第九話 危険な魔法道具
「そういえば、ここは異世界だけど、俺たちと同じ人種しかいないのか?」
「あっ! そんな君に、この魔法道具を授けよう〜」
アイテムボックスから取りだしたのは一見ただのメガネにしか見えない魔法道具だというアイテムだった。
スチャッと、ヒメが掛ける姿に一瞬ドキッとする。
メガネをかけたことで、可愛らしい雰囲気から、大人びた印象がした。
誰かを似せたような口調には、ドキッとしたことも薄れるように笑ってしまう。
「なんだよ、その言い方……ただのメガネにしか見えないけど」
「それじゃあ、これあげる! 掛けてみて~絶対似合うよ」
「魔法道具って、高いんじゃ……なんか魔法が俺の中で、うなぎのぼりだよ」
なんの変哲もない外されたメガネを差し出されるが、素直に手が伸ばせない。
思わず視線を下に逸らす俺に、身体を伸ばしたヒメは問答無用でメガネを装着してきた。
耳に掛けられるメガネのフレームに振れると顔をあげる。
「とっても似合ってるよ! 私、イケメンな眼鏡男子に憧れがあったんだよね〜?」
少し照れたように顔を反らす彼女は前髪を触って誤魔化していた。
男として、そんな姿を見せられて断ることはできない。
しっかりと耳に掛けると目を細める。
「そうだったんだ……なら、ご要望にお応えさせていただこうかな?」
「な、なんかズルいよ!? その笑顔……キラキラしてるっ」
両手で顔を隠すヒメは大げさに眩しいと声をあげるが、不意に彼女の横から見えた背後の席にいる人物に魔法のメガネが反応した。
キュイーンと高い音をたてるメガネは視界を青くする。
その瞬間、俺の目に映ったのは同じ人間だと思っていた冒険者の男ではなく、頭にモフモフした毛を生やす2つの動く耳と犬のように伸びた口だった。
「えっ……?」
いや、下に視線を向けると大きなモフモフの尻尾がある。
待てよ……パンツから出ているということは、穴が空いているのか?
人は、動揺すると、どうでもいいことを考えてしまう。
「……気をつけて。人間にバレないよう変身してるから……気づいたことを、気づかれたらトラブルになるよ」
いつの間にか頬を伝う冷や汗に気づいたヒメに、小声で注意された。緊張から返す言葉が出ず、小さく首を上下に振る。
料理を待つ素振りをして、複数の冒険者がいるソファー席に視線を向けると、まさかの全員が人間じゃない事実が発覚してサッと正面に向き直った。
すると、再び肉の香ばしい匂いと、仄かな甘み。サラダにかけられているドレッシングだろう酸味が鼻を刺激する。
「ハイッ! お待たせ~今日のオススメ2つ~」
「待ってました~!」
一瞬上に視線を向けると、店の女性は人間だった。
なぜかホッとしてしまう中、目の前に置かれたごちそうに自然と腹の虫が鳴る。
その音を女性にも聞かれると恥ずかしさに目を伏せるが、「たくさんお食べ!」と明るく立ち去っていく様子に、両手を合わせてからフォークを手に取った。
「……本当に、美味しそうだ。いただきます」
「これ、元の世界にもあるのかな?」
大きめなハンバーグに、甘い匂いのするソース。これは、テリヤキソースだ。それから、その上に目玉焼きが乗っている。
その横には山のように積みあがった白い米に、緑色で表面に艶がある野菜。まさかの、アボカドか?
それに、揚げられた黄色くて細長い芋。これは、ポテトだ。
どれも美味しそうな見た目で、これは元の世界で食べたことがある。
「ロコモコ……定食っていうのか? あ、スープもあるんだな……この甘い匂いは……オニオンスープだ」
茶色い色をして中に具のないスープは、香りから玉ねぎの甘さが漂っていた。
思わず鼻で吸い込むと知っている香りに顔が緩む。
「ロコモコ……私は、食べたことないかも……? 大人の食べ物なの?」
「……いや、でも。小学4年生は、食べる機会は少なくて知らないかもな」
サラダから食べろと良く言われるが、今の俺には関係ない……。
――食べたいものから食う!
「うっ……うま――」
口の中に広がる肉の味と、深い甘みに少しの塩気を感じるソースに、染みでる肉汁が舌を幸せにした。
酸味のあるブラッドオレンジジュースも、合間に挟むことで口の中がサッパリする。
「本当に美味しいね、この料理! ……ロコモコかぁ。元の世界に帰れたら、また食べたいな」
「ああ……一緒に食べよう。ハァ……食った」
「えっ! もう!? 早いね~。さすが、男の子だね」
食べ終えて腹を擦る俺とは違って、まだ半分ほど残っているヒメの器と、子供扱いに息を吐いた。
「男の子って……もう25だぞ?」
「あー! それ言わないお約束だからね!? ……私の年齢も、知られちゃうから……」
「あっ……悪い」
そういわれると、同い年なのだからイコールになってしまうのを思い出す。
それにしても、このメガネは凄い……。
ステータスは見られないらしいが、視たいモノが視れるという。
つまり……良くある悪いヤツの手に渡ったら――。
少しだけ、男心がくすぐられて悪い考えのままヒメを見そうになって下を向く。
「どうかしたの?」
何を考えているんだ俺は!
ヒメは、俺が悪さをしない男だと信じて貴重で危険な魔法道具をくれたんだぞ。
信用を自分から失うような紳士じゃない男は嫌われる……。
「なっ、なんでもない……あ、食べ終わったんだな」
「うん。美味しかったね~少し休憩したら、ドキドキワクワクの占いの館に行こっか」
この魔法道具は、視ようと思わなければ普通のメガネだった。
今まで付き合った彼女にそんな、よこしまな考えは生まれなかったのに……。
本当に調子が狂ってばかりなのは、彼女が輝いてみえるからか……?
それとも、ここが異世界だからなのかは分からない。