ちいい!

生き返る。

多分、死んでいるんだけど⋯⋯。


ボクは自虐ネタで落ち込みながらバケツを持って馬小屋に戻った。


「ほら、餌やったら今度はボロの掃除だよ。さっさとしろ」


さっきののオバサンだ。


ボロ?


ボクがボーッとしていると昨夜の声がする。


「馬糞のことだよ」


ボクは馬の顔をじっと見る。どうやら馬が喋ったわけではないらしい。ボクはボロを掃除して、もう一度小川に向かった。


 ボクは小川に戻るとボロ掃除で汚れた身体を洗い流す。どうだろう。汚えまんまだったら気にならなかったが、身体を洗うと臭いが気になる。気になったところでどうにもならないんだが⋯⋯。


「お前、婆さんに何も渡さなかったのか?」


さっきの声がする。ボクがキョロキョロしているとまた声がする。


「お前みたいなノロマに見えるわけねえだろ。質問に答えろ」


「婆さんって、入口で居眠りしたお婆さんのこと? 居眠りしてたからそのまま入ってきたから何も渡してないよ」


「そうか、あのババア。仕事サボりやがって! 悪かったな」


「君は誰?」


「あたいは管理者みたいなもんだ。あまりあたいに構うな」


あんたがボクに絡んできてんだろ!


「でも困ったぞ。このままじゃ、どうにもならんぞ」


ボクが黙り込んでいると管理者という声は話を続ける。


「じゃあ、こうしよう。お前、迷いの森の泉に行け。この世界に来た時にあったあの泉だ。そこの泉を覗き込め。入口の婆さんが話しかけるからなんか渡してこい。あ、なんでもいいわけじゃないからな」


その声の言葉にボクは頷く。ボクは大きな屋敷を抜け出し、砂利道を来た時とは反対方向に歩いていく。森が見えてきた。昨日のお爺さんの荷馬車があった。


こんなとこからボクは荷馬車に乗ったのか⋯⋯。


荷馬車がある場所から森に入った。まさか昨日の荷馬車とは違うなんて気づかずに!



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