第4話 秘密の盟約と聖女の覚悟
翌朝、王宮の奥深くにある静かな庭園。
冷たい朝の空気の中、私はリリアンと向かい合っていた。白薔薇が咲き誇るこの場所は、王宮の喧騒から離れた数少ない静寂の空間だ。
「アリシア様、昨日のことを覚えていてくださいますね?」
リリアンの青い瞳が真剣に私を見つめる。
「ええ、もちろん。」
昨日、礼拝堂で交わした秘密の盟約。それは単なる協力関係ではなく、この世界の異変を探るための同盟でもあった。
「王宮の人々は、私のことを『聖女』と呼びます。でも……本当に私は聖女なのでしょうか?」
リリアンは俯きながら呟く。その肩がわずかに震えていることから、彼女がどれほどの重圧を感じているのかが分かる。
「貴女が聖女かどうかは、誰にも決められないわ。」
私は紅茶を一口飲み、静かに言った。
「けれど、この国の人々は、貴女が『聖女』であることを必要としている。それが問題なのではなくて?」
リリアンは驚いたように目を見開き、しばらく考え込んだ。
「……確かに、私が聖女であることで、多くの人々が救われる。でも、それが本当に正しいことなのか分からなくなる時があります。」
「貴女は利用されることを恐れているのね。」
「……はい。」
リリアンの声には迷いがあった。彼女は自身が道具のように扱われることを恐れながらも、その立場を捨てることもできないのだ。
(つまり、彼女は王宮の駒になりたくないが、逆らうこともできない……か。)
「王宮にはリリアン様を巡る派閥争いがあるのをご存知かしら?」
私はわざと軽く言った。
「派閥争い……?」
「ええ。第一王子派、貴族派、改革派……それぞれの思惑が交錯しているわ。第一王子派は貴族制度を維持したい。貴族派は王家の力を弱めたい。改革派は王族と庶民の関係を変えようとしている。そして、彼らは皆、貴女を利用したいのよ。」
リリアンの表情が険しくなった。
「……そんなことが……。」
「王宮とは、そういう場所よ。」
私は微笑みながら、扇子を軽く開いた。
「だから、貴女もただ流されるだけではいけないわ。利用されるくらいなら、自分の意志でどう動くべきかを考えることね。」
リリアンは私の言葉を噛み締めるように、小さく頷いた。
「……アリシア様は、どうして私にそこまで助言を?」
「私の生存戦略の一部よ。」
私はあえてあっさりと答える。
「貴女がどう動くかによって、私の立場も変わる。だから、私は貴女を見極めるのよ。」
リリアンは少し驚いたようだったが、やがて微笑んだ。
「……ええ。貴女となら、良い関係を築けそうです。」
こうして、私たちの同盟はさらに強固なものとなった。しかし、この瞬間から、私たちは王宮の陰謀の渦に深く足を踏み入れることとなる……。
---
その後、私はアーロンと執務室で話し合った。
「お嬢様、リリアン様との同盟は有効だと思われますか?」
「まだ分からないわ。ただ、彼女が王宮の派閥争いに巻き込まれる前に、私たちが先手を打つべきよ。」
アーロンは静かに頷き、書類を整理した。
「ですが、お嬢様……どうもこの王宮の動きが早すぎるように思います。」
「……私もそう思っていた。」
私は扇子を閉じ、焦燥感を噛み殺した。(何かが狂っている……ゲームの通りでないなら、一体何が原因なの?)
「……私たちも動くべきね。」
こうして、王宮の陰謀に巻き込まれながらも、私は生存のために新たな戦略を練り始めた。
「王宮の派閥争いは激化しています。第一王子派の動きが特に活発化しているようです。」
アーロンの報告に、私は眉をひそめる。「つまり、リリアンを取り込もうとしている?」
「ええ、お嬢様。」
私は机の上の書類に目を落とし、深く考え込んだ。この王宮の混乱の中、どのように立ち回るべきか――答えを見つけるのは容易ではなかった。




