第七話 防具屋アルミュール
やる気のなさそうな店主は、客が店に入ってきても一言も発しない。
むしろ、こちらを見ることすらしないのは異常である。
俺の心配をよそに、勝手を分かっているようなヒメは、ためらわず店の奥に進んでいった。
「ヒメ……」
そして、おもむろに懐から茶色い布袋を取りだすと、カウンターに音を立てて置く。
その音で、目も瞑っていたらしい店主が上を向いた。
「すみません! 軽装の防具を購入したいんですけど〜。男性のもので」
「んー? そっちのヘンテコな格好をした兄ちゃんにか」
街の人から避けられていた理由を、ヘンテコと一刀両断される。
店主の男は何かを見定めるように目を凝らしていた。
その理由は、すぐに判明する。
「――防御力0。そりゃあ、防具を新調しないと魔物に一発だ」
「あう……やっぱり」
道中魔物に襲われたのが、あの一度で救われたらしい。
ヒメがいるとはいえ、良くある液体の魔物を、ザコだからと放置して返り討ちに合いかねない。
店主は、カウンターから出てくると俺の身体を触る。
そして、すぐに店のさらに奥へ引っ込んで行った。
「防御力0って……」
「防具や武器を扱う店主さんは、鑑定眼ってスキルを持っているの」
これも、良くある王道展開。
でも、スキルというのは女神のギフトとは別物だよな……?
そもそもギフトは異世界人限定ときている。
「スキルって、俺にもあるのか?」
「あるよ〜。あとで、教えてあげるね!」
先ずは、寝間着をどうにかするのが先決だ。
店主は、すぐに戻ってくると、その手には上下一式の軽装防具が握られている。当然、白黒だ。
生命体が手にしているだけじゃ駄目らしい。
だけど、これも俺が装備したら色が分かるのだろうか……。
鑑定眼のスキルを持たない俺たちは、店主の話に耳を傾ける。
「これは、軽装の防具にしては良質だ。防御力+30、敏捷補正+5もある」
ステータス補正なんてものもあるのには驚いた。
隣にいるヒメに聞くと、素のステータスが50以上ある場合に補正がかかるらしい。
俺たちはすぐに購入することにした。元の世界みたいに着替えスペースは当然なく、特別だといってカウンター奥で着替えさせてもらえることになり、案内される。
その前に、裸足だったこともあって靴下に似た薄い布とブーツも購入した。
どれも色がなく違和感しかない。
「一応、ブーツは色が黒、焦げ茶とあったはずだ……装備してみて、防具と合う色を選べばいい」
やはり、この世界に住む人間でも、通常では色がないことと、装備することで色が見えるようになることを理解していた。
それなのに、基本的に万能な女神が知らないはずがない。
神の目は、すべてが見透せるものであって、女神が所持していた魔法道具を使えば一定の場所を視ることは可能だ。
現に俺を見つけているのが何よりの証拠。
店主が居なくなったことで、先ずは寝間着を脱いで、近くにあった椅子に畳んで置く。
すると、装備外と見なされたようで色がなくなり白黒になった。
「うおっ……この変化は、慣れないと驚きそうだな」
少し以上に不気味な光景にごくりと唾を飲み込む。
そして、購入した軽装防具に身を包むと色が浮かびあがった。
少しずつではなく、袖を通すと風が通り抜けたように一瞬の変化で目を疑う。
至るところに付いている鉄のような部分以外は青く、ブーツは焦げ茶色にした。
俺の着替えを待ってくれていたヒメと店主に姿を見せると、黄色い声があがる。
「うわ〜! とても似合ってるよ。ナイトくん!」
「まぁまぁだな。でも、青い色だったか。良い配色だ」
着心地も良く、寝間着と変わらない軽さに正直驚いた。
これで、防御力もついているっていう……。
「寝間着は、私のアイテムボックスに入れておくね!」
「アイテムボックスなんて言うのもあるんだな……本当に異世界だ」
アイテムボックスは、これも王道で異空間のような時間が止まった場所に、無限にアイテムを収納性できるものだ。
物語によっては、スキルだったりする。この世界では、魔法使い限定らしい。
あれか? この世界は魔法職が最強なのだろうか……。
異世界発言は今さらすぎて、ヒメはおかしそうに笑っている。
俺は頭を掻くと、店主に別れを告げて店をでた。
「ふぅ……これで、もう町の人に会っても怪しまれないな」
「うん! 立派な冒険者だよ。それじゃあ、次は――」
防具屋の次というなら、冒険に欠かせない武器屋しか思いつかない。
ヒメは、すでに立派な杖を持っているが、俺は先ほどまで寝間着姿だった。
しかも、防具屋の隣には、立派な武器屋がある。看板も曲がっていないし、比較してみると防具屋より横幅も広く感じた。
あれか……武器は、防具よりも壊れる印象があるから、繁盛しているのかもしれない。
いや、待てよ。何か大事なことを忘れている気がする……。
キョロキョロと辺りを見回すヒメに首を傾げると、ビシッと杖がしなるような音をさせ刺された方向に目を向けた。
すると、そこには食べ物が描かれた飲食店の看板が風に吹かれてカランカランと音を立てている。
「あっ……。ヒメに、簡易的な冒険食と、水はもらったけど……」
「そう! 防具を無事に買えたので、少しはゆっくりしても良いと思うんだ~」
その瞬間、安心したのか忘れていたことを思い出したからか、お腹の虫が「グ~」と鳴り、腹痛を伴うような空腹に襲われた。
「ふふっ……それじゃあ、ご飯タイムにしよっか! とっておきのオススメがあるんだ~」