第3話「聖女との邂逅」
王宮の貴族専用の庭園は、手入れの行き届いた薔薇が咲き誇る優雅な空間だった。白亜の噴水が太陽の光を反射し、鳥たちが楽しげにさえずっている。しかし、私はその美しい光景に浸る余裕はなかった。
(リリアン・ベルフォード……この世界の光の聖女であり、原作のヒロイン。そして、私に「プレイヤーさん」と呼びかけた人物)
彼女が私に何を伝えようとしているのか、慎重に探らねばならない。なぜなら、私と彼女は本来敵対関係にあるはずだった。
「アリシア様、光栄です。お時間をいただきありがとうございます。」
リリアンは純白のドレスを纏い、微笑みを浮かべながら優雅に会釈した。その姿は絵画のように美しく、光の加減も相まって神々しいほどだった。
「こちらこそ、貴女のような高潔な方とお話しできることを光栄に思いますわ。」
私は微笑みながら、優雅にカップを持ち上げる。彼女の様子を窺うと、瞳の奥に何かしらの警戒心と、同時に好奇心が見え隠れしていた。
「アリシア様、私は貴女とお話ししたいことがありますの。」
「ええ、私も貴女と話したいことがありましたわ。」
私たちは、お互いの言葉の裏を探るように視線を交わす。
「貴女も……私と同じですね?」
リリアンが小さな声で囁いた瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。やはり彼女も転生者……なのか?
「同じ、とは?」
慎重に言葉を選びながら問い返す。
リリアンは少し躊躇した後、小さな紙片を私の前に滑らせた。そこには、完璧な日本語でこう書かれていた。
『ここでは話せません。夜、城の東側の礼拝堂でお会いできませんか?』
(……ますます確信に近づいたわね)
私はカップを持ち上げ、優雅に微笑む。
「興味深いですわ。では、今夜お会いしましょう。」
リリアンも静かに微笑み返し、二人の間に一瞬の沈黙が流れた。その沈黙の中に、私たちだけが共有する秘密の始まりがあった。
*
夜、私はこっそりと礼拝堂へ向かった。
静寂に包まれた礼拝堂は、月明かりに照らされ神聖な雰囲気を醸し出していた。リリアンはすでにそこにいた。祭壇の前に佇み、ステンドグラスの光を背にして神秘的な影を作り出している。
「来てくれてありがとうございます。」
彼女は小声でそう言い、周囲を慎重に見渡した後、私の手を取った。
「私も、前世の記憶を持っているの。」
その言葉を聞いた瞬間、私は息を飲んだ。
「……それは、つまり……?」
「ええ。この世界は『薔薇の誓い』という乙女ゲームの世界。でも、それだけではない。何かが変わっているわ。タイムラインが狂っているのも、異常な飛竜の出現も、その証拠。」
やはり、彼女も気づいていた。
「貴女は……どうして私に協力を申し出たの?」
私の問いに、リリアンは真剣な表情で答えた。
「私、ヒロインだからって、定められたルートをなぞるだけなんて嫌なの。このままだと、貴女は破滅してしまう。でもそれ以上に、この世界そのものが不安定になっているのを感じるの。」
彼女の言葉には、ただのゲームキャラクターではない、確固たる意志が宿っていた。
「……なるほど。私たち、ただのゲームの登場人物じゃないかもしれないってことね。」
「そうよ。だから、私と協力してくれない?」
私は少し考えた後、手を差し出した。
「興味深い提案ですわ。では、一時的な同盟といきましょう。」
リリアンの瞳が輝き、彼女は私の手をしっかりと握った。その瞬間、遠くで雷のような音が響き渡った。
(……まるで、この世界が私たちの決断を歓迎するかのようね)
こうして、私とヒロインの秘密の同盟が始まった。




