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君のもとまで  作者: ふあ
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 古着屋で、一着のジャケットを買った。襟のついたベージュのジャケットで、左右に底の深いポケットがついているのが気に入った。くたびれた感もなく、二千五百円は充分安い。掘り出し物を見つけて、俺はほくほく気分で帰路に着いた。

 翌日、大学にさっそくそれを着て授業に出席し、講義中になにげなくポケットに右手を突っ込んでおやと思った。引き出した右手の指先は、植物の茎を握っていた。

 四葉のクローバー。縁起は良いが、なぜこんなところに。さては前の持ち主がポケットに入れたまま売りに出されていたんだな。きちんとクリーニングされていないのか。少しがっかりした気分で、授業後に廊下の窓からそれを捨てた。

 一ヶ月も経った頃、そんなことはすっかり忘れていつも通りジャケットに袖を通し、バイトに向かう。個人商店の仕事で、時給は九百五十円。学生バイトとしては妥当なところ。欲を言えばもう少し賃上げしてもらいたいが、まったりした空気感が壊れるぐらいなら、今のままで不満はない。

「これ、落ちたよ」

 品出しをしていた俺に、店長が後ろから声を掛ける。礼を言って受け取ったはいいものの、俺はそれに見覚えはなかった。

「いや、これ俺のじゃないすよ」

「何言ってるんだ。きみのポケットから落ちたんだよ」

 ほら、と店長は俺がエプロンの下に着ているベージュのジャケットを指さす。今日は少し冷えるから、ジャケットを着たまま仕事をしていたのだ。

「でも、こんなの持ってないんすけど……」

「じゃあ、誰かがポケットにこっそり忍ばせたってことか?」

「……それは考え辛いすね」

 確かに俺のポケットから落ちたのなら、俺が引き取るべきだろう。まさか店長が変ないたずらをするわけがない。不承不承ながら、俺は小さな赤いミニカーをポケットにしまい、作業に取り掛かった。

 アパートの部屋に戻り、風呂を上がってから思い出し、ハンガーにかけたジャケットのポケットを探る。右手に収まるほどのミニカー。詳しくないから車種は不明。軽く引っ張ると運転席と助手席のドアが開く仕掛けになっている。

 炬燵にもぐってテレビを点けたままミニカーを指でいじくっている内に思い出した。俺はこれを見たことがある。ずっと前、小学校に上がる前だ。

 史斗(ふみと)がこれと同じものを持っていた。幼馴染で物心つく前から一緒に遊んでいた、同い年の友人だ。彼は乗り物が好きで、誕生日やクリスマスといった節目に車や電車のおもちゃを買ってもらっては喜んでいた。これも彼が五歳の頃、俺の家へ遊びに来た時に手にしていたものだ。

 それにしても、すごい偶然だな。俺はこの時、誰かのいたずら説を信じていた。電車に乗り合わせた子どもが、目の前のポケットにおもちゃを突っ込んだのだと思い込もうとしていた。

 車をひっくり返して、絶句した。

 車体の裏側には、白い傷が走っている。当時の記憶では、ミニカーを羨ましがった俺と取り合いになり、その拍子に車に傷がついてしまった。母親に叱られ泣きながら彼に謝った苦い思い出が蘇る。ミニカーには当時見たのと寸分違わない傷が走っていた。

「フミ……」

 久々に彼の名を口にした。高校卒業以来会っておらず、連絡も取っていなかった。だが大事な幼馴染に違いない。何か悪いことがあり、それを知らせるため、彼が俺のそばに思い出の品を送りつけたのではないか。

 馬鹿馬鹿しい想像だが、一旦思い込むと不安がこれでもかとこみ上げる。だが、夜の十一時は電話をするには遅すぎる。悶々とした気持ちを抱え、俺は炬燵からベッドに移動した。


 朝になると、早速フミの実家に電話を入れた。彼の家庭は複雑で、高校生になっても専用の携帯電話を持たせてもらえず、彼と連絡を取るには実家の固定電話に電話を掛けるしかなかった。番号を押すのは三年ぶりだったが、無事に電話は繋がってくれた。

 俺が名乗ると、電話を取ったおばさん、つまりフミの母親の声音は明らかに強張った。お久しぶりと言う声が、岩のように硬い。

「久しぶりにフミと話がしたくて。今、家にいますか?」

 今はいないと返すのに、俺はいつ帰ってくるかとしつこく追撃する。おばさんの声音から、何かしらの事情を隠しているのを察する。伊達に彼の幼馴染はしていない。フミと喧嘩をするときの機嫌の悪いおばさんの声は、俺の鼓膜にもしっかり染み付いている。

「帰ってきたら、折り返してくれるようお願いできますか。できれば今夜にでも話したいんですけど」

 食い下がり続けると、おばさんは大きなため息をついた後に教えてくれた。

「あの子、どっかにいっちゃったのよ」

 要領を得ない俺に、おばさんは続ける。

「だからいつ帰ってくるかなんて知らないわ。もう帰ってこないかもしれない」

 フミは実家と折り合いが悪かった。高校を卒業して数か月後に家出をしてからそれっきりだという。

 通話の切れたスマホを片手に、俺はしばらく呆然とするしかなかった。

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