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君のもとまで  作者: ふあ
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 空気がすっかり冷たくなっても、俺はジャケットの上にジャンパーを羽織って寒さをやり過ごしていた。

 ポケットから映画の半券が出てきて、フミと一緒に観た映画のことを思い出す。小学校六年生の時、同級生に格好つけたくて、興味もない社会派映画を観に行った。内容など全く理解できず、二人そろってぐっすり寝こけてしまい、これならお馴染みの特撮映画を観るべきだったと後悔した良い思い出だ。

 年始を迎え、小銭を探してポケットに手を突っ込んだ時には、短い鉛筆を握った。勉強嫌いなフミが、テストの最後の手段として乱用していた鉛筆だ。頭の部分に一面ずつ、一から六までの数字が油性ペンで書き込んである。テストの最中にころころと鉛筆を転がす音に周囲は笑い、教師はカンニングよりはマシかと呆れていた。

 春を迎える頃には、煙草の空き箱が出てきた。メビウスというやつで、フミはこいつを頑張って吸っていた。夜中に家を抜け出す彼に付き合って、俺もコンビニ前で一度だけこいつを一本貰ったが、結局吸いきることもできず潰してしまった。フミはそんな俺を見て、「しっかりしろよ」なんて笑っていた。けれど、それからフミが俺の前でタバコを吸うことは一度もなかった。


 フミとの思い出もそろそろ尽きてしまう。

 どうにかして彼と連絡がつかないだろうか。そう考えていると、ポケットに再び物が現れた。

 一枚の銀色のコイン。明らかに日本のものじゃない。海外に行ったことのない俺が持っているはずもなく、また知識もない代物だ。20の数字と、嘴を持ったずんぐりむっくりな動物が泳ぐ様子が描かれている。不思議に思いながらスマホで写真を撮り、画像を検索にかけて納得した。

 オーストラリアでは、カモノハシを描いたコインを二十セント硬貨として使用している。あいつ、家出をして海外で遊んでいるんだな。バイトの店先で、俺は思わずにやりとした。要領がよく世渡り上手なフミらしい。俺があくせく勉学やバイトに勤しんでいる間に、やつはコアラやカンガルーと戯れているのだ。心配して損したじゃないか。

 得意先帰りの店長が、「えらいことになってるね」と言いながら店に入ってきた。

「えらいことって、なんすか」

 近くで事故でもあったんだろうか。だが店長はポケットのスマホを取り出し、操作して画面を俺に見せた。

 ――オーストラリアで大地震発生。

 見出しにはそんな文字が並んでいた。


 気分が悪くなったと言い訳し、俺はバイトを初めて早退した。自転車を漕ぐのももどかしくスマホを何度もチェックしたが、被害に関する詳細はまだ不明らしい。アパートの部屋に飛び込みテレビの電源を入れる。ニュース番組はどこも同じ地震について報道していて、画面には崩れた建物の映像が延々と流れていた。

 飛びつくように、俺はスマホで電話を掛けた。もちろん、フミの実家にだ。

「おばさん、フミがオーストラリアにいるかもしれない!」

 おばさんの声を聞いた途端、俺は名乗ることも忘れてスマホに怒鳴った。

 さっぱりわけがわからないという風のおばさんは、「どうして知ってるの」と返す。

「ポケットからコインが出てきて……だから、フミはあそこにいるかもしれないんだ!」

「コインって、何の話をしてるのよ」

「だから……」

 とても信じてもらえるような話じゃない。しかし実際にフミはあそこにいる可能性があるのだ。じっとしてなどいられない。

「とにかく連絡しなくちゃ。どこだろう、警察? 大使館?」

「あなた、あの子から連絡があったの?」

「そういうわけじゃないけど、でも」

「もう三年も前に行ったのよ。違う所をふらふらしていてもおかしくないわよ」

 三年前に、フミはオーストラリアに行った。そのことをおばさんは知っている。

「フミの行き先、知ってたんですか」

「……部屋の中にオーストラリアの本があったから、そうと思っただけよ。それからは知らないわ」

 些細な喧嘩だと思っていたらしい。彼の私物を窓から庭に投げ捨てたのは、些細なことなのだと言う。

「いい、あなたも、もう連絡してこないでよ。あの子の物は全部手放したんだし、戻ってくることもないんだから。いつまでも電話を掛けられたって迷惑なの」

 おばさんは、フミの物は売れる物は売り、売れない物は捨てたと言った。

 あのジャケットは、フミの物だった。巡り巡って俺の手元に現れ、忘れることのない思い出を訴え続けていたんだ。

 どうか、無事でいてくれ。床に尻を落とし、俺は立てた膝に額を押し付け、ポケットに入れっぱなしだったコインを握りしめ、ひたすら祈り続けた。

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