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Digestivo 太陽の 鮫―スクアーロ―  作者: 29-Q
序章 ―Prologo―
1/18

―序章― Aperitivo


真夜中のイオニア海のどこか。


銀色の月明かりが黒くうねる潮の峰を縁取り、されるがままの一隻のプレジャーボートを照らし出す。

その仄明るいカンテラの点る甲板の上では、二人の男がポーカーに興じていた。

「っはは。ストレートフラッシュだ」

「おいおい二連続かよ、ポルコ。イカサマしてねえか?」

不敵に笑うポルコは、どこかから取り出した二枚目のハートのエースを見せびらかしながら、

「今のがバレねえなら、おれも凄腕のイカサマ師(シャーク)になれそうだ」

向かいに座る男をからかい、

「認めたなチクショウ」

してやられた彼は手札を叩きつけて、ショットグラスのマホガニーを一気にあおった。

男はショットグラスをコンとテーブルに置いて、次の罰を注ぎ終え、

「…しかし、静かな夜だ」

手すりの向こう、眼下に広がる黒い塊を見渡す。

「なんだ、酔うと詩人になるんだっけ、お前?」

「いやいや。知ってんだろポルコ?オレは夜の海が苦手なんだ」

「だから怖いって?」

「ま、そういうこと」

ポルコはくくく、と笑い、シケモクを咥えてジッポを灯す。そして輪っかを一つ吹き煙遊びをしながら、

「こんな夜は、シャークが来るな」

と、芝居ががった声色で、男を怖がらせようとする。が、

「そういうアメリカかぶれなとこ、映画の見すぎのせいかねえ」

夜の闇から視線を戻した男はため息混じりにポルコを見て、続ける。

「知ってるか?海でサメに喰われて死ぬより、頭にテレビが直撃して死ぬ確率の方が高いんだぜ」

「マジかよ。じゃああいつらビキニの女喰わねえの?」

「そういう時代じゃ、ねえんだよ。まったく我が国イタリアの沿岸警備隊様々だぜ」

がっかりしたポルコは再び煙遊びに興じ、男も再びやれやれといった具合で、闇の向こう、イタリア本土のある方角に視線を流す。

月明かりの照る静かな波間が、ちゃぽんと銀色の飛沫を何度か上げた。

「そういやヴォヴ、ビキニで思い出したんだが」

ふいにその静寂を破るように、ポルコが思い出した勢いのままぐいっとテーブルに身を乗り出して、

「セレナとは最近どうなのよ」

ヴォヴに詰め寄る。

「ああ。一昨日、海水浴に行ったよ」

「それは聞いたって。それで?」

「夕方まで泳いでディナーを」

「おお、それからそれから」

「お前が教えてくれた店で」

「店で?」

「プロポーズした」

「うぉっほ!いいぞ、返事は!?」

その言葉にがっかりしたヴォヴは目に見えて肩を落として、ため息をついて頭を抱える。

「…あー、すまん。だから、今日まで、教えてくれなかったんだよ、な」

プロポーズの背中を押した手前、ポルコは申し訳なくなって、ヴォヴの隣に移動し肩に手を添えるが、

「っふ、ポーカー中気付かなかったのなら、指輪選びを間違えたみたいだ」

ヴォヴはそう笑いながら顔を上げて、左手薬指の指輪をポルコに見せびらかす。

「おいおいおいおい、おれとした事が。色気付いたイカサマ師(シャーク)に気が付けなかったぜえ」

ポルコもたまらず笑い、親友の吉報を自分の事のように喜びながら、すかさず彼を抱き寄せた。

と、そこへ、

「何盛り上がってんの男二人で」

下の船室から女が一人、寝ぼけ眼を擦りながら階段を登ってきた。

「おうセレナ。ちょうどお前達の話をしてたんだ」

「なあに、ヴォヴ。もうゲロっちゃったの?」

セレナはポルコの反対側、ヴォヴを挟むように腰かけてキスをする。

「ダチのこいつにだけだ。ボスにもまだ」

再びのキスが、長く、ヴォヴの続く言葉を黙らせる。

「ボスも絶対、喜んでくれるよ。付き合う時もそうだったろ?」

ポルコはマホガニーのボトルを一口飲むと、ヴォヴの肩をポンとはたいて勇気付ける。

「ボスは大丈夫…でも問題は」

「ノッチ?」

セレナの言葉に、ヴォヴは静かに頷く。

「それで?下の船室にもそのノッチは居なかったけど?」

「ああ。ノッチの旦那なら見回りにいったよ。そろそろ戻るんじゃねえか?」

あらそう、と言って、セレナはじっとヴォヴを試すかのように見つめる。

「おい、待ってくれ」

「ん?何も言ってないけど」

「その目。この後ノッチにすぐ言えってんだろ?」

「あら。あなたもしかしてエスパー?」

「勘弁してくれ。心の準備がまだ」

「セレナ覚悟しろよ?手繋ぎに一年、プロポーズまで七年かけた男だ。ノッチの旦那への報告は十年スパンを考えとけ」

「あっはは。全然オッケー。あたし待つのは好きよ」


「勘弁してくれよぉ…」


ヴォヴが頭を抱えて、幸せなため息を溢した。

その時だった。



ッゴン―――…



何か大きなものがボートにぶつかったらしい。

その衝撃で大きく揺れる。

「噂をすれば、ノッチの旦那のお帰りかあ?」

「違うポルコ。ノッチさんの小型クルーザーのエンジン音も無かった」

三人は身を寄せあい、息を飲む。


ゴン…ゴンゴンッ…


再びの衝撃。

その振動は船底を小突くような感覚であると察知し、

「ヴォヴ、ブツを守れ。セレナ、船室のショットガンを持ってこい」

漁村で生まれ育ったポルコは、この振動に一人答えを導き出したらしい。

親友二人は彼の言葉に疑うこともせず、静かに、迅速に行動へと移る。

ヴォヴは長辺一メートル以上の、大きな直方体のトランクケースを抱え込んで、腰のホルスターから拳銃を抜きリボルバー弾倉の中を確認する。

「取引相手じゃあ、無いよな」

「夜の海、ダイビングスーツでこんばんは(ブォナセーラ)、ってか?だったらいいんだが」

ポルコも自分の得物の調子を確認し、ふうと、一息と共に月を仰ぎ見て、覚悟を決める。



ッゴン!



一際大きな衝撃に、

「ワァオ!こいつはデケえ!」

二人は思わず手すりに倒れかかるようにして掴まる。

「クソッ、小物じゃないな。イタチか?」

「いや」


ゴンゴンッゴン!


「もっとデカくて」


ズゴッ…


「血に飢えた」


ボッコォッ!


「白い、死神」


船底の破られた音と

「イヤァアッ!」

「セレナァア!」

セレナの悲鳴と共に船が傾く。


「ココにゃあ、テレビは、ねえよなあ」



真夜中のイオニア海のどこか。



銀色の月明かりが黒くうねる潮の峰を縁取り、されるがままの一隻のプレジャーボートを照らし出す。


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