こだわりの麺
「博多うどんとかいいよね。ごぼ天にわかめに葱いっぱいで。うどんはモチモチ柔らか麺に限る」
僕は柔らかめのニュルニュルッとした感触が好き。固くなくていい。透明なスープに、柔らかなうどんの麺。ごぼ天とわかめをトッピングするのだ。たっぷりの葱と柚子胡椒。麺を平らげた後に、おむすびと一緒にスープを飲み干す。
「え〜っ、違うよ。うどんはコシだよ。だから讃岐うどん。うどんを楽しむのに具なんかいらない」
でも彼女は違う。シコシコ太いのが好き。喉を刺激されてたまらないのだとか。太ければ太いほど良くて、長ければ尚良しとのこと。
何度目かのデートの後、極太一本うどんを食べたいと彼女が言い出したのが、うどんの好みの違いを知るきっかけだった。
「太くて固いだけのうどんなんか、美味くもないだろうに」
「ニュルニュルとかプニュプニュとか、柔らかいだけのうどんよりマシよ。あとワカメとか、具を盛り過ぎ」
「そんなに太くて固いのが好きなら、きりたんぽでも食ってろよ」
「きりたんぽは鍋よ。あと米よ。あなたの言いたいのは、ちくわぶだ!」
まさか一杯のうどんを巡り口論になる日が来るとは思わなかった。不毛な会話だ。
そして昼間の駅前で、大きな声で喧嘩するものではなかった。お昼ご飯をナニにするかの話だから、揉めても仕方ない。
でも口にするなら美味いものが食べたいのが、人間の本能。貪り食いたい欲求というものだ。
「君の好みは理解した。でもうどんに関しては僕も譲れない。ここは互いに負けて、お昼はラーメンにしないか?」
「仕方ないわね。柔軟にみせて、引き分けにしないあなたの頑固な性分は好きよ」
こうして僕たちは仲直りの握手を交わし、ラーメン屋に向かった。野次馬達は残念そうだが、口論する前まではラブラブだったんだ。固いものが好きな彼女に合わせて、頑固親父のいる店にした。
「……らっしゃい」
ムスッとした表情の頑固親父が、一応来店の挨拶をした。愛想はよくないが、味は良い。何よりここは麺の固さが選べるので、喧嘩にならない。
「食券じゃないのね」
「あぁ、ここは麺の固さを選べるから、食券だと面倒らしいんだ。麺だけに」
「熱いラーメンが食べたいの。冷ます必要はないわよ?」
使い古されたダジャレに笑いながら突っ込んでくれる優しい彼女。この店にして正解だったね。
「……何にするんだ」
──コトッと、静かに水のグラスが二つ置かれ、頑固親父に睨まれた。愛想は悪いが、仕事も所作は丁寧なのだ。
「僕は頑固ラーメンを。バリ固、葱だくで」
「……あいよ」
ラーメンでも葱は必須だ。麺は頑固親父手製。通常の店より麺の量が多いので、バリ固なのだ。麺が美味いから、具はいらないくらいだ。
「私も頑固ラーメンを。柔らかめで、全乗せね」
「……あいよ」
彼女も同じラーメンを‥‥ん、いま柔らかめって? 全乗せだとぉ〜?
「ちょっと待った。固いのが好きじゃないのか? それに全乗せって。具を盛り過ぎとか、どの口が言ったんだか」
「はぁ? それはうどんの話でしょ。頑固ラーメンは柔らかめ、こだわりの具と込みだから最高なのよ」
「それならうどんだって、具沢山だと旨いんだぞ」
「それは適量だからこその話よ。あなた、ごぼ天わかめに、かき揚げまで頼もうとしたじゃない」
「衣がフニャフニャのモロモロになって旨いんだって」
「そんな油まみれのスープ‥‥味にも身体にも悪いでしょう!」
「ぐぅ……」
彼女の正論に返す言葉を失った。
「トドメさしていい?」
わざわざ追撃の宣言をする彼女。頑固親父、この店私語禁止じゃないの?
「通ぶってないで、自分にあった一番美味しい食べ方をするのが正解なの。讃岐うどんはコシ、頑固ラーメンは柔らか全乗せが正義よ!」
ぐぅの音も出なくなったよ。麺棒で、頭をぶん殴られたようだ。
「……お待ちどうさま」
頑固親父がそっとラーメンを二人の前に提供する。
「ほら、具を半分わけてあげるから食べてみなよ」
本当に優しい彼女だ。麺の固さで喧嘩しようと、美味しいものは共有したいのだ。
「あっ、旨い!」
僕のこだわり過ぎて凝り固まった頭が、ほぐれていくのを感じた。
頑固ラーメンは具を食べている間に、柔らかめの麺はすぐに伸びる。汁をたっぷり吸って、フニャフニャになっても、チュルッてひと息で吸い込んで────。
「美味しかった♪」
出された料理を全て平らげ、幸せそうに呟く彼女の笑顔こそ、最高のご馳走だった。
次の次のデートの日、うどんを食べに行くことになった。柔らかさを受け入れた僕は柔らかい麺のうどんを希望し、彼女はコシの強いうどんを求めた。
こだわり過ぎは良くないと学んだけれど、自分の好みまでは譲れない。
彼女が好きだという僕の好み‥‥そして僕の頑固さを好きだという彼女の好みもね。
お読みいただきありがとうございます。
こちらはしいなここみ様主催『麺類短編料理企画』 の一皿になります。